第246話 狩場の拠点
「乱切り!」
俺のスキルが炸裂し、クリムゾンファングの残りの体力を削り切る。獣はうめき声を上げ、紅い森の地に崩れ落ちた。
……やはり、ファイアファングとは格が違った。
単に体力や攻撃力が増しているだけではない。ファング系のモンスターは、大技の前に独特のモーションを取る癖があり、それを見て回避や防御系スキルを使えばよかったのだが、クリムゾンファングはその予備動作にフェイントを混ぜてくる。偽動作に釣られてスキルを使ってしまうと、本命の攻撃にはクールタイムで対処できない。さらに厄介なのは範囲攻撃の多さだ。タンク役以外も気を抜けば即座に巻き込まれる。
そして防御面でも、攻撃を重ねるほどに耐性がつくのか、終盤には同じスキルでもダメージが目に見えて落ちていた。今までのように、強スキルを回すだけの戦法は、このエリアではもう通じないのかもしれない。攻撃の幅を増やさなければ、無駄に戦闘時間とSPを消耗するだけだ。
「……強かったですね」
ミコトさんが珍しくそんな言葉を漏らす。
ヘイト管理もシビアになっているように感じた。挑発系スキルにも耐性がつくようになっているのか、敵の知能が上がっているのか、それはわからないが、ヒーラーやアタッカーもこれまで以上に気を抜けない。
だがその分、得られる報酬は破格だ。経験値もお金、そしてドロップアイテムも。
「これなら、またレベルが上がりそうだな」
「ああ。それに、アイテム……初めて見る。この素材を使えばどんな料理が作れるのか、今から楽しみだよ」
戦いの疲れも、得られた報酬を前にすれば一発で吹き飛ぶというものだ。
クマサンと顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
「二人とも、喜ぶのはいいけど、まずは安全を確保してからだよ」
メイの視線を追うと、木々の間を別のクリムゾンファングが悠然と歩いていた。
まだこちらには気づいていないようだが、さっきの戦闘がもっと長引いていたら――二頭同時に相手取ることになっていたかもしれない。
「……このあたりは敵の数が多そうだ。移動しながら拠点にできそうなところを探そう」
「それがよさそうだね」
俺達はクリムゾンファングに気づかれないよう、静かに、そして速やかに移動を開始した。
モンスターは、視覚だけでなく、音や匂いにも反応する。気づかれていないからといって慌てれば、足音一つで襲われかねない。
やがて距離を取り、俺達は無事に回復とアイテムロットを行うことができた。
その後、移動中に遭遇した敵との厳しい戦いを繰り返し、ようやく泉のそばの少し開けた場所にたどり着いた。
泉にはモンスターが出現せず、背を預ければ注意すべき範囲は半分で済む。視界を遮る木も少なく、不意打ちの心配もない。ここはまさに理想的な拠点だった。
「いい場所を見つけたな」
「だろ? 俺の勘が、こっちにいいポイントがありそうだって告げてたんだよ」
少し自慢っぽくなった気もするが、俺が先頭になって歩いてここにたどり着いたのは事実だ。俺が見つけたといっても過言ではない。
「泉のお水も綺麗で……素敵です。なんだか、水浴びでもしたくなっちゃいますね」
ミコトさんにとっては、きっと深い意味なんてない言葉なのだろう。でも、俺の心臓はドキリと跳ねた。
もちろん、今のところ『アナザーワールド・オンライン』に、裸になって水浴びをするなんて機能は存在していない。でも、マイルームに浴室が用意されていることもあり、そのうちそういった機能も追加されるのではないかと、一部のプレイヤーの間では囁かれている。リアルは男性だがゲームでは女性キャラクターを選んだプレイヤーの中には、有料でも構わないから早く実装してくれと鼻息を荒くしている奴もいるくらいだ。
俺はリアルと同じ性別でキャラを作っているし、関係ないと思っていた。……が、もしこんな泉で、ミコトさんと一緒に裸になって水浴びをできれば――
「あれ? ショウさん、どうかしました? 急に挙動不審になってますけど?」
気がつけば、首をかしげたミコトさんの可愛らしい顔がすぐ近くにあった。
「え、あ、いや、何でもない!」
まさか「君の裸を想像してました」なんて言えるわけがない。
「どうせ、ミコトの水浴びって言葉に反応して、裸でも想像してたんだろ」
「――うっ」
さすがにクマサン。付き合いが長いだけあって、完全にお見通しだった。
「……ショウさん、エッチです」
頬を膨らませて睨むミコトさん。だが、その仕草さえ愛らしくて可愛い。――って、見とれている場合じゃない! つい裸を想像していたのは事実だが、ここでそれを認めるわけにはいかない。
「ち、違うって! 誰が敵を釣りにいくのがいいか、考えてたんだよ」
必死に真顔を作って言い返す。
「……どう見ても考えごとをしている顔じゃなかったけどな」
「俺はいつもああいう顔なの! それより、俺とメイ、どっちが行こうか? それともいつもみたいに二人で行く?」
俺の提案に、クマサンは少し考え込む。
……よし、これはうまく話を切り替えられたようだ。
俺は心の中でほくそ笑む。
ちなみに、「敵を釣る」といっても、竿と糸と針で本当に敵を釣り上げるわけではない。拠点から離れて敵を見つけ、先制で一撃を入れて戦闘状態のまま拠点まで連れてくることを指す。
そうやって仲間が敵を釣ってきたところで、待ち構えていたタンクが挑発系スキルを使って、敵のターゲットを自分に向ける。これが拠点で行う王道の戦い方だ。
なお、釣り役は、拠点に戻るまでの間、敵の攻撃を一身に受けるリスクを背負う。だからこそ、遠距離攻撃できる者や、機動力のある者、自己回復できる者が適任とされている。俺もメイも釣り役に向いているとは言えないが、四人しかいないこのパーティではほかに選択肢がない。
最近は高レベルの狩場はプレイヤーで溢れ、敵の取り合いが常態化していたため、俺とメイの二人で釣りに出るのが基本だった。ときにはミコトさんやクマサンも含めた全員で敵を探しに行くことすらあったが、ここは新エリア。他パーティの姿はなく、そこまでする必要はない――そう思っていた、そのとき。
「俺が行こう」
静かに名乗り出たのはクマサンだった。
一瞬驚いたが、すぐに納得もいった。
釣り役が一人で十分なら、タンク自らが担っても問題はない。むしろ、タンクならばファーストアタックのヘイトもそのまま引き受けられ、その後のターゲットの固定化もしやすくなる。
「敵のヘイト管理も難しくなっているし、それはいい手かもしれないな」
「そうだろ? それに、ここの敵は危険だ。ショウやメイだと、戻ってくる前にやられてしまう可能性もゼロじゃない」
確かに、そういうリスクは否定できない。クマサンは自己回復できるスキルは持っていないものの、そもそも被ダメージが圧倒的に少ない。サブ職業で回復スキルのある俺やメイよりも、生存能力は高いとさえ言える。
未知の地、未知の敵――この状況を考えれば、釣り役としてはクマサンが適任だった。
「わかった。釣りはクマサンに任せるよ。……でも、気をつけてな」
「ああ!」
親指を立てて笑みを浮かべると、クマサンは木々の間へと走り去っていった。――やっぱり頼もしくて格好いい。
こうして始まった狩りは、予想以上に順調だった。
クリムゾンファングだけでなく、スカーレットベア、アッシュウルフ、ブラッドオーガ……次々とクマサンが釣ってきた未知のモンスターを確実に討ち取っていく。
クマサンが敢えて獲物を変えているのは、それぞれの特性を見極めるためだろう。どれが厄介で、どれが俺達に向いた相手か――今まではネットで調べれば済んだことだが、ここでは自らが経験して知るしか方法がない。
だが、これこそが本当の冒険。俺は胸の奥で熱くそう感じていた。
――そのとき、順調だった狩りに変化が訪れる。
「おっ、いい場所、みーっけ」
俺達が拠点としている泉のほとりに、ほかのプレイヤー達が現れたのだ。それも、一組だけではない。二組――総勢十二人もの大所帯だ。
 




