第245話 新エリアの新モンスター
「……行こうか」
息を呑みながらそう告げると、三人も同じように景色に圧倒されつつも、静かにうなずいた。
この新エリアは、インフェルノクエストをクリアしないと来られない領域。すべてのプレイヤーが来られるわけではないので、新たな街は存在しないとアップデート前から告知されていた。あくまで高レベル用の狩場としてという位置づけだ。
そういう意味では、これまでの新エリアとは少し性質が異なる。だが、それでも「未知の地を前にした高揚感」は変わらない。いや、むしろ制限がある分、今までとは違う種類の興奮が俺達の胸を熱くしていた。
眼下には、断崖を伝って降りる細い獣道が一筋、紅く染まった森の奥へと伸びている。
俺達は視線を交わし、その入り口に一歩を踏み出した。
森に足を踏み入れた瞬間――
ぶわり、と熱風が押し寄せ、身体の奥までじんわりと熱を帯びる感覚に襲われる。
俺達の前に紅葉のような葉がひらひらと舞い落ちた。
「風情があるな……」
思わず漏らしたつぶやきに、クマサンが鋭く反応する。
「よく見ろ。落ち葉じゃないぞ」
凝らして見ると、それは薄く燃える火の粉のような粒子だった。時期によって紅葉が綺麗な森というのはこの世界にも存在するが、少なくともこの森はそんな甘いものじゃないと、俺の経験が警鐘を鳴らす。
「……見とれてる余裕はなさそうだな」
「そうですね。まずは狩りの拠点を見つけましょう」
ミコトさんが冷静に言う。
高レベルモンスターが群れをなす狩場では、不用意に敵と交戦するのは愚行だ。戦闘中に別の敵に見つかり、気づけば複数を相手にして全滅――それはよくある話だ。
だからこそ、まずはモンスターが湧かない安全地帯を確保し、そこを拠点とするのが鉄則だ。仲間は拠点で待機し、釣り役が敵をそこまで引き込み、全員で確実に仕留める。それが王道の戦法。
既知の狩場では、先行する高レベルプレイヤー達がそういった安全地帯をいくつも見つけてくれていたが、ここは誰も足を踏み入れたことのない領域。俺達自身で切り拓かなければならない。
「とりあえず、もう少し視界の開けた場所を探そう。木々に遮られてると、敵の存在にも気づけないし……」
「いや、それにはちょっと遅かったようだぞ」
「え……?」
クマサンの言葉に促され、視線を向けると――
――ガサリ。
正面の茂みが揺れ、紅の森の中から影が飛び出した。
狼でも熊でもない、四足の巨獣。
全身を真紅の毛並みで覆われ、牙の隙間からは絶えず火花を散らしている。
「……ファイアファングか?」
既存エリアにもいる高レベルモンスターの名が浮かんだが、表示された名前は見知らぬものだった。
――クリムゾンファング。
ファイアファングを遥かに凌駕する巨躯と圧。明らかにその上位種。
ゲームのはずなのに、肌に突き刺さるような敵からの熱気を感じてしまう。
「……みんな、逃げるのは逆に危険だ。迎え撃つぞ」
一番怖いのは、逃げた先にも敵がいて、敵二体を相手にする展開だ。
それならば、ここで一体を相手にするほうがまだ安全。何より、最初に出会った敵に屈するようでは、この新エリアで生き残ることなど到底できるはずがない。
クリムゾンファングの鋭い眼光がこちらを射抜き、次の瞬間、咆哮が森に響き渡った。
熱風混じりの咆哮が森を震わせ、肌を焼く。
「来るぞ!」
もはや条件反射のように包丁を構える。仲間達も即座に戦闘態勢へ。
「クマサン!」
俺の合図と同時に、クマサンがスキル「挑発」が発動。
俺達の黄金パターンだ。もう敵の視線はクマサンしか見ていない。
その隙を逃さず、俺は素早く背後に回り込む。
「スキル、輪切り!」
俺のスキルが炸裂する。
大丈夫だ。新エリア、新モンスター相手でも、俺の攻撃は十分に通用する!




