第244話 赤焔竜の狩猟場
久々の大型アップデートということもあって、メンテナンス前の最後の夜は、街ですれ違うほかのプレイヤー達もどこかそわそわしているようだった。
きっと、俺自身もほかの人には同じように映っていたことだろう。
そして、長いメンテナンスが明け、再び『アナザーワールド・オンライン』にログインする。
今回のアップデート内容は――新エリア、新HNM、新型イベント、戦闘職への新戦闘スキル、非戦闘職への戦闘支援要素の追加と、なかなか盛りだくさんだ。
新HNMは四人しかいないギルドの俺達には縁がなさそうだが、非戦闘職への戦闘面強化はかなり気になる。俺の場合、「狂気の仮面」のおかげもあって、戦闘でも料理スキルを使いまくっているが、それにプラスして出来ることが増えるなら、さらに戦闘の幅が広がるかもしれない。
だから、アプデ後はそのあたりの追加要素を探ってみたい気持ちもあったが、まずはギルドメンバー全員で新エリアに向かうと決めていた。
何しろ、既存エリアの高レベルの狩場は、今は常にパーティで溢れ、獲物の取り合い状態。今回追加される新エリアは、その解決策として設けられた高レベル向け狩場らしい。
俺達も今や高レベル組の一員。挑まない理由はない。
それに、アップデート直後は運営の調整が甘く、経験値やドロップが妙に美味しいモンスターが出現するのはよくある話だ。情報が広まる前にそういったおいしい要素を見つけ出せるかどうか――それもまたMMORPGの醍醐味でもある。
「……みんな、早いな」
ログインしてゲームの世界で目を開けると、すでにクマサン、ミコトさん、メイの三人が揃っていた。
「ショウ、遅いぞ」
「待ってましたよ」
「レディを待たせるとはなぁ、まったく……」
……いや、メンテ明けすぐに入ったつもりなんだけど!?
でも、ミコトさんだけは優しい言葉で、それに癒される。
「……ごめん。でも、そんなには遅れてないだろ?」
辺りを見回すと、同じ目的のプレイヤー達が集団を作り始めていた。
俺達が前回ログアウトしたのは、最北の町ベルンのさらに奥にある北の砦。かつて赤焔竜「インフェルノ」と死闘を繰り広げたあの聖域のある場所だ。
今まではここが北端とされてきたが、新エリアはさらにこの北に広がっている。
その名も――「赤焔竜の狩猟場」。
伝説のドラゴン・インフェルノがエサの狩り場として荒らし回ったことから名づけられたと言われている。もちろん、実際にインフェルノが存在し聖域に封じられていることは秘匿されており、世間一般には「獰猛な魔物が多すぎるから通行止め」と理解されている。
今回解放されたのはその「赤焔竜の狩猟場」だ。
ただし、そこに入れるのはクエスト「聖域の赤焔竜」をクリアしたプレイヤーのみ。プレイヤーの移動をクエストのクリア状況で制限するのは初めての試みであり、つまり「一定以上の実力者しか挑めない領域」ということになる。運営もなかなか思い切ったことをしてきた。
けれど……だからこそ、胸が高鳴る。
「さあ、行こう! 俺達が一番乗りだ!」
未知の危険なエリアに挑むため、ほかの連中は六人パーティで挑むようだが、俺達は最初から四人きり。不安がないといえば嘘になるが、数が少ない分、全員が揃うのは早い。
集団の中で最初に動き出したのは、俺達だった。
三人をパーティに誘い、俺は砦の隊長のもとへと向かう。
「やあ、君達か! あの時は世話になったな」
精悍な顔立ちの隊長が、普段は鋭い眼差しを緩めて和らげて笑みを見せる。
インフェルノのクエストも含めて、何度も手助けをしてきた相手だ。その縁もあり、強面なのに、今の彼は実に気さくだ。
「実は王都からの命令で、北の山脈の先にある『赤焔竜の狩猟場』の調査をすることになった。これまではトンネルを封鎖してきたが……君達なら通行を許可してもよいと思う。どうする?」
なるほど、これが新エリア解放の自然な導線か。インフェルノクエストをクリアしていなければ、この会話自体が発生せず、「赤焔竜の狩猟場」には進めない仕組みなのだろう。
今回の俺達は全員がクリア済みで「ドラゴンスレイヤー」の称号持ちだから問題なかったが、もし一人でも未クリアがいれば門前払い……そういうことだろう。
「ぜひ、お願いします!」
迷う余地はなかった。クマサン達も同じ気持ちなのは聞かずともわかる。
「君達ならそう言うと思っていた。では、トンネルの入り口まで部下に案内させよう」
隊長の指示を受けた兵士に導かれ、砦の奥へと進む。
インフェルノの聖域に連れていかれたときは、ややこしい道をかなり歩かされたが、今回はすぐに砦の裏手へと抜けた。
目の前には――高さも幅も四、五メートルはあろうかという巨大なトンネルが口を開けていた。山脈をまっすぐに貫くその姿は圧巻だ。
現代ならとんでもない土木工事だが……魔法のあるこの世界なら、案外容易く造られたのかもしれない。
「このトンネルには封印が施されていて、人間だけでなく、モンスターも普通は通ることができません。通れるのは、この通行証を持つ者だけです」
兵士からトレード申請が届き、承諾するとアイテム『北の砦通行証』を渡された。これさえあれば、次からはイベント会話なしで通行可能になるのだろう。クマサン達も同じく受け取ったようで、俺からはアイテムウィンドウは見えないが、三人とも確認している様子が見て取れる。
「みんな、行こうか!」
「ああ!」
俺達は新エリアへ向け、薄暗いトンネルへと足を踏み出した。
トンネルの内部はひんやりとして、わずかに湿った空気が肌を撫でていく。
壁には等間隔に魔石が埋め込まれており、青白い光を放っていた。俺達の影が長く伸び、まるで別の冒険者が後ろからついてきているように見えて妙に心臓に悪い。
――それでも、不思議と足取りは軽かった。
長いトンネルの向こうに、まだ誰も見たことのない新しい景色が待っている。
その期待が、足音を弾ませてくれる。
「……出口が見えてきた!」
クマサンの声に視線を上げると、はるか前方に淡い光の穴がぽっかりと開いていた。
四人で駆けるように進み、そして眩しい光の中へ――
――視界が一気に開ける。
「……すご……」
思わず足を止め、言葉を失った。
そこに広がっていたのは、雪深い北の地のさらに先とは思えない、色鮮やかで圧倒的な大地だった。
切り立った断崖の上から見下ろす先には、紅く染まった大森林がどこまでも広がっている。
木々の葉は緑ではなく、炎のような赤や橙に彩られており、まるで世界全体が夕焼けに包まれているかのようだ。
さらに遠くには噴煙を吐き上げる火山がそびえ、その熱がこの地の気候を形づくっているのだろう。
熱を含んだ風が頬を撫で、鼻をくすぐるのは焦げたような匂いと、野生そのものの荒々しい香り。
耳を澄ませば、遠方から獣の咆哮がこだまし、空を横切る巨大な影が翼を広げて飛び去っていく。鳥か、飛竜か――判別すらつかない。
目の前に広がるすべての景色が、俺達に告げていた。
ここから始まるのは、未知と冒険に満ちた新しい世界だと。
 




