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第236話 クエスト『幻の楽譜』クリア

「……えっと、あんたはキャサリンを第七夫人という肩書で、妾にするつもりだって聞いてたんだけど?」

「なに!? 一体誰がそんなでまかせを吹き込んだ!?」


 ダミアンは血相を変えて俺を睨みつけてくる。

 そういえば、誰から聞いたんだっけ……。あっ、思い出した。キャサリンの屋敷の執事だ。


「そもそも、この国では一夫多妻なんて認められていない。『第七夫人』というのは、あくまで私が庇護下においている芸術家の一人、という社交界での洒落た言い回しに過ぎん」


 ……いや、そんな社交界のルール、初めて聞いたんだけど。


「私は吟遊詩人総選挙で敗れたキャサリンがスランプに陥っていると聞き、このまま才能が埋もれるのを惜しく思った。だから、王都に拠点を移し、心機一転、再び舞台で輝いてほしかったのだ。『第七夫人』という肩書があれば、ステージにも箔がつき、社交界でも歌や演奏を披露できる。そうしてほかの貴族の目に留まれば、さらに活躍の場が広がる――私はそう考えたのだ」


 ……おいおい。それって全部キャサリンのためってことかよ。

 あの執事の爺さん、いい加減な嘘を教えやがって……。これじゃあ、俺はただの道化じゃないか。


 ……いや、ちょっと待てよ。

 キャサリンの屋敷で、俺は彼女に「ダミアンの第七夫人になることを望んでいるのか?」と尋ねた。そのとき彼女は、視線を逸らしてうつむき、泣きそうな顔をしていた。あれは紛れもない拒絶の感情だったはずだ。


「キャサリン! 屋敷で聞いたとき、君は確かに第七夫人になることを嫌がっていたよな!?」


 俺は視線を彼女へと向ける。

 もしダミアンが体裁を取り繕って嘘を言っているなら、ここで彼女が本当のことを口にすれば一発で明らかになる――そう思った。

 だが――


「……はい。ダミアン様が私のためを思って言ってくださっているのはわかっていました。けれど、その権威を借りて自分の歌や演奏を聴いてもらうのは、吟遊詩人として正しい姿ではないと思ったのです。それに……六姉妹に負けたまま故郷のメロディアを離れるのも心残りで……」


 ――そっちかぁ!

 俺はてっきり、ダミアンの妾になることを嫌がってたんだと思っていたが、実際は吟遊詩人としての誇りと、故郷を離れる寂しさなどが相まっての反応だったらしい。

 どうやら俺は、女心ってやつをちっともわかってないみたいだ……。顔が熱くなり、恥ずかしさで穴があったら入りたい気分になる。

 だけど――


「私はキャサリンを王都に連れてくることが、彼女のためになると思っていた。だが違ったようだな。……先ほどの歌は素晴らしかった。魂に直接響いてきたよ。キャサリンはもう、再び輝きを取り戻した。いや、かつて以上の輝きを放っている。……これも君達のおかげだ。よくやってくれた」


 ダミアンはそう言って、優しい眼差しを俺達へ向けてきた。

 勘違いして無駄に動きまくっていたわけじゃない、すべて意味のあるものだったんだ――そう言われているようで、報われた気がした。……少なくとも俺は。


「……なんだか胡散臭い」

「……はい。私もどうにも、このかたは苦手です」


 隣でクマサンとミコトさんは、なおも訝しげな視線を投げていた。

 一度女の子に嫌われると、どうやら挽回は相当難しいらしい。彼女達の目には、キャサリンの気持ちを無視して、良かれと思ったことを押しつけただけの男に映っているのかもしれない。


「……とにかく、これで無事解決。キャサリンはこれからもメロディアで吟遊詩人を続けていいんだね?」


 少し離れた位置にいたメイが、キャサリンの隣に立ち、念を押すように問いかける。

 ダミアンは正面を向き直り、深くうなずいた。


「ああ、もちろんだ。支援はいくらでもさせてもらう。これまで以上の飛躍を期待しているぞ」


 その言葉に、メイとキャサリンは嬉しそうに顔を見合わせ、ぱんっと両手を打ち合わせた。どうやら練習を通じてすっかり仲良くなったらしい。……正直、このクエストの主役は俺だと思っていただけに、少し焼きもちを覚える。けれど、女の子同士が楽しそうにしているのを見るのは、これはこれで悪くない。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 メイとキャサリンは、目的を果たしたとばかりにあっさりと部屋を出ていく。


「では、私達も」


 ミコトさんとクマサンも、メイ達を追いかけるように扉へと向かっていった。

 このクエストもこれでようやく終わりか……。


 俺も続こうとしたが、ふと足を止めた。

 最後にどうしても、ダミアンに確かめておきたいことが一つだけ残っていたからだ。


「……なあ、あんたは最初から、キャサリンがセーラの孫だって知っていたんじゃないのか?」

「ん? なんのことだ?」

「ローランの孫であるあんたが、セーラの孫であるキャサリンの件で、『幻の楽譜』探しをさせる――偶然にしては出来過ぎだ。彼女に祖母を思い出させることで、吟遊詩人として成長させる――最初からそれが狙いだったんじゃないのか?」


 ダミアンはわずかに目を細め、そして肩をすくめた。


「……さあ、どうだろうな。だが、王都で環境を変えて再び花開くのも、祖母を思い出し吟遊詩人として一皮むけるのも、彼女にとって良いことだということだ。支援する立場の私にとっては、どちらでも構わない」


 ――やっぱり。

 こいつ、全部わかってたんだな。

 考えてみれば当然だ。王都の力ある貴族の当主となったローランが、その権力と財力を使えば、セーラという少女一人の行方を探すことくらい、造作もない。彼がセーラの嫁いだブリジット家を支援したのも、かつて愛した人の幸せを願ってのことだろう。だとしたら、当主の座を継いだダミアンが、何も知らないはずがない。

 ……結局、今回の俺達は、ダミアンの手のひらの上でうまく転がされていたってわけだ。

 女性陣から「好色貴族」だの言われて嫌われていたが、それも俺達を本気にさせるため、わざと悪役を演じていたのかもしれない。

 俺も「ロリコン野郎」だなんて心の中で叫んだりしたが……それは謝らなきゃな。

 ダミアン――あんた、格好いいぜ。


 そう心の中で言い、部屋を出ようとしたとき。

 背後から、不意に彼のかすかなつぶやきが耳に届いた。


「……『幻の楽譜』も見つからず、王都に来てもスランプが続くようなら……そのときは俺の愛人にするのもいいと思っていたが……そうならなかったのは少し残念だ」


 ……うん。やっぱり、ダメだこいつは。

 好きになれない。

 そして、俺は、ちゃんとキャサリンを守れたんだ。

 そう思うと自然に拳に力がこもる。


【クエスト『幻の楽譜』をクリアしました】


 部屋を出ると、目の前にメッセージが現れ、長かった今回のクエストがようやく終わりを告げた。

 空回りもあったし、思わぬ誤解に振り回されたりもした。けど――急な演劇をやったり、メイの意外な一面を見られたりと、これはこれで忘れられない冒険になった気がする。


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