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第232話 キャサリンとバーバラ

 俺達は再び王都へと戻ってきた。

 今回はキャサリンも同行している。


 もしセラフィーナさんが、王都の活躍していた吟遊詩人セーラと同一人物なら――セーラはキャサリンの祖母ということになる。

 彼女自身もバーバラさんから直接話を聞きたいと申し出てきたのだ。俺達に断る理由はない。むしろ、一緒に来てもらったほうが話は早い。


 ちなみに、こうしてクエスト途中でNPCがパーティに加わるのは、それほど珍しいことではない。

 ただ、その場合のNPCの扱いには二種類ある。

 一つは正式にパーティメンバーとして加入し、パーティ欄に名前やHP・SPが表示されるタイプ。この場合は、戦闘にも参加してくれるが、同時に死なせてしまうリスクも背負うことになる。

 もう一つは、あくまで同行者としてついてくるだけのタイプ。こちらはパーティ欄に表示されることもなく、戦闘にも当然参加しない。戦力にはならないが、怪我や死亡を心配しなくていい分、こちらの方が気が楽といえば楽だ。

 今回のキャサリンは後者だった。

 道中、何度かモンスターと遭遇したが、キャサリンのことを気にすることなく、対処することができた。


 そして、無事に王都にたどり着いた俺達五人は、その足で郊外へ向かい、バーバラさんの家の扉を叩く。

 しばらくして扉が開き、顔をのぞかせたバーバラさんは、ちょっと皮肉めいた出迎えの言葉をかけてきた。


「……またお前達かい。セーラのことが何かわかったの――」


 言葉が途中で途切れ、驚きの表情に変わる。

 一瞬、俺は自分の顔に何かついているのかと思ったが、彼女の視線は俺の後ろ――キャサリンに向けられていた。


「バーバラさん、どうかしました?」

「……いや、なんでもない。とりあえず、中へお入り」


 ………?

 バーバラさんの反応にちょっと引っ掛かるものを感じたが、どうせこれから話を聞くつもりだったので、俺は素直に家へと足を踏み入れた。


 前回と同じようにテーブルを挟んでソファに腰を下ろす。今日はキャサリンが加わった分、座面はわずかに窮屈だ。

 先ほどの玄関先での反応から、バーバラさんのほうから何か話を切り出してくるかと思ったが、その気配はない。ならばと、こちらから話を切り出す。


「今回は、セーラについて確認したいことがあってお伺いしました。単刀直入に聞きます。セーラという名前は愛称で、本名は別にあったんじゃないでしょうか?」

「ああ、そうだよ。よくわかったね。ただ、この王都ではずっとセーラで通していたから、本名で呼ぶ人はいなかったけどね。そういえば、本名は何ていったかね……。セラ……なんとかだったはずだけど……」

「セラフィーナ――ではなかったですか?」


 俺は決定打になり得るその名を口にし、息を潜めて彼女の返答を待った。

 その答え次第で、この物語は大きく動き出す。


「ああ、そうだよ! セラフィーナだ!」


 ――やっぱり!

 ここまで何度も予想や期待を裏切られてきたこのクエストだが、ようやく思い描いた展開が目の前で形になった。

 もちろん、ただの偶然という可能性もゼロではない。だが、それでも俺は拳を握り、小さくガッツポーズをしてしまう。

 バーバラさんの知っているセーラと、キャサリンが覚えているセラフィーナさん、その二人の類似点を洗い出せば、同一人物である可能性をさらに高められるだろう。


 ――と、その前に、バーバラさんにキャサリンを紹介しないとな。言われるままに家に上がってしまって、まだ二人の自己紹介さえできてなかった。


「あっ、バーバラさん、紹介が遅れました。こちらにいる彼女はキャサリンといって――」

「わかってる。セーラの娘――いや、それにしては若すぎるから……孫なんだろ? 一目見てわかったよ。私の知ってるセーラにそっくりさ。……そうか、セーラはちゃんと家庭を築いていたんだね」


 俺が説明するまでもなく、バーバラさんにはお見通しだったようだ。

 玄関で魅せた驚きの表情の理由が、今になって腑に落ちる。彼女の記憶の中にあるセーラそっくりの顔がそこにあったのだ。驚くのも当然だ。

 バーバラさんは改めてキャサリンの顔をじっと見つめ、その瞳を細める。そこには、長年案じ続けてきた人の面影を前にした、静かな安堵が宿っていた。


「それで、セーラは元気にしているのかい? 今はどこに?」


 その問いかけは、期待に満ちた笑みと共にキャサリンに向けられた。だが、その言葉は俺の胸の奥をわずかに締めつける。

 問われたキャサリンの表情も、わずかに曇る。


「……祖母は十年ほど前に亡くなりました」


 一瞬、バーバラさんが言葉を失う。


「……私がもうこの歳だ。そりゃ、そうだよね」


 寂しげにつぶやくその横顔を見て、胸の痛みが増す。

 きっと彼女には、もし再会できたなら伝えたいこと、聞きたいことが山ほどあったのだろう。それが叶わなかったと知る現実は、重く静かに部屋に落ちた。


「……セーラは幸せだったんだろうか。……ねえ、キャサリンさん。孫のあんたから見て、セーラはどう映っていた?」

「……正直、私も幼かったので、祖母が本当はどう感じていたのかはわかりません。でも――私の記憶にある祖母は、いつも笑っていました。特に、私に歌を聴かせてくれているときは。――私が今、吟遊詩人をしているのは、あの幸せそうな歌声をずっとそばで聴いてきたからだと思います」

「そうか……そうなんだね……」


 バーバラさんの顔に、ゆっくりと笑みが戻っていく。

 長年胸に残っていた不安が、ようやくほどけたのだろう。


「……幸せになれたんだね」


 ちいさくそうつぶやいたバーバラさんの瞳に、かすかな光が滲んで見えた。


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