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第231話 キャサリンの祖母

 まさか最後までフルで歌が聴けるとは思わず、戸惑いながら俺はキャサリンに尋ねる。


「……今のは、何ていう曲名なんだ?」


 曲名さえわかれば、この謎の一端が解けるかもしれない。

 もしそれが『名もなき小夜曲』だったなら――ひとつの可能性が浮かび上がる。

 だが――


「……すみません。この歌は、祖母が子守歌代わりに歌ってくれたもので、曲名は聞いたことがありませんでした」


 キャサリンはゆっくりと首を振り、申し訳なさそうに言った。

 核心に近づけず残念に思うが、立ち止まっても仕方がない。俺はすぐに次の質問を投げる。


「だったら……おばあさんに直接お伺いしてもいいかな?」

「祖母は十年ほど前に他界していますので……」


 キャサリンはわずかに視線を伏せ、寂しげに微笑んだ。

 その表情だけで、彼女が祖母を深く慕っていたことが伝わってくる。十年経った今も、思い出すだけで感情が揺さぶられるのだろう。


「ごめん、そうとは知らずに……」

「いえ、構いませんよ。いつも笑いながらこの歌を聴かせてくれた祖母だったので……ちょっと思い出しただけです」

「そっか……。ところで、今の歌って、ほかの人が歌っているのを聴いたことはある?」

「いいえ。祖母からしか聴いたことがなかったので、祖母が作った曲なのかなとは思っていましたが……」


 俺は腕を組み、頭の中で点と点を繋げていく。

 ――下書きにはサビがなく未完成。それなのに、キャサリンの祖母はラストまで知っていた。

 つまり彼女は、下書きではなく本物の『幻の楽譜』を知っていたことになる。

 作曲したローラン本人から見せてもらった?

 いや、これまで調べてきた彼の人物像からして、セーラ以外に見せるとは思えない。

 だとすれば、キャサリンの祖母はセーラから直接楽譜を見せられた……もしくは――


 ――キャサリンの祖母こそが、セーラその人なのでは?


 もしそうなら、キャサリンが歌えたことにもすべて説明がつく。

 胸の内で確信めいた結論にたどり着き、俺は息を整えて口を開いた。


「……キャサリン、君のおばあさんの名前を教えてくれないか」


 固唾を飲んで待つ。俺の推理が正しければ、彼女の口から出る名はきっと――


「祖母ですか? セラフィーナですけど?」

「…………」


 見事に外れた。

 不思議そうにこちらを見つめるキャサリンに、俺はただ間抜けな顔を返すしかなかった。

 ……格好つけてキメ顔で「名前を教えてくれないか」なんて言った自分を思い出すと恥ずかしい。


「どうして急に、祖母の名前なんて気になったんですか?」

「……いや、君のおばあさんが、ローランから『名もなき小夜曲』を贈られたセーラじゃないかと思ったんだよ」


 照れ隠しに頭をかきながら、推理という名の大ハズレを正直に告げる。

 「別に……」とごまかすこともできたかもしれないが――むしろそっちの方が恥ずかしいと判断するくらいには、俺はまだ理性を保っていた。


「祖母は若い頃、王都にいたと言っていましたけど……さすがに物語のようなそんな偶然があるわけないじゃないですか」


 キャサリンがくすりと笑う。

 確かに現実ならその通りかもしれないけど、これはゲームのクエストだ。そんなドラマチックな展開だっておかしくはない。むしろ、あって当然だと思ったんだけどなぁ……。


「そうは都合よくいかないってわけか……」

「いや、ちょっと待って」


 肩を落としかけた俺を、メイの声が制した。


「どうした?」

「キャサリンの祖母がセーラじゃないかとは私も思ったけど、諦めるのはまだ早い」


 あっ、やっぱりみんなも考えていたんだな。俺だけの閃きじゃなかったか。

 でも、「諦めるのはまだ早い」って、どういうことだ?

 俺は視線でメイに問いかける。


「吟遊詩人が必ずしも本名で活動しているとは限らない。ステージネームを使うこともあるんじゃないのか?」


 そう言ってメイがキャサリンに視線を向けると、彼女は静かにうなずいた。


「はい。私は本名を使っていますが、本名だとイメージと違うからと別の名前を使ったり、親しみやすいからと愛称をステージネームとして使ったりするかたもいますね」

「だとしたら、セラフィーナの愛称は一般的に、『セラ』あるいは『セーラ』だ。セラフィーナさんが王都にいる頃に、セーラという愛称で吟遊詩人をしていたって不思議じゃないと思わないかい?」


 ――――!

 その可能性をすっかり見落としていた。

 そういえば、メイはゲームでもバンド活動でも「メイ」の名前を使っているけど、それは本名を縮めた愛称だ。自分がそうしているからこそ、すぐに思いついたのかもしれない。


「キャサリン、もしメイの言う通りなら、君のおばあさんが『幻の楽譜』をどこかに残している可能性がある。一度、詳しく探してみてくれないか?」


 再び希望が灯り、声が自然と熱を帯びる。

 しかし――


「祖母が亡くなった後、遺品は整理しましたが……そういった楽譜はありませんでした」


 その一言で、俺の期待はあっけなく砕け散った。

 ……まあ、そりゃそうだ。そんなものが見つかっていたら、とっくに『幻の楽譜』は「幻」じゃなくなっている。


「では……たとえば、セラフィーナさん宛てではなくて、セーラさん宛の手紙とか、そういうものは残されていませんでしたか?」


 ナイスだ、ミコトさん!

 ミコトが発した追いの問いかけに、俺はうつむきかけた顔を上げる。

 楽譜はなくても、セラフィーナ=セーラを裏付ける証拠が見つかれば、状況は一変する。俺は期待を込めてキャサリンを見つめた。


「……いいえ。そういうものはありませんでした」


 またも肩を落としかけた、そのとき――キャサリンは小さく息を吸い、言葉を継いだ。


「……ただ、今思い出しました、祖母が残したハープに、『セーラ』という名前が刻まれていました。生前、祖母は『とても大切な人から贈られたもの』だと言っていました」


 彼女の言葉に生唾を飲み込む。

 わざわざ名前を刻んで贈る……それは特別な意味を持つ贈り物だ。もしキャサリンの祖母が俺達の想像しているセーラと同一人物なら、その贈り主は――ローランかもしれない。


「やっぱり、セラフィーナさんが、あのセーラってことなんじゃ……」


 メイのつぶやきは、全員の胸の内を代弁していた。

 だが――


「確かに、その可能性は高い。でも……セラフィーナさんが『セーラ』と呼ばれていたとわかっても、ローランから曲を贈られたセーラさん本人だとは断定できない。もっと確かに証拠が必要だ」


 クマサンの言葉に、俺は唇を噛んだ。

 ……たしかに、クマサンの言う通りだ。

 今の段階でキャサリンの先ほどの曲をダミアンに聴かせたところで、「それが『名もなき小夜曲』だとどう証明する?」と問われれば、詰むのが目に見えている。

 この屋敷に、ほかに何か決定的な手がかりが残っていればいいが……キャサリンの話からして、それも望み薄だ。

 念のため俺達も一緒に屋敷中を探すという手もあるが――図書館と同じで徒労に終わりそうな気がしてならない。

 せめて、王都の歌姫だったセーラの本名を知っている人がいれば――


 ……あっ。


 脳裏に、ある人物の顔が鮮明に浮かび上がった。


「バーバラさんだ! 彼女なら、セーラが愛称で、本名はセラフィーナだったかどうか、知っているかもしれない!」


 思わず声を上げると、皆が一斉に俺を見た。

 その表情に宿るのは、確かな手応えと高揚感。

 俺達は間違いなく、真実へと近づいている――全員がそう感じていた。


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