第225話 クライマックストラブル
恋人メイリンをその手にかけ、魔剣の封印を解いたショーンは、そのまま城へと向かう。
そしてようやく、門番役のクマサンと共演を果たすわけだが――
「おい、お前! そんな抜き身の剣をぶら下げて、城に何の用だ! お前のような奴を通すわけにはいかんぞ!」
「俺の邪魔をする奴は――皆、斬るだけだ」
クマサン相手に言いたくもないセリフを口にしながら、俺は無造作に近づいていく。
「うっ――動けない!? な、何だ、これは!?」
魔剣の力で動けないという設定なので、クマサンは見事に固まり、演技に徹している。
俺はそんなクマサンに無表情のまま剣を振り下ろした。
「ぐわあぁぁぁぁぁ!」
もちろん当たってなどいない。ほんのわずかに届かない間合いを読んで剣を振り抜いたのだ。
それでもクマサンは、舞台映えを意識した派手な悲鳴とアクションで地面に倒れ込む。
演技力のあるクマサンがこんな役しか与えられなかったのが、つくづくもったいない。
……だが、今はそれを惜しんでいる余裕などない。物語はすでに、クライマックスへと突き進んでいるのだから。
城内に侵入したショーン――つまり俺は、押し寄せる騎士達を魔剣の力で蹴散らし、ついには王をその手にかける。
「無能な王はいなくなった。……これで、王座は俺のものだ」
血塗られた王座の間。積み重なる屍の山。その中で、俺は王の亡骸を見下ろしながら王座に歩を進める。
しかしそのとき、静寂を破るように、誰かが駆け込んできた。
「ショーン!」
その声に、俺はゆっくりと振り返った。
「……やはり来たか、ラインハルト」
現れたのは、友であるラインハルト。ショーンのことを唯一評価し、理解してくれた男だった。
「どうしてこんなことを……」
「もう後戻りはできない。――この国を救いたくば、俺と勝負だ。ラインハルト!」
俺は魔剣をラインハルトへと向ける。
彼は苦悶の表情を浮かべながらも、やがて静かに剣を抜いた。
次の瞬間――照明が落ち、舞台は暗転。
再び明かりが灯ると、場面は城の主塔の屋上へと変わっていた。
風魔法の効果か、冷たい夜風が吹き抜け、月明かりが石造りの床を淡く照らす。
その中で、二人の男が対峙する。
本来なら王座の間でそのまま戦ったほうが自然かもしれない。だが、このロケーションこそが、最終決戦を彩るに相応しい。
「ショーン。お前がこんなことをしていると知ったら、メイリンがどれだけ悲しむと思っているんだ!」
「……メイリンはもういない」
「なにっ!? どういうことだ!?」
「この魔剣で――いや、この手で、俺が殺した」
「――――!? な、なんということを……」
「俺はメイリンを殺したこの手で、この国を掴み取る!」
「魔剣に魅入られたか……。ならば――私の手で止めるしかない!」
互いに剣を構え、張り詰めた空気が夜風に溶け込む。
その瞬間、背景音に変化が現れた。激しさと物悲しさを合わせた吟遊詩人達の奏でる旋律とは異なる曲――戦闘用BGMだ。それが俺の耳に聞こえてきた。
吟遊詩人達のほかに演奏している者はいない。これは俺にしか聞こえていない曲だ。つまり、システム上、この勝負は戦闘扱いになっているのだろう。
今まで、祠での騎士戦もクマサンを倒したときも、BGMは変わらなかった。
このバトルだけが特別仕様――つまり、運営が仕込んだ「本番の見せ場」だということだろう。
実際、この戦闘用BGMを聞けば、俺のテンションは自然と上がってくる。
だけど、運営の狙いはそれだけじゃあるまい。
戦闘状態になれば、俺達プレイヤーは戦闘用スキルを使用できる。そして、その中には、発動と同時にド派手なエフェクトが発生するスキルもある。そこに「手加減」スキルを組み合わせれば、ノーダメージで演出用のスキルが使える。
つまり、このクライマックスでは、プレイヤーが使うスキルが舞台演出の一部になるように設計されているのだ。プレイヤーの職業、そして所有スキルにより、そのプレイヤーなりのラストバトルが展開される――おもしろい趣向だと思う。
――だが、悲しいかな、それは俺には関係のない話だった。
なぜなら、俺の職業は料理人。
剣を装備して使える戦闘スキルなんて、最初から存在しない。
料理スキルは包丁を持たないと使えないし、ここで魔剣を手放して包丁に持ち替えるなんて、どう考えても演出的に破綻している。
唯一の望みだったサブ職業も、残念ながら「武闘家」。素手で使える攻撃スキルはあるものの、剣を持っていては使えない。
せっかくの戦闘モードだというのに――俺には何一つ派手なスキルが使えない。
これは……ちょっと悔しい。
戦闘職が優遇されているというのが、こんなときにも感じさせられる。
でも、戦闘BGMが鳴るだけでも、気分が高まってくるのは事実。
演出スキルは使えなくても、動きで魅せることはできる。
――ここで、きっちりショーンを演じ切って、ラインハルトに討たれてやる。
物語の展開はこうだ。
熾烈な戦いの末、ショーンはラインハルトに斬られ、力尽きる間際に――
「……すまない、ラインハルト。この国を――頼む」
そう言い残し、塔から転落する――というシナリオだ。
派手な演出が使えない今、二人の戦いがどれだけ観客にとって印象的に映るかは、俺の演技力にかかっている。
「いくぞ、ラインハルト!」
俺は大上段に魔剣を構え、一気に間合いを詰めた。
ラインハルトが咄嗟に剣を構えて受け止める。剣と剣がぶつかり、甲高い音が響いた。
一撃を交え、一旦距離を取る。
――スキルがあれば、今の一撃に炎とか雷をまとわせることだってできたのになぁ。
恨み節を噛み殺しつつ、再び構える。
次はラインハルトが斬りかかってくる番だ。クマサンなら、それを派手なエフェクトの防御スキルで受けることもできるだろうが、俺にはそんな芸当はできない。
――くそっ! やっぱり戦闘職は恵まれてやがる! 俺のような非戦闘職がクエストを受けるときのことも考えてくれよな!
そんな文句を心の中でぼやいていた、その時だった。
ラインハルトが剣を振りかぶり、斬りかかってくる。
舞台役者の攻撃なんて、演出重視で迫力はあっても、モンスターとやりあっている時のような本物の攻撃に比べればなんてことはない。
ここは軽く受け流して――
【スキル自動カウンターが発動】
――えっ?
滅多に見ないシステムメッセージが目に飛び込んできたときには、俺の身体は勝手に動いていた。
右脚が鋭く蹴り出され、カウンターがラインハルトの腹部にクリーンヒット。
自動カウンター――それは武闘家のスキルの一つで、一定確率で相手の攻撃に対して自動で反撃するというスキルだ。プレイヤーの操作とは無関係に発動し、運よく発動すればノーダメージのまま相手にダメージを与えられるという便利スキル。だが、その発生確率は低く、ましてやサブ職業の俺で出るなんて、奇跡に近いレベル。
なのに、そんなスキルがよりによって、こんな大事なシーンで発動するなんて……。
謝りたい――今すぐにでも。
だけど、ここでショーンがラインハルトに「ごめん」なんて言ったら舞台が崩壊する。
せめて表情だけは崩さず、心の中で彼に頭を下げるしかない。
――本当にごめん!
案の定、スキルの手加減も使っていないカウンターを食らったラインハルトは、苦悶の表情を浮かべ、足元がふらついている。
しかも思いっきり腹を押さえている。やばい。立て直せるか……?
祈るような気持ちで見つめる俺の目の前で、ラインハルトはぐらりとよろめき――
そのまま、塔の縁にあった低い石壁を超えて――
落ちた。
下にはクッション用のマットが敷かれているから、怪我の心配はない。
だが、問題はそこじゃない。
本来、ショーンが斬られて転落し、塔の上には勝者のラインハルトが残る――それがこのシーンのシナリオだったはずだ。
なのに今、舞台の上に残っているのは――ショーン役の俺一人。
……どうするんだよ、この状況を!?
 




