7:説得
ハクレの執務室から出て、オルフは薄暗い地下へと案内される。
オルフも当時の素行があまりよくなかった自覚はあるが、流石にここにお世話になったことは無い。
「まさか、最初の仕事がこんな話だとは思っていなかったぜ」
「すまないね。何しろ、俺達の言葉は彼らに届かないらしくて。同じ国の人間なら、あるいはって思ったんだ」
両脇に並んでハクレとトキマが歩いている。逆らう気は毛頭無いが、暴れてもすぐに取り押さえられることだろう。
「ここだ」
オルフの目の前に、狭い通路と両脇に並ぶ鉄格子が見えた。それぞれの独房の中に、3人から4人。全員で10人が入っている。年齢は幅があるが、全員が男だ。彼らはシュペリが事件に使った戦闘機を造った容疑で捕まっている。
彼らは皆「あの機体で一泡吹かせたかった」と。そう動機を答えていると、オルフは説明された。
「誓って言っておくけれど、彼らに手荒な真似はしていないよ」
「そうみたいだな」
胡散臭げな視線を向けてくる彼らの様子を伺うが、誰にも暴行を加えられたような様子は無かった。
普通は、こういう手合いは警察の管轄なのではないかとオルフは訊いたが、軍事的に絡むところがあるからと、引き取ったらしい。
「それじゃあ、あとは頼むよ」
丸投げかよ。と、オルフは呻いた。こっちだって、何をどう言うべきか思い付いていない。
ガリガリと、オルフは頭を掻いた。
「ああ、そのままでいい。ちょっとあんたらに、聞いておいて貰いたいことがある。俺の名はオルフ=ヒンメル。あんた達に世話になった、シュペリ中尉の元部下だ。戦時中は首都防空隊に所属していた。戦後は田舎に帰って、畑仕事をしていたが、中尉が亡くなったと聞いて、弔えるものなら弔いたいとこっちに来たら、捕まった。んで、しばらく帰す訳にはいかないから、その間は新型機のテストパイロットをやれと言われた」
独房の中から、返事は無い。だが、オルフは続ける。
「その新型機っていうのは、ヤハールのものと。この国、ミルレンシア空軍のものだ。俺は、その両方のテストパイロットをすることになるが。ミルレンシアの新型機は、あんた達に造って貰いたい。ここにいる、ヤハールの連中からも聞いたと思うがな」
グッと、溢れそうな激情を堪え、オルフは拳を握った。
「これも、既に聞いているかも知れねえけど。ミルレンシア空軍を始めとして、ヤハールはこの国の軍隊を復活させようとしている。それは、俺達を西部諸国の楯にしようという腹づもりだ。だが、それは同時に、それだけの力が俺達にはあると、見込んでの話でもある。トキマ=クロノは中尉をこんな形で死ぬべき男ではなかったと言った。残念だと言った。そう言わせるだけの価値を中尉はヤハールに伝えた。あんたらが作った機体は力を見せたんだ。あんたらがやったことは、無駄じゃない」
静かに、オルフは息を吸った。自分自身に、言い聞かせるように、続ける。
「俺は、さっきも言ったけれど。戦時中は首都防空隊にいた。結果は散々だった。街はあの通り焼き尽くされた。守れなかったものは多い。けれど、守りたいものがあった。俺は、この国を守りたかった。だから、軍に入った。負けたけどよ。ああ、この国は負けた。だが、永遠の隷属のような真似はさせなかった。そんな条件を呑ませられたのは、この国が最後まで戦い抜いて、ヤハールに伝えられたものが有ったからこそだと思っている。だから俺は、戦ったことは無駄じゃなかったと思っている」
欺瞞かも知れない。だが、そう思わなければ、犠牲になった者達があまりにも浮かばれないじゃないか。
「あの戦争は、元々は西部諸国に対する備えをどうにかするため。そのための資源を獲得するための戦いだった。はっ。国を守るために戦争して、結果ボロボロになってりゃ世話無いと思うがな。だが、本当にヤバいのは西部諸国だ。それは変わりねえ」
色々と追い詰められていたせいだとは思うが、到底、当時の首脳達が正気の状態で下した決断だとは思えない。借金を払うために、高額のギャンブルに金を突っ込むような暴挙だ。その決断に至った経緯には、不可解な点が多すぎて、今になっても調査が終わらず、捕まった政治家達も刑が決まっていないくらいだ。
「その西部諸国が、ボロボロになった俺達の国を狙っているって話だ。そりゃそうだろうよ。連中にしてみれば、またとない絶好の機会だからな」
大きく、オルフは息を吸った。
「ここはっ! 俺達の国だっ! 俺達が、この手で守るんだっ! 負けたからなんだ? それが勝った連中の責任だと、いつまでも守られていてたまるかっ! そんなことで、ここは俺達の国だと胸を張って言えるのかっ!」
独房に、オルフの叫びが響いた。
「頼む。俺に、この国を今度こそ守らせてくれ。今はまだ、すぐにはそんな気になれないかも知れない。けれど、少しでもその気になったなら、力を貸してくれ。俺が言いたいのは、それだけだ」
そう言って、オルフは頭を下げた。独房の中にいる人間達に、どう見えたのかは分からない。返事は、無かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
出された夕食を平らげ、独房の中で彼らはそれぞれ楽な姿勢を取っていた。横になる者もいれば、壁に背中を預けている者もいる。
陰気な場所だが、衣食住に不自由せず、下手すれば娑婆にいるよりも上等な食事にありつけるときたものだ。待遇は上等すぎて涙が出る。
そんな、開き直った囚人生活を決め込んでいたが。あの若い、元ミルレンシア空軍のパイロットを名乗った男が来て、空気が変わった。その変化は、ここにいる誰もが感じていた。
「なあ、おい。お前らは、どうするよ?」
ハリゲルが口を開いた。そして、彼らの間で続いて長い沈黙が破られる。
「さあな?」
やや投げやり気味に、ストメントがハリゲルに返した。こんな口調だが、彼は彼なりに思うところはある。それが、答えを出せない苛立ちとなって口調に出ていた。
「私は、もう少し考えさせて貰いたい。そんな時間を連中がくれるか、知らないけど。ただ、ぎりぎりまで見極めさせて欲しい」
「お前は、ただこの食っちゃ寝生活を満喫したいだけだろ」
ロペアの返答をハリゲルが茶化す。ロペアは苦笑を浮かべた。
「それで? お前は、どうなんだ?」
流れ的に、その独房で最後に訊かれたモルトは、にやりと唇を歪めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
空軍基地の一角にある倉庫にて。カイ=シンサンクは口元に手を当て、残骸を眺める。
「ここにいましたか。中尉。探しましたよ」
「ああ、すまない」
部下に視線を向けることなく、彼は謝罪を口にした。
「例の容疑者達ですが。戦闘機を造るという話に応じました。やはり、同国人からの説得は違うということですかね?」
その報告を聞いて。カイは静かに、深く息を吐いた。
「さあ? それはどうだろうな? 連中が何を考えて、この話に乗りだしたのか? そこは、見極めたいところだな」
実際に、彼らが戦闘機を造ることが出来る。そうなれば、ヤハール軍としても、ミルレンシアにどれだけの生産ポテンシャルがあるかの目安になる。
だが同時に、これは彼らにとっては犯行の実行力を証明するようなもので、ある意味では自ら首を絞めるような真似だ。それも確認したくて要求した話でもあるが。
「しかし、証言通りとにかく一泡吹かせたかったというのが、確かに辻褄は合うな」
我が身の安全よりも、溜まった鬱憤を晴らすことを優先する精神。だとしたら、彼らが戦争で負った心の傷もまた、深いということなのだろう。