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6:敷かれる道

 占領軍はメルテナの空軍基地をそのまま再利用していた。

 戦時中は執拗に攻撃を仕掛けておきながら、それでも生き残った部分は体よく利用すると。

 当時の損傷がどの程度だったか、オルフの記憶も朧気だが、酷い状態の建物は新しく建て替えられているようだった。


 そして、オルフは生き残った建物の一つへと連れられた。当時は基地司令やら参謀やらがいた建物であり、オルフはほとんど中に入ったことが無かったが、それでも見れば少し懐かしい気がした。たった四年ぶりだというのに。

 よくぞまだ生き残っていてくれたと。オルフはそんな風に思った。

 建物の奥へと向かい、その中の一室へと入る。


「失礼します。オルフ=ヒンメルを連れて参りました」

「うん。ご苦労様。それと、君にも関係がある話だから、ここに残ってくれ。カイ中尉」

「了解です」

 オルフの隣で、彼を連れてきた男が応えた。


 部屋の中には、二人の男がいた。一人はご立派な机の奥に座り、もう一人はその机の傍らで立っていた。

 オルフは机の奥に座る男の肩章を確認した。記憶違いでなければ、確かヤハール空軍の大佐のはずだ。

 もう一人は、階級を示すような物を身に付けていない。そもそも、軍服ではなくスーツを着ている。秘書という雰囲気でもなさそうだが。あと、どこかで見たような顔の気もする。

 二人とも若い男だ。大佐の方は、オルフよりも少し年上に思えるが、それでも両方とも、恐らくはまだ二十代だろう。

 オルフが無言で扉近くに突っ立っていると、大佐は苦笑を浮かべた。


「すまない。もう少し机の側まで来て貰えないかな? あまり遠くにいられると、少し話しにくいんだ」

 そう言われて、オルフ達は彼らの側へと寄った。それでいいと、男は頷く。

「突然呼び立ててすまないね。君にはさぞ迷惑をかけてしまったと思う。けれど、それでも協力的に聴取に応じてくれたことに、まずは感謝するよ」

「それはどうも。だが、前置きはいい。取り調べが終わった後に、俺をここに呼んだ用事ってのはなんだ? まずは、それから聞かせて貰おうか?」

 こちらの言葉遣いが気に触ったのか、机の脇に立つ男から怒気が伝わってくる。


「やめなさい。彼はヤハールの軍人じゃない。それに、今はただの民間人だ」

 静かな声で、大佐は男を制した。

「君の言うことはもっともだ。だが、まずは自己紹介をさせて貰おう。俺はハクレ=シヨウ。ヤハール空軍の大佐だ。そしてこちらはトキマ=クロノ。顔は知らなくても、名前くらいは知っているんじゃないかな? 空戦競技のチャンピオンだよ」


「ああ、なるほど。道理でそちらは見た気がしたと思った。新聞で何度か見た顔だ」

 だとしても、そんな二人が何故自分を呼ぶのかはさっぱり分からない。ハクレの方も、顔は知らずとも、戦時中に何度も名前を聞いたことがある。有名人だ。

「彼は、元々は俺の部下でね。先日の襲撃事件で、この国の元パイロット達の境遇に心を痛めている。それで、チャンピオンの肩書きも使って、数日前から陳情に来ているんだ」


「そういえば、そんなインタビューも読んだ覚えがある。中尉について聞かれて『残念だ。出来れば平和な空で、競技として戦いたかった』とかそんなこと言っていたな。それは、本心なのか?」

 オルフが訊くと、トキマは大きく頷いた。

「ああ、嘘偽りの無い自分の本心だ。あの人は、あんな最期を迎えるべき男じゃなかった。自分は、そう思っている」

「そうか」

 揺るぎない口調に、オルフはその言葉が本心からのものだと信じた。


「それを受けたから、という訳でもないが、切っ掛けの一つではあるね。少し、空軍の方でも動きが出てきた」

「待った。それは、俺が聞いてもいいような話なのか?」

 軍の動きなんて話、おいそれと一般人に聞かせるようなものではないと思うのだが?

 オルフが訊くと、ハクレは笑みを浮かべた。


「いや? あまりよくないよ。流石は元エリート集団の首都防空隊所属のパイロットだ。察しがいいね。だからこの先は、聞くか聞かないかを確認してから話すつもりだったんだ」

 ハクレは軽い口調で話してくるが。

 オルフはふと、背筋が凍るような思いがした。こいつは、得体の知れない何かに思える。気付かなければ、そのまま説明されて、後戻り出来ない状況に追い詰められていた可能性がある。一見すると温和そうな笑顔の裏に、何を隠し持っているのか読めない。

 一体こいつは、戦時中はどんなパイロットだったのかと。先の先まで読んで詰めてくるような。そんな気がしてならない。


「そんなに怯えなくても大丈夫だよ。秘密を守ってさえくれれば、何もしない。聞いた上で、断っても構わない話だ」

 オルフの内心を読んでいるかのように、目の前の男は言ってくる。

 それは、逆を言えば秘密を公表すれば、どうなるかという話でもあるが。

「分かった。話を聞こう」

 オルフにはどうにも、目の前の男からは逃げられる気がしなかった。それならば、まだ協力的な態度を取った方が得に思える。


「君に、頼みたいことがある。しばらくの間、ここで新型機のテストパイロットをしつつ、先日の襲撃事件について捜査に協力して貰いたい。勿論、その間の衣食住は用意するし、ヤハール軍の規定に則った、相応の給金も支払うつもりだ」

 ハクレの話にオルフは目を細める。なるほど、これなら自分を監視下に置ける上、まさに困っている話を賄うので条件も飲ませやすい。実に都合のいい手を考えたものだと思った。

 だが、同時に訳が分からない。


「ちょっと待て? その新型機っていうのは、おたくらヤハール空軍のものだろう? いいのか? それに、捜査ってどういうことだ? 確かに、中尉が何故あんな真似したのかは、俺にも腑に落ちないが。そこまでして究明しないといけないものなのか?」

 オルフにしてみれば、シュペリが死亡したことで、あの事件はもう終わった話の様に思える。だからこそ、レルヒィに遺体を返していないことにも納得がいかないくらいだ。


「そうだね。それについては、これから説明するよ」

 軽く頷いて、ハクレは続けた。

「実を言うとね。ミルレンシア空軍を復活させようという話が持ち上がっている」

「何だって?」


「空軍だけじゃない。海軍や陸軍も含めての話だ。まだ、時期も体制もどうするか、全然話は固まっていないけれどね」

「何故だ?」

「理由は、いくつかある。切っ掛けは先の襲撃事件だ。さっき言ったとおり、チャンピオンきっての嘆願もあり、あまり無視も出来ない。かつてこの国を守ろうと空を飛んだパイロット達が不遇な境遇に晒されるというのは、忍びない」

 それを本心だと言うには甘すぎるのではないかとオルフは思う。流石に、それを素直に信じるほど彼もお人好しではない。


「勿論、我々もそれだけで話を動かす気になったわけじゃない。先の戦争で、ヤハールも疲弊している。俺みたいな若造が基地司令としてこっちに送り込まれるくらいにね。そんな状況で、いつまでも占領統治を続けていくのも厳しい。終戦時に結んだ条約の通り、この国が安定するようになったら、引き上げる約束だしね」

 だがそれは、ミルレンシアに対して、ヤハールに敵対出来ない体制を作り上げてからの話だとオルフは思っていたが。軍の指揮権を握り、傀儡政権を樹立させるといった真似をして。


「あとどうにもね。西部諸国の動きがきな臭い」

 その一言で、オルフは納得した。

「なるほど、つまりは俺達を西部諸国に対する楯にしようという訳か。それで、この国に駐留している占領軍だけでは守り切るのは辛いから、兵力を掻き集めようって訳だ。この国の元軍人を遊ばせておく余裕も無くなってきたと」

「有り体に言えば、そうなるね」

 オルフは机に拳を叩き付けた。


「だったら、何で戦争なんかしたんだっ! 俺達は、散々連中のヤバさを訴えていた。お前らが素直に資源を売ってくれりゃあ。あんな戦争しなくて済んだんだろうがっ!」

「それについては、俺も同意出来るところはある。かつての俺の上官も、同じ事を言っていた。こうしてこの国を統治して、始めて実感として分かるというのも間抜けな話だと思う。とはいえ、資源欲しさに、いくら君達の国が必死だったからといって、それでも許されない真似をしてきただろうに。という気持ちもあるけどね」

 ハクレは大きく溜息を吐いた。


「だが、この話は止めよう。開戦の経緯については、後世の歴史家に任せておけばいい。そんな話をしたところで、今はどうあっても、お互いに平行線になるだけだろうし。今話すべき事は、そんな終わってしまった話じゃない。これからどうするかの話だ。そうじゃないかい?」

「ああ、そうだな」

 オルフも息を吐いて心を落ち着かせ、拳を引っ込める。


「話を戻そう。今度は、捜査についての話だ。シュペリ=ラハンによる襲撃事件。これには見過ごせない謎が残っている。彼が襲撃に使った機体を造ったという協力者達は素直に捕まってくれたけれどね。彼が何故あんな事件を起こしたのか? どうやってあんな機体を用意したのか? それが分からない。協力者達は、口を揃えて『彼が実弾を使うとは思わなかった』『実弾なんて用意していない』『ただチャンピオン戦に乱入して一泡吹かせたかっただけだ』『シュペリもそのつもりだと言っていた』と、そう証言している。だが、何よりも問題なのはエンジンだ」

「エンジン?」


「君も知っているだろう? 今、この国では兵器の製造に繋がりかねない技術はすべて俺達の管理下にある。戦闘機に使えるような、大型エンジンもだ。なのにそんなもの、どこから用意した?」

「回収したエンジンの製造番号とかから、分からないのか?」

「その製造番号が無いんだよ。刻印を削った形跡も無い」

「協力者達は何て言っているんだ?」


「『詳しいことは分からない』『シュペリがどこからか持ってきた』と言っている。彼らだけで零から造り上げることもまず不可能だろう。出所が完全に不明なんだよ」

 深く、ハクレは息を吐いた。

「つまりだ。この国には今、そうやって出所不明の兵器を用意出来るテロ組織が潜んでいる可能性があるということだ。これが、由々しき事態だということは分かるだろう?」


「中尉がそんなテロ組織に加わっていたなんて、俺にはとても思えないが。もし、万が一そんな連中がいたら、確かに冗談じゃないな。そいつらの思想がどうであれ、迷惑を被るのは、ただの一般市民だ」

 なるほど。彼らが事件の全容解明とやらに躍起になり、シュペリの遺体もレルヒィに返せないわけだ。オルフは納得した。


「そういう訳で。君には主に三つの仕事を頼みたい。一つ目は、ヤハールの新型戦闘機のテストパイロットをして貰う事。ミルレンシア空軍が復活し、俺達の兵器を使わせたとして、どこまで使えるものかを確認したい。二つ目は、捜査に協力して貰う事。特にこれと決まっていないが、適宜話を聞かせて貰ったり、色々と頼むことになるだろうと思う」


「三つ目は?」

「君達の手で新型戦闘機を造り、それのテストパイロットもして欲しい」

 新型戦闘機を造る? とんでもない要求が出てきたものだと、オルフは絶句した。

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