42:戦闘(4)
遠のきそうになる意識をかろうじて保ちながら、オルフは機体を操る。
空気が薄く寒い空の中で、敵機からは目を離さない。
上昇での位置取りは、勝った。僅かにだが相手よりも高度を取ることが出来た。しかし、それだけでどうにか出来る様な生易しい相手ではなかった。
複雑に交差する軌道を描き、何度も後ろを取っては取り返すを繰り返した。
少しは、敵機に弾を当てることが出来たかも知れないが、こちらも同様に被弾している。機体性能で食らいついてはいけているとは思うが、この先どれほどやれるかというと、自信が無くなってくる。
しかし、やらないといけないのだ。泣き言は言えない。
守ると誓った。勝つと誓った。オルフの脳裏に、レルヒィやモルト、オット達の顔がよぎる。彼らの思いを背負って飛んでいる以上、落ちるわけにはいかない。
《敵機は撃墜したよ》
あまりにも唐突に、その無線は聞こえてきた。
オルフは胸中で歓声を上げる。この瞬間を待っていた。
操縦桿を倒し、機首を地上へと向けた。ここでの大きな進路変更が、どれほどの時間稼ぎになるかは分からない。けれども、多少なりとは、距離を稼げるはずだ。
数秒もすると、後方から火線がふり落ちてくる。それをオルフはバレルロールで躱していく。
頼む。話を聞いてくれ。
最悪、本当の本当にここで命を落とすかも知れない。しかし、道があるとすれば、これしかない。
フラップを全開。ギアダウン。
急減速による抵抗。そして、甲高い金属音が鳴り響くのをオルフは感じた。数多の銃弾が驟雨の如く浴びせられる。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
何のつもりだと。アルノゥは思った。
あまりにも急な減速に、反応が追い着かなかった。アルノゥは敵機の脇を通り過ぎる。機銃掃射を浴びせることは出来たが、撃墜にまでは至らなかった。
だが、これで、今度こそ終わりのはずだ。
どんな理由か知らない。苦し紛れか、中途半端なタイミングで敵機は急減速をした。あれは、明らかに失策だ。こちらが体勢を立て直せば、まず間違いなく落とせるはずだ。
旋回し、敵機の後ろへと付いていく。暢気。としかいいようが無いほどに、敵機はのろのろと飛んでいた。しかも、水平飛行で。何のつもりかは分からない。しかし、それを考えていられる余裕は無い。
白い煙は上げながらも、目の前のブリッツ・シュヴァルベが堕ちていく気配は無い。戦争当時の頃のものだったら、あれだけ機銃が当たれば堕ちていただろうに。防弾性能が向上しているのだと、アルノゥは判断した。
不意に、敵機から光が放たれた。信号灯。
軽く呻いて、アルノゥは目を細める。
脚を出している?
今更ながらに、そんな事に気付いた。また、敵機は主翼を振ってくる。
交戦の意思無し? 降参? それとも何かを伝えようとしている?
なら、いいだろうと、アルノゥは判断した。この位置なら、何があろうと直ぐに撃墜出来るはずだ。
点滅する光を読み取る。彼は、声を失った。
エルダ ブジ ホゴ
一瞬、意味が分からなかった。どうして? ここで妹の名前が出てくるというのか?
呆然と、戦闘中だというのに。アルノゥもまた、ゆっくりとした水平飛行を続けていく。
オカエリナサイ
まさか? 本当に? 彼らは、自分達の正体に気付いているというのか?
信じられないと思いながらも、アルノゥの体の震えは止まらなかった。
テッキ ゼンメツ タスケニ キタ
これは、どう考えればいいというのか?
あまりにも出来すぎた話で、罠だとしても悪辣すぎる話だ。
《聞こえますか?》
再び、アルノゥは身を震わせた。
無線からレパンの声が聞こえる。ということは、通信が回復している。電子戦機は撃墜されているということだ。
「ああ、聞こえる。本当に、聞こえる」
《彼らに敵意はありません。彼らの装備は、小口径のペイント弾です。あと、エルダさんは無事だと、彼らは言っています》
「こっちでも、そう言っている」
アルノゥは、主翼を振って、目の前の戦闘機に応えて見せた。
そしてまた、目の前の戦闘機は、より大きく主翼を振ってくる。嬉しく、はしゃいでいるかのように。コクピットの中でその戦闘機乗りはこっちを振り返って笑い、大きく左拳を挙げていた。
「帰ろう。レパン」
《はい》
無線の先から、嗚咽が聞こえてきた。無理もない。彼もまた、地獄のような日々を送ってきたのだ。
アルノゥの目から、止めどなく涙が溢れてきた。彼らの誘導に従って、懐かしき空軍基地へと機首を向ける。




