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38:戦う相手

 ハンガーの中、オルフは慌ただしく動くモルト達を眺めた。彼らは新型のブリッツ・シュヴァルベの整備に取り掛かっている。

「浮かない顔だな」

「来たのか」

 オルフが声のした方に向けると、トキマが立っていた。


「ああ、この通り。全く、あの人は相変わらず人使いが荒い。あと、大まかな話も聞かせて貰った。しかし、あれを聞かされたら、そんな顔にもなるか」

 くあぁと、トキマは大きく欠伸をする。並の腕の戦闘機乗りでは相手をしても無駄に犠牲を増やすだけだと判断され、トキマもまたオルフと同様に選ばれたのだった。


「眠気は大丈夫なのか?」

「移動中に仮眠は取った。十分だ。少なくとも、戦時中よりは大分余裕がある。そっちは?」

「俺も大丈夫だ。問題無い。こうなる展開を見越して、夕方から仮眠は取れと言われていた」

 眠れないかとも思ったが。休めるときには徹底的に休むという戦時の習慣はまだ体に残っていた。おかげでオルフも、熟睡とまではいかなくとも、こんな時間にも拘わらず十分に頭は冴えている。


「ところで、知っていたら教えて貰いたい。相手として出てくると予想されるアルノゥとレパン。この二人は、どんな戦闘機乗りなんだ?」

「悪いが、アルノゥ中尉については、俺も詳しくは知らない。それ程付き合いがあったわけじゃないからな。ただ、シュペリ中尉から聞いていた印象だと、二人とも似たような感じだと思う。というと、実際に戦ったからイメージが付くか?」

 訊くと、トキマは顔をしかめた。


「あのタイプか。位置エネルギーと運動エネルギーを的確に使い、先を読んで有利な状況を作ってこちらの手を封じる。あのときは、機体性能か相手のコンディションか、そんなもので何とかねじ伏せたようなものだが。あまり相手にはしたくないな」

「とはいえ、それはハクレの野郎も同じだろう?」

「知っているのか?」

 オルフは鼻で嗤った。


「知らないわけないだろう? ヤハールのエースパイロット様だ。撃墜数こそ、最上位クラスに比べれば少ないものの、重要な戦場で重要な役割を果たし、こっちのエースを仕留めてくる撃墜王殺し。戦時中は結構な懸賞金が懸かっていたってのは、そっちでも知っているだろが?」

「まあな。懸賞金の額については、戦後に知ったが」

 呆れたように、トキマは肩を竦めた。


「しかし、今の実力はどうなんだ? あまり、飛んでいる様子は無いようだが?」

「まるで落ちる気配は無いな。むしろ、瞬間的な先読みなら、戦時中よりもキレが増しているんじゃないか? ああいうのを悪魔って言うんだろうな」

「マジかよ。だが、それなら、たまには教官とかやってもいいんじゃないのか?」

「それが、あの人の場合は指導が感覚的に過ぎる。更には残念なことに、言っていることも高度過ぎて、参考に出来ない。付いていける人間がいないんだよ」

 そう言ってくるトキマに、オルフは乾いた笑いを浮かべる。


「それで? レパンについては? こっちは、君と同じ隊に所属していたと聞くが?」

 こちらは、オルフ対策として有益と判断され、駆り出されるだろうと予想されている。

「ああ、こっちはあれだ。射撃が上手い。偏差射撃が的確で、射程は普通のパイロットの1.3倍くらいは見越した方がいい。あと、狙った獲物は絶対に逃がさないというぐらいにしつこい。食らいつかれたら、振り切るのは苦労する。もし、あの人を相手にしていたとしたら、シンの野郎はよくもまあ逃げ回ったものだと思うぜ」


「なるほど。そっちもそっちで、手強そうな相手だ」

 そう言って、トキマは首筋を掻いた。

 と、モルトが機体から離れ、駆け寄ってくる。


「準備は完了した。突貫工事だったが、これでいつでも飛べるはずだ。俺達も、話は聞いた。俺もな? 姪のことを考えると、あの娘は他人とは思えない。大将、頼むぜ」

 勿論だと、オルフは頷いた。

 離陸予定時刻まで、あと三十分。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 まだ日も昇らない、暗い夜空の中を彼らは飛んでいた。

 燃料にはまだまだ余裕がある。闇夜での補給も、いい加減慣れた。度重なる無茶に応え続けたおかげで、皮肉な話だが、戦時中よりも腕は上がったように思う。


「レパン。オルフというのは、君から見てどんな戦闘機乗りだ?」

 アルノゥはレパンに訊いた。この無線も、後方を飛んでいる督戦隊および電子戦機には筒抜けではあるが。

《どうして、そんな事を訊くんです?》

「同じ部隊に所属していたんだろう? なら、俺がやる」


《気遣いなら、無用です。私も私で、あいつには戦時中には色々と煮え湯を飲まされました。恨みは多いんです。遠慮なく撃てますよ》

 そっちこそ、無理に気遣いを言うなとアルノゥは思った。彼もまた、自分達がこの任務を成功させない限り、エルダの命が無いことを知っている。だから、彼はこうして任務のためには全力を尽くすと言ってくれている。

 任務を成功させたからといって、それで妹の命が保証されると、そんな考えは甘いとは思うが、今はそれに縋るしか無い。


「そうか」

 いっその事、妹にはどこかに逃げてくれればと思うが、心優しく家族想いなあいつにそんな真似が出来るはずが無いとも、アルノゥは理解している。


「なら、それはそれとして、教えて欲しい。戦い方の手がかりになるかも知れない」

《一言で言えば。クソガキです。飛び方は機体性能目一杯までぶん回して荒い。機動は滅茶苦茶をします。戦闘機の乗り方もそうですが、逃げ足は速い。臆病というのとは違う。あれはほとんど、天性のものだ。相手の強い弱い、どこを狙うかを嗅ぎ取る嗅覚が優れている。また、ちょっとでも隙を見せればそこに容赦なく突っ込んでくる野郎です。空の上だけじゃない。あの悪戯小僧に、私も隊長も手を焼きました》


「それは、私もよく彼に愚痴られたな」

 そう言って、アルノゥは苦笑を浮かべた。お説教の度に、妹の話を持ち出されてはついついそっちに流されるとも言っていた。彼の妹に気があるのかもしれないと、彼は疑っていたが、そこは兄として「今のあいつにそんな話を切り出すことは出来ない」と言っていた。


「しかし、そうか。分かった。つまりは、ブリッツ=シュヴァルベ乗りに向いたパイロットだと言うことか」

《ある意味では、そうなります》

 空が白んできた。

 そして彼らは不可侵領域、そして国境を越えて、ミルレンシアの中へと戻って来た。

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