36:擦り切れて
その日、リィゼは店に出ると、レルヒィから店の裏へと呼び出された。
「落ち着いて聞いて下さい」と、沈痛な声色で彼女は言ってきた。
シンが訓練中の事故で行方不明になった。レルヒィはそう言ってきた。
自分が近いうちにこの仕事を辞め、彼と一緒になるつもりだということは既に話していた。だから、涙を流し何度も「嘘だと言ってくれ」と懇願した。しかし、レルヒィは首を横に振った。
レルヒィは自分を胸に抱いて、泣いてくれた。まだ、オルフ達が捜索しているから、希望は捨てないでと言ってきた。
辛いのなら、店長に言って早退させて貰うように頼むと彼女は言ってきた。その言葉に甘えて、リィゼは早退した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
我ながら、上手く騙せたと思う。
レルヒィの反応を思い出しながら、無表情にリィゼはタイプを打った。
自宅。とは言っても、ここに来てさほど長く使っているわけでも無いが。
早退したリィゼは、トランクに入った暗号無線機を使い、どこにいるのかも分からない相手へと送信する。内容としては、捜索は続けているものの、シンを含めた小隊はほぼ全滅確実。そして、明日の夜明けの頃に、指定の空域にオルフが新型機に乗って現れるというものだ。
本当にオルフが新型機に乗るのかは確認しきれない。ただ、可能性としては有り得ると思った。あれはまだ試作機で、どれほどの性能を持っているのかは彼ら自身把握し切れていないところはあるだろう。であれば、用途が捜索だったとしても、どこまで使えるのかを確認するのは意味がある。
レルヒィは無邪気に「きっと凄い飛行機だから」とか言っていたが。まあそれも、オルフが彼女を宥めるための方便として言っていたとして不思議ではない。
リィゼは舌打ちして、トランクを閉じた。
あの女。レルヒィが嫌いだった。悪人じゃないことも、本人なりに苦労してきたことも知っている。ただ、だからこそ許せない女だった。
笑顔の裏で、許されるなら何度も殺したいと思ったものだった。
そんな女が、恋人を見付けて幸せな家庭を築く? ふざけるなと思った。
静かに、薄くリィゼは笑みを浮かべた。
ただ、これでもう、すべてが終わる。だから、もういいのだ。
リィゼはふと、部屋を見渡した。
この質素で狭い部屋も、これでもう見納めだ。だからといって、もう何の感慨も湧かないことを確認する以上の意味は無かったが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
これが終わったら、自分はどうなるのか?
感情が欠落した頭で、ぼんやりとそんな事考えながら、リィゼは部屋を出た。大家には予め家賃は支払ってある。突然自分が消えたところで、騒ぐことも無いだろう。
店も警察に届け出を出すくらいはするかも知れないが、それ以上のことはしない。そんな能力は彼らには無いのだから。多少心配はするかも知れないが、数ヶ月もすれば、自分なんて人間は、最初からいなかったかのように、綺麗に忘れ去るだろう。夜逃げの動機もある。その点でも不自然さは無い。
リィゼは足音を消しながら、深夜の灯り一つ無い、無人の道を歩く。
指定された先に着いたとして、果たして「次」はあるのだろうか? その可能性は半々か、あるいはそれでも甘く期待しすぎのような気がした。役目を終えたことで、自分という証拠をそのまま始末してくる可能性の方が、高い気がした。
疲れた。それが、彼女の正直な感想だった。
角を曲がる。
闇に紛れ、黒い服を着た男がいた。
不意を突かれ驚くよりも先に、頭に強い衝撃を受け、リィゼの意識は闇に沈んだ。




