30:悪夢からの目覚め
にわかに、メルテナ空軍基地がざわめいてくるのをオルフは肌で感じた。
飛行場のあちこちで、兵士達が駆け回っている。こういうときというのは、何かがある。それも、ろくでもない何かだ。詰め所の中でトレーニングに励みながらオルフは、そんな事を思い出す。
と、内線が鳴り響いた。オルフらを監督する上官が、それを取る。
「はっ? はい、伝えます」
いよいよ以て、何事かとその場にいた人間は彼へと視線を向けた。
「諸君! 緊急出動だ。目的飛行空域はウルリッツァ湿原。直ちに向かえ」
「何事ですか?」
上官の近くにいた一人が訊く。
「昼に出た連中が予定を30分過ぎても帰ってこない。通信も無い。念のため確認しに行って欲しい」
素早く敬礼を返して、オルフを含め部屋にいた全員が飛行場へと駆け出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目を覚ますと、そこは一面の白だった。
激痛が左脚から伝わって、思わず呻く。
「気がつきましたか?」
「ここ、は?」
何がどうなっているのかと、シンは額に手を置く。
「病院です。あなたはウルリッツァ湿原の端で不時着した機体から助けられました」
シンは声の主を確認する。中年の女性看護士だ。そして、彼女の声で思い出す。
「不時着? そうだ。俺達は、正体不明機に襲われて」
「記憶もあるようですね。大丈夫です。あなたは助かりました。左脚に大きく破片も突き刺さっていましたが、手術も成功しています」
左脚を再び意識して、シンは呻いた。
「痛みますか? すみません。今すぐ痛み止めを持ってきます」
踵を返し、ベッドから離れていく彼女の背中を眺め、少しずつ現実感を取り戻す。
「俺は、助かったのか?」
口に出した途端、震えがくる。信じられないものを確認するかのように、シンは我が身を抱いた。
否応なしに、思い出す。
あれから起きたことは、シンにとってはまさしく悪夢だった。
敵機はたったの2機だった。しかし、そいつらは軽やかに、かつ鋭く空を舞い、シン達を嬲った。どれだけ機銃を掃射しても、まるで当たる気配が無かった。紙一重で見切られている。その上で、猫が弱った鼠を玩具にしてくるような。そんな錯覚を覚えた。
僚機はそれを互角に戦えている結果だとでも思っていたのかも知れない。けれど、シンにはとてもそうは思えなかった。オルフと模擬戦をしたときのような、何手も先を読まれているような感覚だった。
格闘戦に入って五分もした頃だろうか。敵機の動きが変わった。かと思えば、瞬く間に僚機を撃墜した。
そこからは、シンは一目散に逃げ出した。
死神に心臓を握られているような恐怖を味わいながら、メルテナへと飛んで。
がむしゃらに操縦桿を倒しては、敵機の射線から進行方向を逸らし続け、決して速度だけは落とさないように心がけた。オルフやトキマから聞いた助言を忠実に守る。もはやこれだけが、命綱だった。
時折甲高く、機銃が機体を撃つ音が鳴り響く度に、しゃっくりのような悲鳴が上がった。
左脚が熱く、力が入らなかった。ぬるりとしたものが広がっているのを自覚していった。
バキンと、一際大きな音が鳴り響いて。
視界の端で、認めたくないけれども否応なしにそれが見えた。
主翼が火を噴いて、黒煙を上げていた。これでは、後どれだけ保つか分からない。とてもじゃないが、逃げ続けることは出来ない。死ぬ覚悟なんて、出来やしなかった。
緩やかに失速していく機体の中で、泣き叫びながら必死に操縦桿を引いて、僅かでも生き残る可能性に賭け、愛する女の名前を呼び、謝った。
そんな悪夢に震えて、シンは歯を鳴らしながら涙を流し続けた。




