29:正体不明機
その日は快晴だった。
メルテナから遠く離れた北西にある訓練空域に、シン達は到達する。広大なウルリッツァ湿原が、彼らの眼下に広がっていた。
シン達は4機で編成し。更に1機が彼らに先行している。この1機が、的を引っ張りながら飛ばすので、それを撃つ。そんな射撃訓練だ。
操縦桿を握りながら、シンは気分が高揚するのを感じた。
錯覚だとは思いつつも、リィゼが遠くから自分を見ている。そう考えるだけで、嬉しく思える。我ながら、浮かれすぎだとは思うが。
《先に言っておくけどな? シン? 立ち直ったのは結構だが、訓練は真面目にやれよ?》
唐突に、無線が入る。先行している教官機からのものだ。シンは軽く呻く。
「大丈夫です。そこは、腑抜けたりしません」
言い返すと。他の機体からも茶化すような笑い声が響いてきた。
《上手く当てられたら、せいぜい彼女に自慢してやれ》
シンは軽く嘆息する。訓練前に場を適度に緩めるための、体の良いネタにされたなと理解した。
《――おい? 何だあれ?》
どうした? と、シンは僚機のコックピットに目を向け、また彼が向けている視線の先へと視線を移動した。
《1時方向。正体不明機。数2》
その黒い点は、シンの目にも確認出来た。逆光で少し見えにくいが、確かに見える。
《どこだ? どこの機体だ? この時間に他の基地の連中が使うとは聞いていないぞ? 通信は?》
《ダメです。応答しません》
《くそったれ! どこかの民間機でも紛れ込んだか?》
ぞわりと、シンは背中が泡立つものを感じた。その正体が何なのか、説明出来るほどには頭が回らない。
《どうしますか?》
《近付いて、確認するぞ。事と次第によっては、厳重に抗議してやらんといかん》
止めろ! それはダメだ! 危険すぎる!
シンの心臓が強く脈打ち、脳内が警鐘を鳴らす。
どうすればいいのかと迷っている間にも、刻一刻とその機体は近付いてきた。黒い点が大きくなってくる。
《何だ? あの機体は?》
《まるで、ブリッツ・シュヴァルベ? どういうことだ? あれは、基地で整備中のはずだ》
シンは大きく目を見開いた。判別出来た。あんな三日月のような後退翼を持った機体は、ヤハール空軍には存在しない。
「撤退を進言します。今すぐ逃げましょう」
本能的な衝動に従って、シンは伝えた。
《おい。シン。何を馬鹿なことを》
「ダメだ。あれは、相手にしてはダメだ」
頼む。聞いてくれとシンは心の底から、懇願する。
しかし、数秒の間を置いて返ってきた回答は無情だった。
《残念だが、そんな敵前逃亡は許可出来ない。シン、お前は先の模擬戦で臆病風に吹かれている。落ち着け、あれはオルフではない》
「しかしっ! いえ、そういう話では――」
《落ち着け! 俺達はあれが何者なのかを確認する義務がある。その責務も果たさずに、逃げるわけにはいかない。そんな、ヤハール空軍の恥を晒すような真似が出来ると思うか?》
シンは呻く。
分かっていたつもりだった。軍人である以上は上官の命令は絶対。どれだけ危険だろうと、我が身可愛さで死地から逃げる真似は許されない。
《それに、安心しろ。数は俺達が上だ。相手が何だろうと、俺達なら勝てる。自信を持て》
「了解。しました」
相手はたったの2機。にも拘わらず、シンは丸腰で猛獣に挑むような感覚を覚えた。




