23:模擬戦
その日の空は、曇っていた。
トキマはメルテナの空軍基地で、空を見上げていた。
オルフ達が造った新型ブリッツ・シュヴァルベの試作機と、剣鷹で模擬戦を行うからと、ハクレに喚ばれたのだった。
興業のためにあちこちを飛び回っていたが、これは気になる話だと、トキマはスケジュールを調整して来たのであった。
「新型のブリッツ・シュヴァルベは、良い出来のようですね」
模擬戦の準備として、互いに尾を向ける形で飛行する機体。その一方を眺めて、トキマは言った。
「君から見ても、そう思うかい?」
隣で、上空を眺めるハクレに訊かれ、トキマは頷いた。
「一撃離脱戦法のため、ブリッツ・シュヴァルベとまで尖りはせずとも、ああいうコンセプトで造った機体に乗ってくる挑戦者達はいます。ただ、これまで戦ったどの挑戦者達の機体より、ポテンシャルはあるかも知れません」
「ふうん? 君にそこまで言わせるか。試作機にしては、随分と大したものだ。更なる調整を加えていったら、どうなるんだろうね? 逆に、完成度が高すぎて伸び代が無いかも知れないけれど」
「どうでしょうね? カナード翼を取り付けたようですが、その影響による翼のバランス調整や重心の取り方などでまだ、改善の余地はあるのではないでしょうか? こういうのは、実際に何度も飛ばして、調整していかないと実際のところは分からない。そう言っていたのは、隊長ではありませんでしたか?」
「そうだね。まあ、姉さんの受け売りなんだけど」
ハクレの姉は本国で技術者をやっている。戦前から"鷹"の機体設計にも関わり続け、剣鷹の開発にも携わっている。
「お姉さん。模擬戦の結果によっては、また荒れるんじゃないですか?」
「かもね。そこは義兄さんに任せるよ。姉さんもなあ。結婚して結構経つんだから、いい加減少しは落ち着いて欲しいんだけど」
乾いた笑いをハクレは浮かべた。
ハクレの姉の性分については、トキマとしても口出し出来ないので、彼は黙った。
「お、始まったか」
上空を飛ぶ二つの機体は、互いに機首を向けるべく旋回する。
「どっちが勝つと思う?」
「意地が悪いと思います。勝負になりませんよ」
ハクレの問いに、トキマはにべもなく答えた。
「そう。ちなみに、剣鷹に乗っているパイロット。シンというんだが、彼には会ったのかい?」
「はい。会いました。熱烈な歓迎を受けましたよ。話をしていて、背中がむず痒くなりました」
「そう言うな。若いパイロット達にとって、君というチャンピオンは憧れの的なんだよ」
「理屈としては分かりますが、慣れません」
だからこそ、自分はチャンピオンらしくないと思えて仕方がない。
「まあ、彼を見て、自分の黒歴史を見ているような気分になるというのも、気持ちは分からないでも無いがね」
トキマは呻いた。流石に、あれほど酷くはないと抗弁したいが。それも結局は主観でしかないので、黙る。
と、オルフが乗る機体が横転し、背中を地面に向けるなり一気に下降した。下降しながら、再びロールする。それをシンはスプリットSの機動で追っていく。
「当初の想定と違った。そんなところでしょうか」
「だろうね。それが、反応の遅れに繋がった」
おおかた、シンが考えていたのは、セオリー通りにブリッツ・シュヴァルベがまず上昇するだろうから、その進路を妨害し、上から抑え付ける形で機銃を掃射する。それを回避するためにブリッツ・シュヴァルベ旋回したところから、巴戦に持ち込んで行く。そんなところだろう。戦時中にブリッツ・シュヴァルベ攻略法として通達されていた戦い方の一つだ。
速度の乗ったブリッツ・シュヴァルベを後ろから剣鷹が追っていく。二機は機首を上げ、地面と平行になる。
「終わったな」
「ですね」
剣鷹の進行方向が地面と平行になったところで、オルフが再び仕掛けた。ブリッツ・シュヴァルベが大きく機首を上げ、上空へと舞い上がる。
一方で、剣鷹は再び反応が遅れた。そして、それが決定的だった。
ブリッツ・シュヴァルベは横転を加えつつ、山なりの機動を描いた。ハイGヨーヨー。
そして、ブリッツ・シュヴァルベはぴたりと剣鷹の後ろに付いた。これが実戦なら、確実に剣鷹は撃墜されている格好となった。
「なかなかやるね」
鮮やかに決めたものだと、トキマもハクレに同意し、感心する。恐るべきは、おそらくオルフはこれを計画してやっていない。経験から最適な機動を読み、実行している。
「さて? これから10分間の間に、シンは何回くらい墜とされると思う?」
「さあ? 八回くらいでしょうか?」
「そうかい? 昔の君よりは頑張るんじゃないかと俺には思えるけど?」
ハクレの揶揄を無視して、トキマはブリッツ・シュヴァルベの機動を追った。その頭は既に、自分ならどう戦うかという考えで占められていた。




