21:模擬戦に向けて(1)
その日の訓練を終えて、オルフ達は食堂に集まった。
これまでもそうだったが、ヤハールの人間達からは大きく離れている。
「まあ、あれだ。俺が勝手に言いだした話なんだが、何だかんだで造ってもらう新型戦闘機。その試作初号機と、あいつらの新型戦闘機で模擬戦をやることになった。あと、それまでは捜査次第だが、あんたらに対しても、余計な詮索は控えて貰えそうだ」
「大将もなかなかに無鉄砲な奴だな」
「すまん。俺もああ言われたらな、つい頭に血が上ってしまった」
苦笑混じりモルトの声に、オルフは頭を下げた。
「構わん。分かりやすくていい」
静かに、スァンツが言う。その言葉に同意するかのように、他の面々も頷いた。その視線はギラついていて、気合いを感じさせた。
「むしろ、よく言ってくれた。俺達のことを信頼していると言って貰えたようで、嬉しく思うぜ」
「そうだ。ミルレンシア人としての魂を感じた」
そんな声が続いて、オルフは頬を人差し指で掻いた。気恥ずかしい。
「ありがとう。そう言って貰えて、俺の方こそ嬉しい」
負ける気は無いが、オルフもまた気合いが入った気がした。
「しかし、俺としては実際の勝機はどれほどのものか? それが気になるな。オルフ? そこはどうなんだ?」
「そうだな。これまでに何度か連中の機体にも乗った。だから、それがどれほどの性能を持っているのかも、少しは分かっているつもりだ。これは、前にモルトに言った通りだ。あれは、戦時中に出てきたどの戦闘機より性能が上だ。あの頃に出ていたら、到底太刀打ち出来ない代物だったろうな」
しみじみとオルフは呟き、茶を手にとって啜った。
「そうだな。そこは同意する」
オーエンも頷いた。
「その性能は、恐らくあのトキマ=クロノが空戦競技で乗っている機体と遜色ない。中尉は、あんたらが造った機体に乗って、それを追い詰めた」
「なるほど、戦い方によってはブリッツ・シュヴァルベでも彼らの剣鷹とも戦えるということか」
ああ、と。オルフは頷く。
「ましてや、中尉が乗った機体と違い、俺が乗る機体はそれから更に性能が上がっている機体だ」
「そうだな。正直、性能については実際がどうなるかは飛ばしてみないと分らないが。俺にも自信はある。期待を大きく裏切るようなことにだけは、ならないはずだ」
オーエンも同意する。
「しかし、後は肝心のパイロットの腕だな。そこはどうなんだ?」
「負けねえよ」
「根拠は?」
オルフは目を細めた。
「あいつは、戦場ってものを知らねえんだよ。大方、終戦頃にこっちに来て、先任パイロット達から景気のいい話を聞かされ続けたんだろ。だから、腕試しをしたくて仕方がない。少しばかりのブランクはあるが、そんな、武功に焦る雑魚に劣るほど、俺の腕は甘くねえんだよ。それに、感覚も取り戻しつつあるしな」
ああいう奴ほど、当時はあっという間に死んでいったなとオルフは思い返す。シン=キリマ。あいつが、真面目に訓練に励んでいることくらいは分かっているが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その晩、オルフは司令室へと呼ばれた。これまでにも何度かあったやり取りだ。戦闘機製造の状況確認などについて話し合う。
机を隔てて、互いに対面に座る。
「君達の飛行機は、順調に完成しそうだね」
「ああ、見ての通り、ほとんど完成している。あとは、試験飛行を何度かやってみるという具合だ」
「そう。それで、いよいよ。だね?」
にやりと、ハクレが笑みを浮かべる。
「自信は、ありそうだね?」
「分かった上で訊くあたり、あんたは相当に性格が悪いと思うぜ?」
オルフは軽く睨むが、ハクレは薄ら笑いを浮かべるだけだった。
「なら、試験飛行で問題が無さそうなら、模擬戦は予定通り三日後の午後。それでいいね?」
「ああ、構わない」
オルフは頷いた。
「それと、今日はもう少し、話しておきたいことがある」
「何だ?」
「こっちの、捜査の状況だ。俺達が真相を探る上で、何を疑問に思っているのか、情報を共有しておきたい」
「俺は、探偵でも刑事でもない。そんな話を聞かされたところで、何の役にも立てねえぜ?」
「分かっているよ。ただ、それでも頭の片隅にいれ、考えてみて欲しいんだ。その上で、君がどう動くかも任せる」
「それなら、まあ」
特に断るような理由も思い浮かばず、オルフは了承した。それに、情報そのものには興味はある。
「どうにも奇妙なんだよ。君達の言うシュペリ=ラハンという男が、どこがどうあの襲撃事件の犯人に繋がるのか」
「まさか、犯人が中尉ではなく別人だとか言い出すんじゃねえよな?」
微かな期待も込めてオルフは訊いたが、無情にもハクレは首を横に振った。
「いいや、その可能性もあり得ない。歯形や背格好などから考えて、彼は間違いなくシュペリ=ラハンだ。ただ、だからこそ解せない。襲撃事件を起こした動機も、エンジンの調達元も。家出してから彼らがいた町に辿り着くまでの数年間も、さっぱり分からないままだ」
「ちょっと待て? 中尉は、彼らの町にずっといたわけじゃなかったのか?」
「彼らから聞いていなかったのかい? その通りだよ。だいたい一年前くらいに、エンジンだけをトラックに乗せてふらっと町に現れたそうだ」
「すまない。それについては初耳だ。中尉が、空や飛行機について語って、彼らの心を掴んでいたというのは聞いていたが」
「そうか。だが、彼らの証言通りだとするならば、それが事実だ。彼の妹から去り、捜索願が警察に出されてから、それまでの間、全く消息が不明だ。確かに、戦後の混乱で、それはそれで無理も無い話かも知れない。ただ、我々がここまで調べて、何も分からないというのもね」
ハクレは嘆息した。
「それに、君達の話を信じるなら、シュペリという男は憎悪でテロを起こすような男ではない。酷く生真面目で自分に厳しく、何事にも筋を通す。そんな男だ。空戦競技も、チャンピオンを含め上位ランカーはヤハール人で占めるという。言わばプロパガンダだ。我々にミルレンシアの空を奪われているという現状に、戦闘機乗りとしては口惜しいものはあったかもしれない。だが、実弾を持ち出すような、そんな一線は越えないように思える。それこそ、やるとしたら彼らが話していたとおり、乱入して一泡吹かせるくらいだろう。無論、戦争の傷痕はそんな男ですら変えてしまったという可能性もあるけどね」
オルフは重々しく息を吐いた。
「確かに、その通りだ。俺は、考えることから逃げていた。らしくないんだよ。中尉は、そんな人じゃないはずなんだ」
オルフはシュペリを信じているつもりだ。しかし、信じ切れるかというと、揺らぎそうになるものがあることは、自分でも否定はしきれなかった。
「それと、もう一つ気になることがある」
「何だ?」
「君以外に、まだ誰もシュペリを偲んで訪れようとしていない」
その言葉に、オルフは眉をひそめた。
「そりゃあ? こんなご時世だ。俺みたいに気軽に動ける奴ばかりって訳じゃないんだろう。特に、中尉に世話になった人間が多いとはいっても、襲撃事件の犯人とされたっていうんじゃ、当人が来たがっても周囲が止めるんじゃないか? というか、俺は止められたしな」
「まあね。実際、連絡が取れた人間はそう答えてきた」
その言い方に、オルフは引っ掛かるものを感じた。
「何が言いたいんだ?」
「どういう訳だろうね? 何人か、数年前に消息を絶ってそれっきりだそうだ。偶然にしては、気味が悪い」
その言葉に、オルフはぞくりとした、言いようのない寒気を覚えた。




