20:二度目の来店
その日。再びオルフはレルヒィが働く店へと訪れた。数日前に予約と彼女の指名はしている。
店の中に入ると、すぐにレルヒィが出迎えてきた。
「いらっしゃいませ。オルフさん。お待ちしていました」
「ああ。迷惑かもって思ったけれど、また来ました」
頬を人差し指で掻きながら、オルフはレルヒィに頭を下げる。
「そんな。ご迷惑だなんてとんでもないです。私の方こそ、オルフさんの元気な姿が見られるのなら、その方が安心ですから」
そう、レルヒィははにかんで言ってくる。
「そうですか。そう言って貰えるなら、俺も嬉しいです。実を言うと、変に思われてやしないかと心配だったんで」
「そうなんですか?」
「はい」
オルフは頷いた。
「え~? オルフさんって、そんな事考えていたんですか? 心配性なんですね」
レルヒィの後ろに付いてくる形で現れた娘が、オルフに話しかけてくる。長く伸ばした少し癖のある、明るい小麦色の髪をしていて、親しみやすそうな笑顔を浮かべていた。
予想していなかった存在に、オルフは少し目を丸くする。
「この子はリィゼ。リィゼ=カーランっていいます。先日、このお店に入った新人なんです。こういうお仕事は初めてだそうで。なので、私と一緒に接客することで、お仕事を覚えて貰っています」
「ああ、なるほど」
オルフにも合点がいった。
「それでね? さっきの話だけれど。オルフさん? レルヒィがオルフさんの事を変に思うとか、本当に心配しなくて大丈夫よ? だって、レルヒィったら、オルフさんからの予約と指名が入ったって聞いてから、そりゃあもうご機嫌――」
「ちょっと!? 何を言っているんですかリィゼ? おかしな事を言わないで下さい。私は別に、そういうつもりじゃないんですから。変なことを言ったら、オルフさんにもご迷惑でしょ? 止めて下さい」
慌ててレルヒィはリィゼの肩を掴み、彼女を揺さぶった。そんな光景を見て、オルフは苦笑を浮かべる。
「いや、いいよ。分かっているから。その子なりに、盛り上げようと気を遣っただけだって。だから、安心してください」
「なら、いいんですけど」
小さく、レルヒィは嘆息した。
「とか言いつつ、私には満更でも無さそうに見えるけど? 本当は、二人っきりの方がよかったりします? でも、ごめんなさいね。私みたいなお邪魔虫がくっついてきちゃって。でも、そっちも二人だし? お店的にも、二人で接客した方が商売になるわけだから」
「まあな」
レルヒィはオルフの傍らに立つ男へと視線を向けてきた。
「オルフさん? あの? こちらの人は?」
「ああ、この男は――」
「シン。シン=キリマ。ヤハール空軍のパイロットだ。今日は、俺がこの男のお目付役に来たという訳さ」
「ついでに、可能なら一緒に酒でも飲んで、ちょっとは仲良くしろって話だ。こいつらの基地司令から、そう言われた」
やれやれと、オルフは肩を竦めた。これが、トキマ相手ならまだ気分よく飲めるだろうが。生憎と彼は興業で地方に出ている。
「仲良く? お二人は、仲が悪いんですか?」
「喧嘩売られて、買ったもので」
オルフがレルヒィに答えると、彼女の表情が曇った。
「ああいや? そんな、心配するような話じゃないんだ。先日、トキマと来たときに、新型戦闘機のテストパイロットをすることになったって話をしたと思うけれど。その新型戦闘機で、こいつと空戦をしろという話になったもので」
「オルフさん達が造ることになったっていう新型戦闘機とですか?」
「はい、そうです」
レルヒィはオルフから視線を外し、シンへと向けた。
「君達にしてみれば、思うところはあるかも知れないけれどね。悪いけれど、俺が勝たせて貰うよ。こっちにも、譲れないものはあるんだ」
そう言って、シンは薄く笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オルフ達は席に座った。オルフの左隣にレルヒィが、シンの右隣にリィゼが座り、レルヒィとリィゼがそれぞれ通路側の席に座っている格好だ。
レルヒィは水割りを作り、オルフの前に差し出した。オルフは彼女に軽く会釈する。
と、リィゼは小首を傾げた。
「失礼だったらごめんなさい。オルフさんって、お酒弱い人なんですか?」
「いや? そんなことはない。人並みだ」
「でも、それ。かなり薄いですよね?」
「確かに。前にトキマさんと一緒に来られたときもそうでしたね。最初の一杯だけで、トキマさんも、それ程飲まれなかったと思います」
「ああ、そのことか?」
オルフは水割りに目を落とした。
「飲酒運転と同じ理屈だ。アルコールが入っていると、どうしても反応が鈍くなる。空戦では特に命取りだ。明日は飛行機に乗る予定は無いとはいえ、万一何かあっても、すぐにアルコールを抜けるようにしておくっていう心構えなんだ。今は平時だから、まだ飲んでいるけれど。戦時中ならまず飲まない」
「それも、シュペリとかいう奴の教えか?」
シンの問いに、オルフは頷いた。
「トキマも、多分同じだ。あと、中尉は煙草も吸わなかったな。肺に悪いからって。高高度の空気が薄い空では、肺がどれだけ酸素を取り込めるかが重要なんだよ」
納得したように、リィゼが頷く。
「随分と、心配性なことだな。そんな、細かいことばかり気にしないと戦えやしないって聞こえるぜ?」
見せつけるように「もう一杯」と、シンはリィゼに酒を注文した。それも、濃いめの銘柄だ。
「一度でも、死ぬような目に遭えば、その考えも変わるさ。まあ、今は言っても分かんねえだろうが。分かったときが、くたばるときになっても、俺は知らん」
オルフの返しに、シンはあからさまに気色ばんだ。
「まあまあ、そんなに険悪にならないで。司令官さんからも、仲良くって言われているんでしょ。お酒は楽しく飲みましょう? どうしても無理っていうなら。シンさんは、私とおしゃべりしませんか? ほら~? こっちも? レルヒィはオルフさんとお話ししたいと思うし?」
「ちょっと? だから、リィゼ?」
やや甲高い声を上げて、レルヒィがリィゼを非難する。しかし、リィゼは意に介した気配は無い。むしろ、口を手で隠して、してやったりみたいな表情を浮かべていた。
その隣で、シンもにやりと笑う。
「そうだな。どうやら、その方がいいみたいだ。俺達は俺達で、楽しく飲ませて貰おう。余計な話はしていないか様子は伺わせて貰うが。そっちの方が、楽しそうだ」
「お前」
オルフもまた、シンを睨むが。彼もまた、リィゼと同じような反応だった。
「それとも、そんなにもその女と二人っきりで話すのは、嫌なのか?」
オルフは胸中で呻いた。ちらりと、横目でレルヒィの様子を伺う。不安げな眼差しをこちらに向けていた。こんな目で見られて――
「嫌なわけないだろう。レルヒィさんがいいというなら、こっちこそ願ったり叶ったりだ」
そう言って、オルフはレルヒィに体を向ける。あんな目を向けられて、嫌だなどと言えるものか。
「ああ? ええと? すまない。なんか、そういう感じになってしまったようなので。レルヒィさんが嫌でなければ、二人で話をしてもいいですか? まあ、今日は中尉のあの機体を造った人達から聞いた話をしたいというか。そんな感じです」
「はい。オルフさんこそ、嫌でないなら。喜んで。教えて下さい。兄さんの話」
少し俯いてはにかむレルヒィを見ながら、オルフもまた気恥ずかしくなってきた。背後で、シンとリィゼによる生温かい視線が突き刺さっているのを自覚する。
その後、彼らは穏やかにシュペリについての話やお互いの生活の日常的な話をした。その途中で、シュペリが持っていたはずの、家族の集合写真が入ったロケットだけでも返して貰えるよう頼めないか訊かれた。オルフはその頼みに、基地に帰ったら、忘れずに訊いてみるよう約束した。
その一方で、リィゼとシンは早々に意気投合し。オルフが「監視はどうした?」と心配になるほど盛り上がっていた。




