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2:プロローグ(2)

 それは、とてもよく晴れた日のことだった。

 季節は春に差し掛かり、まだほんの少しだけ肌寒い。

 しかし、そんな外の様子はこの薄暗い工場の中にはあまり関係の無い話だ。せいぜい、外を移動するのにどれほど楽か否という程度の話。


 レルヒィ=ラハンは短い昼休みを取っていた。

 粗末なパンを牛乳で流し込んで、それで終わり。呆気ないものだ。味わうなどという、そんな精神的余裕は無いし、そうでなくても味はいまいちだ。

 日の高い時間はこうして工場で働き、日が落ちてからは水商売で、戦勝国であるヤハールの軍人相手に接客をする。仕事に追われて、それで一日が終わる。


 それでも、数年前よりはまだマシな生活だ。

 戦争の末期のように空襲に怯える必要は無い。終戦直後とは違い、仕事も食べ物も食いつなげる程度にはある。働けど働けど暮らしは楽にならないが、それでも女一人で自活していけるようになっただけ、人間的な生活になってきたと思う。


 もっとも、今はまだ若く体力があるからこうしてやっていけるのだろうが。こんな生活をいつまで続けられるのかと考えると不安にもなる。病気で倒れたら、もうそこで人生が詰んでしまいかねない。

 欲を言えばキリが無いが、早く復興して欲しいものだと思う。ヤハールによる占領政府は、国民一人一人の努力によって、復興の日はより早まるのだと鼓舞しているけれど。戦争だったとはいえ、国を焦土にしておいてよく言えるものだ。


 ぼんやりと、レルヒィは休憩所に流れるラジオを聞く。国営放送は戦犯者の悪事を暴き立てるプロパガンダだらけになった。残りは、当たり障りのない、平和的な歌謡曲ばかり。

 子供の頃から馴染んできた伝統的な音楽は、国粋的な思想を助長する恐れがあるからとか、そんな理由で禁止された。

 と、退屈な歌謡曲が唐突に途切れた。


『――臨時ニュースです。たった今、空戦競技チャンピオン戦に正体不明のテロリスト機が乱入してきました。現在、チャンピオンが応戦中です』

 不明瞭なラジオからその言葉を聞いた途端、レルヒィの背中にぞっとするものが駆け上った。

 理屈ではない。虫の知らせというか、予感。


『放送を現地に切り替えます――』

 突然のニュースに、レルヒィの周囲で同じように休んでいた女達にもざわめきが湧き起こった。

『――はい。こちら、ノインツェ飛行場です。チャンピオン決定戦にテロリスト機が乱入してきました。現在、チャンピオンが応戦中です。チャンピオン、逃げません。テロリスト機は挑戦者を後方より撃墜。挑戦者の安否は現在確認中です』


 思わずレルヒィは手を合わせた。どうか、この嫌な予感が外れて欲しいと。最悪な結末だけは迎えないで欲しいと。

『敵機は非常に速いです。チャンピオン、追いつけません。何ということでしょう。これではチャンピオンは逃げられません。あ、今観客に避難するように指示が出ました。観客が一斉に逃げていきます。倒れている人もいますが、無事でしょうか?』

 「何をしている。お前達もさっさと逃げろ」と、アナウンサーとは別の声がラジオから聞こえてくる。恐らく、彼らに注意している現地のスタッフだろう。


『わ、我々も避難します。えっと。テロリスト機は今、上昇を続けています。チャンピオンも追いますが、やはり追いつけないようです。何という上昇性能だ』

 「馬鹿野郎」という罵声も混じるが、それでもアナウンサーは実況を続けた。


『すみません。テロリスト機の姿はもう小さくてよく見えません。しかし、遠目で見えた限りでは、三日月型のような後退翼を持っていたように思えます。このような機体は、他にあったのでしょうか? 専門家の意見が気になるところです』

 レルヒィは胸が締め付けられるような思いがした。

 その機体に、心当たりが有る。


『ああ~っ! チャンピオン機にテロリストの機体が発砲。躱した。チャンピオンかろうじて躱した。テロリスト機は高高度で反転し、チャンピオンと向かい合う形を作り発砲。チャンピオン、これをぎりぎり躱しました。まだ戦闘は続いています』

 アナウンサーから遠くで誰かが何かを叫んでいるのが聞こえた。


『はい、既に隣の空軍基地から援軍が飛び立ったそうです。しかし、彼らが追い着くまでチャンピオンが逃げ延びられるかは分かりません。私としては、チャンピオンの無事を祈るばかりです』

 一方でレルヒィはアナウンサーとは全く別の事を祈っていた。

 頼むから、この事件が穏便な形で終わるようにと。

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