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19:挑発と誇り

 事件は唐突に起きた。

 オルフは昼食時の休憩など、時間が取れるときは極力ハンガーへと通い、新型戦闘機の製造過程を確認していた。

 理由としては単純だ。オーエンに語った通り、これから自分が乗る新しい翼というものが、どのようなものになるのか楽しみだったからに他ならない。


 だが、その日はそれまでと様子が違った。オルフがハンガーに入るなり、異質な光景が目に入った。新型戦闘機を造っているスペースをヤハール人の整備兵達が囲んでいた。

 きな臭い雰囲気を嗅ぎ取り、オルフはその場へと駈け出した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 数の上では、新型戦闘機を造っているミルレンシア人よりも、ヤハール人たちの方が圧倒的に多い。囲んでいるヤハール人の数は23人。オルフは素早く確認する。

 そんな、圧倒的に不利な状況であるにも拘わらず、ミルレンシア人はその場から逃げようとはしなかった。彼らの表情に脅えが無いわけではないが、ただの民間人が抵抗する気迫を維持しているのを見て、オルフは胸に熱いものが湧きあがるのを感じた。


「これは、何の騒ぎだ?」

 気迫を込めた声で、オルフはその場の全員に訊いた。

 一斉に、視線がオルフへと集中する。警戒と緊張が入り混じった空間の中をオルフは全く気にした様子も見せず、割って入った。ヤハール整備兵の間を抜けて、ミルレンシア人達の集まりへと立つ。そして、ヤハール整備兵達へと向きなおり、彼らを睨んだ。


「オルフ。こいつら、俺達が造っている戦闘機を馬鹿にしやがった。これまでも、こそこそと陰口叩いていたのは知っていたがよ。それぐらいなら、まだ甘んじて聞き流してやるさ。だがな、ここまでコケにされて黙っていられるかっ!」

 オルフのすぐ傍らに立つスァンツが怒声を上げ、伝えてくる。激しい怒気が、彼以外からもオルフの背中に叩きつけられるのを感じた。

 オルフは合点がいった。


「はっ! 事実を言っただけだろうが! 所詮、お前達がやっているのは無駄な足掻き。敗残国の自慰でしかないんだよ! 飛行機のこともろくに知らない素人の寄せ集めが、何が出来ると思ってんだ?」

「んだとテメェっ! 言わせておけば――」

 今にも飛び出しそうなスァンツをオルフは手で制す。


「お前もだ。聞けば、ミルレンシアの元首都防空隊の所属だったらしいが? 可哀そうにな? そんな連中が造った機体のテストパイロットをするんだろ? 命がいくつあっても足りねえぜ? 今のうちに、遺書を書いておいた方がいいんじゃないか?」

 ヤハール兵達からどっと嘲笑が湧き、オルフへと浴びせられた。

 だが、その言葉を吐いたのは整備兵ではない。彼らの中に混じって、飛行服を着た男がいた。彼が吐いたものだ。一緒に訓練をしていた中でも、見覚えがある。


「俺達が戦時中に乗っていたのは、徴用された学生達が造った戦闘機だ。そんな少年少女が造った戦闘機だが、何も怖いとは思わなかったぜ」

「ふん。そんなポンコツに乗っているから、無駄死にを増やしたんだよ貴様らは。当時は、七面鳥を撃ち殺すより楽だったって聞いたぜ?」

 オルフは押し黙った。心が冷える。本当の本当に怒りが満ちた時の感覚。


 戦争末期の当時は、確かに万全な機体というものは与えられなかった。そのことに不満を覚えなかったと言えば嘘になる。だが、誰もが必死だった。様々な思いを込めて機体が造られ、整備されていたことをオルフは知っている。そんな思いに、少しでも応えたいと思っていた。

 そんな当時の思いを踏みにじられた様に感じた。


「戦時中にそんな専門性が求められるような機体が使い物になるか。女子供を動員するのは末期ではあるが、逆に言えばそれぐらいに扱いやすい機体っていうのは運用性に優れているということだ」

 オーエンもまた、反論する。

 しかし、その声もまた届かないようだった。返ってきたのは冷笑だった。そんな状況に追い詰められること自体が、弱い証明だと。そう言っているかのようだった。


「おい? てめえ。名前は?」

 オルフは飛行服を着た男に訊いた。

「覚えてないのか? シン。シン=キリマだ。ミルレンシア人っていうのは、人の名前も覚えられない頭なのか?」

「いいや? 俺が、いちいち雑魚を覚える頭をしていないってだけだ」

 そう言い返すとシンは気色ばんだ。

「一つ、俺から提案がある」

 そう言って、オルフは獰猛に笑い、犬歯を見せた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 司令執務室にて。

「なるほどねえ。何がどうなるかと思っていたけれど、そうきたか」

 くっくっと、ハクレは顎に拳を当てて笑った。


「司令。お願いします。ご許可を。我々も誇りあるヤハール軍人の端くれ。いずれ、ミルレンシア空軍を復活させなければいけないことは重々承知しています。しかし、あくまでも我々の方が上だということは叩きこんでおく必要があります。我々と互角以上に渡り合えるかも知れないなどと、そんな思い上がりは許しておけません」

「なるほど、なるほど。それもまた、一理あるね。君達の気持ちもよく分かるよ」

 うんうんと、ハクレは頷いた。一方で、シンは我が意を得たりと鼻息荒く興奮した。


「オルフ? 提案は君の方からだって言っていたね? まあ、話を聞いた限り、君が黙っていられないのも分かる。さっきはシンにああ言ったけれど、すまないね。部下の非礼はお詫びするよ」

「司令っ!」

 シンの制止も聞かず、ハクレはオルフに頭を下げた。憮然とした表情で、オルフはそれを見届ける。


「それより、どうなんだ? この話は可能なのか?」

 頭を上げたハクレに、オルフは訊く。

「そうだねえ? 俺としても、興味がある話ではある。君達としても、このままって訳にもいかないだろう」

「なら?」

 ハクレは頷いた。


「いいだろう。君達による模擬空戦を認めよう。日程の調整は必要だから、オルフ達には進捗のずれや問題があったら、都度報告をお願いするよ。これまでもお願いしていた話だけれどね」

「ああ、分かっている」

「今の見積もりで、あと3週間後くらいだと聞いているけれど?」


「モルトからはそう聞いている。部品も、使えそうなものはおたくらの機体に使われているものを改造して大分揃った。オーエンも、手探りの初製造ならそれくらいになるだろうと言っていた。体制が整ったら、10人もいれば半月かかるかどうかで造れるはずだと言っていたがな。それに、模擬空戦の前にも少しは試験飛行しておきたい」

「分かった。その予定でこちらも考えておくよ」


「あと、もう一つ頼みがある」

「何かな?」

 軽く息を吸って、オルフは続けた。


「これは、模擬空戦とは関係なく、折を見て頼むつもりだった。俺達の機体が完成するまでは、例の事件について詮索するのは控えて欲しい。機体の製造に集中したいんだ」

「ふぅん?」

 ハクレは目を細めた。


「まあ、いい。覚えておこう。ただし、捜査の状況次第ではそうも言っていられなくなるかもしれない。なるべく配慮はするけれど、確約は出来ない。俺が言えるのは、そこまでだよ」

「分かった。彼らにも伝えておく」

「よろしく頼む」

 オルフは頭を下げた。

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