18:容疑者の町
カイはバスを降りた。
ルテシアからは遠く離れた、ミルレンシアの辺境。西部諸国と不可侵領域を挟んだ国境近く。地平線を越えた北の向こうには、広大なウルリッツァ湿原が広がっている。
報告で聞いていたとおり、寂れた町だ。それが、カイの第一印象だった。
川に沿って出来上がったこの町は、主に畑と酪農で生計を立てているという話だった。その情報通り、カイがここに来るまでにバスで見た景色は、見渡す限り畑と放牧地が広がっていた。
カイの姿を認めるなり、そそくさと町の住人達は視線を逸らし、姿を消していった。
まあ、無理もないなとカイは思う。軍服を着たヤハール人など、隠れて戦闘機を造り、逮捕者を出したこの町の人間にしてみれば警戒の対象でしかない。歓迎されるなどとは思っていなかった。
遠目から監視されている。そんな視線を感じながらも、カイは目的の場所へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
トタン屋根で覆われた小さな工場の前に、カイは立った。
空軍基地にあるハンガーよりも遙かに小さな工場だ。コクトゥ板金塗装と書かれた看板が掲げられている。
供述によると、テロに使われた戦闘機はここで造られたという話だった。工場の大きさを確認するに、確かにこれならばサイズ的にも戦闘機を造れそうではある。
コクトゥはこの工場の社長だ。そして、クラペやハリゲルはここの従業員だ。彼らはここで、この町を走る自動車や農機具の修繕を行っていた。
コクトゥ達だけではない。あの戦闘機を造っていたのはどこにでもいるような一般人だ。マシューガンは害獣退治用の銃の販売や整備をしていた。カロッスエが飲み屋のマスター。ロペアが卸売業者の事務員。ストメントは時計屋。残りのモルト、スァンツ、ヴァインは農夫や酪農家だ。
ちなみに、シュペリが自殺に使った拳銃は、マシューガンの店の商品だった。マシューガンの証言を信じるなら、シュペリが盗み出したものになる。
「おい、あんた。ここに何の用だ? ここは今、やってないぞ?」
声の主が近寄ってきていたことは気付いていたが、本当に声をかけてくるとは思わなかった。カイはささやかな驚きを覚える。
カイが隣に視線を向けると、中年の男が立っていた。
「知っている。コクトゥ=フリューゲを含めたここの従業員は、我々ヤハール空軍がメルテナで身柄を確保しているからな。俺は、現場を確認するためにここに来たんだ」
「そんなことのために、わざわざまたこんなところに来たのか。お前ら、弟達を捕まえた時に洗いざらい調査しただろうが」
棘のある口調に、カイは僅かに目を細める。
「弟? ああ、道理で少し見覚えがあるような気がした。貴様は、モルト=ヒュートの兄なのか?」
「そうだ。俺はオット=ヒュート。お前らに逮捕されて連れていかれた、モルト=ヒュートの兄だ。そっちも仕事なんだろうが、あまり目立つ格好で歩き回らないで欲しいものだな。町の人間が不安がって仕方ない。おかげで、こうして俺が出しゃばる羽目になった」
「どうせ、この黒髪だ。着ているものが軍服だろうと普段着だろうと、変わりないだろう」
オットの苦情をまるで意に介さないと言わんばかりに、カイは平然と返した。
「オット=ヒュートと言ったな? ということは、貴様がこの町の町長か?」
「まあ、一応な。ほとんど、地主の一族だからってだけで引き継いでいるだけだが。まあ、それでも選挙で選ばれる程度の人望はあるらしい。先代も、戦争で逝ってしまったしな」
そう言って、オットは肩を竦めた。
「そうか。なら丁度いい。貴様とも話がしたいと思っていた」
「だったら、アポぐらい取ろうとしないのか? 留守だったらどうする気だったんだ?」
「下手にそういう真似をしようとすると、逃げられたり替え玉を使われる可能性もあると思ったのでな。それに、待つのは苦としない性格なんでね」
色々と諦めたように、オットは嘆息した。
「立ち話というのもなんだ。どこか、座って話せるような場所は無いのか?」
「いいや? 生憎とそんな場所は無い。見ての通り、辺鄙など田舎だ。カロッスエが捕まっていなければ、あいつの店という選択肢もあったんだがな」
「貴様の家は無理なのか?」
「勘弁してくれ。家族以外は招き入れられる状況じゃない」
「何か不都合が?」
「弟から聞いていないのか? 戦争で心に深い傷を負った娘がいるんだよ」
詳細を話すつもりは無い。しかし、それもこれも、貴様らのせいだと言いたげな。そんな口調だった。
カイは口をつぐむ。オットが言っていることの真偽を見極めようと、考える。
「分かった。そういう理由ならば仕方ない」
カイは引くことを選択した。ここで強引に行って態度を硬化させるリスクよりも、信頼を得た方が有利だろうという判断だ。それに、真偽は後でモルトからでも確認出来る話だ。
「理解してもらって助かる。ああ、その代わりと言っては何だが。一つ手を思いついた。俺が家から車を持ってくるから、その中でというのでもいいか?」
「ああ、構わない」
カイは頷いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
カイはオットが乗ってきたトラクターに乗り込んだ。横目で、オットの様子を伺う。指示をするまでもなく、オットはトラクターのエンジンを止めた。敵意は感じていないが、誘拐するといった気も無さそうだ。
「まず、こっちからいくつか確認させて欲しい。いいか?」
「いいだろう。とはいえ、手短に頼む。それと、話せないものは話せないが」
「それでいい。頼みを聞いてくれて、助かる」
心なしか、オットの口調が柔らかくなったようにカイは感じた。
「聞きたいことっていうのは、そう多くない。弟もそうだが、みんなは無事なのか?」
「無事だ。それは、既に分かっているだろう? 監視付きではあるが、電話で連絡も許可している。そうして、彼らと話もしただろう?」
「まあな。捜査が終わるまで、飛行機を造ることになったとは聞いた。声も、思っていたよりは元気そうでなによりだったよ」
「我々はあくまでも、法秩序に基づいて相応の処分を下したいし、真実を知りたいと考えている。非人道的な真似をする気はない」
「紳士的なことだな」
「もう、戦争は終わったんだ」
「そうか。まあ、そうなんだろうな」
静かに、オットは息を吐いた。だが、その視線は「まだ終わっていない」と、そう言いたげだった。町にはまだ崩れた壁や瓦礫のままになった家があり、戦争の傷跡はまだ生々しく残っている。
「それなら、あいつらはいつこっちに帰ることが出来そうなんだ? みんな、この町には欠かせない人間なんだ。戻ってきて貰わないと困る」
「すまないが、それは答えられそうにない。事件の真相が解明されて、相応の処分が下された後に罪を償ったら釈放されることになるだろう」
それが、数ヶ月で済むのか、果たして何十年後の話になるのかまでは分からないが。
「罪は、やはり重くなるのか?」
「それも、何とも言えないな。ただ、自ら通報し自首してくるあたり、彼らの証言通り、恐怖で世の中を変えようとしていたようには思えない。監視はしているが、態度も素直なものだよ。不審な行動も無い。今のところ、証言も捜査で分かった情報とも矛盾しない。このまま、協力的で真相もその通りなら、そこまで悪いことにはならないと思うがね」
「そうだ。みんな、ヤハールに一泡吹かせたかった。ミルレンシアの意地を見せたかった。ただ、それだけなんだ」
「だが、それも真相を解明できない限りはどうにもならない。彼らの話だけでは、どうにも肝心な部分が分からない」
「つまり、それを確認しにここまで来た。そういうことか?」
「その通りだ」
オットは嘆息した。
「分かった。俺に分かる話だったら、協力しよう。俺が聞きたかったことは聞けたし。協力した方が、みんなの帰りも早まりそうだからな」
「そうしてくれると助かる」
カイは笑みを浮かべた。
「それで? 俺に何を聞きたいんだ?」
「シュペリ=ラハン。あの事件を起こした犯人が、つまりはどんな男だったのか? いつ? どこからやってきて、ここでどう過ごしていたのか? そんな話だ」
「いいだろう」
フロントガラス越しに、オットは青い空を見上げた。色々と、思い出すように。




