17:飛行機に魅せられて
ハクレから解放された後、オルフは宿舎に戻る前にハンガーへと寄り道した。
整備兵達も作業を終え、人気は無い。そんなハンガーの、新型戦闘機開発用のスペースへとオルフは向かう。そのスペースだけは、灯りが点いていた。
作業机に向かいながら、オーエンが一心不乱に図面を書き起こしている。設計と製造で、余計な時間を取らずに意思疎通が出来る様に、オーエンはここで仕事をしている。
オーエンの近くまで来て、オルフは無人となったスペースへと視線を向けた。
「俺に何か用か?」
「いいや? ただ単に、これからどんな戦闘機が造られるのか、それが少し気になってここに来ただけだ。まだ、部品を揃えようとしているところだってのは分かっているけどな」
「気が早いな。新しい玩具を待ちわびる子供のようだな」
「ああ、実際そんなものかも知れない」
オーエンに言われて、オルフは素直に頷く。
「すまない。邪魔する気は無かったんだ。あんたが作業に集中しているのは分かるし、それを邪魔するつもりは無い」
「構わない。こういう作業は互いの認識確認が常だ。集中を言い訳に、会話を拒絶するような真似はするなと、オヤジから教育されている」
「父親も技術者だったのか?」
「ああいや? オヤジというのは、プレアデン重工の社長のことだ。会社のみんなはオヤジと呼んで慕っていた」
「つい、さっきのように言ってしまったってことは、あんたもまだあの社長のことを慕っているってことか?」
「ああ。俺の我が儘で会社はクビになったが、悪いのは俺だと分かっている。それに、俺が気乗りはしないような仕事でも、餓死しないように仕事を回してくれた事には感謝はしてもしきれないんだよ」
そこまで言って、オーエンはペンを置いた。
「どうして、そこまで飛行機に拘るんだ? 俺達としては、あんたが残っていてくれて助かったが」
「さあな? これも、性分という奴なんだろう。子供の頃に初めて飛行機を見て、夢中になった。理屈じゃない」
静かに、しかし強い口調で言ってくるオーエンにオルフは苦笑した。
「その気持ちは、俺も同じかもな。俺も、子供の頃に初めて飛行機を見たんだ。俺の実家は田舎の農家でな? 娯楽なんてろくにないところだ。そんなところに曲技飛行を見せにきたパイロットがいたんだ。それが、俺が初めて飛行機を見た思い出だ。そのときの飛行機がやたらと格好良く見えて。こう、胸に突き刺さった」
オルフと同じような笑みをオーエンは零した。
「シュペリ=ラハンという男も、君から見てそんな男だったのか?」
「ああ。飛行機が大好きな人だった。口を開けば飛行機や空戦のことばかり話すような人だった」
「そうか。だからこそ、俺には解せない」
「何がだ?」
「何故、そんな男が最後にテロ行為を行ったのか? だ」
オルフは軽く息を飲んだ。
「先日に見た戦闘機もそうだが。あれはいい加減な造り方をしていない。彼らが言っていたとおり、シュペリが彼らを脅して造らせたということは無いだろう」
「当たり前だ。中尉はそんな人じゃない」
「だろうな。だが、だからこそテロ行為に及んだ理由が分からない。その点については、彼らも知らぬ存ぜぬを貫いている」
「マシューガンも、あくまでもペイント弾用の小口径機銃しか用意していないと言っていた。どうして、事件当日ではああなっていたのか、中尉が取り替えたとしか思えないと言っていたな」
「だが、なんでそんな真似を? 彼らに言っていたとおり、空戦競技に殴り込みをかけ、一泡吹かそうというだけなら機銃を実弾にする必要は無かったはずだ。恨みを晴らすためにあんな真似をしたというのなら、そんな男だったなら、彼らが協力的にあんな機体を造ったとも思えない。テロ組織の手先だった? それにしては、組織的な計画性を感じない真似だろう。あの襲撃事件は」
「まあ、中尉も恨みに囚われ、彼らもそんな恨みに賛同して機体を造っていた。なんて可能性もあるんだろうが。そんな風に連中も事前に計画を知っていたら、それこそ全責任を中尉におっかぶせて、とんずらするかどうかしているだろ。わざわざ馬鹿正直に捕まるってのも、意味が分からん」
ヤハールに思うところが無い訳ではないが。だからといって、彼らなりに越えてはいけない一線だけは越えないようにしようという印象は受ける。手段を選ばないような人間は、もっと荒んだものだと思えるから。
「ただ、彼らも何か隠しているんだろうし、そこをヤハールの連中は知りたがっているんだろうが、俺は無理に聞き出すつもりは無いな」
「何故だ?」
「今はそんな気になれないってだけで、いずれ、話すべきだと思ったら話してくれるだろうしな。秘密っていうのは抱え込み続けるのは結構辛い。そんな真似をずっと続けられるほど、彼らが腹黒そうにも思えない。それだけだ。あと、実を言うと、さっきまでその件でハクレ大佐に呼び出されていた。よりによって俺に、ヤハールの連中とあんたや彼らとの間を取り持ってくれだと。んで、俺は無用な詮索をする気は無いし、ミルレンシアの人間としてあんたや彼らの味方をするって言ったんだが。それでいいって言ってたぜ。あの人。だから、連中が何か邪魔するようなら、俺は遠慮なく連中に文句を言わせて貰うつもりだ」
「そうか」
素っ気なく、オーエンは小さく頷いた。そんなものだろうとオルフは思う。最初から、言葉一つで信頼されるとは思っていない。こういうものは、行動の積み重ねだ。
「それが本当なら。俺としては、少なくともこの戦闘機が完成するまでは、そういった話は切り離して欲しいところだな。それが一区切り付いたら、変わるものもあるだろう。そんな風に思う」
「なるほどな。そういうものかも知れねえな。これは、ヤハールの連中にも言っておいた方がいいか?」
「それで、彼らが大人しくなってくれるのならな」
そこまで言って、オーエンは図面を折り、机の脇に置いた鞄の中へと入れた。
「もう、止めにするのか?」
「ああ、流石に、夕食時ともなるとな」
「そういや、もうそんな時間か」
オーエンは机の上にあるスタンドから灯りを消した。ハンガーは真っ暗闇となった。




