12:気になるもの
その日、オルフがハンガーへと向かうと、モルト達は剣鷹を整備していた。それも、オルフが乗った機体だ。
オルフは、整備のことはよく分かっていない。ただ、戦時中の記憶と比較して、彼らは当時世話になった整備兵達と遜色ない働きぶりをしている。そう感じた。
「よう? 大将。どうした? こんなところに来て」
作業着を着たモルトが持ち場を離れ、近づいてくる。
「いや? ただ何となく、様子を見に来ただけだ。パイロットはそいつ一人で空を飛ぶことは出来ない。だから、自分が乗る機体がどんな風に整備されているのか? それを知ること。整備する人間に感謝することを忘れてはいけないと、中尉から教わったからな」
そう答えると、モルトは苦笑を浮かべた。
「大将は、やっぱりあの男の部下だな。あの男も、俺たち相手に、よくそんなことを言っていたよ」
「そうだったのか」
「ああ」
モルトは頷く。
「なあ? あんたらにとって、この機体を整備するってのは、やっぱり抵抗があったりするのか?」
「ああん?」
訊くと、モルトは軽く目を細めた。
「さあな? 他の連中はどう考えているのか知らねえ。個別に聞いてくれや。俺は、全く抵抗が無いと言ったら嘘になるが、我慢ならねえってことはない。少なくとも、この機体がいい出来だってことを素直に認めるぐらいはするさ」
「何故?」
「大将が言った通りの話だよ。『勝負する以上、相手の力っていうのは正確に見積もらなきゃダメだ』ってな。だから、どこがどうなっているのかは、徹底的に知るんだよ」
「そうか」
オルフは安堵の息を吐いた。
「機体の整備には、あんたらも含め、かなりの経験があるのか?」
「いいや? 板金屋の連中はともかく、他は整備兵として駆り出された経験が少しあるとか、そんなもんだ。だがな、目の前の仕事には手を抜かねえよ。手を抜けば、必ず自分に跳ね返ってくる。だから、ヤハールの機体だろうが、そこはベストの仕上がりにしてやるさ」
「それが、あんたらの誇りなのか?」
「ああ、誇りだ」
同意するモルトに、オルフは納得する。でなければ、彼らの働きにそれだけの真剣さを感じたりはしなかっただろう。
「俺達は本気でこいつに勝てるだけの機体を作りたいと思っている。そこだけは、共通しているだろうな」
オルフは無言で頷く。
「だから、とっととそんな飛行機を設計できる奴を連れてきてくれや。これから、出かけるんだろ?」
「何故それを?」
「それなりに、耳は悪くない方なんでな? まあ、これが、俺が戦時中に学んだ、生き残るコツってやつさ」
苦笑を浮かべ、モルトはおどけたように肩をすくめて見せた。
「それじゃあ、長話をしてもあれだ。俺も仕事に戻ることにするさ」
「ああ、邪魔をしてすまない」
「なあ? 戻る前に、一つ訊いてもいいか?」
「俺に答えられることなら」
「よし」
だが、何を訊くつもりなのか? オルフはいぶかしんだ。
「なあ大将? 大将はあの男の妹をどう思う?」
「どう? とか言われてもなあ?」
「そうだな。可愛かったか? 美人だったか?」
モルトにそう訊かれて、オルフはレルヒィの容姿を思い出す。少し癖のある黒髪は肩まで伸びて。透き通った海のように青い瞳がよく映えていた。顔立ちも、水商売で十二分にやっていけるくらいに整っている。体型は全体的に細い印象を感じたが、それをどう感じるかは、人の好みだろう。戦時中に、シュペリから家族の写真を見せて貰った事もあるが、当時よりも綺麗になっていたと思う。
「まあ、そうだな。器量はいい方だと思う」
「ほう?」
にやぁ。と、モルトが笑みを浮かべた。
「赤くなって。素直だねえ。大将」
「なっ? 俺は決して、そんな邪な気持ちを持っていないぞ?」
「まあ、何でもいい。俺が気になったのは。大将にとって、あの男の妹ってのが、大事にしたい女。守りたい女。そういう女かどうかってことさ。どんな意味でもいい」
そう言われて、オルフは軽くモルトを睨むが。
「そうだな。俺にとって、レルヒィは守りたい女っていうのは間違いないさ。世話になった、中尉の妹さんだからな」
それは、紛れもない本心だとオルフは思う。
「そっか。それならいい。無理にとまでは言わねえけどよ。たまには顔を見せて、様子を見に行ってやってくれ。こんな時代だ。女一人で生きていくには、何かと心細いことだってあるはずだ。そして今、そういう真似が出来るのは大将ぐらいなんだしよ」
「そう。だな。でも、なんでそんなことを?」
「ただのお節介だよ。若い女が一人で苦労しているなんてのは、考えて気持ちのいいもんじゃねえ。俺は、そういうのが気になるんだ。そのせいで、整備に集中出来なくても大将も困るだろう」
「分かった。ときどき、暇を見つけて様子を見に行かせて貰う」
それでいい。と、言わんばかりに頷いて。モルトは持ち場へと戻って行った。
その背中を見送って、オルフは頭を掻く。仮に再び彼女に会うとして、変に思われないか、正直言って不安で仕方がない。




