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その先にあるもの  作者: HARUNE
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街から来た人

久しぶりの投稿になります。

 夏の終わり、山田さん家に珍しい客人が来た。

「山田さん家の恵ちゃんが街から戻って来たってよ。」

 その噂は瞬く間に集落中を駆け巡った。


 山田さん家はおじいちゃんとおばあちゃんとその息子さん夫婦と孫のコウタ君の五人家族だ。

 恵さんはコウタ君の叔母さんにあたる人のことらしい。

 ある日、夕飯の席で父が言った。

「一人でかい?」

「そうみたいだね。」

「家族は一緒じゃないんだね。」

「詳しくは分からないけど、一人だって武さんが言ってたよ。」

「いずれにしても美奈子さんも喜んでるだろうね。家を飛び出して行って何年になるかね。」

「まあ、十年以上前になるかなあ。」

 変化に乏しいこの集落で街から人が来たのは、のぞみの記憶にある限り初めての事だった。

「恵さんはどうして街に住んでいたの?」

 のぞみはさっきから気になっていた事を聞いた。

「恵ちゃんは街へお嫁に行ったんだ。」

 驚いたのぞみの頭を軽く撫でて父は言った。

「まあ、稀に、ね。」

 父は曖昧に笑った。


 学校からの帰り、のぞみはトオルの工場へ頻繁に顔を出すようになっていた。トオルが忙しいのはわかっていたけれど、繁忙期は過ぎた様で時々は仕事の手を休めて話してくれたし、工場で働く人達も皆顔馴染みで、のぞみやトオルを小さい頃から可愛がってくれている。

 何より会いに行かなければトオルに以前の様には会えない。

 のぞみにとってそれは淋しいことだった。

「トオルは恵さんの話聞いた?」

 トオルは零れ落ちる汗を首に巻いたタオルで拭きながら、グラスに注がれた麦茶を飲み干した。

「コウタんとこの話だろ。聞いたよ。」

 そして

「美人なんだって。」

 と言った。

 ただ聞いた事を言っただけなんだろうけど、なんか面白くない。

「ふうん。」

 とだけのぞみは言っておいた。

 その帰り道のことだった。のぞみが噂の恵さんと会ったのは。


 工場を出て坂を下って行くと川に行き着く。

 いつもならお腹を空かせて真っ直ぐ家へ帰る所だが、トオルと一緒にお菓子をつまんで満たされていたのと夕焼けが綺麗だったので、のぞみは少し遠回りをして帰ろうと川へと足を向けた。


 沈みゆく太陽は大きくてとても綺麗だと思う。空だけでなく川面をキラキラとオレンジ色に染め上げて行く。

 眩しさに目を細めると川縁に二つの人影を発見した。

 大人と子供だ。

 誰だろうと思って近づいて行くと、子供がこちらを向いた。

「あっ。のぞみー。」

 子供はぶんぶんと大きく手を振った。

 その声は

「コウタ?」

「見て。釣りしてんだ。」

 こくりと頷いてコウタは言った。

 振り向いたコウタの隣りの女性はコウタのお母さんではなかった。

「こんにちは。」

 その女性は挨拶をくれた。

 逆光で顔が良く見えない。

「こんにちは。」

 のぞみも挨拶を返した。

「見て。魚釣れたんだ。」

 コウタは魚籠の中の魚を見せてくれる。大小様々な魚ぎ五匹程ひしめき合っている。

「凄いじゃん。コウタ。」

 コウタはえっへんと胸を張って見せた。

「後一匹釣ったら今日は終わりだって。ね、恵ちゃん。」

 コウタは女性の方を向いてそう言った。

 この女性が恵さんかあ。

「夕飯のおかずにするんだよ。」

 その言うコウタと恵さんの向こう側で竿の穂先がぴくぴくっと動いたのが見えた。

「糸引いてるよ。」

 教えてあげると慌てて二人とも振り返って、恵さんが掴んだ竿をコウタが奪った。

「恵ちゃん逃してばっかりだからダメ。俺が釣る。これ逃したら恵ちゃんの分のおかずないんだからね。」

「私だって釣れるよ。」

 恵さんがそう言うと

「ダメダメ。そんな事言って今日一杯逃しちゃったじゃん。恵ちゃんが逃さなきゃ本当は大漁のはずだったんだからね。今日はダメ。また今度ね。」

 恵さんはのぞみの方を見て肩を竦めてみせた。


 釣りを終えたその帰り恵さんと話しながら帰った。

 恵さんは噂のとおり綺麗な人だった。線が細くて、この辺では見かけない洗練された都会的な空気を纏った素敵な人だ。歳の頃は三十手前ぐらいだろうか。着ている洋服まで何が違って見える。

 街ってどんな所なんだろう。

 のぞみは好奇心を隠せずに聞いた。

「恵さん、街ってどんな所?」

「どんな所…。」

 考え込む様にしばし沈黙した後

「便利…だけど不自由な所…かな。」

 そう言った恵さんはなんだか淋しそうに見えた。

 沈みゆく夕陽に微かに照らされた恵さんの笑みは儚げで、訪れた夕闇がその微笑みを飲み込んで行った。

 のぞみはそれ以上を聞いてはいけないような気がして、その後コウタから恵さんが釣りが下手だけどコウタのお手柄で家族全員分の魚をゲット出来た事等コウタのお喋りを聞きながら帰った。

 恵さんはコウタの話を楽しそうに笑いながら聞いていた。

 そんな恵さんはとても可愛らしくて、のぞみは恵さんの事を知りたいなと思った。


 

 最近のぞみに新しい遊び友達が増えた。

「のぞみ、帰ろー。」

 コウタだ。

 学校へ午前中だけ来てコウタは恵さんと遊びたいからと言う理由でいそいそと帰って行く。

 釣りの帰りに一緒に帰った日からコウタはのぞみを遊びに誘うようになった。

「のぞみちゃん帰っちゃうの?」

 このみちゃんがのぞみの袖をつんつんと引っ張った。少し拗ねた感じが可愛い。

「ごめんね。今度遊ぼうね。」

 のぞみはそう言ってこのみちゃんの頭を撫でる。

 このみちゃんはこくんと頷いて

「絶対ね。約束だよ。」

 と言った。

 許せこのみちゃん。好奇心には勝てないのだ。


 今日は恵さんお手製のお弁当を持って公園へピクニックに行くのだとコウタは言う。のぞみはそのご相伴に預かる事にした。恵さんは当然のようにのぞみの分まで用意してくれていた。

 公園と言っても滑り台と鉄棒ぐらいしかないのだが、山の中にあって広場だけはだだっ広い。四季折々の植物を愛でられるので集落民憩いの場となっている。

 三人にで影踏みごっこや高鬼ごっこ等をして走り回った。最初に恵さんが根を上げた。

 街の人はあまり体力がないらしい。

 そして皆でシートを広げて少し遅めのお昼を食べる。

 恵さんの作ったお弁当はクラブサンドに揚げたてのフライドポテト、お手製のプリンだった。

 祖母の料理には出て来た事のないラインナップだ。トオルのお母さんの作る料理ともまた違う。素直に美味しい。そしてやはり街の雰囲気を感じる。

 のぞみもコウタも夢中で頬張った。


 デザートのプリンを食べていると、お喋りをしながら公園へやって来る人が見えた。

 小林さんと言うおばさんを筆頭とした仲良し三人組だ。このおばさん達は兎に角賑やかで、何処へ行っても人の噂話ばかりしている。のぞみは昨日商店で小林さん達を見かけたばかりだった。

 小林さん達はこちらに気づくとお喋りをやめた。そして何やらひそひそと囁きあった後、公園を後にして去って行った。

「のぞみちゃん、コウタ紅茶入れるね。」

 恵さんは魔法瓶からカップに紅茶を入れてのぞみ達に渡してくれた。

「熱いから気をつけてね。」

「はーい。」

 二人で頷いて、息を吹きかけて冷ましてから口にする。

 レモンとアップルの香りが口の中に広がった。

「凄く美味しい。」

 のぞみは何杯もお代わりをしてしまった。


 

 のぞみは昨日小林さんが商店で恵さんの悪口を言っていたのを知っている。

「街の男を追いかけて集落を出て行った癖に、戻って来て。どうせ捨てられたのよ。そんな人を受け入れるなんて山田さんは甘いのよね。」

 商店のおばさんは愛想笑いをして聞いていた。

 良くも悪くも集落はほぼ皆が顔見知りだ。優しい人ばかりではなく、小林さんみたいな人も中にはいる。

 そしてのぞみはそんな窮屈で狭っ苦しい所が嫌だった。

 この集落でずっと暮らしたその先に、一体何があると言うのだろう。

 のぞみは考えたくなかった。

 

気長に書いて行きます。

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