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その先にあるもの  作者: HARUNE
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春が来た

 北の大地の冬は長い。凍てつく寒さが人々の行動を制限する。人々は家に籠り、長い冬を過ごす。



 のぞみが生まれるずっと前の世界の冬はもっと短く、外に出て普通に生活出来ていたのだと祖母から聞かされていた。だから氷で覆われた湖や川を眺めて、その頃はどんなだったんだろうと想像しながらのぞみは長い冬を過ごしてきた。

 ストーブで燃える薪火を眺めながら、去年の春に祖母が作ったタンポポの根の茶を飲んだ。

 のぞみの趣味は読書だ。本は沢山の知識を授けてくれるし、のぞみの知らない世界へと連れて行ってくれる。だからのぞみは本がすきだった。

 冬の間は外に出ることもほとんどないので、のぞみはひたすら本を読んで過ごした。でももう全て読み尽くしてしまって、今読んでいるこの本を読み返すのももう何度目か。

 春が来れば外に出て遊べる。友達にも会える。父も街へ行ってのぞみの好きな本やこの集落では手に入らない色々な素敵な物を買ってきてくれる。

 だからのぞみは春が待ち遠しかった。

 そしてもうすぐ春が来る。



 のぞみにとって春は特別な季節だった。氷が解けて水が流れ出す。その音が聞こえると大地に緑が息づいて止まっていた世界に色を添え、全てが動き出す。一年で最も綺麗な季節だとのぞみは思う。

「おばあちゃん、外に出てもいい?」

 のぞみはキッチンで朝ごはんの支度をしている祖母に聞いた。

「いいよ。でももうすぐ朝ごはんだから、それまでには戻っておいで。」

 祖母は鍋を火にかけながらそう答えた。

「はーい。」

 のぞみは返事をして外へ飛び出した。



 庭の柿の木から水が滴り落ちてピチャピチャと音を立てていた。

 至る所で解けた氷が小さな川を作りサラサラと音を立てて流れて行く。陽の光がその小さな水面をキラキラと輝かせていた。

 のぞみは胸いっぱいに春を吸い込んだ。



 のぞみは父と祖母とこの集落でひっそりと暮らしている。

 母はのぞみがまだ小さい頃に亡くなったが、朧気だかのぞみの記憶にある母はいつも優しかった気がする。

 父も母ものぞみが生まれる前は街で暮らしていたらしい。でも大きな災いがあって、父は身重の母と共に祖母の住むこの集落へ来て難を逃れた。

 のぞみは祖母と父以外には親戚がいない。同じ集落に住む子供の中には近くに従兄弟がいたり兄弟が沢山いたり皆楽しそうで、のぞみは羨ましく思っていた。

 父は言う。前の世界は人が自由に行き来出来ていたのだと。欲しい物は直ぐ手に入ったし、会いたい人にすぐに会いに行く事も出来た。世界中何処へでも行けたらしい。だが、その後世界は大きく変わってしまった。



 のぞみは生まれてから今までこの集落から外へ出た事がない。父の話ではこの国の所々にここのような集落があるにはあるが、近くにあるわけではないので、頻繁に交流があるわけでもない。

 それに対して街は発展していて、とても便利なのだと言う。厳しい冬だって快適に過ごせるようだ。話に聞く限り街にはのぞみが欲しい物が溢れているような気がした。

 その街へ畑の作物を持って父は定期的に通っていた。

「お父さん。私も街へ連れて行って。」

 何度かお願いしてみた事がある。

 父はのぞみの願いなら大抵のことは叶えてくれた。でも街へ行く事は許してくれなかった。

 いつも困った顔をして

「あそこは危険だから、近づいてはダメなんだ。帰って来れないかも知れない。」

 と言った。

「でもお父さんは帰って来るじゃない。」

 のぞみは言い返した。

「街にはお父さんの友達がいるから。友達が便宜を図ってくれるから、お父さんは街で買い物も出来るし、いくらか自由に動ける。だけど、街が危険な事に違いはないんだよ。それにいつまで自由に動けるかはわからない。」

 父が嘘を言っているようには見えなかったし、事実私達集落の人間で街へ行く人はほとんどいない。

 父のように時々作物と交換に街へ行って物を買って来る大人がいるにはいるが。

 集落の住民は街を自由に行き来する事も出来ないし、自由に買い物も出来ない。様々なサービスを受ける事が出来ないのだ。

 のぞみと同様に集落の子供は誰も外の世界を知らなかった。のぞみにとって世界はこの集落と本の中の世界だけだった。

 のぞみは外の世界へいつか行ってみたいと思っていた。



 春が来て、新芽が芽吹き人々が活動し始めると、のぞみは近所の子供達と一緒に学校のような所へ行く。厳密な決まりがある訳ではないが、大体5歳〜15歳位までの子供達が集まって、自由に学びたい事を学んでいた。自分でスケジュールを決めて自習のような形で進行して行くので、皆それぞれに楽しんでいる。サポートに大人がついてくれてはいるが、のぞみのような大きい子が小さい子の面倒を見るのが常だった。

「のぞみちゃん、絵を描いて。」

 このみちゃんがスケッチブックを持ってやって来た。どうやら図工の時間らしい。

 このみちゃんは7歳でのぞみを良く慕ってくれて、のぞみの側をいつもキープしていた。姉妹のいないのぞみにとって慕われるのは嬉しかった。

「いいよー。」

 のぞみはこのみちゃんの似顔絵を描いていく。勿論イラスト風に可愛らしくだ。このみちゃんは大喜びだ。


「なあ、のぞみー。」

 声をかけてきたのはトオル。

 トオルは親同士が友達で同い年の幼馴染だ。冬の間会わないうちにまた成長したみたい。のぞみは近くに来たトオルを見上げた。

「また背伸びたねー。」

「まあなー。」

 トオルはのぞみを見下ろして言う。

「お前は相変わらず小せえなあ。」

「余計なお世話。」

 少し悔しい。昔はのぞみよりも小さくて、女の子みたいに可愛かったのに。この頃は上から目線だ。確かに物理的にそうなんだけれども。



 皆でお昼を食べて、午後は自習する子もいれば、外で遊ぶ子、家に帰る子と様々だ。

 去年まではトオルは午後も一緒に過ごしていたのだが、今年からは午後は帰って行く事にしたようだ。

「トオル帰るの?」

「まあな。仕事手伝わないといけないんだ。一緒に遊んでやれなくてごめんな。お前俺が遊んでやんないと拗ねるもんな。」

「なっ。誰が拗ねるもんですか。」

 のぞみは言い返したが、内心淋しいのは否めない。

 この学校で最年長なのはトオルとのぞみだけ。去年まではもう少しいたけれど皆今年は学校に来なかった。それぞれ家の手伝いや何か仕事を始めたのだろう。

 トオルのお父さんもここ数年身体を壊して、トオルは家業を良く手伝っていた。

 のぞみだけが何も変わらず取り残される感覚に戸惑っていた。

「のぞみ。」

 トオルが名前を呼んだ。

「今は時間ねえけど、今度の休みいいとこ見つけたから連れて行ってやるから、楽しみにしとけ。」

「じゃあな。」

「わかった。じゃあね。」

 手を振って立ち去るトオルにのぞみも笑って手を振った。なんだかやっぱり上から目線だ。

 でも、楽しみだ。



 優しい人達、優しい時間の中でのぞみは微かな淋しさを感じながらも、こんな生活がずっと続くものだと思っていた。




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