スマホを落としただけなのに
「う〜ん、肋骨折れてるねぇ」
唇の端を消毒されると傷口が染みて、びくりと体が跳ねる。それを見た(闇)医者の男は「君が無理したからだよ」と苦笑いする。
「……肋骨折れたらどれぐらいで治りますかね?」
「幸いなことに、一本だし肋骨はバストバントで止めて安静にしておけば数週間で治るよぉ。あ、でも、くしゃみとかには気をつけてね。すっごく痛むから」
「上海旅行一日目から不運すぎる…。あ、すいません…保険って効きます?」
ふわふわと柔らかい雰囲気を出す先生の名前はヴァルと言うらしい。随分と変わった名前だが彼がそう呼んでくれと言うのだから仕方がない。ヴァル先生に出された薬と巻かれたバンドに目を向けながら費用を尋ねれば彼は豪快に笑った。
「あははッ…! 今日はルヴィ頼みだし、お金なんて要らないよ?」
ツボに入ったのか涙を拭う男とは対照的に俺の気持ちは下がる。穴があったら入りたい、なんて思っていると、彼は立ち上がる。
「それじゃあね胡桃 冬萬さん」
「はっ…」
なんで名前を、と聞く前に無情にも扉は閉まった。閉ざされた扉を唖然と見つめたまま、味気ない部屋に取り残されてしまう。
これからどうするべきなのか、無事に日本に帰れるのだろうかなんて考えていれば、ふと日本に残してきた二人の顔が思い浮かぶ。
「……母さんと茴に連絡いれるか」
ポケットに入れておいたはずのスマホを探るが、あるはずの場所にそれはない。寝ている間に落ちたか?と痛む体に鞭を打ちベッドから降りて探索するが、それらしきものは見当たらなかった。
ゴソゴソと床に顔がつきそうな距離になっていればガチャリと扉の開く音がする。
「怪我人にしては元気やね。オニーサン」
甘い蜜を含んだような優しい声。それは、俺を救った少女の声であった。