月影
外はもうとっくに暗くなっていて、月明かりだけが俺たちを照らす。彼女によって連れてこられたのは、上海の夜景が一望出来る豪邸…いや、ホテルのような外観をした建物であった。カラカラになった喉を振るわせてなんとか声を出す。
「…おい、ここは…?」
「アタシんちやけど」
「そうか……は、アタシんち……?」
彼女は、にへらと力なく笑って歯を見せた。
「アタシ、ルヴィ。この一家の長をしとる」
一家の大黒柱のことを指しているわけではないだろう。だって彼女の後ろには映画とかドラマでよく見たいかつい男たちが控えていたのだから。
「…君は危ない人か?」
「善良な市民、ではないなぁ」
「はは、そうか。馴れ馴れしく話しかけて悪かった!頼むから命だけは…!」
「オニーサン。」
ゆっくりの彼女が近づき、月と重なる。月を影にした彼女はなんだか神秘的で俺は思わず息をのんだ。そのまま彼女は俺の耳を撫でて、「オニーサンの前の話し方の方がアタシは好きやけど」と耳元で囁く。自分よりも年下のはずなのに男を知りきっているような行動に男はハッと耳を押さえて彼女を押した。
「くくっ…オニーサン面白いね」
喉を鳴らす彼女は機嫌良さそうな猫みたいだった。
「ボス。その男性は?」
「アタシの大事なお客さんやで。」
「…では私が預かります」
「いや、ええわ。アタシが案内する」
何故か彼らは日本語を使っていた俺私にも分かる言葉が使われていることにこれほどまでに嬉しさを感じた事はない。
「部屋に、ヴァル呼んでや。お客さん怪我しとんねん」
「はっ!」
慌ただしく奥へと引っ込んで行った男を一瞥もせずに彼女は、俺を見つめたまま階段を登る。二階の一番奥の部屋を開けると広いキングサイズのベッドに俺を案内する。
「痛い?」
「……まあ、それなりには」
「…見るね?」
そう言って急に手を伸ばしてくるから、咄嗟にその手を叩く。
「ちょっ…!おい、何するんだ!?」
「何って、腹の傷とか見ようと思っただけ..やけど」
「見なくていい…!」
君みたいに痩せて無いんだ…!とその言葉は飲み込んで必死に抵抗する。年下とはいえ麗しい女の前で服を脱ぐだなんて羞恥プレイ以外の何ものでもない。
「でもアタシのせいで怪我したようなもんやろ?」
上目遣いでこちらを見る女は子犬のような瞳を見せる。猫になったり犬になったり次々と表情を変えるこの少女に俺は大きく溜息をついた。