太陽と月
懐かしい夢を見た。もう、三年も前のあの日の夢。
「った…」
意識が浮上するとともに、俺の体が悲鳴をあげる。まるで北極に投げ出されたかという程に冷たい床に寝そべっている俺に、優しくて耳障りのいい声がかけられる。
「オニーサン。助けてほしい?」
寝転ぶ俺の視界に入ったのは、昼間の彼女だ。アイドルに負けない整った顔の後ろには、今にも消えそうにチカチカと点滅している蛍光灯とひび割れた灰色の壁が目に入る。
古びた建物だからかどこからかジ、ジと耳につく嫌な音を立てていた。普通の人間が棲まう場所としては全然生活感は足りていない。学校にある体育倉庫の方がまだまともな暮らしが出来そうだ。
体の節々が鈍い痛みを訴え始めて、ようやく俺の頭は動き始めた。
足を折り、自分の太腿に頰杖をつきながら俺を興味深そうに覗き込む琥珀の瞳を持つ少女。黒スーツの男達とは違い、俺に暴力を振るう気はないらしい。
…まあ、今だけいい顔をしているかもしれないが。
今もなお、俺を見て機嫌良さそうに笑う彼女の足元は血溜まりができている。何が起こったかなんて、想像もしたくない。
「オニーサン、どうする?」
現実逃避していた俺を見下ろして、彼女は笑った。
「アタシからのチューコク聞かんかったからこうなるんよ? でもアタシのせいでもあるし、選ばせたるからね」
昼間に見たときは太陽が似合う眩しい笑顔だったのに、今やそのイメージは正反対だ。夜闇にひっそりとただ一つ浮かぶ月のように朧げな笑み。
私が正常な場面にいたのならば絶対に近づくことはない。俗にいう、胡散臭い笑みだった。
「…た、すけてく..れ・・」
「うん、ええよ」
だが、俺には彼女の手を拒むことは出来ない。突然、非日常に巻き込まれ、数分前は生死を彷徨っていたのだ。このままでは自分が衰弱して死ぬことだって、わかる。
この世に神なんていねぇ。いたとしても、俺を見ている神は怠惰らしい。人間一人救う気はない神を信仰するよりも、目の前の胡散臭い少女の手を取る方がいくらも賢い選択だ。
「ボロボロで可哀想やね。でも大丈夫よ。契約カンリョーやからな」
カチャリ、と俺の拘束が外れる音がした。