これだから異国は
───捕まったら殺される…!
その思いを一心に抱いて俺は走る。まさか、誰が、上海旅行の代償に殺されると思うのか。これだったら変にお一人様旅行ではなく茴も連れてくればよかった…!と心底思う。彼女の言葉が走馬灯のように蘇り舌打ちをする。
高校時代はクラスでも足はそれなりに早い方だったが、もうアラサー。社会人になってからというもの本気で走ることなんてない。ゼェゼェと見るも無残な息継ぎをしながら足を気力で動かす。
「アラサーの本気見せてやるよ…!」
そう、意気込んだところまでは良かった。
良かったのだが、……。
中国語かもうなんだかよく分からない言葉で怒鳴られ、俺の頭は地についた。手を後ろ手に取られ、そのまま地面に前のめりで倒される。コンクリートの床にダイレクトで倒されて、鈍痛が身体中に走った。
「っ…!」
男一人が俺の背中の上へと乗り、何かを他の二人に早口で言う。俺の手から離れた紙袋を拾って、「これだ」と言うのだけが分かった。痛いのと重いのと理不尽が重なり、俺は地べたに這いつくばったまま声を張る。
「どけよ…!お前ら、何者なんだ…!その紙袋なら変な輩から渡されたんだ!俺のじゃねぇんだ!」
絶対に伝わるはずがねぇ、と分かっていても口は止まらない。野郎共はなんだこいつといった表情を向けている。ここは竦んだら負けだと、ささやかな抵抗として睨みつけていれば最初に俺と目が合った男が私の顔を見てハッとさせる。
ぐいっと顎を上げられて、俺の顔をまじまじと見て、二人の男になにやら命令を下す。
まさか、俺に惚れたか?なんてあり得もしない想像を膨らませていると真っ黒なハンカチを口に押しつけられる。
「んぐーっ!?」
これ、映画で見たぞ!アニメで見たな!
吸ったら気を失うやつだろ!!!
全力で体を揺らして抵抗するが、アラサー男に対するは屈強な成人男子三名。勝てるわけがなかった。息を止めて死ぬわけにもいかず、男は思いっきりハンカチを押し付けられたまま息を吸う。
くっさい薬剤の匂いがして、視野が歪む。
─── この辺危ないから男でも一人で歩くのは危険やで
「きみの、言う通りだった..な」
上海ガールの言葉を今、やっと身に染みて理解する。歪む世界と痛む頭。遠退く意識、そんな中で俺は必死に空を見上げた。
神、空から俺を見ているならば、頼む。俺に平穏な日々を返してくれ。