昨日のことは忘れて
慌ただしい上海旅行二日目が終わる。白いカーテンを開けて窓に頭をつけながら月を眺めていれば自然に眠たくなりベッドへと潜る。目を閉じて、次に目を開ければ開きっぱなしのカーテンから朝日が差し込む。
「…朝か、」
「おはようさん」
まさか返事が返ってくるとは思わずに、うわっと情けない声を上げてしまう。そこに立っていたのはここの家主のルヴィ。セットしていないのか前髪がふわりと落ちているその姿にやっぱり美人だ…なんて思う。
「おはよう、ルヴィ」
「いびきかいてよう寝とったで」
「ははは…人の寝顔を眺めるなんて悪趣味だな…」
「よう言われるわ」
嫌味すらそれを上回る笑顔で塗り替えられた。あどけない笑顔をして、人の寝顔を何度も見たことがあるような言葉に苦笑いを浮かべたまま、俺は尋ねる。
「それでルヴィ朝からどうした。何かあったのか?」
随分と無防備な彼女に疑問を投げると、「オニーサンさんが寂しいと思ったから来てやってん」と嬉しくもない言葉をいただいた。
「はぁ…なるほど。」
「もっと喜ぶところちゃうん?」
「堅気ではない人にそんなこと言われても怖いだけだ…。あ、そうだ。ルヴィ」
「ん?」
「俺、今日観光してきてもいいか?」
「……は、今、なんて?」
「だから観光、してきてもいい?」
身体中青タンだらけで、肋骨が折れているせいで胸も痛い。それでも、ただ上海の地を安静にしているだけなんてもったいないと思ったのだ。どうやら俺の安全はルヴィが保障してくれるようだし、上海を満喫しないで帰る選択肢なんて俺の中にはなかった。
「…冬から聞いたんとちゃうんか?」
「冬ってフユカのことだよな? 聞いたが、ルヴィが俺の安全を保障してくれるんだろ?だから人様のスマホを勝手に見て、ツアー解約したんだよな?」
ちらりと横目でシャオロンさんを見れば彼女は心底驚き、声すら出ないようだった。
「それに日本に帰って、お土産一つなかったら家族がうるさいし…なっ、ルヴィのとこにいた強靭な男一人貸してくれるだけでいいからさ!」
「……いや、あのな……オニーサン危機感ないん…?」
「昔から不運なんだ、命があるだけいいんだよ。危険なことがあったとしても前とは違って一人じゃないしな」
「また襲撃にあったらどないするん」
「だったら守ってくれよ。俺はルヴィのこと秘密にするから、等価交換。いいだろ?」




