家庭教師の凛華さん
初めて書いたお話です。
封印していましたが、折角なので投稿させていただきます!(短編投稿4作目)
2ヶ月ぶりに読み返したら、結構手直しが必要だった件…(それでも読みにくかったらスミマセン)
高2の冬。俺は落ち込んでいた。
テストで好成績を修め続けることがサッカー部を続ける条件だった俺は、返却された模試の結果に呆然としていた。
校内112位。
およそ300人いる学年の中で、平均以上の成績といえばそうなのだが、なんちゃって進学校の俺の高校では、父親の通っていたK大合格には程遠い成績だった。
我が家は、俺が小さい頃から勉強させることにだけは口うるさくて、まあそれ以外は甘々だったから、ゲーム機もゲームソフトもいっぱい持っていたし、よく友達に羨ましがられていた。
だけど、流石に高校レベルの勉強内容となると、家でもある程度は時間をかけて予習復習をしなければならない。
だから、拘束時間の長いサッカー部への入部は、父は最初から猛反対だった。
それでも俺はめげずに、ちゃんと部活の後に勉強時間を確保するプランを伝えて、何とか説得したんだっけ。そして、K大合格ラインの成績を維持することが、部活を続ける条件となった。そのために、俺はしっかり勉強時間を確保し、いつも合格ラインをキープしていた。
けれど、その「時間」が、最近は確保できなかったんだよな。
俺は、実力をつけてきた後輩にレギュラーを奪われそうになって焦っていた。だから、少しでも自分のスキル磨きができるよう、部活が終わった後もこっそり自主練をしてたんだ。
その成果が表れて、この前の部内戦でなんとか勝ち取ったレギュラー。
しかし皮肉にも、その分だけ勉強時間を削らざるを得なくなり、成績は下降。
その結果、部活を続ける条件を破ってしまった。
これでは本末転倒である。
辞めたくない。
サッカーを続けたい。
俺の部活の同級生は皆揃って成績も優秀、だからこそ勉学に励むよう日頃から口うるさく言ってくる父親も、「良い仲間と一緒に勉強も頑張りなさい」といつも繰り返し俺に言い聞かせてきた。父は優秀な仲間と過ごす環境こそが、人を成長させると信じ切っているようだった。
でも、それがときどき俺にとっては重荷となっていた。
同級生の仲間の中で、サッカーの実力も勉強も劣っている俺って何なんだろう。
正直、今までも心が折れそうになったことは何度もあった。
けれども、諦めの悪いことだけは俺の唯一ともいえる取柄。
ここまで懸命に頑張ってきた。
…だけど、今回ばかりは本当に心が折れそうだ。
そんなとき、彼女は目の前に現れたんだ。
数日前に行われた家族会議。
父は一刻も早く塾に入る準備をするよう俺に訴えかけてきた。父は昔から勉学に励み続け、普通の人からみたらエリートコースを歩んできた人だ。言葉は悪いが金も女も、自身の努力によって積み重ねた地位とプライドで得てきたような人だ。
母とは結婚相談所を介して知り合ったそうだが、かつて母はその優秀な経歴を見たことで、今すぐに会ってみたいと思った、と冗談めかして言っていたのを聞かされたことがある。
まあそんな母は、学生時代は吹奏楽部に所属していて、部活に対する理解もあり、一人息子である俺には、青春時代を大切にしてほしいと思ってくれている。ただ、ちょっとロマンチストなところがあって、そこはどうかと思うけど。高校の頃の部活の先輩にイケメンがいて、ずっと片思いだったけどいつか向こうから声をかけてもらえると信じていたとか。それを聞いた父は呆れていたけど。
話が逸れたが、そんなわけで、母は俺に部活を続けられるよう、色々と考えてくれた。近所の塾は18時から授業開始だが、それだと部活が終了してから慌てて帰宅しても間に合わない。
そこで、母の提案で、たまたま新聞の折込チラシで目に留まった家庭教師のお試しコースを申し込んでみることにしたんだ。19時から20時の1時間だけ。
初めこそ乗り気じゃなかった俺だけど、母が考えてくれた、部活を続けられる唯一の可能性。
たった週に1時間、本気で勉強するだけで父の小言から逃れられるとしたら、願ってもないチャンスだ。
その案に乗らないなど考えられないことだったから、頷いた俺はすぐに申し込みをし、与えられた課題でわからなかった部分を洗い出して質問する準備をして、顔も知らない家庭教師がやって来るその日を待った。父は俺が部活を続ける邪魔をするとはいえ、俺のためにお金を払ってつくってくれた貴重な時間だ。当たり前だけど、ちゃんと有効活用しないとな。
そう思い、久しぶりに真剣に勉強した達成感に浸りつつ、気合を入れ直していたのだが。
「はじめまして。おじゃまします」
柔らかな声とともに入ってきた人物を目の当たりにして、俺は固まってしまった。
こんなことは人生で初めてだと思う。
腰のあたりまで伸びた茶色の長い髪に、大きな瞳。
身長は160cmほどありそうだけど、それはすらりと伸びた手足のためであって、全体的に小柄にみえる。
それでいて、確かに感じられる胸の膨らみ。
こんな美しい人が一体何をしにうちにやってきたのかしばらく考えて、やっと今日、家庭教師がはじめてうちに来る日であったことを思い出した。
え、待って俺、準備する内容まちがったんじゃ…?
部活終わって夕食食べてすぐだけど、汗臭くないかな?
俺の部屋ってこの前読んだ漫画を棚に置きっぱなしだけど、女の人が見たら引いちゃうような内容だったな…ヤバい!
そんなこんなでドタバタしている俺をみて、クスッと彼女は笑った。
笑われて恥ずかしくて、普通ならむくれてしまいそうなところだけど、彼女の笑みはあまりに純粋で可愛らしくて、こっちまで自然と笑ってしまった。
聞けば彼女は父の通っていたK大の近くにある大学に通っているそうで、その大学は俺の今の成績でちょうど目指すようなレベルの大学だ。
名前は、凛華さんというらしい。
これからお世話になる人だし、と思って、普通に苗字を尋ねたつもりだったけど、いきなり下の名前を教えられて少し困惑した。
まさか、いきなり下の名前で呼んでいいってことなのか?
それとも、年下の男の子をからかっているつもりなのだろうか。
俺にはよく分からなかったけど、凛華さんの笑顔には悪意を感じなかったから、とりあえず俺は彼女のことを先生、とだけ呼ぶことにした。
それから約1時間、先生は俺にやさしく勉強を教えてくれた。
彼女の教え方は、とても分かりやすかった。
俺が勉強でどこに躓いているのか、1つ1つ丁寧に聞いてくれる。
俺が一通り話し終えたところで解説してくれるのだけど、その声が優しくて、すんなりと頭に入ってくる。
いつも学校の授業で先生がテンポよく効率的に進める授業とは真逆で(勿論それの良さもあるけど)、ゆったりとしたペースで解説し、1つ1つ苦手を潰してゆく、『俺のためだけの時間』が、どこか新鮮だった。
ふとテキストから顔を上げると、先生は俺にやさしく微笑み返してくれて、あまりの可愛らしさに思わず目を逸らしてしまった。
そんなこんなであっという間に時間は過ぎ、初回は終了となった。
まだ20時とはいえ、こんな時間に綺麗なお姉さんを1人で返して良いものなのか?
そう思ってとりあえず玄関に向かったけど、靴を履こうとしたら
「ここまででいいよ」
とあっさり返されてしまった。
先生を見送った後、母が、
「凄い美人さんだったね」
とニヤニヤしながら言ってきたので、恥ずかしさのあまりに言い返そうとしたけど、ちょうど彼女の後ろ姿を思い返していたところだったから、つい、
「そうだね」
と同意してしまい、母はさらにニヤニヤしていた。
残業から帰宅した父が、家庭教師はどうだったかとしつこく聞いてきたから、どう答えようか迷っていたけど、母が、
「良かったよね」
とだけ言って俺の方を見てくるから、俺も頷いておいた。
父は、それ以上のことは聞いてこなかった。
金曜の19時から20時。
この時間が、俺にとっての重要な勉強時間、もとい憩いの時間となった。
先生は、もし着飾ったとしたら、それはとても華やかに輝きそうな見た目をしていながら、いつも落ち着いた色の服を着てうちにやって来る。勉強に集中できるよう、俺に対する配慮なのか、肌色はほぼ見せないし、スカートとかは履かずにいつもパンツスタイルだ。
そしていざ勉強を教えるとなれば、いつも真面目。聞き上手で、たまに俺は自分の部活の話とかしちゃうけど、彼女にとってはつまらないような話題でも興味を持ってくれて、楽しそうに聞いてくれる。そして、程よく休憩したら、また机に向かうけど、先生が話を聞いてくれた後は不思議と気持ちがすっきりして、すごく勉強に集中できる。
そんなこんなで毎週、非常に充実した時間を過ごすことができた。
そして、実はだけど、あくまで勉強の時間ということを再確認させてくれる先生の振る舞いが、逆に俺にとってはすごく魅力的だった。
地味よりな恰好だけど、なんだかんだで毎回違う服を着てくる先生。
来週はどんな姿で現れるかな、どんな話をしたら彼女は笑ってくれるかな、もっとたくさん話をしたいな、そのためにはまずスムーズに授業を進められるように課題を真剣に取り組んでおかないとな、と、日に日に先生に惹かれていきながらも、俺の学力は少しずつ上向きとなった。
ある日、最近学校で話題になっている新しいジュースについて、先生に話をした。そしたら、先生の大学でも話題になっていたようで、大きな瞳をさらに輝かせ、いつも以上に俺の他愛もない話を熱心に聞いてくれた。
そして、しまいには「今すぐ飲んでみたい!」と言い出して、先生はいつもは落ち着いた上品で清楚なお姉さんだけど、そんな彼女が無邪気にはしゃいでいる姿を初めて見て、そのギャップに少し笑ってしまった。
笑う俺を見て、彼女は少しむくれていたけど、すぐに
「授業終わったら、一緒に買いにいこっか」
と、あろうことか俺を誘ってくれて、成り行きで、2人で勉強を終えた後、近所のコンビニへと向かった。
夜道を歩く中、ふと隣をみると、すごい美人さんが自分のすぐ横を自然に歩いていて、思わずドキッとした。つい、いつもの自分のペースで歩いていたことに気づいて、彼女の歩幅に合わせるように少し速度を緩めたら、彼女はそれに気づいたのか、嬉しそうに俺の顔を見て微笑みかけてきた。
コンビニで2人で同じ飲み物を手に取りレジに並ぶ姿は、まるでカップルのように見えたのだろうか。男性店員さんに羨望の目を向けられながら、いつも以上に親切に接客されて、少し面白かったけど、恥ずかしかった。
なんというか、彼女は人を笑顔にしてしまう魅力がある。
思えば、一時期劣等感に苛まれて、勉強にも部活にも身が入らない時期があったけど、学力の向上云々の前に、その頃に比べて、俺自身の性格が前向きになった。
「あそこの公園のベンチで飲もっか」
きっと彼女は何気ない気持ちで俺を誘ってくれたのだろうけど、すぐ隣に腰を下ろして彼女と一緒に同じ時間を共有しているという事実に、ドキドキしてしまった。
でも、緊張で味がわからなかったなんてことはない。甘いトロピカルジュースの味。
俺には少し甘すぎたけど、隣で「美味しいねっ」と微笑む彼女を見ていたら、なんだか丁度良い味な気がしてすごく美味しかった。
その日からは、結構な頻度で授業後、2人で並んで散歩した。
聞けば彼女は現在一人暮らしをしていて、彼女の住む家は公園の近所であることを知った。
コンビニで飲み物を買って、2人で公園のベンチに腰を掛けてお喋りして、公園で彼女と分かれる。それだけの他愛もない時間が、俺にとっては最高に幸せな時間となった。
俺は、勉強に集中するためにいつも「先生」と呼んでいたけど、実は心の中ではいつからか「凛華さん」と無意識に呼んでしまっていて、あるときジュースを飲みながらうっかり先生のことを凛華さん、と呼んでしまった。
やっちゃった…と思ったけど、意外にも先生はとても嬉しそうに微笑んで、それから俺はその表情見たさについ凛華さん、と呼ぶことが増えた。
初めはいやいや家庭教師をお願いした俺だけど、今では少しでも授業後も凛華さんと一緒にいられる時間を求めていることを自覚して、自分でもなんか不思議だった。
凛華さんと親しくなるにつれて、彼女は少しずつ、自分の話もしてくれるようになった。
実はちょっとした地方出身で、都会に憧れていたことをコンプレックスに思っていたとか、ファッションがよくわからなくて大学の友人にアドバイスを貰っていたとか。
「普段の恰好とか、変じゃないかな?」
と俺に尋ねてくる彼女は可愛くて、つい
「いつも綺麗ですよ」
と反射的にさらっと言ってしまい、それを聞いた彼女は少し下を向いて恥ずかしがっていた。照れた表情は、下を向いていたせいで半分くらいしか見えなかったけど、思わず覗き込んで見てみたいと思ってしまうほど、可愛らしかった。
彼女は部活の人間関係とか、俺の悩み事もよく聞いてくれるけど、そのうち時折、自分のちょっとした悩みも打ち明けてくれるようになった。
一緒に講義を受けている凛華さんの友達が恋バナをしていて、それを聞いていた凛華さんはその友人に
「あんたにはわかんないだろねー」
とそっけなく言われたことがショックだったとか。
その話を聞いて俺はすぐに、凛華さんの友人が
『凛華さんは美人だから、そんな悩みはないだろうねー』
と、彼女のことを羨ましく思って言った言葉だとわかったけど、凛華さんは、その友人に信用されていないから、自分のことを相談相手と認識してくれていないのだと感じたみたいで、結構落ち込んでいた。
「わたしも本当に信用した人にしか相談事ってできない性格だから、簡単に言えない気持ちはわかるんだけど、大切な友達に信じてもらえてないことが悔しいんだ…」
そうつぶやく彼女に、俺は、
「その内容はたまたま言いにくい内容だったのかもしれないけど、きっと別の悩み事なら相談してくれますよ。凛華さんはいつも俺の話を優しく聞いてくれるじゃないですか。そんな人が近くにいたら、その友達もきっと心強く思ってますよ」
と、言葉を選びつつも思っているままの気持ちを伝えた。
本当は、凛華さんの友人は「凛華さんが可愛くて綺麗だから相談しにくかった」のだろうけど、そんなことは凛華さん本人に伝える必要はない。そもそも、俺が恥ずかしくて言えない。けど、凛華さんが自分自身を信用に値しない人物であると考えている誤解だけは、解いてあげたかった。
俺の言葉を聞いて、「ありがとう」と言って俺を見上げた彼女の表情は、まだ若干作り笑いだったけど、少しすっきりしたような可愛らしい表情で、俺の心臓を跳ねさせるには十分だった。
そして何より、信用した人にしか相談事はしないという彼女が、俺に相談事を持ち掛けてくれたことが嬉しかったんだ。
それからは、彼女の大学の話を聞くことがますます多くなった。
ふとした話のきっかけから、凛華さんには彼氏がいないことがわかった。
「わたし、モテるタイプじゃないから…」
と恥ずかしそうに俯きながら呟いていたけど、俺にはわかる。周囲の男性は、彼女のあまりの美しさに声を掛けられなかったり、勝手に彼氏がいると思い込んでいるだけであることが。
凛華さんの友人は、その後、かつての恋バナで浮上していた想い人と無事交際を始めたようで、最近はよくのろけ話を聞かされているそう。たしかに、聞き上手の凛華さんなら話しやすいだろうな。
そう思って俺は話を聞いていたけど、彼女はどんどん進展していく友人に置いて行かれた気持ちになったようで…
そんな話を聞いているうちに、いつしか俺の中に、とある気持ちがはっきりと芽生えた。
俺が彼女の隣に立ちたい。
初めは凛華さんのことをあこがれの存在としか思っていなかったけど、この時あたりから本気で彼女のことを好きになっている自分に気づいてしまったんだ。
でも、自分はいつも彼女に勉強を教えてもらう立場で、彼女にあげられるものが何もない。
凛華さんにとってはそれが仕事だし、うちも凛華さんにお金を払っているからそれが普通の正しい関係なのだけれど、
「俺ってなんて情けないんだろう」
と、彼女に出会ってから初めて負の感情、すなわち劣等感を覚えた。
それからの俺は、勉強に部活に全力で頑張った。
学力が安定した俺は、不安要素なく部活に打ち込むことができ、最後の夏の大会で3回戦まで突破できたことを伝えたら、彼女はまるで自分のことのように喜んでくれた。
そんなこんなで充実していたある日、父が言い出した言葉に、俺は何も言葉を返すことができないほど動揺した。
なんと父は、学力がうなぎ登りに向上している今の俺なら、K大、いやそれ以上も夢ではないと言い出し、K大出身の別の家庭教師を当てたいと言い出したのだ。そもそも家庭教師をお願いした当初は、俺の学力は基礎レベルから怪しかったけど、しばらくして向上してきたら担当を変えるつもりだったと。よく考えたら、当たり前のことだった。
そう、俺は頑張りすぎたんだ。
俺は容姿は普通だし、せめて内面やスキルを磨いて彼女の隣に立つにふさわしい人間になりたかった。
それなのに、嫌だ…
こんな形で彼女とはもう会えなくなってしまうのか?
俺は彼女とは決して結ばれない運命だったのか?
そう考えるとひどく虚しく思えてきて、それとともに、せめて凛華さんに今の俺の想いを伝えたい、もう会えなくなってしまう前に自分の気持ちを告白したい、という身勝手な欲求が強く芽生えてきた。
最近は夏が近づいてきたからか、涼しげなスカートやワンピースを身にまとって現れることもある凛華さん。
勉強中にふと顔が近づいたとき、これまでは見せたことのなかったような表情を浮かべ、頬を赤らめる凛華さん。
俺はいつも彼女の話を聞いているから、悲しいかな凛華さんは男性慣れしていないだけで、決して俺に脈ありなわけじゃないってことが簡単にわかってしまうけど、気づけば少なくとも1人の男性としては意識してもらえるようになっていたという事実が嬉しかった。
それだけでずっと満足していたんだ。
なのに…
いざ凛華さんに会えなくなると思うと、焦ってこれまで以上の関係になりたいという欲深い気持ちが生まれ、そんな自分が嫌になった。
契約上、凛華さんと会えるのは8月までとなった。凛華さんはそのことを聞いて、
「ごめんね。わたしじゃ実力不足だったね…」
と心の底から申し訳なさそうに言ってくれたけど、俺からすれば凛華さんのおかげでここまで勉強ができるようになったし、何より毎日が輝いて見えるようになった。
1つ悩み事が消えると、他のことに向き合える時間は増える。
1つ頑張る目標ができると、他のこともつられて頑張れる。
まさに相乗効果ってやつで、それを生み出すきっかけを与えてくれたのも、今の俺のモチベーションも、すべて凛華さんがいてこそだ。
だから、そんな悲しそうな顔をしてほしくない。その日は最大限、彼女に感謝の気持ちを伝えた。
彼女と会えるのは、あと2回。
その間に自分の気持ちを整理して、しっかり伝えたい。
もし、だけど、限りなく可能性は低いけど、凛華さんと恋人の関係になれたら…残りの2回が最後じゃなくなるのだから。
凛華さんと会えるきっかけを失わないための口実であると自分に言い聞かせて、わがままな恋心を彼女にぶつけようと思った。
それなのに。
翌週の授業の合間のこと。
凛華さんが同じ大学の拓也さんに夏祭りに誘われた、という話を聞いて、俺の頭の中は一瞬真っ白になった。
その後慌てて、
「他に一緒に行く人は?」
「そもそも祭りっていつだっけ?」
と畳み掛けるように凛華さんに聞いてしまって、後で思えばそれはさぞ滑稽な姿だったと思う。
俺は近頃自分のことで精いっぱいで、凛華さんが非常に魅力的であることをうっかり失念していたんだ。凛華さんにアプローチする男性なんて、思えばいつ現れてもおかしくなかった。
拓也さんの名前は、以前から聞いたことがある。凛華さんの友人の彼氏の親友。よく凛華さんの友人が話すのろけ話に登場する人物、という程度にしか考えていなかったけど、聞けばその4人で遊びに出かけたこともあるとか。そしてそれをきっかけに、凛華さんと拓也さんは最近キャンパス内でも2人で会話する機会が増えたようだった。
それって…
拓也さん、絶対凛華さんのことを好き、だよな…。
凛華さんは最近、俺に色々な話をしてくれるから、俺は凛華さんのことをたくさん知った気になっていた。だけど、それが凛華さんの全てではないという当たり前の現実を目の当たりにして、俺はショックを受けた。
凛華さんが、他の男の人と楽しそうに会話をしているところを想像してしまい、胸が苦しくなった。
しばらくして凛華さんは、拓也さんが他の仲間もお祭りに誘っているとはそういえば言っていなかったこと、祭りはすぐ来週に迫っていることを呟いて、そうしているうちに彼女の中でも何か思うところがあったのか、若干頬を赤らめて考え込んでしまった。
勉強中のちょっとした雑談のはずが、気づいたら結構な時間が経っていて、授業が終わって帰るころには彼女は平謝りだった。
でも、大事な受験生の夏休みとはいえ、俺にとっては勉強時間が削れた事など正直どうでもよくて、彼女の今後のことで頭がいっぱいだった。
俺に対して、夏祭りについて真剣に相談に乗ってくれたことを凛華さんは感謝してくれたけど、実際のところ自分の気持ちを伝えたいという自己中心的な理由をきっかけに凛華さんの話を真剣に聞いていたことが、なんだか申し訳なかった。
その日の帰り道。公園でジュースを飲んだ後、俺は、
「じゃあ祭り、楽しんできてください」
そう声をかけて、優しくそのまま見送るはずだった。
このまま凛華さんが拓也さんと2人で祭りに行ったら、さらに2人の仲は深まるだろうし、場合によってはそのまま告白、そして恋人に…なんてこともあるかもしれない。いや、話を聞いた限りだと拓也さんはかなり本気だ。十中八九、告白するだろう。
でも、それでいい。どうやら拓也さんは文武両道で容姿も整っており、色恋沙汰に疎い凛華さんですら、彼の人気を知っているような存在。きっとお似合いなのだと思う。
だけど、
「あれ…」
あろうことか俺の目から流れ出す涙。
最初は泣いていることにすら気づいてなくて、凛華さんに優しい目で見つめられて自覚した。
「俺、俺…」
何を言おうとしても言葉にならなくて、自分の好きな人の目の前でこんなにみっともない姿を晒して、そして何より笑顔で凛華さんを祭りに送り出すことができなかったのが悔しくて、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになった。
凛華さんの幸せを、心から応援しようと考えていた。それなのに、凛華さんが遠くへ行ってしまう気がして、怖くなって、寂しくなって…
それからどれほどの時間が経っただろうか。
凛華さんは何も言わずにずっと俺のそばで、優しく見守ってくれていた。
「すみません、もう大丈夫です。」
と声をかけてみるものの、
「ほんとに大丈夫?えと、ど、どうしよう。わたし何か酷いこと言っちゃったかな?」
と、少し慌てながらも本気で心配してくれている彼女を見ていると、いつもの聞き上手な彼女のペースに乗せられて…
あろうことか最悪のタイミングで、つい本音が漏れてしまった。
「俺…凛華さんのことが、好きでした」
その好きは、これまで勉強を教えてくれた先生としての「好き」も含まれていたけど、もうそのほとんどは1人の女の人に向ける「好き」だった。
そんな俺の気持ちは、どこか天然で、とても純粋な彼女にも伝わったようだった。
だけど、絶対に今言う言葉じゃなかった。間違えた。
こんなことを今伝えても、凛華さんを困らせるだけだ。
凛華さんは何も悪くないのに、俺は凛華さんの幸せを応援したいのに、ほんと何やってるんだろう…。
凛華さんはしばらく黙っていたけど、
「そっか…」
と呟いてから、
「ありがとう。その…びっくりして…なんていえばいいかわからないな…」
と呟いた。
優しい彼女は、きっと俺の気持ちを傷つけないために、言葉を並べようと必死で考えてくれている。自分の身勝手な気持ちを最悪のタイミングで押し付けたことで、大好きな凛華さんのことを困らせている自分が許せない。こんなことを伝えた後で、凛華さんはちゃんとお祭りを楽しむことができるのだろうか。
それに、拓也さんは俺からしたら会ったこともない人だけど、勇気を出して凛華さんを誘っただろう彼に対して抜け駆けをしたみたいな形になって、物凄く自己嫌悪に陥った。
更にしばらく無言の時間が過ぎた後、俺がしっかり泣き止んだことを確認すると、彼女は前を向いて、
「私、祭り楽しんでくるね」
とだけ言った。それから、
「バイバイ。また来週ね。」
と言って、去っていった。去り際にはもう、俺の顔を見てはくれなかった。
凛華さんのことだから、どんな顔をして良いかわからなくて、見なかっただけかもしれないけど、自虐モードに陥った俺は、俺のことはもう彼女の目には映っていないのだろうな、というふうにしか思えなくて、また涙があふれてきた。
振られた。
はっきり言葉にされなくても、そう感じた。楽しんでくるというのは、すなわち拓也さんとの時間を楽しむということ。
「祭り楽しんでくるね」
の一言がショックで、耳にした直後はすんなりと頭に入ってこなかったけど、「授業中、複雑な心境の中お祭りの話を聞いて、拓也さんと楽しんでくるよう背中を押していた俺」の気持ちに応えたい、という彼女なりの気持ちだったのではないか、と思うと、やっぱり凛華さんは優しいな、と思って、
もうここまで好きになってしまったら、何を言われようと好きなんだろうな、と思った。
それから一週間。
夏祭りは終わり、俺は受験生だから元々は興味のなかったイベントだったけど、凛華さんがどうなったのか気になってそわそわしていた。
いよいよ今日で、凛華さんと会えるのは最後である。
いつものように家に上がり、俺の部屋に入ってくれた凛華さん。
たまたまかもしれないけど、今日の凛華さんの服装は、かなり地味なものだった。
いや、それでもかなり可愛いんだけど…
それ以外は本当にいつも通りな振る舞いの凛華さんだったけど、俺の部屋に入って早々、ごめんなさい、と俺に頭を下げてきた。
わかってはいたけど、先週の俺に追い打ちをかけるように、振られた。
はっきりと、言葉にして。
そんな彼女の対応に、もしかしたら腹が立つタイプの男もいるかもしれないけど、俺は、凛華さんが俺のことを真剣に考えてくれて、それを最後にはっきりと伝えてくれたことが嬉しかった。
俺では凛華さんの彼氏にはなれないということを、拓也さんと先に付き合うことになったから、という結果論じゃなくて、俺のことを考えたうえで下された決断であることが、よくわかった。
だから、そんな彼女に、俺がずっと思っていたことをこっそり伝えた。
『凛華さんは可愛いから、もっと自信をもっていい』
それを伝えたとき、一瞬だけ見せてくれた、1人の女性として恥じらう姿。
だけどそれも一瞬で、
「先生をからかうんじゃありません!」
と怒られてしまった。
先生と生徒の関係。
それ以上になることはできなかったけど、だからこそ別れ際に、本当は雇い主から禁止されているらしいけど、凛華先生は連絡先をこっそり教えてくれた。
数日後、先生のプロフィール写真が、かっこよくて優しそうな男の人とのツーショットになっていた。
未練がましくチェックしている俺が情けなくて、ちょっと笑えるけど、写真に写る先生は幸せそうな表情で、それを見られたことで俺も温かい気持ちになれた。
今の俺はというと、新しい家庭教師の先生と、受験生として最後の追い込みをかけて勉学に励んでいる。
新しい先生は、高校時代はサッカー部に所属していたらしく、俺と話が合って、部屋の隅に隠していた漫画の話で、この前も盛り上がった。
K大生の合コン事情とか、くだらないことばかり教えてくれるけど、そんな大学生活もなかなか楽しそうで、今は大学受験のことだけに集中できている。俺の勉学に対するモチベーションは高く、今の俺なら合格できる気がする。いや、絶対に合格するんだ。
3月に、凛華先生にいい報告ができるように。
読んでくださりありがとうございました。




