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喰う側のルール

読んで頂きまして、ありがとうございます。

あと一話で終わります。

 

 

 

 (5)

 

 大通りの広い車道、四車線を覆うアスファルト上では、三十人前後の街の人々が悲鳴を上げ、透明な影から逃げ惑う地獄絵図が展開していた。

 

 追手の方は半ば遊んでいるらしい。

 

 獲物の全身を一気に消し去るのではなく、腕、足、胴体、時には顔面の一部を中途半端に切取り、絶命するまで悶え苦しむ時間を存分に長引かせている。

 

「ね、逃げようよ! このままじゃ、私達も消されちゃうよぉ」


 舞子が聡と松井へ向け、声を張り上げた。


 透明な影そのものが見えなくても、この状況なら被害者の惨状だけで恐怖は確実に膨れ上がり、心の芯を苛んでいく。


「でも……でも、俺は警官で……誓ったんです、目の前の人を見殺しにする事だけは絶対……」


 強く握り締める拳銃の弾が無くなったのに気付き、松井の言葉が途中で凍りつく。


 慌てて震える指で回転式弾倉へ弾丸を再装填しようとするが、その隙を見逃す事無く一匹の妖怪が接近してきた。


 今の聡には、その姿が克明に見える。


 長い髪に真赤な皮膚、ダラリと垂れた長い舌……子供の頃、マンガで見たアカナメと良く似ている。


「お巡りさん、逃げてっ!」


「……え?」


 次の瞬間、アカナメの口が耳元まで大きく裂け、松井の身体を頭から呑みこんだ。


 ポンッと腹が大きく膨らんだかと思えば、たちまち消化して元の体型に戻り、アカナメはでかいゲップを漏らす。


 抵抗する暇も無かった。

 

 人々は消えていたのではない。


 奴らに喰われた。


 お好み次第で齧られたり、頭から足の先まで丸ごと一呑みにされたりしていた。


「うわ~っ!!」


 溜まらず聡の上げた悲鳴が合図代りとなり、舞子、香、木崎ら六名は、死に物狂いでオフィスビルへ逃げ込んで行く。


 何故か、アカナメ達はすぐ追っては来ない。


 他に獲物が残っていたせいもあるが、別の事に気を取られていたようだ。


 松井巡査の手から落ちた拳銃を弄び、両手で構えてポーズまで取り、奴らはケラケラ笑いだす。


 好きな玩具を手にした子供か、ホビーショップのイベントに集う熱狂的マニアさながら、至極、無邪気な喜びを湛えている様にその姿は見えた。






 オフィスビルの玄関フロアを駆け抜け、休む間もなく一気に廊下へ……


 更にエレベーターホールまで来て、乱れた息を整えつつ、聡はビル内の人気が感じられないのに気付く。

 

 妖怪は既に屋内へ侵入し、食事を済ませてしまったのだろうか?

 

 それともビルで働いていた人達が、とうに逃げてしまった後なのか?


 いずれにせよ、屋上を目指す以外に無い。


 エレベーターのスイッチを押す。


 間も無く開いた扉から、中に潜む何かの生臭い匂いがして……


 ハッと身構える聡の頭上を飛び越し、そいつは上原静子の背後へ回り込んだ。

 

 サクッと耳障りな音が響く。


 聡が振返ると、総務のお局さんは上半身を食いちぎられたまま、下半身だけ数歩歩いて、エレベーターの中へ崩れ落ちた。


「畜生……まだイマイチ慣れてねぇや。一口だけじゃ、うまく喰ぇねぇ」


 静子を齧った妖怪は河童そのものの嘴から鮮血を拭い、聡を見上げて呟く。


 何処かで前に出会ったような、デジャブを抱かせるまん丸の瞳。そいつが浅野へ向直り、跳躍すると同時に、下半身だけの死体は二つになった。


 舞子が悲鳴を上げる。


 妖怪の姿は見えずとも、完全に呑みこまれなかった仲間の亡骸が夥しく血を噴き出す様は目撃者全員をパニックへ突き落していく。


 まず木崎が女子二人を突き飛ばし、我先に非常階段へと駆け込んだ。


「舞子ちゃん、香さん、君達も階段で屋上へ行くんだ!」


 聡に促され、河童が静子と浅野、計四本の足をしゃぶっている間、残り全員が非常階段のドアを潜る。


 電気の供給が不安定なようで、階段が設置された吹抜けの一画は暗かった。

 

 とにかく、必死で昇る。


 ペタッ、ペタッと下から迫る足音を意識から無理矢理遠ざけ、ひたすら屋上へ……

 

 そのうちメタボ気味の堤が遅れ気味になり、助ける間も無く、気配が消えた。


「ウン、今度はうまくいった。丸呑みも慣れてくりゃ乙なモンだな」


 おどけた妖怪の声が、今やはっきりと聡には聞こえる。いや、舞子や香、木崎にも聞こえているようだ。


 正体を隠す妖力の類は最早発動していなかった。


 何故なら、階段を上がって来るその声の主は、何時の間にか河童から変じ、人の姿をしていたから。


「お前……あの時の!?」


 屋上間近で追い付いてきたそいつの顔は、朝方に出会った、あの黒いTシャツの若者に間違いない。


「フフッ、感動の再会だねぇ」


「俺、てっきり、でっかい雷雲に喰われちまったモンと……」


「言ったろ、あの雲はこの辺の大物なのさ。餌食にする代り、俺が何者なのか、丁寧に教えてくれたよ」


「教えた? 雲が、か?」


「見かけでナメちゃいけね~なぁ。あのお方、メチャクチャ長生きしてて、この世の事なら何でも知ってんだぜ」


「……それにしても……まさか、お前までバケモノだったなんて」


「あの頃は人間だったさ、多分」






 薄明かりに浮かぶ若者の顔は明るく、楽しそうで、朝とは全く印象が違う。


 似通っているのは匂いだ。


 身体から染み出す匂いが前と同じ生臭さのまま、耐え難いほど強くなっている。






「なぁ、アンタ、安珍と清姫の昔話、知ってる? 安達が原の鬼婆はどう?」


「……何だよ、それ」


「嫉妬や、憎しみ、絶望に胸を焦がした人間が、物の怪へ堕ちてしまう物語さ。神隠しと同じで、世界の何処にでもある」


「フォール・ダウン……人が人である事を捨ててしまう神話の普遍的バリエーションね」


 屋上への扉手前で、二人の会話を聞いていた香が口を開く。


 舞子と木崎は、その隣で逃げる事も忘れ、立ち竦んでいる様だ。

 

「今、街をうろつく妖怪はさ、一匹残らず、そうらしいぜ。わかる? 元人間が人間を喰いまくってンの。自己防衛の為、滅ぶべき生き物に共食いさせる。地球がそんな機能を備えていたのだとしたら、実に無駄のない合理的システムだと思わねぇか?」


 若者は唇を歪めて笑った。


 弾みで耳まで裂けた口から、赤黒い舌先がのぞく。

 

「スマホやネットで例の『お知らせ』が届いたのは人間扱いされていない俺ら、この世の負け組でも使い慣れたツールで、フォール・ダウンを促すのに丁度良かったからさ」


「バケモノが、どうやってネットを使いこなす?」


「回線への割込み、ハッキング。手は幾らでもあらぁな。この件を仕切る雷雲の旦那、何でも知ってるって言ったろ。只、ボキャブラリーが古過ぎて『お知らせ』まで意味不明なのは御愛嬌だがな」






 絶望や憎しみが人を物の怪に変える。


 今日、起った事件の真相がそこにあるのは、目の前の河童野郎を見ていれば、認めざるを得ない。


 だが、だとしたら……


 奴らの姿やメッセージが、聡に見えてしまうその意味は……






 階段の上から見下す舞子の視線が、聡へ突き刺さった。


 そこにあるのは最早同僚への共感ではない。

 

 純粋なる恐怖。おぞましく危険な存在を本能的に嫌悪する人間の眼差し、そのものだ。

 

「ヘッ、今更、や~っと気付いたんかい。『お知らせ』のさ、あのキモい文字が見えちまったって事はだ、多分、アンタも……」


 とても最後まで聞いていられなかった。


 激しい雄叫びをあげ、聡は若者へつかみ掛かって、ガムシャラに殴りつける。


「オイ、止せよ!? 上にいる奴ら、うまそうじゃん。俺達、やっと喰われる側から喰う側に回ったんだぜ」


「うるさい」


「女の一人はお前のキープで良い。先に選ばせてやっから」


「黙れ……畜生」


「良いじゃん、強肉弱食! こんなラッキーなルール変更、他に無ぇじゃん」


「うるさい! うるさいっ!」


 こみ上げる怒りに任せ、思いっきり振るった聡の拳はかわされ、コンクリートの壁へ深々とめり込んだ。


 ひ弱なプログラマーには有り得ない腕っぷしだが、戸惑う暇など与えられない。


 聡の予想外の猛攻に身の危険を感じ、素早く河童に変異した若者は、鋭い嘴でこちらの目を抉ろうとした。

 

「面倒臭ぇ! お前から先に喰ってやらぁ」


 瞼から頬まで傷つけられながら聡が辛うじてかわすと、河童は高くジャンプ。

 

 三角飛びの要領で非常階段の天井へ両足を突き、急降下しざま、水掻き部分からせり出した長い爪で聡の胸元を裂き、鮮血を床へばらまく。

 

 ニヒッと笑う河童の舌なめずりが見えた。だが、聡も今は「喰われる側」ではない。

 

 身軽に飛び跳ね続ける河童を蹴り飛ばし、落ちた所を力任せに抑えつけて怒号を上げる。

 

 気が付いた時には、薄笑いが張り付いたまま、怪物の首を根っこからもぎ取っていた。

 

 人にあるまじき異常な力。


 俺はもう、堕ちてしまったのか?


 哀しい自覚と共に、胸の奥から衝動が突きあげてくる。階上にいる三人を頭から齧りたいという凄まじい欲望が……


 聡の顔を見つめていた舞子が、両手で顔を覆い、甲高い悲鳴を上げた。


 きっと、もう物の怪への変化が始まっているのだろう。


 辛うじて、衝動を堪える。

 

 人のままでいたいという気持ちに、必死ですがりつく。

 

 しかし、木崎達の方は、とっくに聡を仲間だなんて思っていなかった。

 

 三人で屋上の鉄扉を開け、飛び出して外から閂を落とす。

 

「オイ、木崎さん、開けてくれ! 俺は人間だよ。まだバケモノじゃない」


「……嘘だ。俺は見た、昨日、お前を笑い物にした時、目の奥が蒼く光るのを」


「何だと!?」


「最近、少し生意気になってたからよ。舞子に頼んで、お前をそそのかして貰ったんだ、俺にわざと逆らわせろって」


「……彼女がお前の口車に乗ったのか?」


「派遣の契約、良い条件で延長してやると言ったら、アッサリな。で、偉そうに抗議してきたお前を、スタッフの前で思い切り叩き潰してやった。まさか、お前がバケモノになるなんて夢にも思わなかったからよぉ」


 鉄扉に耳を寄せ、向こう側から響く木崎の喚き声を聞く内に、聡は失っていた記憶が朧気に浮かび上がるのを感じた。


 彼が人間である事を捨て去った瞬間の、その屈辱の記憶が……





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