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喰われる側のルール

 

 

 

 (4)

 

 危なっかしい銃撃戦と束の間の勝利で皆のテンションが高まる一方、警官の方はすっかり怖気づいてしまった様だ。

 

 最後に撃った時の姿勢で、指先までピーンと強張ったまま動かない。いや、動けない。

 

「オイコラ、もっとしっかりせ~や、お巡りさん」


「これじゃ助けに来たのか、助けられに来たのか判んないでしょ~が」


 堤と浅野に声を掛けられ、全身の力が抜けた警官は、その場にペタリと座り込んだ。


「……やりました、先輩。僕、奴らに一矢、報いましたよ」


 警官の頬を涙が伝う。

 

 男の泣く姿は聡的にはイマイチ美しくないが、我が社のお局様・上原さんの母性本能はくすぐったようだ。

 

「キミ、名前は?」


「……代々木不動前交番勤務、松井一臣巡査です」


「一人でここに来たんですか?」


「交番の先輩二人と一緒に行動していたんですが、さっき……き、急に俺の目の前から、フッと……」


「さぁ、キミ、落ち着かなきゃダメよ。これ使いなさい」


 上原さんの差出したハンカチで目尻を吹き、ついでにチ~ンと鼻までかんで、松井巡査はここへ来るまでの事情を話しだした。






 当初、警視庁は異常事態の通報を受けて、定石通りテロを疑ったようだ。


 武装した機動隊員を含む15名体勢で23区毎にチームを編成、通報が多い地区へ出動させたと言う。

 

 松井も交番から招集されたのだが、移動中に警官は一人ずつ消失し、この雑居ビルに入った所で同僚まで消えてしまった為、無我夢中で仲間と生存者の探索を続けていたとの事。






 聡も朝からの出来事を語り、妖怪の仕業だと告げると、松井は溜息混じりに頷いた。


「……信じられない話ですが、今、起きている現象が神隠しで、見えない敵を妖怪とすると筋は通ります。

実は人が消える順番って行き当たりばったりじゃないんです。誰かの作為が感じられると言うか」


「規則性があるって事?」


 問いただす香の声は相変わらず鋭い。


「警官が消えた時は、階級が上の人間から先にいなくなりました。

それに、これは本庁の奴から聞いた噂話なんですが、日本では永田町や兜町、アメリカだとウォール街の住人が真っ先にいなくなったそうで」


「つまりセレブ気取りが狙われた訳だ」


「妖怪は金持ちが嫌いなのかね?」


「俺だって嫌いだぞ」


「貧乏人のひがみ、恐るべし」


 堤、浅野はこんな時にまで他人の話に茶々を入れてくる。


 呆れ顔の香に促され、松井巡査は話を続けた。


「世界的に見ても、格差社会が深刻化した国ほど被害は大きいと聞きました。ま、僕ら下っ端の耳に入る情報ですから信憑性は低いんですけど」


「さもなきゃ隠す力さえ政府に残ってないか、ね」


 重い沈黙が再びフロアを支配する。


 政府や警察がまともに機能していないのだとしたら、次の救援は何時になるやら見当もつかない。


 事態の急激な進行に伴い、神隠しを偽装する手間すら『敵』はもう掛けていないようだ。追い払った物の怪も、いずれビルへ戻って来るだろう。


 手をこまねいている暇は無い。

 

 

 

 

 

「とにかく、逃げよう」


 木崎が重々しく宣言した。


「それには賛成ですけど、何処へ逃げれば?」


 堤がすかさず突っ込みを入れる。木崎が戸惑う間、香が割って入った。


「表通りの少し先、ウチなんかよりずっと大きなビルがあるよね。あの屋上へ行ってみない?」


「どうして、そこへ?」


 舞子の質問を受け、香は割れた窓から目指すオフィスビルを見上げる。


 周囲より一際高い12階建てで、緩いスロープをなす造作付きの白壁が陽光を反射し、眩しい。

 

「相手が妖怪だと仮定した場合、多分神聖な場所には立ち入れないと思うのよ。ホラ、あそこのオーナー、信心深くて自宅近所の神社が地域再開発の対象になった時、御本尊を屋上へ移し、祀ったって話よね」


「ウン。結構、大きな社が建って、パワースポットとしても有名だったわ。学問の神様だから受験にも後利益があるって噂で」


「……結局、最後は神頼みかよ」


「木崎さん、もっと良いアイデアがあったら教えてくれない?」


 香の一言で木崎は不満そうに口をつぐむ。


 躊躇ってみても、他に取るべき方策なんて何一つ有りそうに無かった。

 

 松井巡査を含む全員一致で、ビルの神社へ逃げ込む事に決定。先陣を切るのは当然、聡の役目だ。


 何せ朧げにとは言え、襲ってくる奴が見えるのは聡だけ。

 

 松井巡査を従え、『敵』が現れたら銃撃の位置を教えて、何とか皆が逃げる為の活路を開かなければならない。






「ゴメンね、昨日、あんな辛い思いをさせたのに無理させて」


 雑居ビルの玄関から大通りへ飛び出す直前、舞子が聡に身を寄せ、そっと囁いた。


 吐息が耳たぶへかかり、その甘い感触に胸が高鳴るものの、聡の胸中には困惑が生じている。


「昨日の思い?  それ、何だっけ?」


「……覚えてないの?」


「いや、俺、一週間デスマで、頭ん中ボ~ッとしてて」


「木崎リーダーが皆にふったノルマ、あんまりキツイから、私、あなたに頼んで、抗議してもらったのよ。だって、葛岡君だって取締役でしょ?」


「まぁ、一応は」


「あんなにひどく罵られるなんて……思ってもいなかった。最後には葛岡君、みんなの前で土下座させられたんだよ」


 そう言えば上司に逆らった気はする。


 夢の中のあれ、やっぱり本当にあったのか?


 でも、疲労の極にあった一時、聡の記憶は定かではない。

 

 確かにひどく荒んだ、暗澹たる精神状態で眠りに落ちた気はするが……

 

「オイ、いつまで寝惚けてやがる! さっさといかねぇか、役立たず」


 木崎に怒鳴られ、聡は反射的に通りへ駆けだした。


 銃を握り締めた松井が、すぐ後に続く。






 車の流れが途絶えているから、『敵』の潜伏しやすい舗道沿いを避け、見晴らしの良い車道を進む方が安全だ。


 中央分離帯の所まで走り、一旦足を止めて丁寧に周囲を見回してみる。


「何か、いますか?」


 松井が聡の耳元で囁いた。


「いや、大丈夫みたい」


 聡も囁き返す。


 声を潜めていても危険性は大して変わらないだろうが、不安と緊張感で自ずと言葉は掠れ、小さくなってしまう。


「皆を呼んだ方が良いかな?」


 雑居ビルの方を振向き、玄関ドアの背後からこちらを伺っている木崎や舞子を見て、聡が訊ねた。


「……目指すビルの前まで試しに歩いてみません? すぐ近くですし、何処かで待ち伏せされていたら厄介だ」


 童顔のルーキーとは言え、流石に警官。的確な指摘に感心し、聡は松井と肩を並べて、白壁のオフィスビルへ歩き出す。


「大したモンだね、お巡りさん」


「はい?」


「俺達は成り行きで他にどうしようもなくて、ここにいるけど、アンタは自分の意思で出動して来たんだもんな」


「こうなっちゃうと、何処にいても同じ気がしますけど」


「家族が気になったりしない?」


「……はい、それは、まぁ」


「だよなぁ」


 恐怖を紛らわすため、小声でボソボソ会話しながら、オフィスビルの玄関付近まで来た。一応、ドアを開いてみたが、この辺りにも何か潜んでいる気配は無さそうだ。


 すぐさま雑居ビルへ引き返す。

 

「ねぇ、仕事ほうり出して、バッくれたいと思わなかったの?」


「……夢でしたから」


 松井の返事は一層小さくなり、聡には殆ど聞き取れなかった。


「夢だったんです、この仕事」


 耳を寄せる聡に向け、新米の警官は少し照れた顔ではっきり言い直す。


「警察が夢? 実は刑事ドラマのマニアだったりする?」


「いえ、公務員になる事が」


「はぁ!?」


「子供の頃からず~っと公務員になりたかったんです。父が若い頃に何度かリストラ食らいましてね。家庭の雰囲気が暗かった分、職の安定って奴が凄く輝いて見えた」


「それで警官になったんだ?」


「フフ、公務員なら何でも良かったんですけど。やってる内、それなりに人を助ける喜びが芽生えたりしまして、ハイ」


 まっすぐな松井の瞳が眩しくなり、聡は目を逸らした。






 こいつとは年もそんなに違わない。


 誰も彼も不幸になってしまえば良いなんて、俺はずっと考えていたのにさ……

 

 ブレークスルーでSEに採用された時、どんな気分だったか、もう思い出せねぇよ。

 

 

 

 

 

「採用試験に受かった時、父と母と妹が、お祝いのパーティをやってくれました。祝・公務員なんて垂幕作って、ホカホカの赤飯、近所にまで配る騒ぎで、ハハッ、もう恥ずかしいの、何の」


「……それなら絶対生き残って、退職金と年金、全部もらうまで公務員やらなきゃ」


「はいっ!」


 母の赤飯という言葉で親近感が湧き、聡が苦笑いを浮べた時、雑居ビルのドア奥で待機している連中と目が合った。


 来い、と手招きし、車道の中央まで呼び寄せる。そしてこの時、近付いてきたのは舞子達だけではない。


 近くのビルや店舗で息を潜めていた人々が、通りを行く松井巡査の姿に気付き、アチコチから助けを求めて現れる。

 

 全部で三十人くらいか?

 

 誰も彼も憔悴しきった顔に安堵の笑みを浮べ、号泣する人までいる。

 

「へぇ、ゴーストタウンになったと思っていたら」


「まだ沢山の人が逃れていたんですね」


 舞子、木崎らと合流後、松井巡査は片手を上げ、他の生き残りの方へ駆け出した。


 だが、気を抜くのは、まだ早い。


 『敵』だ。


 透明な影が通りの向こうや路地裏から幾つも出現し、人々の背後に迫る。


「お巡りさん、化け物が出た!」


「畜生っ、俺、迎撃します。又、撃つ場所を教えて下さい」


「いや、無理だよ。相手の数が」


 多過ぎる、と聡が言う前に、松井は拳銃を構え、悲鳴を上げる人々の渦中へ飛び込む。


 右へ、左へ……


 すぐさま、聡の指示通り発砲するが、もう牽制にもなっていなかった。

 

 透明な影は巧みな連携を行い、蟻が砂糖へ群がる様に、効率よく人々の肉体を消し去っていく。

 

 指示を正確にすべく目を凝らすと、やはり時間の経過と共に、聡が妖怪を捉える力は向上しているようだ。


 透明な影に輪郭が浮かび、色が付く。


 間も無く、一つ目やら、でかい角やら、伝説通りのグロテスクな姿をした怪物を視認できるようになった。

 

 まさに白昼の百鬼夜行と言うに相応しい有様で口元から涎を流し、聡達の方角……

 

 獲物の匂いへ向け、猛然と迫って来る。

 




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