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生存戦略、始めましょ

 

 

 

 (3)

 

「オイ、これはどういう事だ!? 今の爆発みたいなの、手前ェがやったのか?」


 誰もいない雑居ビルの受付フロア正面で、普段は高飛車な木崎が震えた声を出している。


 他の連中も完全に青ざめていて、聡は少し良い気分だった。

 

 状況は最悪。にも拘わらず、この会社に入社して以来、聡は一番強い立場に立っている気がした。


「……慌てないで。すぐ説明しますから」


 意識して余裕のある声を出し、舞子へ微笑んで見せる。目が合って彼女は少し頬を赤らめたようだ。

 

 うん、良い傾向。まさにピンチはチャンスってか?

 

 事務所へ上る前に玄関の窓から外を見ると、目標を見失った雷雲は喚き続けるアニメーターへ向きを変え、襲おうとしていた。

 

 間も無く裏道へ逃げ込んだ若者を追い、雷雲も見えなくなる。捕まって消されるのは時間の問題だろう。

 

 哀れに思うが、今はまず自分達の心配が先だ。

 

 

 

 

 

 ブレークスルー・システムズ株式会社はビルの3階をワンフロア使い、プログラム室と事務所、役員室を備えている。


 ワンフロア占めると言っても、全従業員数が15名の零細企業で中は狭く、活気も無い。

 

 巷で言うブラック会社そのものだから、十分な数の従業員がいた試しはないが、それにしても今日の事務所は寂しい風景だった。

 

 総務担当のお局・上原静子が一人席についているだけで、他には誰も出社していない有り様なのだ。

 

「あ、専務……おはようございます」


 声をかけられ、木崎は鷹揚に上原さんへ片手を上げた。






 この会社には従業員数の割にやたら重役が多い。木崎を含めた各部門の責任者は皆、専務か常務取締役。

 

 実は聡自身も半年前からヒラ取の肩書を持たされている。

 

 僅かな手当て以外何のメリットも無く、残業代がカットされるだけの損な役回りだが、外部の人間には受けが良い。

 

 栃木の母に『取締役』になったと報告した時など、大量の赤飯がクール便で送られてきたほどだ。






「上原さん、社長は?」


 木崎が閑散とした社内を見回して訊ねると、総務のお局は呆れ顔で首を横に振った。


 誰も彼も無断で遅刻し、連絡一つ無いのだと言う。


「……やっぱり、神隠しか」


 聡が呟くと、その場にいた全員が不安そうな眼差しを向けてきた。


 取り敢えず朝からの成行き、スマホが受信した意味不明の警報、路上で黒シャツの若者が喚いていた事を一気に打ち明けてみる。


「そんなヨタ話、信用できるか!?」


 木崎の反応は予想通りだ。


「……でも外の様子、変よ。いつの間にか誰もいなくなってる」


 窓から下の通りを見下し、舞子が呟いた。


 慌てて皆が窓へ駆け寄り、ゴーストタウンと化した街の景色に息を呑む。

 

 人影どころか今や車道を通過する車さえ一台も無かった。


 そしてこれ程の非常事態にも関わらず街は静かで、一見何ら異常を感じられないのが却って不気味だ。

 

 やはり、バケモノどもの隠蔽が続いているんだろうか?


 ここまで異変が広がれば、警察が気付かない筈は無いし、いずれ事態は大きく動きだすのだろうが……

 

「ね、見て、コレ」


 香が備品のパソコン画面を指差す。


 インターネットのニュースサイトに『全世界で大量の行方不明者が同時発生。アメリカ政府はテロリストの関与に言及』との記事が出ていた。


「……テロリスト?」


「本当の所、どうなんだろな? あの国は何でもテロ呼ばわりで片づけるから」


「今一つ、実態が見えないと言うか、リアリティ無いと言うか」


「ある意味、妖怪の仕業ってのと同じ位、無ぇわ」


 堤と浅野が、いつもの軽薄なノリで笑い飛ばそうとする。でも、震える足元が内心の恐怖を物語っていた。


 そしてこの時、聡の目はもう一つ、他の人間には不可知の情報を見出している。


 『ルール変更のお知らせ』

 

 パソコンモニター上へ鬼火の文字が映し出され、細かく点滅していた。

 

 続いて詳細なメッセージが画面を埋め尽くす。

 

 聡は声に出して読んだ。

 

『地球環境の是正作業、順調に進行。つきましては霊長類Ⅰ類・区分Dの禁漁解除を全地区へ拡大致しますので、先行許可された地区におかれましては、速やかなる消去完了をお願い致します』


 ポカンと口を開け、聞いていた舞子は、気味悪そうに聡を見る。


「……ねぇ、葛岡君。又、出たの? 不思議な緊急警報」


 舞子の代りに、香が努めて冷静な声で質問をぶつけてきた。


 日頃からオカルトマニアを自称し、スティーブン・キングの全著作を読破したと言う香は、本領発揮のチャンスに気合が入っているらしい。

 

「ね、今度は何て?」


「面倒臭い言い回しだから良く判らない。でも、凄くヤバそうな感じがする」


「ここにいても?」


「多分」


「それ、妖怪か何かが連絡してるのよね? 葛岡君が街で会った危ない奴、デーモンって言ったんでしょ」


「ああ」


「デーモンは欧米じゃ悪魔と同じ意味だけど、元々、グノーシスっていうキリスト教の源流になった古代宗教の言葉でさ。本来は天界に属する人の魂・ソフィアを地上へ封じ、同時に守護する存在でもあるの」


「へっ、守る? バケモンが人間をか?」


 聡が思案顔になった途端、しばらく主導権を失っていた木崎が、強引に話へ割り込んでくる。


「地上に存在する最大のデーモンがこの星、地球そのもので、その意思の赴くまま、星に有益な物を守り、害になる物を取り除く。血液中の白血球みたいにね。

その伝説は、様々に形を変え、私達の生活のすぐ近くにあるのよ。例えば……」


 香はふと首を傾げ、頭の中の膨大な知識を巡らせた。


 心持ち、頬が赤らんでいるようだ。


 華やかな舞子に比べ、ボーイッシュで地味な印象の香は周囲の注目を集めた事が無い。

 

 皆と同じ怖れを抱きつつ、それでも何処かハイテンションになってしまう彼女の気持ち、聡には少しだけ理解できた。


「ホラ、葛岡君、良く言うよね。泥みたいに眠りたいとか」


「……そうだっけ」


「あの『泥』、元は中国の言い伝えで、海底の奥底に潜む怪物を指した言葉らしいわ。或る大きな魔物が海から出ると、急に体が干からびて動けなくなる、その様子を眠気に例えたそうよ。酔っ払いの泥酔も、それが語源」


「そいつは親しみ感じるなぁ」


 堤が茶々をいれてきても香はあっさり無視し、聡の方へ視線を戻した。


「つまり、私達の周囲に潜伏する魔物が行動原理を改めたというのは、オカルト・ファンにはそれなりに理解できる話なの。

理解できないのは、その魔物のメッセージが、何故、私達には見えず、葛岡君にだけ見えるのか?」


 鋭い香の舌鋒に、聡は口ごもった。

 

 実際、彼にも判らないのだから、どうにも答えようが無い。

 

 沈黙が事務所を包む内、パソコンの『お知らせ』は画面から消えた。

 

 他に為す術も無く、全員スマホを取出し、110番や家族への連絡を試みる。

 

 携帯の基地局はまだ生きているから、ラインは元より、電子メールや非常時用の伝言ダイヤルまで試したが、回線が混みあっており、何時まで待っても不通のまま。

 

 結局、誰一人家族の声を聞けない。

 

 やはり怪異は、日本全土で同時発生しているらしい。栃木の母の面影が鮮やかに甦り、聡の胸で鋭い痛みを発した。

 

 ガキの頃から反りが合わない親父の、最後の説教さえ、やたら懐かしく思い出される。瀕死の時、見えると言う走馬灯の記憶はこんな感じかもしれない。

 

 多分、全てが過去になろうとしているのだと聡は思った。

 

 お先真っ暗と思いつつ、淡い期待を捨てきれない未来。それにまだ生きている今という時間の全てが。

 

「……私達、どうなっちゃうのかなぁ?」


 舞子が俯き、すすり泣き始める。

 

 

 

 

 

 その時、静寂を破り、雑居ビルの階下から銃声が聞こえた。一発、二発……続いて、大きく張り上げた男の声がする。

 

「警察、警察です! このビルの中に誰かいませんか! 助けに来ました」


 ハッとして立ち上る舞子。その瞳に微かな希望の光が灯る。


「……ねぇ、今の聞こえた?」


 皆、答える前に足が動き、声の方角、一階玄関前のフロアへ向けて走り出した。

 

 だが、階段から最初に辿り着いた聡が見たのは、半狂乱で銃を振り回す、たった一人の警官だけ。


「うわ~っ! 来るな、来るなぁ!」


 何かの気配を感じる度、そちらへ反射的に銃を撃つ。童顔だ。多分、まだ二十歳そこそこの駆け出しだろう。


「来るなって……救援じゃなかったの? あの警官、一体、何のつもりよ」


 舞子と共に駆け付けた香が失望感で眉をしかめ、警官を睨む。

 

 聡は、彼を責める気にはなれなかった。

 

 何せ、近くに『敵』がいる。

 

 透き通った奴が三体ほど通路へ侵入し、拳銃の乱射を避けながら、徐々に警官へ迫っている。

 

 少し驚いたのは透明な姿が先程よりはっきり視認できた事で、聡には動き回る位置、進行方向まで把握できた。

 

 これなら警官に狙い所を指示できる。

 

「お巡りさん、右!」


「えっ!?」


「もっと右! やや手前を狙う感じに撃って」


 自分の判断力を半ば失った状態の警官は、聡が言うまま発砲を繰り返した。

 

 四発目、ついに撃ち抜かれた『敵』は、サッシの窓を突き破って表通りへ吹っ飛ぶ。

 

 ピイッ!

 

 耳障りな悲鳴が聞こえ、側にいた他の二体も、通りの方へ逃げ出していった。

 

 ビルの中に、もう『敵』の気配はない。何とか撃退に成功したらしい。

 

「や、やった……やったぁ!」


 思わず聡は飛び上がった。


 その隣では舞子が訳も判らず、ただキョトンとこちらを見上げている。


「舞子ちゃん、俺達さ、今、あいつらをやっつけた。追い払ったんだぜ!」


「……私には撃ちまくった銃のせいで、ガラスが割れるのしか見えなかったよ」


「弾は確かに命中したし、奴ら、傷ついて、逃げ出した」


「ふうん、物の怪って不死身じゃないのね」


 香が床のガラス片を足で掻き分け、首を傾げた。

 

「もしかしたら、今、人を襲っているのはひどく低級か、或いは未熟で不完全なタイプなのかも」


「でも、ダメージを与えたのは事実さ。これって朗報だろ?」


「確かに」


「……そうね、そうよね」


 香の言葉に重ね、自分へ言い聞かすように呟いて、舞子は聡へ微笑みかける。


 まつ毛に、まだ涙が滲んでいた。

 

 気休めだろうと希望的観測だろうと、この笑顔が一時、彼女に戻るんなら構わない。

 

 聡的にはそれだけで良い。



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