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二重鍵、そんな風が吹いていた頃。

作者: 斎藤あにー



『これにて、第六十九回○○高校卒業式を終わります』




気持ち悪い、話し声が響いてくる。


そんな事を。

人の邪魔にならない場所で、桜の景色を見ながら。







今日、学校を卒業した。




あっても無くても、正直どっちでも良いような3年間だったな。


全体の少し上くらいの成績を維持して、周りに同化できるようにと努力して生活して、部活も当たり障りのないものをちゃんと選んで適当に続けた。



只々、普通の生活をする事だけを。




話しかけられたら、なるべく当たり障りの無いような会話ができるよう努めた。

無論、ほとんどの人間なんて用が終わったら勝手に帰ってくれるから願ったり叶ったり。




大学も、将来の道が選べて学力が合うところを受けて無事に合格した。


大学まで進んでおかないと働く時に大変かもしれないと親に言われたから行くに過ぎない。別に就職できればどこだって良かったから、至って普通の場所を選んだ。




「佐藤くん、この後の花見来るでしょ? 一緒に行こうと思って」



何故かよく僕に話しかけてくる、隣の席だった女子が言った。


周りを見渡した後に答える。




「遠慮しておこうかな。行っても邪魔になっちゃうだけな気がするし」



柔らかい口調。

その子は頷くと、離れて行った。他の子にも声を掛けている。






「陽平、写真撮ったら帰るわよー」 「うん」




お母さんも声を掛けてくる。

撮る写真なんて無いが、どうやら勘違いしているらしい。



言っても意味なんかないから、言わないけれど。






諦めた。

誰かが寄り添ってくれることも、誰かにわかってもらうことも。




だから、こうやって平均的な速さで歩いていくのだろう。




+++++++++++++++++++++++++++++++++++++





『時間は十時三十分を回りました。ニュースをお伝えします』


「じゃあ、お休み」

「陽平、足湯にでも入ってきたらどうだ。足湯で疲れをフットバスってな! がっはっは!」




お父さんが、どうでもいい返事をくれた。


食事もお風呂も歯磨きもその他も全て終わらせた。

一軒家の良いところは、こうやってリビングとの距離をマンションより開けられる事だと思っている。





唯一少しは気を許せる場所かもしれない、部屋に入る。


一人になれるとやはりどんな時よりも落ち着く。




中には何も置いていない。

白い壁に、机と棚が置いてあるだけ。


スペース的な問題でそうしているのでは無く、置けるようなものが無いのだ。



ベットに横になる。


携帯の鍵を開け、SNSを開いた。




『今日で高校終わり! 友達と毎日会えないの辛いけど、大学に行ってもまた会おうねって約束した!』 

『学校最終日に告白という漫画のような出来事を見てしまった。オッケーしてました、おめでとう!』

『現代高校生が見る卒業とは。現教師10人の視点から見えた、彼らの価値観に迫る』





溜息を吐く。




学校とは勉強する場所である。そしてクラスメイトも、共に学習する「仲間」である。


それ以降は特に関わる必要も無い物。


勿論感謝はしている。

それが表面的なものである事や、一部の人間にしか向けられていない事だって「みんな」もわかってる。






外の人間の中から見ると、僕はどの括りの一員なのだろう。


それこそ生きるために不必要だと。




夢の中に。





-++---+++-++-+++-+++---+++++-++




『ねぇ、起きて陽平! 勉強どこまで進んだの!?』



目を覚ます。



横からの声を確認すると、今日声を掛けてきた女子がそこにいた。

どうやら寝てしまっていたようだ。




だが、これはどういう事だろう。


今解こうとしていたらしい問題は高校最後の単元のまとめページのものだった。そして、この彼女の馴れ馴れしい口調も意味が分からない。そもそもここはどこだろう。少なくとも自宅ではない。


今さっき卒業式を終わらせて、23時くらいにベッドに入った筈だ。





「ねぇ」 「ん? なぁに?」




やっぱりおかしい。

学校で向けてきた笑顔、上っ面だけの笑顔とは違うのだ。


心からの、だ。


出来そうも無い、あんな顔。





外はまだ明るい。太陽も上の方にある。


辛うじて着けていた時計を確認すると、午後二時だった。



「現在地を教えてくれると助かるんだけど」

「何言ってんの、ここは私の家でしょ。ほらそんな寝ぼけたこと言ってないで! みんなと遊ぶ前にここは終わらせておこうって言ったのは陽平なんだから」




確認を取る。


いきなり何度も質問をすると、困らせてしまうかもしれない。

とりあえず問題を解きながら考えることにする。





鉛筆を手に取って、始める。




彼女と何か密接な関係になっていただろうか。

特に覚えは無いしこうやって部屋に呼ばれようものなら、自ら回避しに行くだろう。



みんなと遊ぶ、という単語も少しだけ気になった。


これからさらに人数が増えるのだとしたら、行きたくはない。


だがそれで嫌な顔をされるくらいなら行くべきだろうか。



様々な考えが巡る中、一つ一つを考えていては意味が無いと割り切る。


他の人と同じ行動をとろう。

よくわからない状況下でも、このスタンスを崩してはいけない。






「ふぅ、やっと終わったぁ。陽平はどう?」 

「終わったよ。この後は、さっき言ってたように遊びに行くの?」


赤ペンを仕舞ってから聞こえた問いに、答える。



なるべく相手の負担が少ないように。


「んー、でもまだ時間あるね。陽平はどこか行きたい場所ある? 私は陽平に付いてくよ」




そう言ってくれる事に喜びを見出す人間もいるらしいが、生憎そういう類のものは感じずにただ不安だけを感じた。



少し考える。彼女が好きそうな場所を、模索してみる。

だが、人付き合いなどほとんどしなかったため何も思い浮かばなかった。



……そういえば、この間新しいショッピングモールができたって楽しそうに話してたな。



「最近できたあそこのショッピングモールとかどうかな?」


「本当に!? 私も同じこと考えてた、流石陽平だね!」



相手に悪い印象は与えなかったようだ。

良かった。相手の耳に引っかからない事の一つとしてストックされていた。


恐らくここまで来るのに使ったのであろう自分のバッグを持って。








道を歩く途中で、またクラスメイトに出会った。


確か二年生の時から付き合ってることで有名な二人組では無かっただろうか。

話したことがあったかどうかすら覚えていない。


周りが持て囃していたのは覚えている。




「今? 早く終わったからあの新しいとこに行くとこだったんだけど……。え、じゃあもう行き先そっちにしようよ! 聞いた陽平!? 柚月たちも同じとこ行こうとしてたんだって! ここで二人と会えたのは陽平のお陰だね!」 「いや、広瀬さんが賛成してくれなかったら別のとこに変えてたかもしれないし」




すると彼女は驚いて。



「何で今更苗字呼びなの? 芽衣で良いって付き合い始める時に言ったよね?」

「えっと、ごめん芽衣さん」 「はぁ。もうそれでいいや」




少しだけ、本当に軽い溜息。


数歩前に出て。



「さ、それじゃ2+2で4! 行こっか陽平!」


手を差し出しながら、そう言った。










四人で、様々なところを回った。



非常に楽しそうだったし、途中から何が起きているか考えるのをやめていた。


思わずくすっと笑ってしまうような場面もあった。

気付けば、人前でそうなったのは本当に久しぶりかもしれない。





何だか、自分じゃないようで。


人が、他人が近くにいるのに。




人生で一番笑えた気がした。







「足湯だってよ! みんなで入ろうぜ」

「いいね! 結構歩いたししっかり疲れを取らないとね」


だから、油断していたかもしれない。





「……足湯で疲れをフットバス」



父が言っていた、つまらない駄洒落。

気が付いた時には口から反射的に飛び出ていた。



「「「ん? どういう意味?」」」

「ごめんなさい! 父が言ってたのが記憶に残っちゃってて! 多分足湯とフットバス(foot bathで足湯)を表してたんだと思うんですけど!」



周りの人からも視線が向けられていた。


人前で大声。やはり今までの自分じゃないみたいだ。



「あ~! お父さんよくそんなの思いついたね! しかもそれを覚えてた陽平君もおもしろいし!」

「すげぇなお前の父さん。今度会わせてくれよ」 「いや、最近は仕事でいないから……」




何をしているんだろう。

結果的にみんなが笑っているから良いのかもしれないが、普段ならこんなこと言わない。







お湯の溜まった木箱の中に足を入れる。

横一列で並び、おしくらまんじゅうのようになっている。


ここに来る前は卒業式シーズンだったが、最後の単元のまとめをしていた時期と言うとそこから少し前になる。冬と春を繰り返すような、まだそんな風が吹いていた頃だ。




「もうこんな時間!? すごいね、私たちここに3時間半以上いたんだって」


そう言って、芽衣さんが時計を見せてくれる。

針は既に17時半を指していた。



「振り返りしようぜ」 「何それ、なんか旅番組みたい」



「じゃあ私からね! やっぱり、一番は陽平君に芽衣が無理やりサングラスを付けさせようとしていたところが一番面白かったかなぁ。結局買ったんだっけ?」 「うん」



バッグの中から、大分黒い調光のサングラスを出す。

彼女は僕にサングラスが似合うと言って、色々なものを試してこれを渡してきた。


自分で買わないと聞いた時はびっくりしたが、そこまで高くなかったのと彼女の楽しそうな顔と勢いを見ていると断るに断れなくなり買ってしまった。



「ありがとう。大事にするよ」


敢えて少しわざとらしく、言う。



次、と彼女が隣に手を向けた。


「俺かぁ。あ、地下で買ったクレープのじゃんけんだけは覚えてる!」




おやつとしてクレープを選んだ。


それぞれ自分の基本料金を自分で払い、トッピング代を誰か一人が支払うようにしたのだ。

見事に彼が一人負けして少し、いやかなり多く出していた。



「特に一番低くしたした陽平以外、今度覚悟しとけよ!」 「「えっ、ごめんなさい!」」

「大丈夫だよ、芽衣さんに何かあっても絶対に近くにいるから」 「最高にかっこいいありがとう」



……自分で言っておいてあれだが、ちょっと恥ずかしい。



「では次、私広瀬芽衣から。って言っても、今日半日くらい陽平と一緒にいられただけですごく楽しかったから特にこれと言ってないんだよねぇ」


そう言って、腕に抱き着いてきた。

あまり女性には慣れていないので、少し驚く。




「良かったな、彼女からの愛が熱くて」 「なんか私が愛を注がない女みたいになってるじゃん!」



みんなで笑う。




午後二時の、あの心からの笑顔が気づいたら出来ていた。


なっていたと言うべきか。



「それじゃ最後、陽平ね」




すぐ横で、芽衣さんが呟く。

向こう側の二人もこちらを向いてくれる。


気持ちを伝えようとして。




強い風が吹いて、目を開けた時。






泣いていた。


優しいハンカチが、拭ってくれた。




「みんなごめん、芽衣さんはありがとう」



深呼吸をする。


疑問符を、ひとつづつ消していく。




何であの時、泣いてしまったんだろう。


何であの時、ダジャレなんか言ったんだろう。

何であの時、クレープの値段を低めにしたんだろう。

何であの時、芽衣さんが行きたい場所を指定したんだろう。

何であの時、声を掛けられて周りを見渡したんだろう。




それだけじゃない。


芽衣さんって初めて呼んだ時も、もしかしたらサングラスを買った時だってそうかもしれない。




今までの自分は。



「芽衣さんや二人と会ってなかったら、きっとこうなっては無かったんだなって思ってさ。元々一人が好きだったし話すのも苦手な方だったし」



黙って聞いていてくれることに感謝し。



「否定された気になってどんどん引きこもっていって、いつか勝手に諦めてたんだ。だから、」





「本当の僕を、教えてくれてありがとう」






また、風が吹く。


今度目を開いた時、泣いてはいなかった。












夢だと分かった時、静かに泣いた。





+++++++++++++++++++++++++++++++





『今日も一日、頑張りましょう!』



時計型のキャラクターを見届けて、テレビを消す。




「もう行くの? まだ少し早くない?」


心配性な母親だ。


「いや、こんなもんで良いんだよ。時間余ったらあのショッピングモールに寄ってくから」

「あらそう。それじゃあいってらっしゃい」 「行ってきます」





サングラスを、ショッピングモールで買った。


夢と全く同じものを、一生懸命探した。

あの子曰く、一番僕に似合っているらしいから従ってみよう。




確かに、掛けてると少しだけ周りが見やすいかも。


まぁこれから入学式なので流石に外すが。




バスに乗る。


椅子は空いていなかった。

代わりに、一番景色がよく見えて一番人の邪魔にならない場所に立つ。





見てから、いろんな事を考えた。



自分の中で構成されているはずなのに、自分では思いもよらないような事が起こる。

それが夢であるという事に、最近気が付けた。



でもあれはきっと、もう一人の内側の自分が。


人間を欲していた僕が作った夢なのだろうと、最近は思っている。



確かに後悔してる。でもそれを今言っても、この間の夢と同じ。意味は無い。


大事なのはこの後だ。



奥底にいた僕は、今。

人との関わりを望んでいた僕は、今どうするべきだと思ってるのか。


偽物の僕を少しだけ混ぜて考える。




前までの物を捨てようとは思わなかった。

作り上げてきたものでも立派な自分だ、大切にはする。





20分程乗ると、バスの外に何か見えた。






クレープ屋だ。


そして、その前で立ち止まる一人の女の子が目に留まった。





見知った顔だった。


多分同級生、同じクラスの、同じ列の。





この近くに大学は一つしかない。



瞬間的に、体が動く。

急いでボタンを押す。





『お客さん、もう押されてますよ』

「えっ、ごめんなさい!」




どうやら動揺していたようだ。


やがて止まる。お礼を言いながら、降りる。






手を前後に思いっきり振って、進む。



奇跡ってのは本当に存在するもんらしい。

だが、俺はそれを逃してしまったのだろう。


もう一度だけ、掴むチャンスをくれた。




強い風が吹く。


ハンカチは、この前とは違って自分で持っている。





「広瀬さん、この後の入学式来るでしょ? 一緒に行こうと思って」


※作中の駄洒落を知らない人は、そのゆくのパート49(と言わず全部)見てみてください。


お読みくださりありがとうございます。作者のあにーです。

初めての短編。疲れるからしばらくいいなと思いました()。


タイトルかっこよくないですか!?



良いと思ったら感想、レビュー等よろしくお願いします!




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