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異世界エレベーター

作者: 睦月 葵

 



 日曜日の昼間につきっぱなしだったテレビの向こうで、


「異世界にエレベーターで行く方法がある。」


 なんて話をしてる。

 いやいやいやいや、そんな簡単に異世界に行けちゃったら怖くない?行方不明者続出でしょ。


 大体さ、異世界なんてヤバくない?小説だから中世だのヨーロッパだの言うけどさ。実際はどんな世界に繋がるか分からないよ?怖ーい世界かもしれないじゃない。どんな辺鄙な場所に飛ばされるかも分からないよね?二度と家族に会えないかもしれないし。

 しかもこっちの世界では突然の行方不明扱いでしょ。何それヤダ怖い。





 その都市伝説では、いくつかの条件をクリアしてエレベーターで上昇と下降を何度か繰り返すと、5階で女の人が一人乗って来るらしい。その女性とは話さずに1階を押すとなぜか最上階について、エレベーターのドアが開くと、なんとそこは!すでに異世界なんだって。


 うーん、結構、条件緩くないか?

 これだと間違えてクリアしちゃう人がたくさんいそうな気がするんだけど、なんて考えたけど、その時はあんまり興味も無かったし、そのまますっかり忘れてた。










 それを思い出したのは次の週の水曜日だった。






「よし、準備はオッケー。」




 今、午後の11時。

 見上げるのは、うちのマンションの隣に最近建った高層マンション。新しいってこともあるけど、お高いんでしょ?と言いたくなるような豪華な豪華なマンションだ。

 

 

 なぜ、こんな時間に、こんな場所にいるかと言いますと。



 ズバリ、異世界に行ってしまいたくなったからでしょう。

 準備もちゃんとしたよ。とりあえずのカロリーメイトと下着類。それから、念のための飲み水。ライターとか紐も準備したし、カッパや寝袋も軍手も持った。

 それから部屋には親、兄弟への手紙に大家さんと会社への謝罪の手紙。見つけた人、あとをよろしくってね。

 どこに行く気よ、と笑うなかれ。だって、本当に異世界だったら、どんな場所かなんて分からないし、突然の行方不明で周りに迷惑かけるわけにもいかないし、ね。



 え?そもそも何で異世界に行きたいかって?それ聞くの?聞いちゃう?よし。思い出すだけでも泣きそうだけど、仕方ない。


 それは今日の午前の休み時間のこと。













「うーん、島谷さん、か。んー、どうかな。」



 低くて、でもなぜか聞き取りやすいその声は、職場の先輩である橋本さんの声だった。


 その前に聞こえた、少し鼻にかかるような高めの声は、隣の部署の林さんの声で。

 普段からあからさまに橋本さんに接近しようとする、可愛らしいけど超肉食系の林さんは、


「島谷さんって、橋本さんを狙ってると思いません?」


 なんてヒドイ事を言っていた。

 橋本さんは「林さんの気のせいだよ。」って言ってくれてたのに、


「え、でも、この前休憩室で同期の人に、橋本さんの魅力を語ってましたよ?振られたら異世界に行きたくなっちゃうかもって、オタクみたいなこと言ってたし。なんか言ってることが不気味ですよね。」


「へぇ。異世界ねぇ。」




 橋本さんがどんな表情で林さんと会話してたのか、私には分からない。けど、お世話になってる先輩への淡い好意や、隠せてないオタクな気質も本人いない所で勝手に告げ口されるとか。痛い痛い痛い。ひどいひどいひどい。あげく


「もし島谷さんに告白されたら、橋本さんどうします?」


 なんて、聞き始めた。余計なお世話だっての。


「うーん。島谷さん、か。んー、どうかな。」


「ですよね~。」


 林さんが吹き出すように笑う声が響いて、私の心をバキバキに折りまくった。小さな蕾から始まった淡い恋心が、いつの間にか花開くほどに大きくなっていたなんて、自分でも気が付いていなかったし。


 橋本さんは私の教育係りだった先輩で、他の人がイライラしてキツイ言い方をすることがあっても、橋本さんだけはいつも穏やかな空気を纏っていて、私にとって癒しの人だった。


 何が頼まれたことを終わらせて報告すると、いつも心からのありがとうを伝えてくれて、ちょっとした工夫に気がつき、誉めてくれる先輩だった。



 その場を慌てて逃げ出して、なんとか仕事を続けたけど、夕方に廊下で前から歩いてくる橋本さんを見つけたら、平常心ではいられなかった。


 明らかに挙動不審になった挙げ句、橋本さんの前で大コケし、パンツスーツのお尻の部分を破き、下着を見られ、驚きに目を見開く橋本さんの視界から消えたいとばかりに社内をダッシュで駆け抜け、残像が見えるほどの速さだったとのよく分からない伝説を作った。


 もう、辛くて悲しくて感情のままに大泣きしたいのに、あまりにも情けなくて恥ずかしくて、泣くに泣けなかった。


 そんなことで?と言うなかれ。


 好きな人を困らせて、その上パンツ見られるとか。しかも今日に限って赤に黒の水玉って微妙にハデなパンツ。顔から火が出たし、頭に血が上ったから、そのままの勢いで、レッツ異世界となったわけでございますよ。






 まぁ、さ。本当に行けるなんて思ってないよ?

 こーゆーの、現実逃避と言いますよね。分かっておりますとも。なんか部屋に一人でいたら、色々考えちゃうじゃない?だからさ、最上階に普通に着いたら、夜景でも眺めて帰ってくるつもり。写真でも撮って、友達にでも送るか。


「異世界になんてやっぱり行けなかったよwww」


 なんてね。はぁ。胸が痛い。










 そんで。

 何がどうしてこうなった。





 エレベーターが昇って降りて何度目か。

 本当に女の人も乗ってきた。

 で、何だっけ。一階を押したのに着くのが最上階だったかな?

 そして。扉が開けばそこは一階でも最上階でもなかった。








「本当に来るとはね、さすが島谷さん。」




 そう。扉が開いたら、目の前に大好きな橋本さんがいた。しかも機嫌良さそうにニコニコしてる。何が起きたか理解の出来ないまま固まる私の左手を掴んだ橋本さんは、スタスタと歩き出した。


 そして一つの大きな扉の前に立つと、橋本さんはにっこり笑ってこう言ったのだ。









「異世界へようこそ。」











 結局。

 扉の向こうには、こちらの世界と何も変わらないパラレルワールド的な異世界があって、橋本さんはあちらとこちらのバランスを取る役人みたいな仕事をしていると聞かされた。


 そろそろ、どちらかに定住しようかと考えていたそうで、


「島谷さんが好きな方を選んでいいですよ。」


 と言われた。さっきからの一連の流れに、理解が追い付かずにパニくる私。何を言われているのか、未だにさっぱり理解できずにいた。


「島谷さんとこと振ったりはしないけど、俺と一緒に異世界行ってみない?」


 橋本さんはイタズラが成功したみたいな顔で笑って、真っ赤になる私の手の甲に軽くキスをしてから大きな扉を開けた。





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