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第八夜 僕、エロい身体で夜を練り歩きます。

前夜:栄太はついに男のシャングリラ、女湯に突入する。しばし浪漫に肩まで浸かったものの、ヒューム(人間種)のカルラ、バードマン(翼人種)のユズ、ミノタウロス(半人半獣種)の女の子と出会ってしまう。なんやなんやで四人は夜の街へと繰り出すこととなった。

「さーてどうするかな!」


 外に出てヒュームのカルラがうんと伸びをする。


「ちょっとカルラ、面倒事はやめてよ!」


 小柄なバードマン、ユズがカルラに抗議する。連れのカルラとは違いまともな神経をしているらしい。いいぞ、もっと言ってやれ!


「人通りの多いところ選ぶべきだと思います。繁華街ならまだ明かりも多いですし。いざとなったら人を呼べます」


 カルラ以上にやる気なのは、浴場で声をかけてくれたミノタウロスの少女だった。彼女の名前はマルリという。16歳で喫茶店で働いているらしい。着替えているときに教えてもらった。


「あの……皆さんお風呂上がりでお疲れでしょうから無理をしなくても……」

「いいってことさ! さぁ行こうぜー」


 とりあえずやんわりと断ってみるがカルラは全く意に介さない。この娘面白がってるな。


「エルフが嫌がってんじゃん!」

「まあいいからいいから」


 なおも抗議するユズをカルラはなだめ耳元でぼそぼそ説得する。僕の背後にいたマルリが提案する。


「エルフさんは好きに動いてください。私たちはそのあとを尾行しますので。もし危険がせまったらお助けしますから」


 巨大な胸を揺らし意気込む。付呪された魔法が本当に男たちを撃退できるのか、自分の目で確認したいようだ。僕としては、男と接触することなく、ひっそりとお店の宣伝活動をしたいのだが。なんてこった、とっさについた嘘で面倒事を呼び込んでしまうとは。


 かといってここで追い返すわけにもいかない。誤解を与えたまま『猫の目』にクレームを入れられるのだけは回避したい。このマルリという娘は見た目と違いカルラより活動的で直情的だ。ここは痴漢変態軟派撃退グッズ『見張り猫アッシュくん(嘘)』の効果を見せてすぐにお帰りいただこう。



 尾行をされているとわかっていて行動をとるというのはどうも落ち着かない。自分の一挙手一投足が気になって今までどうやって歩いていたか分からなくなる。緊張のあまり呼吸までおかしくなる。パニックを起こしそうだ、落ち着け深呼吸しろ。


 月が高く昇り店じまいをした大通りを歩いてゆく。男たちの盗み見る視線が身体に刺さる。僕も男のとき女性を目で追うことはあったが、いざ女の身体になってみるとはっきりとわかる。もろバレだ。本人は気づかないように心掛けているのだろうが、特に胸と尻、そして腰のくびれは驚くほどわかりやすい。


 元ネタはニーチェだったか、「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ」というネットミームがふと浮かんだ。女性の身体を見ているとき、女性もまたあなたの締まりのない顔を見ているのだ。


《ロナード/ヒューム/自営業/30歳/男性/独身、フラグが立ちました。これより『奴隷エルフ 深夜の行商』ルートに移行します》


 脳内で無機質なアナウンスが響く。げぇ、誰だか知らないがフラグが立ってしまったぞ!


《ファエル/バードマン/狩人/25歳/男性/既婚、フラグが立ちました……》

《ガランドラ/ドワーフ/製造業/45歳/男性/既婚、フラグが……》

《オズマルド/ヒューム/傭兵/32歳/男性/独身、フ……》


 ああ、やっぱりフラグがどんどん立ってゆく。自分から巻き込んどいてアレだが帰ってくれないかな。早く立ち去りたくて歩みを早める。しかしそのうしろを男たちがフラフラとゾンビのように追いかけてくる。気分はハーメルンの笛吹きだ。僕の場合ついてくるのは下心むき出しの男たちだけれど。


 大通りを右に曲がり酒場が並ぶ居酒屋通りを歩く。平日でもここは外にテーブルを出して盛り上がっている。ざわめく喧騒とともに鶏肉の香ばしい煙をあびる。ああ、お腹減ってきた。帰りに何か買って帰ろうかな。その前にうしろの行列を何とかしないと。


「よぉ! 色っぽいねぇビールはどうだい」

「いいケツしてんなネェちゃん」

「エルフがこんなところにいたら持ち帰られちゃうよ!」


 お酒で陽気になったひとたちがこっちに気づくと積極的に話かけてくる。理性のタガが外れたのか口々好き勝手に言う。アルコールの力って偉大だな。


「美人のエルフさん! 一緒に呑もうよ」


 髪を長く垂らした男と身体の大きな男の二人組が声をかける。


「ねぇ、それ入れ墨? まじないみたいなやつ? すっげーエロいね」

「おでこにもスミが入ってんじゃん。それエルフの流行りなの?」


《ブランドン/ヒューム/職業不明/20歳/男性/独身、ガルス/ギガス/職業不明/20歳/男性/独身、緊急フラグが立ちました。全ルートキャンセル。これより『ぶりっ子エルフを(なぶ)りっこ』ルートを優先します》


 緊急フラグってなんだよ! あとこのタイトル覚えてる。表紙につられて買ったけど、あまりに可哀そう過ぎて使えなかったやつだ。何としても回避しなくては!


「この街は初めて?」

「ワイン飲める? いいとこ知ってんだ」

「近くにダチもいるから一緒にアゲようよ!」


 無視してそのまま歩く。男たちがしつこく付いてくる。こうやって誘うもんなんだろうか? ナンパなんてしたことないからわかんないな。黙々と足をすすめる。


「ねぇねぇ、こっち向いてお話しようよ。ダークエルフって俺初めてなんだよ」


 身体の大きな男が僕の行く先を遮る。挟まれた。ふと周りを見回すとさっきまでついてきた連中が消えている。おいおいこういうときこそ声をかけろよ。内心毒づいてると、目の前の男はねちっこい笑みを浮かべると胸にかかっていた髪に触れた。


「ひょっとして風呂上り? 髪濡れてるよ」


 全身の毛穴から血が噴き出すような不快感が走る。気持ち悪い!無意識のうちに男の手を払っていた。


「そんな怒らないでよ、あ、本当だ。いいにおい」

 

 もう一人の男が背後から髪をなでる。そのまま下へ下へと降りてゆきわき腹へと指を這わせる。あまりのおぞましさに肌が粟立つ。そんな僕の気も知らず指はゆっくりと後ろにまわり尻に触れた。


 反動(ノックバック)


 魔法が発動して男が後ろに勢いよく吹っ飛ぶ。


「いって! なにすんだよ!」

「気やすく触るから」

「おい魔法は卑怯だろ」


 前に立っている男が怒りに任せ、僕の手首をつかんだ。感電!バチリと弾ける音が鳴る。


「もう触らないで。もっとひどいことになるから」


 努めて低い声で脅す。


「ふざけんな!」


 今度は胸ぐらを掴まれた。暗闇発動! 男が怯んだ隙に手の甲を押し当てる。脱力! 男は腰が砕けたようにガクリと座り込む。とどめの頭突き! 気絶の魔法が発動し大男はばたりと倒れた。あとひとり。


「お前が魔法を使うなら、俺はこれを使うぜ!」


 長髪の男はナイフを出して威嚇する。ナイフか、いいだろう。臆することなく男に向かってゆく。走り高跳びのイメージで助走をたっぷりつけ高くジャンプする。

 ここだ!上体をひねり身体を反転、そのまま尻を突き出し男の顎に叩き込んだ。くらえヒップアタック!男は短い悲鳴とともに再び勢いよく吹っ飛んでいく。


「すげえなネェちゃん! 頭突きと尻で男をノシちまった」


 周りで観戦していた酔っ払いがわっと湧き上がる。おいおい見てたんだったら最初から助けろよ。


「いやーすげえな! 男たちから逃げるどころかぶっ飛ばしでんじゃねぇか!」

「あーやっぱり騒ぎになっちゃった。どうすんだよこれ」

「エルフさん! ケガはないですか? お尻にナイフ刺さってませんか?」


 僕のあとをつけていたカルラ、ユズ、マルリの三人が各々コメントしながら駆け寄ってきた。


「ええ、大丈夫です。お尻には自信があるんです」


 景気よくスパァンと叩く。ふふふ、尻がデカくて助かった。僕の尻には反動の魔法以外に身体能力向上(アップリフト)硬化(ハード)防御(ガード)強化系(バフ)魔法がかかっている。長髪の男が触ったとき魔法が発動したのだ。鋼のように強化されているからナイフくらいなら傷ひとつつかない。まさに魔法は尻から出る。


「メスエルフふざけんなよ! 暴力事件で自警団に訴えてやる!」


 大男が意識を取り戻したのか鼻血を流しながら怒鳴りつける。


「あなたがこのエルフさんに言い寄ったからじゃないですか! 私ちゃんと見てたんですよ!エルフさん嫌がってたのに、しつこく付き纏ってたじゃないですか!」


 マルリが僕をかばうように前に出る。大男が構わずずんずんとこちらに向かってくる。


「そんな証拠どこにもねぇだろ! ここにいる酔っ払いどもの証言なんざ当てになんねぇよ、デカチチ!」

「おいそこらへんでやめておけよ。あたしも見たんだ。あんたが髪を触ってもう一人が尻を触った」


 カルラが男とマルリの間に入る。


「だから証拠になんねぇって言ってんだろ! 自警団が見てなかったら意味ねぇだろうが!」


 男の腕がカルラに伸びる。その瞬間、カルラは腕をつかむと男の脚を払い、軽々と投げ飛ばした。


「だから自警団(あたし)が見てたって言ったろ?」


《『ぶりっ子エルフを(なぶ)りっこ』(なぶ)りっ()END達成。参考文献とともにルート消滅します》


 ルッソのときと同じくアナウンスが響いた。



「おふたりは自警団の方だったんですね。助かりました。ありがとうございます」


 マルリが丁寧に頭を下げる。僕もつられて頭を下げた。


「いやー、礼はいいよ。黙ってたあたしたちも悪かったし」


 カルラは手早く大男に手錠をかける。しばらくして、空からバードマンのユズが来た。長髪の男をぽいと捨てると、心底軽蔑するような目で睨んだ。


「こいつ自分だけ逃げようとしてんだよ。サイテー」


 まさかカルラとユズが自警団だったとは知らなかった。痴漢撃退に並々ならぬ興味を示したのはこういうことだったのか。


「実はあんたを追ってたのさ。真夜中に頭突きをして回るエルフがいるって報告を受けててね。最初は酔っ払いのたわごとだと思ってたんだけど、浴場であんたを見かけたとき確信したよ」


 しつこく付き纏ってくる輩をおとなしくさせるために、頭突きで気絶させたことが何度かあった。そのうちの誰かが、自分に都合のいいように話を変えて泣きついたんだろう。


「今回の件も含めてちょっとだけ時間をもらうよ。貞操を守るための防衛だったってのはあたしが見てたから。悪いようにはしないって!」

「ちょっと署までね。はぁ~、久しぶりに早く帰れると思ったのに、今日も残業か~」


 二人目にも手錠をかけるとユズが僕をちらりと見る。やっぱり面倒事になった。だから一緒に行動したくなかったんだ。


「私も行きます! 私がエルフさんの弁護をします」


 マルリがハイッ! って感じに腕をピンと挙げる。


「巻き込んじゃってすみません。大丈夫ですか?」

「いえいえ! もとはといえば私がエルフさんを泳がせて尾行しようって言い出したんですし、むしろ私が巻き込んじゃって! 本当にすみません!」


 逆に頭を下げられてしまった。しょうがない。こんなところで駄々をこねてさらに面倒を呼ぶのは避けたい。すぐ終わるらしいからおとなしく従おう。


「すぐに解放するからさ、ちょっとだけ付き合ってくれよ。上司もあんたに会いたがってんだよ」


 人懐っこくカルラが笑う。


「ほんのちょっとだから。長くても明日の朝までには終わるからさ」


 長いやんけ! というか朝? 朝までかかるの? これはまずい! 夜が明けたらエルフの姿がとけて男の姿に戻ってしまう。女ものの下着を上下付けた男の姿に。それを見てカルラやユズ、マルリはどう思うだろう? 一緒にお風呂に入って仲良くなったエルフが実は男でしたーなんて。彼女たちはどんな顔をするのか? 考えたくもない!

 

 どうしよう……どうする!?


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