第二夜 僕、ブラジャーを買いに行きます。
前夜:転生した栄太は何の因果かエルフの守護神『月の女王』に出会う。そして女王さまの些細な勘違いから夜だけエロい身体のダークエルフへと変身してしまうことに!
朝が来た。結局横になって寝ることができなかったため、身体のあちこちに乳酸がたまっているのか重く痛む。加えて寝不足なせいか頭も鉛が詰まったように重い。それとなんか乳首がひりひりする。
「夢だったんだろうか」
昨夜のできごとを思い返してみる。『月の女王』を名乗る女神さまにあって、エルフになれと一方的に言われ、気が付いたら女性の、ダークエルフの体になった。そして今、目が覚めたらもとの貧相な男の体に戻っている。
「夢かよ!」
童貞を拗らせて女体化する夢を見てしまったのか。しかもエロい身体のダークエルフに。ムクムクと後悔が沸き起こる。
これならもっと大胆にエロいことをふんだんにしておけばよかった! あんな淫夢、なかなか見られないぞ。どうして夢の中でもヘタレなんだよ!こんなだからいつまでたっても童貞なんだ!
◇
さて、今日も今日とてマジックショップ「猫の目」へ通う。この店は魔術師学校の近くにあるため昼間は学生さんでごった返す。ファンタジーの世界に転生した以上僕も魔法に興味はあったけれど、学校へ通うだけのお金と才能がないので諦めたんだ。
昼を過ぎだいぶお客さんもはけてきて、いまは冷やかしの女学生が数名のこっていた。まだ乳首がひりひりする。寝ている間にピンポイントで虫に刺されたか? ちょっとだけ確認してみようかな。一瞬ならお客さんにもバレないだろうし。よし、今だ!
「おつかれさま」
背後から声を掛けられる。コボルトの店主の娘だ。今年で10歳だっけ。
「女の人をじろじろ見てはいけませんよ。案外わかっちゃうんですから」
このオマセさんはそういうと僕に冷たいお茶を差し出す。いかんいかん、無意識のうちに女学生を目で追っていたようだ。転生前にも似たようなことで注意されてたな。
「いやあ、どうしても(僕の)胸が気になりまして」
「む、胸がですって!?」
「ええ、(僕の)乳首を確認したくて」
「ええッ!?」
急に娘さんは自分の腕で胸元を隠すとそそくさと出ていった。どうしたのかな?
◇
夕刻を告げる鐘の音とともに僕は店を後にする。この世界には魔時計というものがあり、魔法で時間を計っている。今は5時半といったところか。晩ご飯を買って済ませようと市場へ足を向ける。どこも活気にあふれ、客を呼び止める声にも一層の熱がこもっていた。
「はーい!さっき港で上がったばかりの魚だよ!どれも新鮮!今晩のおかずは……ぉぉう!」
「こちら旬のズッキーニ! 今ならトマトもつけて……マジかよ!?」
「もう店じまいするよ! 今なら卵ひとケースで……ってあんた!」
おお、今日は卵が安い。なんてあれこれ見ていたらおばさんに呼び止められる。
「そんなみっともない格好をするんじゃないよ!」
はらりとハンカチを投げてよこす。地面に落ちたそれを拾おうと屈んだ。その瞬間ぼろんと二つの丸いものが視界に。
「胸だ!」
「そうだよ! 気づかなかったのかい?服が鞄に引っかかってんだよ!」
「なんで?なんで胸?」
「知らないよ、自分の胸だろうに!」
昨夜見た光景と同じだった。襟ぐりをこれでもかと伸ばす褐色の谷間。というか山の七合目まであらわになっていた。
あ、月だ! 月が出ている!
「教えてくれてありがとう!」
挨拶もそこそこに混乱した頭で市場を全力で走った。呼吸にあわせ、ばいんばいんと胸も元気よく跳ねる。やっぱり夢じゃなかったんだ!
◇
こんなに走ったのは高校のマラソン大会以来だろうか。自分の部屋に着いたときは汗はびっしょり、足もフラフラでまともに立てなかった。勢いよくベッドに倒れこむ。あぁダメだ。ベッドが汗臭くなる。残ったわずかな力を腹にこめ向くりと起き上がった。
「やっぱり女体化している」
いやエルフ化といった方が正しいか。とにかく夢じゃなかった。汗で重くなった服を懸命に引きはがす。うぉ!乳首から血がでてる!
女性の胸を見て興奮しない男などいない。ましてや童貞ならなおさらだ。しかし今は生乳よりも乳首出血の衝撃の方が大きかった。
「どうしよう……」
市場から全力で走ってきたせいだ。服と乳首が擦れすぎた余り出血してしまったのだ。男性でも長距離を走ると乳首がこすれて出血するという。ましてやこの豊満なエルフの胸だ。乳首の揺れも大きいだろうし、こすれる力も面積も大きいに違いない!
「ついに……」
これ以上乳首に負担はかけられない。思えば今朝から続いた乳首の違和感もこれだったのかもしれない。
「この時が来てしまったか……」
夜間とはいえ、これから女性として生きていくなら必要なものだ。そう、どの女性も辿ることになる、避けては通れぬ道。
「ブラジャーをつけねばなるまい……!!」
ブラジャー! 女性の性徴とともに胸部の保護および形状を整えることを目的とする装備品だ。防具でありながらときに武器にもなるブラジャー! 女性の気分を高揚させ、目にした男性を魅了させ、ときに男性すらも着用せしむる魔性のアイテム! ブラジャーだッ!!
資料映像で外すことろは早送りで何度も見てきたが、さて、装着はどうだろう。うまくいくだろうか。いやその前に実物を手に入れなくては。
「今ならまだ間に合う!」
今はまだ6時半。ブラジャーを扱う店が何時に締まるかわからないが、まだ間に合うはずだ。簡単に汗を拭きとりタオルを胸に巻く。胸周りが苦しくなるから服はできるだけ大きいものにしよう。あとローブを上から羽織るか。これから夏がくるってのにこの格好は蒸れるがしょうがない。
「いざ! ブラジャーを買いに!」
◇
働いてコツコツ貯めたお金をかき集め、僕はブラジャーを求め当てどなく大通りを歩く。転生前ならショーウィンドウとかあって分かりやすかったけれど、この世界にはそこまで気の利いたものはない。しかたない、小洒落た看板を見つけたら入ってみるか。
「いらっしゃーい」
陽気な声で女性の店員が歩いてくる。そこは靴屋さんだった。
「すみません、少しお聞きしたいのですが……」
「あら、きれい。どんなご用件で?」
「実はブラジャーを探していまして……」
「ブラジャー? ……はて?」
ぽやんとした顔で首をかしげる。あれ?ブラジャー、知らないの?
「いや、ブラジャーですよ、ブラジャー」
「はあ……? ブーツではなくて?」
混乱した様子で曖昧な笑みを浮かべる。
「女性の胸部を守るやつ。どんな男性でも幸せにする」
「装備品でしたら、そこの角を曲がった3件目にありますが」
思ってるのとなんか違う。これ以上聞いても仕方がない。礼をいうと教えてくれた店へ行く。まだ間に合うはずだ、急げ!
「へい!らっしぇえ!」
「ブラジャーありますか!」
扉を開くと同時にダルマみたいな顔の店主に尋ねる。
「ぶ?ぶらじ……?」
「ブラジャー! 黒とか赤とかの!胸につける!男が大好きな!」
焦るあまり思いついた先から情報を口にする。断片的ではあるが間違っていないはずだ。
「アーマーみたいなやつかい?」
「いや、鎧じゃなくて、布でできてて、小さなキラキラした石とかがついてて……」
「ここは鉄しか扱ってねぇよ」
その後も手当たりしだいに店に飛び込んでゆく。
「ないよ」
「何それ」
「うちは馬具専門だ」
ここならどうだ! 婦人服の絵が描いてある看板をくぐる。
「私どもは清楚な淑女の方々を相手にしております。淫蕩目的ならアダルトショップに行かれてはいかがでしょうか」
散々な言われようの末、僕が働いているお店にきてしまった。ここの品ぞろえなら僕がよく知っている。しかし他にたよるところもない。仕方なく扉を叩く。
「はーい。いらっしゃいませー」
幼い声が迎えてくれる。店長の娘さんだ。ちょうど店じまいをするところだったらしい。
「忙しいところごめんなさい。少しお聞きしたいことがあって」
「いいですよ」
「実はブラジャーを探してしていて」
「ぶらじゃー?」
知らなくて当然だ。店の人に聞いても反応はなかった。この世界にはブラジャーの概念がないのか? しかし念のため聞いてみるか。
「女性が服の下につけてて、赤とか黒とかあって、胸を隠すやつ」
言ってはみたものの、この娘自体ブラジャーは早いだろうし知らないかな。
「下着のことですね。ありますよ」
あんの!?
「近くに魔術師学校がありますので、生徒さんの日用品も扱っておりまして」
ここで一年近く働いていたが知らなかった。
「そういう商品を男性に頼むのは恥ずかしいですからね。いつもの店員には内緒にしているんです」
にっこり笑うと試着室に通される。
「ではここでサイズを測りますね。……はい、わかりました」
椅子の上に立ってサイズを測ると、奥へと消えていった。あと普通に下着でいいんだ。
「申し訳ありません、今あるサイズの在庫はこれしかなくて」
しばらくすると娘さんは奥から顔が隠れるくらい大きなブラジャー、もとい下着を持ってきた。黒の地に所々赤の刺繍が施されている。上下セットになってるけど下なんてほとんど紐じゃないか!
それにしても、なんというか……魔女を連想させる禍々しい配色だ。こんなドギツくてスケスケなのを最近の学生は穿くんだろうか。
「試着されますか?」
とりあえず付けてみないことにはわからない。ほほう、ホックはお腹の前でとめ、それから後ろに持ってくるのか。お、ぴったりだ!さっきまで奔放に暴れていた僕の胸が今ではおとなしくハウスしてる!
「いかがですか?」
「これで結構です。おいくらですか?」
「金貨2枚と銀貨3枚になります」
え!? 高い!
僕のパンツ3枚セットなのに銀貨1枚でおつりがくるよ!
「そ ん な に」
「限定品ですから」
背に腹はかえられない。これ以上乳首から血を流したくないもんな。しぶしぶ手持ちのお金を娘さんに渡す。
「じゃあ、これつけて帰りますんで」
「わかりました。では下の方は紙袋に入れさせていただきますね」
娘さんは終始にこやかな笑顔を崩さず、店を出てた僕の背中をいつまでも見送っていた。一方の僕はというと
「今月の生活費どうしよう……」
青い顔でよろめきながら家路をたどった。
◇
『猫の目』にて
「おとうさん! 聞いて聞いて!」
「遅かったな。ごはんできたぞ。片づけはすんだか?」
「それより聞いて! 前いってたあのエグいランジェリーが売れたの!」
「え!? 魔女すらドン引きするあのエグいやつが? 返品しようと思ってたのに」
「閉店まぎわにね、すっごい美人のダークエルフがやってきてね!おっぱいのサイズもぴったりなの!」
「なんと! あの帽子サイズがぴったり収まるのか……」
「すっごい似合ってた!」
「ふむ、あれを引き取ったときはただの悪趣味な嫌がらせと思っていたが、売れるところには売れるもんだな」
◇
酒場にて
「お宝の情報だ」
「おいおい、今どきお宝って、冒険者の時代は終わったぜ」
「まぁいいから聞けよ。さっき防具屋の主人から聞いたが、エルフが血相変えてあるものを探してるんだとよ」
「エルフ? ここらじゃ珍しいな」
「でよ、そいつはダークエルフでとびきりの美人なんだと! 主人が言うには貧相なナリをしているが、雰囲気からしてやんごとないご身分らしい」
「わざとみすぼらしい格好をしているってことはお忍びか? 相当レアなお宝のようだな」
「しかも防具屋だけじゃなく、靴屋、宝石商、馬具屋にも顔を出している」
「ずいぶんと手当たり次第じゃねぇか、で、そのお宝はなんて言うんだ?」
「誰にも言うなよ?『ブラジャー』だそうだ」
「ぶ、ぶらじゃー? 聞いたことねぇな」
「なんでも女にしか扱えず、色は赤だったり黒だったりして、見るもの全てを幸せにさせるという!」
「なんてこった!そりゃSクラスのお宝じゃねぇか!」
「ああ、そうだ。エルフの秘宝『ブラジャー』、オレたちが一番に見つけようじゃねぇか」
◇
備考:金貨一枚一万円 銀貨一枚:一千円 銅貨一枚:百円 という設定です。