5ポイント:サプライズ
「海斗く~ん」
「海斗!」
俺たちは夜の公園を探し回った。ブランコに滑り台、ジャングルジムにプラスチックでできた乗り物など、子供たちが回りそうな場所はひと通り捜し回ったが、誰もいなかった。ただ時間だけが過ぎていく。
「おばあちゃん、他に海斗君が行きそうな場所は?」
「そうだね…」
おばあちゃんは困った様子で首を傾げる。
「私とは公園を散歩するか、おやつを買いに行くくらいだからね」
公園にはいなかった。この時間だと、おそらく店も閉まってる。まだ、情報が少ない
「海斗君の思い出の場所はどこですか?」
切り札を探っていると天使に先を越された。
「思い出の場所…あっ!」
その時、何かを思い出たように、おばあちゃんが手を叩いた。目線は手元のバッグにある。
「そうだ、このお守り! これね、神社で海斗とおじさんが一緒に買ってきてくれたのよ」
「この近くだと天女神社ですね! 姉様たちに会えるかも」
地図で神社の位置を確認したシロがえらく興奮している。『姉様』って誰?
「神社…よし、行ってみましょう」
ここから天女神社までは約十キロ。俺は負ぶって案内してもらうことにした。
「すまないね…足が言うこと聞かなくなってしまって」
「いいえ。気にしないでください」
「海斗は天女神社におじいさんとよくお参りに行ってたのよ。それも不思議な事におじいさんが亡くなってからも、ひょこっといなくなっては、神社の大きな木の前に座って、『おじちゃんが僕を呼んでるんだ』とか言ってね。おかしな子だよ」
いや、俺はそうは思わない。現に俺にも天使が見えているのだ。おばあちゃんの話が本当なら海斗君にもシロがみえるのかもしれない。それを早く確かめたい。それと何より海斗君の身が心配だ。
「この横断歩道を渡って左にまっすぐ行くと右手に山が見える鳥居はそのすぐ近くだよ」
信号を待つ間、俺は足踏みしながら行き先を改めておばあちゃんに確認した。
「海斗君を発見しましたよ、明彦! 確かに天女神社にいます」
「本当か!?」
彼女の驚愕の声に思わず声が裏返った
「何だい、急に!」
俺の声に驚いたおばあちゃんが、訳も分からずに辺りを見回している。
それも当然だ。おばあちゃんには、俺が独りで叫んだようにしか見えていないのだから。
「急ぎましょう、おばあちゃん! 海斗君は神社にいます」
「えっ?」
まだ混乱しているおばあちゃんを負ぶったまま、小走りでシロのもとへ急いだ
神――人々に奉られ、崇められる存在。
通常、目視は不可能ですが、ひょんなことから人やモノに憑りつき、その姿・本性を現す者もいます。この種のことを総称して『付喪神』といい、よく『妖怪』などと間違われますが、彼らもれっきとした神なんですよ。
それと同じように人々は、天界に住む神たちを『七福神』と呼び、古くからその存在を信じていますよね。
つまり、天界に棲む者は皆が親戚のようなものでテレパシーを使って会話できるんです。
嘉穂姉様から情報なので、間違いありません。
シロに神と天使の關係を聞きながら、その場所を目指した。
「お前は、七福神と会ったことあるのか?」
「ありませんけど」
即答。なんか気まずくなった。
「ここですね」
「ここか」
天女神社は山の入り口にあった。神社と言っても山の中にあるため、入ってすぐのところに高さ二十メートルほどの鳥居が目立つだけで、境内が見当たらない。
「境内は?」
「もう、境内の中にいますよ」
「えっ? お参りするとこないじゃん」
「明彦が言っているのは拝殿のことですね。神社のこと何も知らないんでしょ?」
「そんな詳しく知るかよ」
「罰当たりですね」
そんな冷たい目で俺を見ないでくれ。
「じゃあ、もう少し距離ありますし、神社について教えてあげましょう」
「いいよ、話長くなりようだし」
軽くため息を漏らす天使を無視して先を急ぐ。
獣道に似たその奥へと進んでいくと、小さな石段が見えてきた。
「嘉穂姉様~!」
目が合うなり、シロは歓喜の声を上げて駆け寄っていく。石段の前には羽衣を着た女性が立っていた。
「奈々子! 久しぶり」
羽衣を纏った女性は大きく手を広げ、シロを出迎えた。天界で彼女は『奈々子』と呼ばれているらしい。
「お前って、名前ないんじゃなかたっけ?」
そう尋ねると、何かに弾かれたように突進してきて、
「いろんな呼ばれ方をするので、よく覚えてなんです」
耳元で囁いた後、ふり向いた彼女を黙って見送った。直前まで凄い剣幕だったことは他言しないでおこう、と心に誓いながら。
さっきの言い訳は意味不明だったけれど。
「おばあちゃん、海斗君いましたよ!」
天女との再会を静かに見届けていた俺は、その後ろでお年寄りと話している男の子を見つけた。ライオン柄のTシャツを着ているので海斗君に間違いない。
「海斗~」
「おばあちゃん!」
海斗君は笑顔で手を振っている。
「何やってたんだい? こんなところで…早く帰るよ」
俺の腰から下りたおばあちゃんは呆れ顔で孫の手を強引に引っ張る。
「待ってよ! おばあちゃん。おじいちゃんがね…」
必死に引き留めようとする海斗君。
「海斗! もう、おじいちゃんはいないんだよ」
「違う! 今ここにいるんだ、僕の目の前に!」
「ありえないよ、そんなこと! だって、あの人はパチンコの帰りに交通事故で…」
「おばあちゃん、海斗君のおじちゃんは確かにここにいますよ」
「えっ?」
興奮するおばあちゃんの肩に手を置き、宥めるように言う。
「僕にも見えるんです」
一瞬目を丸くしたおばあちゃんだったが、すぐにその目を背けて、
「いつもそうだった。お互いに定年迎えてやっと二人の時間が出来たっていうのに…いつかクルザーで世界一周旅行しよう、って結婚前の約束も忘れちゃってさ」
「おばあちゃん」
その目にはいつしか涙が光っていた。
「毎日パチンコ行って、お酒飲んで…きっと私をほったらかしにして罰が当たったんだよ」
俺は何も言えなかった。
それを聞いておじいちゃんは俯いている。
「違うよ、おばあちゃん」
そこで、徐に口を開いたのは海斗君だった。
「おじいちゃんが亡くなったのっていつだったか覚えてる?」
「二年前の十月一日だったね」
孫の質問の意図が分からず、首を傾げる。
「おじいちゃん、ごめん。もう言っちゃうね」
海斗君は誰もいない後ろで申し訳なさそうに手を合わせてから、おばあちゃんに向き直った。
おじいちゃんは照れくさそうに頭を掻いている。
「その日って、おばあちゃんの誕生日の四日前だよね」
「僕が初めておじいちゃんの幽霊を見たのは三ヶ月くらい前だよ。健吾君と神社で遊んでる時におじいちゃんの声がしたんだ。海斗、って僕の名前を呼ぶ声が。振り返ったら、おじいちゃんがいたからびっくりしたよ」
「その話、本当なの?」
「うん。さっきも言ったけど、今もここにいるんだよ」
それを聞いたおばあちゃんの表情が少し強張る。
「おじいちゃんと話せるようになってから僕、天気のいい日はいつも神社に会いに行ってたんだ。そしたらある日、おじいちゃんが言ったんだ。ツアーの予約は二ヶ月前からしてたんだって」
「本当に…?」
「ホントだよ。おじいちゃん、おばあちゃんを驚かせようってずっと準備してたんだ」
もう堪えきれなかったみたいだ。おばあちゃんはその場で泣き崩れた。
「ごめんなさい…悪いのは私だったんだね」
その様子を少し離れてみていたおじいちゃんが、俯きながらも強く首を左右に振っていた。
「おじちゃんに顔、見せてあげなよ」
おばちゃんの顔を覗きこみ、優しく語りかける海斗君。
俺は黙って見とくことしかできなかった。
――ごめんな、宮子。一緒に行ってやれなくて。俺がいなくても元気でやれよ。ずっと見守ってるからな。俺はお前が大好きだ!
おばあちゃんに、その声は届いていない。けれど、おじいちゃんは精一杯の想いを伝えていた。
「私ももう少ししたら、そっちに逝くからさ…その時は、また話し相手になってよ」
おじいちゃんに応えるように、ゆっくりと言葉を紡ぐおばちゃん。その顔には、いつしか笑顔が戻っていた。
「おばあちゃんにも見えてるの?」
二人の顔を見比べながら、海斗君はその光景を不思議そうに眺めていた。
その姿が見えなくても互いの想いはしっかりと伝わったのだ。
「おじいちゃん?」
その時、黄色い光に包まれながら、目の前のその姿は卒然消え始めた。足が賭けて黄色の粒子に変わり、天へと舞っていく。
「どうしたの? おじいちゃん」
「成仏したんですよ」
いつの間にか隣にいたシロがぽつりと呟いた。
「海斗君のおじいちゃんは奥さんに謝りたくて成仏できなかったんです。実態があったのがその証拠ですね。ですので、その思いが果たされた今、おじいちゃんは安らかに天国へと向かわれたのです」
「ねぇ、天使さん。おじいちゃんにはもう会えないの?」
徐々に消えていくおじちゃんを眺めながら海斗君が尋ねる。やはり彼にも、シロが見えていたらしい。
「一度成仏してしまえば、いままで通りに会うことはできません。ですが、両者が同じ想いを抱いれば、いつか必ず逢えますよ。天使の私が保証します!」
彼女は自信満々に自分の胸を叩き、海斗君を見つめる。
「うん! ありがとう、天使さん」
海斗君の不安は天使の一声で解決したのだった。
「あれは!」
突然、何かに気づいたおばあちゃんが声をあげた。
近づくと、おじいちゃんがいたはずの場所には腕時計が落ちている。おばあちゃんに聞くと、それは初デートの時に二人で買ったお揃いの腕時計だと教えてくれた。
「一生の形見だよ」
そう言って、時計を見つめるおばあちゃんの顔に後悔の色はなかった。その表情は夜空に浮かぶ星たちのように煌めいていた。
「天女って神なんだよな?」
「はい、そうですが」
「だったら、何で地上にいるんだよ?」
海斗君たちと別れた帰り道、俺は素朴な疑問をぶつけてみた。
「あぁ、『羽衣伝説』はご存じですか?」
「一応な。羽衣を取られた天女は下界で結婚し、子供に恵まれる。立派に育てあげた後に正体をバラし、天に帰るってのは聞いたことあるぞ」
「それは志穂姉様の話ですね」
「志穂姉様?」
「はい、天女様は姉妹でお二人いらっしゃいます」
「マジか! 初耳」
「お二人ともお子さんに恵まれたところまでは一緒なんですが、姉の嘉穂姉様はご主人に先立たれてしまわれ、その悲しみとお子さんへの愛情から天界へは戻られないそうです。ずっと家族といたい、と。それから八十年経った今は神社からお子さんの墓に毎日、お線香上げに行かれるそうです。すべて天神様から聞いた話ですが」
「そっか。そりゃ、下界に残りたい気持ちも分かる気がするな」
少し見かけただけだったが、パステルカラーの羽衣をまとった美しい女性だった。シロと話している様子からそんな印象は受けなかったが、彼女の内に秘めているものは計り知れない。
「あっ、言い忘れてました」
俺の家まで約五百メートル。横断歩道を渡りきったところで、前を歩く天使が突然足をめた。
「何だよ?」
振り返った彼女の顔を見て聞き返したことを後悔する。
「死期が一日早まりました!」
弾むような声での宣言。
突拍子すぎて返す言葉がない。彼女は何故こんなにも嬉しそうなのだろうか?
暗闇に映る彼女が一瞬、死神に見えた。
上空八千メートルに浮かぶ、死後の世界――天界。
その入り口の扉は、巨大な板チョコにバナナのような取っ手が付いていた見た目になっている。形をしており、死者は雲の階段を使って入口まで行く。
人間のイメージだと、死者は足がなかったり、空を飛んだりするイメージを持っているかもしれんが、決してそんなことはない。奴らはしっかりと雲の上を歩き、死後の世界へ足を踏み入れるのだ。
おっと、新しく来た魂が困っているようなので話はここまでだ。
「どうしたんだ? ここに来るとは珍しいな」
「私、一ノ瀬昌也と申します。先日死んだばかりで『天界』への行き方が分からずに彷徨っているんです」
「なるほどな。私の名は閻魔大王。お前なら、もう決定済みだ。ここを出てから角を曲がってまっすぐ行ったところに雲の階段がある。そこを登れば天界だ。入ってすぐ左側の橋を渡れば『天国』が見えてくる」
「なんと!? 貴方が閻魔大王でしたか…お目にかかれて光栄です! ここが『閻魔の間』なんですね」
ここは雲と天界の中心に位置しており、一声かけて私だけの専用ロープを握るだけで天界に瞬間移動ができる。
「おぉ、そうか。そんなに喜んでもらえると私も嬉しい」
こんな魂もいるんだな。
「ところで、死神は一緒じゃないのか?」
「えぇ、道中で逸れてしまったようで…ご親切にありがとうございます! それでは、逝って参ります」
「おう、雲の階段でへばるでないぞ。天国でも人生楽しめよ!」
「えぇ、存分に」
天神の間――
「天界武闘会を早めるってどういうことですか!? 天界の皆はその日に合わせてトレーニングをつんでいるのです。それは、我々家臣も同じこと! いくら気分屋の天神様でも、今回ばかりは許されません!!」
「そう荒ぶるでない、志穂…耳に響くじゃろうが。頭痛もするというのに。とにかく、ルール変更じゃ! 奴に勝った者を優勝とする」
「もっと納得のいくご説明を!」
まさかアイツが脱獄するとはな…。
伝説の“死神殺し”が――