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4ポイント:犯人捜し

 翌日、昼休み。

「ねぇ、ねぇ、夏休み何する?」

「海は外せないっしょ!」

「だよね~! 私、もう水着買っちゃったし」

「早っ!」

「私、痩せないとな」

「その体型で痩せなきゃとか、私にケンカ売ってる?」

「いや、そういうつもりじゃないから。実際、二キロ太ってたし…」

「この間の体重測定たいしたことなかったじゃん」

「えっ、見てたの?」

「うん」

「覗き見やめてくんない?」

「何で? 別にいいじゃん。何ならここで大声で発表しちゃう?」

「いや、本気でそれはやめて」

 右隣の女子六人組がうるさい。

 だいたい、体型が気になるなら水着にならず、ウェットスーツを着て泳げばいい話だと思う。

「今年は、新しいビキニ買っちゃおうかな?」

「私もついてく!」

 夏休みまであと二週間くらいあるというのに、気が早すぎだ。まァ、一週間後に死ぬことになっている俺には関係ないことだが。

 時計の針は、授業開始十分前の十三時二十分を指している。

「ハァ…つまんねぇ数学かよ」

 ため息をついて思いきり背伸びをした俺が、教科書を取ろうと身を屈めた瞬間――事件は起こった。

「キャッ!」

 女子の短い悲鳴と共に突然、スカートがめくれ上がったのだ。

 一瞬の静寂が教室中を包み込む。

「なァ、見たか? うさぎ柄」

 後ろから耳打ちしてきたのは同じクラスの江頭十五。

「何が?」

「とぼけるなって! 浩美のパンツ見えたろ? お前、ちょうど屈んでたし」

「いや、俺は教科書取ろうとしただけだし。それに、高三にもなって、スカートめくりする奴なんてお前しかいないだろう」

 前のめりで聞いてくる江頭を後に押しやりながら言ってやった。そもそも、俺はパンツなど見ていない。

「俺はやってねぇぞ。もしかしたら、風の神が俺の日頃の行いを見てプレゼントくれたのかも」

「それは立派な犯罪行為だぞ、江頭」

「だからやってねぇって…信じてくれよ、牛尾!」

「偶然、パンチラとかあり…」

「何言ってんだ? パンチラは男のロマンだろ!」

「確定な」

 いや、お前が何言ってんだ。

 俺は顔を近づけてきたセクハラ野郎を後ろに押しやって黒板に向かう。正面から殺気を感じたのは、その直後だった。

「ホントに見てない? 牛尾君」

 殺気立った笑顔が恐ろしいことは、最近の小学生にも分かることだ。女性の場合は特に、ということも。それが証拠に立派な握り拳までお見えになっている。

 でも、

「ちょっと待て。何で俺が睨まれてんだよ? 見たのはコイツだろ」

 そう、俺は見ていない。責めるべきは下着の柄まで当てた、後ろの席のセクハラ野郎だと思う。

「それは知ってるけど、牛尾くんも見たでしょう?」

「俺は見てない。コイツから聞いただけだ。それにしても、うさぎはないだろ」

 言い終わった瞬間、左横から風を感じた。直後、左頬に激痛が走り、視界を天井が横切った。

 ガッタン!!

 大きな音を立てながら、しかし、机から消しゴムが転がり落ちるように軽く弾んで俺は地面に倒れこんでいた。一瞬の出来事だったため、頭の整理がまだ追いつかない。

「アンタってサイテー! 知ってんなら見てんのと変わんないじゃん」

 浩美が獰猛に俺を見下ろしている。

その顔は憤怒によるものか、もしくは恥じらいからきているのか。その辺りは定かではないが、とにかく赤かった。浩美は赤かった。

「何で俺が殴られなきゃいけないんだ?」

 頬を押さえながら、率直な疑問を浩美にぶつける。

「女性がどんな下着をつけてるかなんてクラスメイト全員がいる中でバラさなくてもいいでしょう!」

 耳を劈くような勢いでの返答ありがとうごとうございます。ほぼ聞き取れませんでした

「気持ち悪いけど、まだニヤニヤされてる方がマシよ」

 吐き捨てるように言って、浩美は自分の席に戻っていった。

 教室は静まり返っていた。俺の椅子は倒されたまま。

 クラスメイトは黒板をじっと見つめていた。

 教室に入ろうとしていた数学教師の表情は、その一部始終を目撃したせいか青ざめてみえる。

「女って怖っ」

 彼の気持ちを代弁してやった。


「何やってんだ、お前!」

 風呂を済ませ、部屋に戻るとアイスの棒を銜えた天使が俺の杖の上であぐらをかいていた。

「おかえりなさい、明彦。久しぶりのアイスは最高ですね!」

 笑顔の天使に俺は何も答えなかった。沸々と怒りの感情が込み上げてきたからだ。俺は知っている、それが最後の一本であることを――

「俺のアイス返せ!」

「嫌です! 私が先に見つけました」

「それは、風呂あがりの楽しみに取ってた奴やつだよ!」

 奪い返そうとするが、ちょこまかと動き回られて追いつけない。

「悔しかったら、私を捕まえてみてください」

 俺の前で一口かじりしやがった。

 広い部屋でもないのにどうしてこうも追いつけないのだろうか。

「くそっ!」

 風呂に入ったばかりなのに汗が滲んできた。

「今日は何もいいことなかった」

 力尽きて、その場に仰向けになる。

「そうでもないと思いますよ。貴方のハピポ増えてますし」

「どういう事だ? 特に善い行いはしてないと思うが」

 上から覗き込んできた彼女から目を逸らし、不満げに答える。得意げな顔がなんかムカつく。

「実は、スカートめくりをしたのは私です。明彦が正直者か調べるために、私が浩美さんのスカートをめくりました」

「意味が分からが…てかお前、学校までついていてたのか?」

「はい。早い話が明彦のハピポ量を疑っていたんです。何せ一般人の十倍はありますからね。そこで明彦の頭に隠れてそれ相応の人間かどうか検証するために、学校に同行したってわけです」

 なんて悪魔な天使だ。

「つまり、わざと浩美の下着を俺に見せて正直に吐くか試したってことか?」

「まァ、そういうことです!」

 あっさりと認めたシロを睨みつけた俺は、怒りのままにアイスをくわえるその両頬を抓って起き上がる。

「悪事を働いた天使には、ちゃんと罰を与えないとな」

「何しゅるんでふか? 痛いでしゅ」

 シロも反撃は予想していなかったようだ。

「しゃくしぇんしゅっぱいじおわっぱんでしゅから、ゆるじてくだはいよ!(作戦失敗に終わったんですから許してくださいよ!)」

「何が作戦失敗だ。結局、思い切り殴られたのは俺だぞ!」

「いいから、はなじて!」

「気が済むまで離さん!」

 結局、俺が奪えたのは二口だけだった。って、よく考えたらこれって関節キスじゃね?


 修行は学校が終わってからしか出来ない。

 俺の余命は今日も入れて、あと六日。

 シロ曰く、

「一般的に五百ハピポから千ハピポを保持する者たちを周囲は『優しい』と判断しますが、ハピポが百を超えていれば人間性に問題はありません。それ以下はデビポと呼ばれ、悪い行いを重ねれば重ねるほど数字は小さくなり、地獄行き&悪魔化決定というわけです。ハピポとデピポ、それぞれの数は死ぬまで変動し続けるので、最終結果は死んでからのお楽しみ♪」

 とのこと。ここまで基本情報だそうだ

 実際に当事者になってみないとわからないと思うが、その状況を楽しいと感じる人はいないと思う。いや、絶対いない。

「さっきから何を難しい顔してるんですか? 前向いて歩かないと電柱にぶつかりますよ」

 ガンッ!

 一瞬、目の前が真っ暗になった。

「痛っ!」

「ちゃんと忠告したのに…何やってるんですか」

 額を押さえる俺に呆れ顔のシロ。

「いや、本当に俺なんかに『天界』を救えるのかと思ってさ」

 言い終わると同時に彼女のため息が聞こえてきた。

「やる前からそんな事言わないでくださいよ。大体、明彦の私に対する気持ちはそんなものだったってことですか?」

「えっ?」

「初対面で会ったその日に『結婚してください』なんて正直ヘンタイです」

「いや、何をサラッとひどいこと言ってんの?」

「でも、私もお願いを聞いてもらっているんだから相手の願いも受け止めなきゃとおもったんですよ。何故だかわかりますか?」

「いや、分からん」

 てか、さっきのスルーかよ!

「優しいからですよ。天使に『優しい』を言わせるなんて、ある意味、明彦が一番悪魔化もしれませんね♪」

 怒っているのか、機嫌がいいのか俺にはよく分からない。でも、彼女の笑顔はやっぱり可愛い。

「何をジロジロ見てるんですか?」

「いや、ありがとな。なんか元気出た」

すると、またため息をついて一言。

「女子に怒られて元気が出るなんて明彦はやっぱりヘンタイですね」

「だから、そういう言い方やめろって!」

 必死の抗議にも彼女は目を細めるだけだった。

「すみません、お兄さん。この子を見かけませんでしたか?」

 まァ、やるだけのことはやろう――そう決意を新たにした直後、一人のおばあちゃんが声をかけてきた。

「はい?」

手渡された写真には公園のブランコに乗って微笑む男の子の姿があった。その横でおばあちゃんもピースで写っている。

男の子の服装は緑にライオンのキャラクターが描かれたプリントTシャツに黒の半ズボン、頭には赤いキャップを被っている。実に目立つ格好だ。

「写真に写っている公園で孫と十七時半頃まで遊んでいました。帰る間際、私はトイレに行きたくなったので孫に暫く待っておくように言ったんです」

 そこでおばちゃんの顔が強張ばった。

「入口のベンチで待っておくように言ったんですが、そこに海斗の姿はなかったんです」

 おばあちゃんの話では海斗君は五歳。そう遠くへは言っていないと思うが、時刻は十九時を過ぎている。

「あぁ、私のせいで海斗が…」

「僕たちも一緒に探しますよ」

 俺は嘆くおばあちゃんの背中をゆすりながら言った。

 もちろん、シロも異論はないようだ。

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