天国より野蛮
酒場には色々な人間が集まる。
賞金稼ぎ、騎士団員、娼婦にヤク中、はたまた殺し屋まで。
現実と地獄の境界線上のような場所だが各人にとってはなくてはならないオアシスとも言える場所である。
今日もまた怒号とグラスが飛び交う中、白と黄色の軽鎧を身につけた男がカウンターに腰掛けた。
「マスター何か新しい依頼は?」
マスターと呼ばれたバーテンダーはグラスを吹きつつぶっきらぼうに言う。
「ここは酒場だ、話し相手が欲しいだけならこの店を出て壁とでも喋ってな」
金髪の男はやれやれと言った様子で「いつもの」と頼む。
「東のロマネ街道に四足歩行のトリガーが根付いちまって行商が立ち往生をくらっている、報酬は2万Gとこいつの代金だ」
そう言ってマスターはジョッキいっぱいの牛乳を差し出す。
「なぁお前いつまでこんな生活続けるんだ、お前ほどの腕があったら帝国騎士団だろうが大歓迎だろうに」
マスターはテキパキと他の客の注文を捌きながらも会話を続けている。
「おいおい聞いたか、帝国騎士団様が大歓迎だとよ、これはこれは大層なお方なんだろう」
後ろから茶色のスリーピーススーツを着たおかっぱ頭の男が店内に響きわたるほどの声で言う、その声に釣られ怒号もグラスも飛ばなくなりこちらに視線が集中する。
「だったらよぉ、帝国騎士団大尉のワイス・ノーブル様が直々に入団試験を行ってやるよぉ」
ワイスの顔は赤く染まっておりどうやら相当な量のお酒を飲んでいるようだ。
「ったくめんどくせぇやつに絡まれちまったな」
マスターが小声で愚痴を零すがワイスの演説は終わらない。
「どうしたぶるってんのかぁ、非番の僕が直々に試験をやってやるって言ってんださっさっと立ち上がれ」
ワイスは椅子を蹴っ飛ばし観戦していた男から剣を引ったくる。
「おいこれ以上モメるなら追い出すぞ」
マスターの言葉を手で遮り金髪の男が立ち上がる。
「帝国騎士団の品位も落ちたものだな、先に言っておくが私が勝っても騎士団に推薦しないでくれよ大尉殿」
ゆっくりとしかし針で突き刺すような意志を込めて言う。
「僕に勝つなんて万に一つもあるわけっ」
言葉の途中にワイスの顔に先ほど注文していた牛乳が掛けられる、ワイスは驚き慌てて拭おうとするが男は足を掛け全体重をワイスにぶつける。
後頭部を強打する形に倒れるワイスの胸を足で踏みつぶし剣先を顔に向ける。
「動くなっ」
男はワイスではなく周りの者たちに叫ぶ、ワイスと一緒に飲んでいた帝国騎士団の部下に向けて。
部下たちは剣から手を離し両手を挙げる。
男はワイスが持っていた剣を蹴飛ばしそのまま店から出ようとする時、後ろから声が飛んでくる。
「貴様っ、よくも僕にこんな醜態を、名を、名を名乗れっ」
後頭部を強打し未だ立ち上がれず這いつくばったままワイスが叫ぶ。
ドアを開けようとしていた手を止め男はチラッと顔だけ振り向く。
「ロアだ」
「貴様の顔と名覚えたぞ、必ず殺してやる」
ワイスの負け惜しみも聞かずにロアは店から出て東を目指していった。