Anarchy
目に見えそうな程に淀んだ空気が包んだこの場所は日の光は届かず外界から遮断された地下牢である。
この地下牢は他の牢獄と一線を画し死刑すら生温い罪を犯した者を死ぬまで閉じこめておく地獄の肩代わりなのだ。
長年使われてなかったこの地下牢だが昨年一人の男が投獄された。
男の名はアントロポフ、夜な夜な無差別に市民を殺し回った犯罪者だ。
帝国騎士団による捜査は芳しなかった、当初は殺人事件ではなく誘拐事件として取り扱われたからだ。
遺族からは被害届は来ず捜索届が相次いだからだ、町の路地裏には死体はなく異臭を放つ血だまり跡が残されているだけだ。
帝国騎士団のケビン二等兵が夜の町を巡回していると路地裏からグチャグチャとすり潰される音とゴリゴリと硬い物が砕かれる音が混ざり合った不可解な音が聞こえてきた。
恐る恐る路地裏に入り奥を照らしてみると頭からつま先まで包帯を巻いた男がうずくまっていた。
ケビン二等兵は声に鳴らぬ悲鳴をあげてしまい男に気づかれてしまう、男はゆっくりと立ち上がり品定めするようにケビン二等兵を見る。
立ち上がると二メートルはゆうに超えているであろう長身、全身包帯の上にハーフパンツと無地のTシャツを着ている、口元だけがあいており唇はなく血で染まった歯茎が剥き出しだ。
「今日は、もう、喰えねぇよ」
ゆっくりと悪びれもなく事件の核心を呟くこの男こそがアントロポフだ。
ケビン二等兵はアントロポフの発言に事件の真相を読み取った、被害者は拐われたのではないこの男に「喰われた」のだ。
およそ信じられないがこいつは人一人を平らげたのだとケビン二等兵は確信する。
「動くな」
ケビン二等兵は剣を抜き魔力を開放する、淡く光る剣先をアントロポフに向け威嚇する。
「あぁ、んなこと、言われても、腹ぁいっぱいで、動けねぇよ」
そう言ってアントロポフは横になり眠りについた。
呆気にとられるケビン二等兵は本部に連絡し応援を呼び事件は解決した。
アントロポフは懲役200年を言い渡され地下牢に投獄された。
真っ暗な地下牢で眠るアントロポフに格子越しに男が立っている。
「あなたは自分の欲求に素直になっただけだ、心のないプレゼントを渡すサンタクロースたちに形あるものを渡した、愛や平和など幻想であり進化を恐れるシーラカンス共に死という現実、いや真実を教育したのだ。私は貴方の無自覚ながらも人類の大きなる一歩に拍手を送る、手助けなどと思わなくて結構これは私が私の意志に基づきする行動」
男は格子の鍵を開けそのまま地上へと向かう。
「あなたは選ばれたのだ、新しい夜明けに。沈んだ飛行船を乗り捨てる時だ」
アントロポフが目を覚ますと鉄格子は開いていた。
「ぁあ、なんで、開いて、まぁいいか、腹ぁ減ったし」
アントロポフは男の話を全く聞いていなかった、手錠もそのままにのそのそと地上を目指す。