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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第七章『過去の幻影の大戦』
94/115

20 ディアヴォロス到着

 ムストレスは『闇の帝王』の瞳を通じ、神聖騎士達が次々と飛び(イレギュレダ)を撃ち落とす様を、見た。

セロールは光に包まれ消滅させられ、ルグキュランらはシェイルを捕らえられず、敵の一人の屍も晒せず倒れ行く。


戦場後方、城近くに居るディスバロッサがその“気”を向け、自分の動向を見つめているのに気づく。


そして、配下の魔達がじっと自分に“気”を向け、采配のまずさに舌打つ様も感じ取れた。


頭の中で自問する。

がまるで回答のような叫びが飛び込んで来る。


『あの“光”だ!

厄介なのは。


“光”こそ奴らの力の源。

それさえ断てれば幾ら神聖騎士とて赤子同然!』


神聖騎士の出現におたつく自分を叱咤するような、魔達の呻き。

“奴ら等、恐るるに足らず!”


その声を受けた時、自然とその魔らの名が頭上に浮かぶ。


もっと早くに召喚してくれれば!

そんな憤りすら滲ませ、その魔達は自分にじっと“気”を、向けていた。


ムストレスは内心腹を立てる。

それは本来、メーダフォーテの仕事だ。


が今や作戦を必要とし、采配を振るうのは自分の役目。


唇噛みその“魔”らの名を叫ぶ。

「バルガス!

アルガントロス!」


名を呼ばれる成り二体の魔は、瞬時にムストレスの前へとその姿を見せる。

がその姿は一瞬後(のち)直ぐ靄と成り風と成って、戦場目指し馳せ行く。


…やがて、空は暗雲に覆われ始めた。




 激しい風が、二人の神聖騎士達、アーチェラスとムアールを襲う。


地のホールーンが、結界が消えた後皆に襲い来る『影』の狼に光をぶつけようとした途端、むくむくと雲を増す暗雲から雷怒が、一直線にホールーンを貫いた。


がっっっ!


『ホールーン!』

アーチェラスの叫びに、ホールーンは心話で応える。

『大丈夫だ!

が、気をつけろ!

光を使うと雷が襲い来る!』


真っ黒な雲に覆われた上空が一瞬光を放ち、アーチェラスが叫ぶ。

「避けろ!ムアール!!」


ムアールは瞬間自分を貫く雷怒にその身を光らせ、が姿を消す。


ホールーンは結界消えた皆目掛け襲い来る、『影』の狼を睨みながら心話で尋ねる。


『間に…合ったのか?』

が、上空にその姿を見せたのは、ムアールで無くドロレス。


白い隊服を暗雲の中羽ためかせ立つ彼は、横の空間で伺うアーチェラスに告げる。

『…無事だが、無傷と言う訳じゃない』


アーチェラスが、頷く。

がドロレスは先輩のその消耗ぶりに呻く。


「…エイリルを寄越す」

が、アーチェラスは苦しげに言った。


「彼ではとても無理だ。

…相手が誰か、分かっているのか?」


そう告げられ、ドロレスは真っ黒な暗雲を見上げる。

途端、だった。

黒雲の間が、かっ!と一瞬光ったのは。


「!」

瞬間、上体屈めるアーチェラス目掛け雷怒が走る。

光る稲妻が身を貫く直前、アーチェラスは一瞬でその身をその場から消し去った。


ドロレスは上空睨み据え、唸る。

「バルガス!

姿を見せろ!」



ホールーンは今や周囲を飛び交う『影』の狼が、光を使えと言わんばかりに挑発し、次々にエルベスやオーガスタスらに飛びかかろうとするのに剣を抜く。


一瞬で場を移し、剣で『影』の狼を切り裂く。

がその心は上空から飛来する、雷怒の気配に“気”を、研ぎ澄ましていた。


一瞬。

その『影』が、全身真っ青な姿を空間に現したのは。


「アルファロイス!」

ホールーンは叫ぶが、遅かった。


その真っ青な魔、アギラスは高らかな笑いと共に青の残像を視界に残し、その身を既に空間に消し去っていた。


ディングレーもオーガスタスもが右将軍に振り返る。

ギュンターがぎょっとして目を、見開く。

「!」

「!」


「アルファロイス右将軍!」

オーガスタスの叫びが響く。


アルファロイスは真っ青な鱗粉のような()に覆われ尽くし、既に膝を、折っていた。


エルベスが近寄り叫ぶ。

「ワーキュラス殿!」


が咄嗟にワーキュラスの荘厳な声音が響く。

“寄るな!

感染る!”


エルベスが、はっ!とし、その歩を止める。

ホールーンはずっと、機会を狙い済ましていたアギラスの所業に舌打つ。


ワーキュラスに素早く心話で告げられた。

“あの鱗粉を解くにはアギラスを倒すしか術無く、アルファロイスを今引かせても“里”で弱るだけ”


咄嗟に膝を折る、右将軍アルファロイスを光で包もうとし、ワーキュラスが止める。


“今光で包めば、彼はバルガスの雷怒で焼き貫かれる!”


打つ手無し!

ホールーンは油断した自分に歯噛みする。


…つまりアルファロイス右将軍を救うには、バルガスとアギラスを倒すしか無い。


回路を支えていたアルファロイスが弱れば…神聖騎士をこれ以上ここに入れる事すら難しい。


“自分を責めるな…”

その光溢れた声が心の中から沸出で、ホールーンはアギラスを阻止出来なかった責め咎から、癒されたように開放されたかと思うと、その身にウェラハスが重なるのが解った。




ドロレスは瞬間雷怒を察し身を異空間に移し、その身を再び現そうとして止められた。

ダンザインの、“気”を感じ、空間内に一旦身を隠した自分を、追うバルガスの視線を感じる。


姿を再び現した途端を狙いすまし、雷怒に焼き貫かれる!

それを感じドロレスはその、異空間に足止め食らった事に気づく。


が、ダンザインはその空間を見張るバルガスの“眼”から、ドロレスと融合したまま姿を白い光の中に消す。


ダンザインの“気”が自分を守るように包み、見張るバルガスの視線から隠された事にドロレスは安堵した。


ダンザインがそっ…と告げる。

『今度はこちらが奴を見張る番だ』

ドロレスは叡智溢れる彼らの長の言葉に、その場に佇み頷いた。




ウェラハスが警告を発する。

立ちすくむホールーンは一瞬で身を、その場から移した。


ばっ!


黒い靄が放たれ、ホールーンは姿を現すとその靄が自分の光を全て吸いとる瘴気だと解った。


『アルガントロス…』


ウェラハス呟くその名を、聞いた途端ホールーンの背に、冷たい汗が伝った。

バルガス、アギラス、アルガントロス…。


三体とも空間に身を隠し襲い来る、古代でも最も手強い敵。

そしてエルベス、ギュンターがはっ!として目を投げる気配に気づく。


周囲に転がる全部の死体が、起き上がっていた。

オーガスタスはかったるそうに身を起こし、ディングレーも顔を上げる。


エルベスがディングレーの前に、ギュンターがオーガスタスの横に滑り込む。


アルファロイスは青の鱗粉に、包まれたまま膝を折り顔も上げない。


ホールーンは尚も襲いかかる、『影』の狼の気配に瞬時に身を消し現しては、剣で真っ二つに切り裂く。


エルベスは凄まじい速さで襲い来る『影』の狼に剣を持ち上げかけ、が間に合わぬと覚悟を決めた瞬間、目前に白の神聖騎士隊服がはためき一瞬で、消え去るのを見た。


神聖騎士が消えた後、『影』の狼は短い声上げその姿を霧散させ、消え去った。

が次の瞬間空間の“悪意”がニヤリと不気味に、笑った気配を感じた途端、真っ黒な瘴気に包まれる。


焼けるような刺す痛みを全身に感じ、エルベスは崩れ落ちる。


“里”の癒し手が咄嗟にエルベスに光を注ぎ、が瞬間ワーキュラスが吠えた。


空間をびりびりと震わす荘厳な声音が響き渡る中、エルベスは一瞬で空を切り裂く雷怒に包まれ…が、その眩しい光が消え去った後、エルベスの姿は消えていた。


ギュンターはそれを目に歯を食い縛り、ディングレーは激しく眉間寄せる。

オーガスタスは吐息と共に、ワーキュラスの、返答を待った。


「!」

「!」


アイリスとテテュスが一瞬“気”を向け問う。

ワーキュラスは素早く二人に返す。


“間に合った!”


がその声はエルベスを心配する二人だけで無く、オーガスタス、ディングレー、ギュンターの心にも響く。


が、ギュンターもオーガスタスも安堵に包まれる間無く歩をそろり…とディングレーに、寄せながら周囲を伺う。


今や死体は続々と、自分達を取り巻きつつあった。





 レイファスはその声に、頷く。

そしてテテュスに叫ぶ。


「前に移る!」

走る馬上で…?

テテュスはそう、問おうとし既にレイファスが背後で、鞍の上に立ち上がるのを感じた。


テテュスは身を思い切り前に倒し、屈める。

レイファスがすとん!と自分を乗り越え様鞍の上に尻を落とすのを感じ、顔を上げる。


瞬間レイファスが光り、同時にアースラフテスがその上に、浮かび上がるのを見た。


“回路に負担かけるが、致し方ない!”

アースラフテスはそう叫ぶ成り、シェイルの背近くに光を放つ。


途端、何も無い筈の空間から

“ぎゃあっ!”

と叫びが轟く。


その一瞬浮かび上がり消え行く真っ青な姿を目に、テテュスが呻く。

「アギラス…?太古の魔の?」


…青の鱗粉に包んだその獲物を、自分のものとする。

包まれたその者は心迄も奪い取られ、その身はアギラスの奴隷と化す。


そう、思い描いた途端再び、抱きとめたレイファスの上空に浮かび上がるアースラフテスが、駆け行くシェイルの背後横の空間に攻撃を仕掛ける。

“ぎゃあっ!”


その、攻撃を受けた真っ青な魔が姿を見せるのはたった一瞬。

止めを刺されまいと、直ぐ消え行くのが伺えた。


腕に抱くレイファスはぐったりとしている。

今やアースラフテスは、レイファスの意識を全て乗っ取り同化して、アギラスからシェイルを守っていた。


テテュスは手綱を固く握る。

レイファスの腰に腕を回し抱き止め、拍車かけシェイルを抜き先頭に躍り出ようとした。

動揺するシェイルに代わり道を、指し示す為に。


横を通り過ぎ様シェイルは意識無い、アシュアークを抱いたまま、不安そうな瞳を向ける。

テテュスは励ますようにその瞳をしっかり見つめ、頷く。


シェイルが少し、ほっとした表情でテテュスに、頷き返す。

が途端、シェイルの真横でまた…!


アースラフテスの放つ閃光で一瞬その青い姿を浮かび上がらせ、アギラスは呻く。

“ぎゃっ!糞…!”


呪いの言葉を、レイファスに乗り移るアースラフテスに投げ、その真っ青な魔は再び空間に姿を消し行く。




「マズ過ぎる!」

アイリスの怒鳴り声に、ディンダーデンは壁に這う葉陰に備え付けられた、木の円形の回しに両手かけ、回そうと力込めて唸る。

「ヴ…」


スフォルツァが、そしてラフォーレンもがディンダーデンの手に自分の手添え、一緒に力込め、その回しで開くからくり扉を、開けようと試みる。


ローランデはアイリスを見つめる。

アイリスは上空を、睨んでいた。


がそっ…と視線をローランデに向け、微笑む。

「私は多分ここから出られない」


「!どうして…!」

ローランデの問いにそれでもアイリスは微笑んだまま。


「私はこの壮大な幻想の到達地点だ。

私に辿り着く事で皆は幻影との融合が解かれる」


ずっ…!


その苔むした木の回しが少しずつ動き出し、同時に木の壁と同化した扉が、僅かに上に持ち上がる。


今や、ディンダーデン、スフォルツァ、ラフォーレンそして…ローランデの瞳にも浮かび上がっていた。


戦場でオーガスタスとディングレーが深手負い、周囲を敵に、囲まれ行く様が。


「糞!」

スフォルツァが怒鳴り、ギッ!と音がし更に、その隠し戸は上に持ち上がる。

小柄な人間なら身を屈め、通れる高さ。


ローランデがアイリスを見る。

アイリスが頷き、ローランデは頷き返すとその戸に身を屈め突っ込み、滑り行き扉のその向こうに姿を、消す。


ラフォーレンが怒鳴る。

「あとちょい!」


ぎぎっ!

もう更に上に持ち上がるその隙間に、ラフォーレンはその場離れ突っ込み、滑り込んでその向こうに身を消す。


スフォルツァとディンダーデンは同時にがくん!ともう一押しして戸を持ち上げると、スフォルツァがさっ!と身を翻し扉の向こうに滑り込む。


ディンダーデンは行こうとし…が、振り向く。

その場に立つアイリスを見つめ、肩を竦めた。


が、アイリスはディンダーデンを睨めつける。

「残ってどうする?!」


「…俺が居るとタナデルンタスの呪文が使える。

それでこれだけの世界を作る、「夢の傀儡靴王」の裏をかけるとは思え無いが…」


アイリスは冷静に告げる。

「ワーキュラスが居る。

彼が提示するものを、私が解釈し奴のからくりを解明する。


瞑想状態に成るから、居ても退屈なだけだぞ?」


ディンダーデンはこんな事態でも落ち着き払ったアイリスに少し、腹を立てた。

「居場所を教えとけ!どこに居るかくらい…」

「君の…タナデルンタスの部屋に居る」


ディンダーデンはそう告げるアイリスに一つ、頷くとじっ…とアイリスを見つめ背を向け…行きかけて振り向き、咄嗟に戻りアイリスの顔に被さり、その唇を素早く奪って顔を上げ微笑い、一瞬で背を向け身を屈め潜戸の向こうに姿を、消し去った。






 ギデオンはぞっ…とした。

風が長い髪を巻き上げる。

その、下。

道等あるとは思えない、凄まじい高さの崖。

急勾配の岩場。

戦場に続く草原は、遙か眼下。


ディアヴォロスは躊躇なく瞬時に駆け下り、小さく成る馬とその背に、ギデオンは遮二無二勇気震い立たせ、拍車かけ、ままよ!と後を追う。


ディアヴォロスにはこの崖を、駆け降りたその先の戦場しか、今は念頭に無い。

下を周囲を、丸で見ず馬と一体化し凄まじい速さで手綱繰る。


後を追うギデオンは、必死で昇って来る恐怖と戦う。

馬が足を取られれば、一瞬で共に岩場に叩きつけられたまま崖下へ。

岩に打ち付けられながら転がり落ち、曝す死体は打撲で潰れ、その原型すら止めるかどうか。


だから…先を下りみるみる遠ざかる、ディアヴォロスの背だけに“気”を向けていた。

気づけば、ギデオンはディアヴォロスに同化していた。

彼のように…自分も!


逆さに真っ直ぐ落ち行く恐怖は消え、道筋がハッキリと目に浮かぶ。

左の岩を避け右。横。

馬は自分の“目”を頼りに、凄まじい速さで障害物を避け駆け抜けて行く。


下は見ない。

ほんの少し先。

岩や石を避け岩場を、降りる事だけに集中する。


崖半ば。

恐怖は消え去り、ギデオンには自分が無事ここを抜けられる事が、確信出来た。






 スフォルツァはローランデが、ラフォーレンもが手近な馬の手綱掴み跨り、戦場のその向こうに、駆けて行く様に慌てて馬を探す。


周囲には死体がごろごろしてるが続々と起き上がり、自分を振り向きもせず遥か先へと歩き始める。


やっと見つけた馬の手綱引き、鐙に足を掛けた途端、ディンダーデンが横に居るのに気づく。

馬に跨がった途端、背後、同時に乗り上げたディンダーデンの腕が腰に回り来るのが視界に飛び込む。

手綱引き背後に僅か振り向き様、怒鳴り付ける。

「二人じゃ重すぎる!」


ディンダーデンがその返答のように馬の腹を咄嗟蹴り、途端馬は駆け出し、スフォルツァは

「糞!」

と怒鳴り手綱を固く握ると、横を続々歩く死体のその向かう先を睨み付け、ディンダーデンを乗せたまま先を突っ走るローランデとラフォーレンの後を追い、馳せた。



ホールーンは最後の『影』の狼を斬り霧散させ、狂凶大猿(エンドス)からルグキュラン。

そして飛び(イレギュレダ)達の死体迄が続々起き上がり来るのに、その遥か向こう。

操る「傀儡(くぐつ)の凶王」を睨めつける。


奴は今、『闇の第二』の力を得、許容以上の力を使っていた。

が、エルベスが消えアルファロイスがアギラスの鱗粉に包まれ、ディアヴォロスは崖を下っている。


回路が弱れば自分とて、ここから引かざるを得ない。

がふっ…。と、自分の立つ回路が、安定する様に安堵する。


残るエイリルが必死で回路を、強化している。

全部の力使い、回路全部を覆って。


普段なら

“無茶をするな!”

とたしなめるところ。

が今は有り難い。


ホールーンはエイリルに感謝の放射送り、敵の動向を窺い続けた。





 ファントレイユは草原で休憩し馬から降りた、ぶーぶー言うダキュアフィロスの軍勢の猛者の、批難に満ちた視線を向けられても物ともせず、すまし顔で歩き馬車の中のローフィスとゼイブンの様子を、伺っていた。


がローフィスもゼイブンもが、馬車の向かいの椅子に突然エルベスが現れるのを見、目を見開く。

ファントレイユも突如現れる大公に、内心の驚きを隠し、見入った。

エルベスは俯き、声も出ない様子。

ゼイブンは咄嗟にワーキュラスに、無言の問いを発する。


がワーキュラスは

“ここでならエルベスに、幾ら光を注いでも安全だ”


そんな答えしか、返って来ない。

ローフィスはもう揺れて傷口を刺激せず、癒し手からの送られ続ける光に、かなりその痛みが消えたように安らかに見えた。


が、まだ口も十分聞けない様子でけれど…戦場の皆と義弟シェイルの様子を心配する様が見て取れ、ファントレイユは吐息吐く。


ダキュアフィロスの猛者共は長から離れ戦意を解かれ、苛立ちがそこら中に立ち(のぼ)りその批難は、今や指揮を取る自分に集中していた。


奴らが幾ら文句言おうが平気だが、自分も確かに気になる。

自分の中の六歳の自分が、不安そうにしている様が、特に。


が、戦場から“気”はぷつり…と途切れ、ワーキュラスは忙しいらしく言葉を掛ける事すら、はばかられた。


馬車内のゼイブンを見るが、ゼイブンは俯くエルベスの様子を必死で伺いやはり、声も掛けられない。


ただアイリスから、安定した“気”が送られ、彼が今も確信している事が感じられた。


“必ずここから全員脱出させる!”


その強く安定した“気”に心満たされ、ファントレイユは再び木々立ち並ぶ森のその向こう。

戦場に居る皆を思いやった。





 アイリスは今だ気絶するノルンディルを見、横のクローゼットの隠し扉開ける。

結界呪文が頭上に描かれ、魔の透視の目からも逃れられる優れた場所。


流石この時代の魔と、渡り合って来ただけある。

タナデルンタスに感心し、アイリスはその中に身を隠した。


直ぐ様ワーキュラスの意向に従い、彼の意識に“気”を添わせる。

その巨大さ。


しっかり自分を保っていないと、上下感覚すら無くしバランスを失い、天も地も見失い気が、狂いそうだった。


アイリスはワーキュラスが見ている無数の情報に、必死で“気”を向ける。

そして…彼を見つけた。


空に漂い、迷子に、成っていた………。


“アシュアーク…”

声かけると透けた彼は振り向く。


『…アイリス…?

…アイリスに似せたワーキュラス?』


“ワーキュラスの意識内に居る私”

途端、アシュアークの意識がぱっ!と明るく輝く。


それは薄く透けた彼の姿が光輝く様で直ぐ解った。

“視覚化するんだ…”

呟くと、ワーキュラスが囁く。

“意識の世界だから、心は鮮明に読み取れる”


『良かった!

叔父様の側に青い…あいつが居たから、必死で警告したのに聞こえて無いんだ!』


ワーキュラスが、項垂れる様をアイリスは感じた。

巨大な…とても大きな意識が首を、垂れている。

“アシュアークの警告を聞いた時にはもう…遅かった”


アイリスはアシュアークの意識の中に、遠く、小さく、けれど鮮明に映るその映像を見つめた。


真っ青なアギラスの鱗粉に包まれ、身を折るアルファロイス右将軍。

けれどその全身を苛む痛みの中でありながら、アルファロイスからは強い意思しか伝わって来ない。


痛いだとか辛いだとか…体の痛みだけで無く、過去の辛い記憶を鮮明に呼び覚まし、心迄も苛む筈なのに…。


それに全身包まれながらも、アルファロイスの“気”は決して折れない。


『俺も手助けしたい!

あの忌々しい青い粉を、ふっ飛ばせたらいいのに!!!』


…が、ワーキュラスが項垂れたままアイリスに告げ、アイリスはそんなアシュアークに囁く。


“それは神聖騎士がする。

君はここに居ず、体に戻らなければ”


アシュアークはふっ…と気づく。

そして遥か足元の暗い空間のその下。


シェイルが抱きとめるぐったりとした自分を見つめる。

シェイルは決死で馬を走らせ、それでも時折抱える自分が息をしていないのに、泣き出しそうになり、けれどぐっ!と一生懸命にそれをこらえ、手綱をきつく握っていた。


その心がずっと、悲しい言葉を紡ぎ出している。

『戻って来いアシュアーク!

お願いだ…お願い…戻って…!』


アイリスが尋ねる。

“どうして、戻らない?”


がアシュアークは素っ気なく答える。

『あれは駄目だ。

もう壊れてて、使い物に成らない。


第一あいつは夢の中の俺で、本物の俺じゃないんだろう?』


がその時、ワーキュラスの眼を透し、見える。

“里”の癒し手が気が違ったように取り乱しながら、アシュアークの回復を図っているのを。


“里”で横たわるアシュアークはそれでもまだ、息をしていた。

が虫の息でいつ、事切れるかと言う瀬戸際。


大勢が光を送る。

そして何とか必死に、幻影の彼の体の傷すら、癒そうとしていた。

が届かない。


ワーキュラスが、そっとアイリスに告げる。

“アシュアークがもう、あれは駄目だ。

と断を下しているから、“里”の癒し手の光はあの体に届かず、体の無い意識だけの彼に集まっている”


“…だからこんな風に意識を保ちながら、空間を漂っているのか?”

“幾ら私が語りかけても、彼は体に戻ろうとしない”

“このままではまずい?”


ワーキュラスは頷く。

“が、彼が体に戻らない意思はとても強固だ”


“体に戻らなくてもいい方法が、ある?”

“彼を、騙せるなら”


そしてアイリスはアシュアークに語りかける。

“そうだね。

君は夢の中で死んだ。

今の君は幽霊に成ってる”


アシュアークの眉間が思い切り寄る。

『俺は幽霊なんて、信じない』

“じゃアラステスは?

自分が歴史上の人物に成ってる事は、信じられたのか?”


『信じるも何も…否応なしにそうなってるから、承諾するしか無い』

言って…気づき、アイリスを悲しげに見る。

『じゃ、今回も?

否応なしに、幽霊?』


アイリスが、にっこり微笑った。

“勿論、君自身は生きてるから、幽霊に成った夢を、君は今見ている”


が、ワーキュラスの意識に浮かぶ、“里”の癒し手達は狂喜した。

アシュアークの身がどくん!と大きく脈打ち始めたのだ。


そして“里”の、横たわるアシュアークの体に浮かび上がる、幻影でのアラステスが受けた傷跡が、消えて行く。


一人の癒し手の、歓喜に満ちた意識が飛び込んで来る。

『ワーキュラス殿!

どんな魔法を使ったのです?!』

 



 ローランデは馬で馳せながら、その重苦しい“気”を感じた。

見えない何かが伸し掛かり、自分の心を不安で鷲掴もうと試みるのが。


咄嗟に呪文を、口ずさんでいた。

“!”


ワーキュラスからの警告が飛びかけ…が、その重苦しい目に見えない不安が、取り除かれたと同時に、ワーキュラスの声がする。


“今ここではまだいい。

が先に行けば呪文を使うと魔の雷怒で、焼き貫かれる”


ローランデは一つ、頷いた。

そして横の遥かその向こうに伺い見える、魔の陣営を見つめる。


魔達が一群と成って集い、その中に…居る気がした。

ディスバロッサが。


が、肉の抉れた狂凶大猿(エンドス)の死体迄もがその身を起こし、その先目掛け走り行くのに、ただ続け様に拍車かけて馬を、急かした。




 ホールーンは剣を振り始める、ギュンター、オーガスタス…そしてディングレーを見た。


三人は周囲を囲む死体の、腕を次々切り飛ばす。

が、ディングレーが剣を振る度腕の傷口から血飛沫が、彼の散る黒髪同様飛び散る。


オーガスタスが激しく身を動かし敵を斬りつける度、その背の傷は閉じず開き、血が激しく溢れ(いで)る様に眉間寄せる。

が彼の中のウェラハスが囁く。


ホールーンは頷き瞬時にウェラハスにその場を、明け渡し回路を逆行し、戻り行く。

ホールーンの身が、今やウェラハスに取って代わり途端、アルガントロスの靄が飛ぶ。


ウェラハスは一瞬でその身を、消していた。

が内心唸る。


青の鱗粉に包まれたアルファロイス右将軍はとっくにアギラスに、その身を乗っ取られている筈。


だがアルファロイスは自分を明け渡す事を断固として拒否し、戦い続けている。

身を屈め行くその背は丸く、激しい苦痛が彼の全身を覆っていると言うのに、アルファロイスの意思は折れない。


どころか『光の民』で無いに関わらず、その身から光の意思を漲らせ青の鱗粉を、払いのけようとすら試みている。


しかし覆う鱗粉の力は圧倒的。


ウェラハスは右将軍が、その命尽きても自分を明け渡しはしないのだ。と気づき、愕然とした。


断固として戦い抜く覚悟を(むね)に、騎士としての生を全うする決意だからこそ、あれだけの兵が彼に命預け、付いて行く…。


ウェラハスはアースラフテスに、一刻も早くアギラスを仕留めるよう、緊急依頼を要請した。




アースラフテスは眉間を寄せた。

レイファスに憑依融合した状態では、襲い来るのは防げても仕留める事は無理。


かと言って主に回路を支えているアルファロイス右将軍が危機にある今、迂闊にこの場に、自身の身で現れる事すら出来ぬ。

第一レイファスとの融合を一瞬解く間にアギラスにシェイルを、囚われかねない。


が再び咄嗟にアギラスの“気”を感じ光放つ。

アギラスは一瞬その、真っ青で禍々しく美しい異形の蝶のような姿を空間に浮かび上がらせたが、アースラフテスからの攻撃を受けシェイル捕らえる事諦め、再び空間にその姿を消し行く。


“ぎゃあっ!”

が凄まじい真っ白な光が炸裂し、空間に消え行くアギラスの姿がくっきりその場に、浮かび上がる。


アギラスはその肩に傷を作り真っ黒な血を滴らせ、その真っ赤な瞳は見開かれ、アースラフテスでは無い、別の誰かからの攻撃に怒り煮えたぎらせ、その敵の姿を見つけようと“気”を、研ぎ澄ましていた。


が一瞬白い隊服が空にはためいたかと思うと、閃光が炸裂!

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ!」


凄まじい悲鳴を上げアギラスは最早、空間に身を隠す事すら出来ず、くっきりとその姿を地に浮かび上がらせる。


アースラフテスは駆け去る馬の背から後ろに小さく成るその魔の姿を見つけ、止め刺そうと光を、解き放とうとしたその一瞬、神聖騎士が姿現しアギラス目掛け光を解き放つ。


「ぅぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

凄まじい断末魔の叫び。


そして白い隊服が振り向く。

“エイリル…!”


その神聖騎士の中、最も若く、未熟な若者は、不敵な笑みをこちらに向けていた。

アースラフテスはつい笑い、頷く。


最も未熟。

がそれは、最も荒く激しく、一途で強い。を意味していた。





 ウェラハスは青の鱗粉が消え去った後、アルファロイス右将軍がその身を地に、倒し行く時抱き止めるのに、間に合った。

“里”の癒し手に待機を叫び、ワーキュラスを呼ぶ。


が、アルファロイスは弱る息の元しかし少しも損なわれぬ強い“気”で、告げる。

“ディアヴォロスがこちらに向かっている。

回路を私が支えねば皆死ぬ”


ワーキュラスからも小さな呟きのような意識が、流れ込んで来る。

“エルベスもひどく弱っている。

回路を支える強大な意識をアルファロイスは持っているから、彼を今、引かせるわけにはいかない”


ウェラハスは無言で頷き返し、将軍を抱きかかえたまま、一瞬光る雷怒の気配にその身を移す。


移し行く先に再び炸裂する雷怒。

まるで速さを競うように。


ズガガガガン!


雷怒だけで無く黒の、靄も放たれる。

がウェラハスはアルファロイスを抱き抱えたまま、幾度もそれを、かわし続けた。


 

ダンザインが(めい)を震わすのを、ドロレスは聞く。

有難い事にバルガスはウェラハスを仕留める事をアルガントロスと競っていた。


光溢れる回路の中、バルガスは監視する事は出来ても自分を仕留める事は無理。

出た一瞬を狙うしか無い。


右将軍を抱えながら飛ぶ、ウェラハスに焦りが無い。

いつも奴らの攻撃の、一瞬先にその身を消す。


そしてドロレスはバルガスがウェラハスに気を取られる、その一瞬を狙った。


雷雲が光る。

ドロレスはダンザインの瞳を通し、透けて見えるバルガスが一瞬視界に映った時、空間から飛び出し光を炸裂させた。


雷怒は自分の放つ、光目掛け飛びかかる。


ズ…ガン!


がドロレスは自らが放った光がその雷怒を貫き、バルガスに届くのを見届けた。

一瞬で姿を消すバルガスの、後を追う。


ダンザインの瞳は姿消す透けたバルガスの姿をそれでも映し出す。

追撃の一撃を放つ。


バルガスは振り向き、迎え撃つ。


ズバババババババババァァァーン!


凄まじい雷鳴が轟く。

空気をびりびり震わせながら。


がドロレスは自分を襲う雷怒を、身を隠しかわしながら、尚も身を移すバルガスを追った。



ギュンターは今また襲い来る死体の腕を斬り、そして伸し掛かるような影に振り向く。

人間を切り捨てたオーガスタスの頭上から、狂凶大猿(エンドス)がそのでかい腕を伸ばし、その身毎振り払おうとしていた。


「!避けろオーガスタス!」

びっ!

叫ぶ間に胸を斬られギュンターは敵を睨む。

死体のその生気の無い眼孔を見ても最早怖じず剣を、振り切る。


胴を真っ二つに切り裂き、ギュンターは振り向く。

見ると狂凶大猿(エンドス)は仰向けに倒れ、人影が素早く、オーガスタスの目前に背を向け立ち塞がるのを見た。


流れる黒髪。

一瞬、熱い涙が目の裏に上がるのを、ギュンターは堪えた。

ディアヴォロス。


今や乗って来た馬はそのまま駆け去り、オーガスタスの目前でその頼もしい背を向け敵に剣を、振っていた。



オーガスタスは振り向き様その背を見た。

途端体の中から熱い振動が沸き上がり、抑えていないと激しく震え出しそうだった。


在る筈が、無いと思っていた背。

今この危機に目にすると、目が潤み霞む。


がその確かな存在は、霞む視界の中どこまでもくっきりと、目前に在り続けた。

そしてオーガスタスは気づく。

周囲にびっちり居た筈の死体が今や無い。


彼がその黒い巻き毛を散らす度、三体、五体があっと言う間に二つに切り裂かれ地に、転がる。


周囲の、開いた空間を見回し、オーガスタスは一つ吐息吐く。

そして言葉に成らぬ感謝をその、自分が主と称える、ディアヴォロスの背に捧げた。



ディングレーはその気配に振り向く。

見慣れた、強く激しい感情を内に秘めた表情。

変わらぬ意思の強い、整いきった横顔。


一つとして無駄無い動きでもう目前の操り遺体を三体、切り捨てていた。

彼が、その場に居るだけで傷の痛みが消え去る。

失った血と生気が、戻り来る。


横に駆け込む、金髪のもう一人の騎士が、ディアスに見とれ動きを止めた自分に代わって、横の敵を剣で薙ぎ払ってくれていた。


心話で唸る。

『見た事無い騎士だが、助っ人は有難い…』


その騎士は派手な金の、美しいさざ波のように縮れた長い髪を振り、野獣の如くしなやかに動く死体を、切り捨てて居た。



ギュンターは牡牛のようなデカいルグキュランが、死んだ後もその身を素早く動かし、人間の死体を蹴散らし襲い来るのを見た。


咄嗟に剣を構えるが、野獣の如く鼻息荒く素早く自分の前で立ち止まり一気に巨大な腕を振る。


ギュンターは避けようとし、胸の傷が激しく痛み一瞬、足を取られたと知る。

晒す背にその手が届く!


がその腕振り、巻き起こる風が頬を叩き行くのに顔を、上げる。


ルグキュランは上体屈め背を、晒していた。

その背にローランデが乗り、剣を突き立て佇み、次の瞬間刺した剣を引き抜き、その背目掛け真横に深く振り切る。


ざっ…!


身を半分残し背をぱっくり斬られルグキュランはその身振るが、ローランデは髪を散らし鮮やかにその岩のような背から飛び下りる。


ルグキュランは斬られ抉られた傷で身が起こせず前に屈んだまま、腕だけを横に滅茶苦茶に振り、前に倒れ込んだままの上半身に進路阻まれ、蛇行しヨロめき歩く。

その、真正面にローランデは素早く回り込み、飛び上がり今度は頭上から、真っ二つに切り裂く。


ギュンターが呆然とローランデの戦い振りを見つめていると、横で声がする。

「派手だな。

デカい獲物はあいつと左将軍に任すか」


見ると見慣れたデカい肩のディンダーデンが横に付く。

スフォルツァが左で死体相手に剣を振り切り、ラフォーレンが死体の剣握る腕を、切り捨てる様が目に入りその向こう。


ディアヴォロスが巨大な狂凶大猿(エンドス)の横を飛び去り様、狂凶大猿(エンドス)の胴がズレ、背後に落ちて行く様が見えた。


咄嗟に胸の前の気配に、身を後ろに引く。

ディンダーデンが突き倒す勢いで前に付き、襲い来る死体の胴を真横に切り裂いていた。


振り向き、怒鳴る前にディンダーデンは告げる。

「休んでていいぞ。止血する間くらいは稼いでやる」


直ぐ背を向けるディンダーデンに、ギュンターは怒鳴り損ねた。

『俺の傷を抉ってどうする!』と。



 ムストレスはディスバロッサが、地団駄踏むように悔しがる“気”を感じた途端、飛んでいた。


宙からそれを見つける。

ディアヴォロス!


傷ついたオーガスタスを背に回し、死体を信じられぬ速さで切り裂き回る。


…何という強さ。

奴が身を振る度二体。三体が切り裂かれ地にどっ!と転がるのが伺い見える。


続々続き来る動く不気味な死体を、掠り傷一つ負わず切り裂いて進む。

叫んでいた。

“アルガントロス!”


咄嗟にアルガントロスは消え去るウェラハスを追うのを止め、ディアヴォロスの目前にその姿を現す。


黒の靄を、放とうとし、その時追っていた筈のウェラハスが瞬時に真横に姿現し、凄まじい光の攻撃を受ける。

ガガン!


一瞬で姿を消すウェラハス。

が途端バルガスの雷怒が、今だアルガントロスを包む光に轟き落ちる。

ズ…ガガガガン!


“馬鹿!”


ムストレスは叫んでいた。

アルガントロスは光の攻撃受け更に仲間の、雷怒に身を貫かれ全身を光の中で黒く蠢かせ断末魔の耳に聞こえぬ叫びを、上げていた。


ダンザインが咄嗟にドロレスに“気”を送る。

『今だ!』

仲間を光毎貫き呆然とするバルガス目掛け、機を逃さずドロレスが回路から(いで)て光解き放つ。


カッッッッ!


が途端雷雲輝き、ドロレスは雷怒避けその場から一瞬で姿を消す。


光はバルガスを貫き雷怒はドロレスの放った場所に轟落ちた。


がっっっっ!


…がその雷怒が最期だった。


激しい光は薄れ消え行き…暗雲がゆっくりと散り始め…雷雲が、バルガスの命と共に消え行くのをムストレスは、歯噛みして見つめた。


ドロレスが、姿を現した瞬間炎に包まれる。

ダンザインが咄嗟に彼の周囲を光で護り、ドロレスは身を焼かぬ炎の中から顔を、上げる。


「炎の女王サランディラ…」

彼女は黒い肌はしてはいたが、まだ人間の姿をしていた。


炎は再びドロレスを襲い、が今度は彼は瞬時に身をその場から、移した。



ムストレスは今やバルガス、アルガントロス更に、ディスバロッサの解き放ったアギラス迄もが倒された事を知る。


そして次に神聖騎士達が、「傀儡(くぐつ)の凶王」に狙いを定める事を知ると、頭を掠める最強で怠け者の、魔の名を呼んだ。


“ヤグスティン!”

案の定魔は、溜め込んだ瘴気を使うのに、気の重い返事を返し、だが…レアル城の塔内から、重い腰を上げ戦場に向かい来た。


ディスバロッサは『闇の第二』の指示道理、付き従い来た小物の魔達を全て自分に取り込み同化して闇の結界張り、二体居る「傀儡(くぐつ)の凶王」を護りその力を狂王達に、与え続けた。


今や戦場は死体だらけ。

この結界が護られ続ければいずれ人間の誰かは死ぬ。


ディスバロッサは油断なく、自分達を襲い来る神聖騎士を見逃すまいと、周囲に“気”を配った。


メーダフォーテは焦りきって城内を駆け回り、捕らえた塔から消えたアイリスと、共に居る筈のノルンディルを探しまわった。


「夢の傀儡靴王」と共に“気”を共有していたから解った。

もう幾度も…この世界を包む結界が、音を立てて大きく揺らぎ軋むのが。


神聖騎士達がその力を爆発的に炸裂させる度。

木の骨組みが大きく揺れがその、木の性質故軋むだけでバラけない様に、似ていた。


が巨大な揺れが起こればいづれはバラバラに崩れ去る。

メーダフォーテはまだ頭の中でノルンディルに怒鳴り続けながら、返答の無いその姿を探し、城内を駆け回った。



 テテュスがその森へ突っ込みそのまま、駆け続ける。

短い森を抜けその先の草原の平地に、ダキュアフィロスの軍勢は休みを取っていた。


テテュスはその群れの端の馬車の横に、ファントレイユの見慣れた美貌を見つけ、ほっとする。

自分を先頭に、到着するアラステスの一群を目にし、次々立ち上がるダキュアフィロスの猛者達を尻目に、馬毎走らせファントレイユへと、テテュスは駆け寄る。


「…レイファスはどうした?!」

咄嗟のファントレイユのその短い叫びに、今や目前に坐すレイファスが、アースラフテスとの融合を解かれぐったり、身を折っているのに気づく。


素早く飛び降り、レイファスの身を馬から引き下ろし(かか)えると、ファントレイユが馬車の戸を開ける。


ローフィスとゼイブンの向かいにエルベスの姿を見つけ、テテュスは感極まって呻く。

「ここに…!」


が、エルベスが顔を、上げない。

テテュスは気絶したレイファスをエルベスの横に座らせ、そっ…とエルベスを見つめる。


少し、彼は青ざめた顔を上げ、自分を見つめ返した。

が口も聞けないその様子にテテュスはつい、エルベスの腕をきつく掴む。


…ワーキュラスを呼び、彼を『光の里』に帰したかった。

が、エルベスの意思の強い瞳は、自分がここに居る事には意味がある。

そう告げていて、テテュスは叫びかけた言葉を、飲み込んだ。


横の気配に振り向く。

ローフィスの見開かれた瞳を見返し、テテュスは一つ、頷く。

(シェイル)も来てる。じき…」


が、背後にはファントレイユの気配。

振り向くと彼は腕に、ぐったりと意識無い、アシュアーク准将を抱えていた。


テテュスはその場を譲り、ファントレイユが准将を馬車の椅子に、横たえるのを、見る。


ローフィスが咄嗟にファントレイユの横をすり抜け馬車を降りると、向かい来るシェイルの姿を見つけ…潤んだ瞳を向けるシェイルを見つめ返し…そして胸に飛び込んで来るシェイルの身を、その腕できつく、掻き抱いた。


シェイルはローフィスに抱きつき、涙声で囁く。

「アシュアークが…アシュアークが丸で動かない…」


テテュスはぎくっ!とし、馬車の中で伺う、ファントレイユに振り返る。

ファントレイユは気づき、少し青ざめた、むっつりとした表情で、首を横に振る。

“まさか…!”


ゼイブンはきつく歯を食い縛り、ぼそっ…と告げた。

「ここで死んだからって、向こうでも死んでるとは限らない」


テテュスは咄嗟に叫んでた。

「保証出来ますか?!」


ローフィスはがたがた震えるシェイルをその胸に抱き止め、耳元で囁く。

「ミラーレスが絶対何とかする」


シェイルがやっと、顔を上げローフィスを見つめる。

「…本当に?」


その消え入りそうなか細い声に、ローフィスはまだ少し青い顔をしていたが、しっかり頷いて告げた。

「絶対だ」





 ワーキュラスの意識に融合したアイリスは、ワーキュラスが見ている物の全てをその目で見る。

が同時にワーキュラスからも、アイリスの居る場所が鮮明に見えた。


アイリスも気づき、自分の居る空間を見つめる。

ワーキュラスの意識は幻影の城内を消して行く。


透けたその同じ空間内に、アイリス他捕らわれた皆の魂が確かに存在しているのが分かる。


横に戦うギュンターを見つけ、ワーキュラスが見えない手を伸ばす。

が赤い亀裂が入り、接触が絶たれた。


“あの赤い亀裂は、幻影内の距離を現しているらしい…。

距離が近ければ亀裂は現れず、触れられると言う事だろう”


アイリスは透けたその空間を見渡す。

ギュンター他、ディンダーデン、オーガスタス、ディングレー。

シェイル、ローフィス、ゼイブン。

ローランデ、スフォルツァ、ラフォーレン。


そして、アシュアーク。


皆がそれぞれ透けた姿で確かにその場に、存在していた。

が、上を見る。

“…閉じられている”


ワーキュラスが応える。

“どうすればこの場の空間が開き、君等がここから出られるかだ。

見つけられるか?


…「夢の傀儡靴王」は私より人間に近い。

君等の意識(言語)は、私には解明しづらい”


アイリスは一つ、頷く。

自分の眼では到底見られぬ物を、ワーキュラスの意識は見ている。

がそれは途切れた言葉…イメージと成って、アイリスの眼に写った。


空間の上。

閉じたガラス瓶の蓋のような重圧な封印。

幾つものイメージが浮かぶ。

がどの場面もその蓋を開けない。


一つは城内に攻め来る金髪の一族の王、アーマラスに扮したギュンターが、敵王ガスパス扮するノルンディルを、斬り殺すイメージ。


…がそれをしたとしても蓋はビクともしないのを、アイリスは見た。

ワーキュラスが囁く。


“…この場面は、終末を予測し、私も見つけたものだが…。

例えギュンターがノルンディルを斬り殺そうと、皆が開放されるイメージがない…”


アイリスは唇を噛み、頷く。

横でアシュアークが退屈そうに座り込み、あくびをしていた。


そして、ふ…と目を上げる。

アイリスはそれに釣られるように、空間の上空、巨大なガラス瓶の分厚い蓋に直接切れ目を入れる、一つの小さな線を見つけた。


ワーキュラスがそっとそれを紐解く。

途端映像が浮かび来る。


そして…ワーキュラスもアイリスも、アシュアークもがそれを見た。

全員がこの、レアル城内のガスパス私室に繋がる、広間に居る姿を。


途端蓋が弛み、振動に震える様が浮かぶ。


“戦場に居る彼ら全員をここに、到着させなければならないな…”

ワーキュラスの言葉に、アイリスは一つ、頷いた。

“ムストレスやディスバロッサは決してそれを、良しとさせないでしょうね”


アシュアークが空間に広げられた透けた巻物のようなそのイメージを見つめ、問う。

“一人でも欠けたら…どうなる?”


アイリスだろうか…中の一人の姿を、意図して消す。

すると途端、振動し、弛む巨大なガラスの蓋はぴたり…!とその振動を、止めた。


“…一人でも欠ければ、全員が脱出出来ない。と言う事か…”

ワーキュラスの呟きに、アイリスがそっと囁く。


“…がこの空間での姿は違ってる”


巻物に描かれているレアル城内に居る皆のイメージ、その下にもう一枚の絵を見つけ、アイリスがそれをワーキュラスの視線で映し出す。


空間内の皆の間には亀裂は存在せず、そして全員が、今のように透けた姿で無く、かなりくっきりと…実物に近い姿として、存在していた。


アシュアークが身を、乗り出して問う。

“…どうしたら、くっきり成るんだ?”


巻物の空間内に佇む皆の、一人一人の横に字が、浮かび上がる。

アシュアークの、眉間が寄る。

“見たこと無い言語だ”


アイリスが受け継ぐ。

“神聖言語だ。

神聖呪文はこれで記されてる”


ワーキュラスがアイリスの意識に同化し、その中から彼の神聖言語の知識を借りて、言葉の一つ一つを紐解いて行く。


オーガスタスの横にある文字が、声で発せられた。

『“死”の運命を乗り越え、アーマラス(ギュンター)と共にレアル城に入る』


アシュアークが囁く。

““死”の運命を、乗り越えてもレアル城に入らなかったら?”


途端、巻物のくっきりとしたオーガスタスの姿が、透けて幽霊のように成り、その場に居た他のくっきりした姿の、皆の眉が悲しげに寄り、徐々に全員の姿が、オーガスタスに追随するように透けて行った。


アイリスが一つ、吐息吐く。

“つまり一人ずつ、条件を乗り越えないとくっきりしないようだ”


アシュアークは途端、膝を付き起き上がってアイリスに詰め寄る。

“…じゃもしかして、私は死んだままじゃまずい?!”


アイリスはそうかも。と、巻物のアシュアークの姿の、横に浮かび上がる文字を、読み取ろうとした。


“最悪だ。

神聖文字でも解読の難しい、太古の文字アギュランダで描かれてる”


ワーキュラスが呻いた。

“…どうやら幻影内の状況により、クリア条件が厳しい時、文字も難しく成っているようだ”


ワーキュラスの視界で見ると、そのアシュアークの文字が真っ赤で、その他の文字は黄色だったり青だったりした。


アイリスはその文字を自分の目で見つめる。

“…青は、私でも知ってる神聖文字で描かれてる。

黄色は…読み取りにくい中古代の、シャハラン文字かな?”


“…俺やっぱり、生き返らないと駄目?”

ワーキュラスが大きく吐息吐き、アイリスが言った。


“戻って、痛いのが嫌なんだな?”

“死んだほうがマシなくらい、痛い”


ワーキュラスが“何とかしよう”の言葉の代わりに、再び大きなため息を吐いた。


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