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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第七章『過去の幻影の大戦』
93/115

19 黄金(きん)のアルファロイス

こちらも二年目同様、タイトルミスで、タイトル変えて


アップです。

19 黄金(きん)のアルファロイス


 ディンダーデンはそっと気絶したノルンディルの体をその、塔を降りたタナデルンタスの自室の、目立たない隅に隠す。


そして机の上の小瓶を開け匂いを嗅ぎ、一つを掴むとノルンディルの、鼻に垂らす。

「…これで暫くは大丈夫だろう?」

アイリスに振り向く。


が、アイリスは窓の外を見つめていた。

「姿を隠せるマントをくれ」

「…どうした?」


背後から覗くと、移動するローランデ、スフォルツァとラフォーレンが遥か下に見え、その背後を付けている人影が見えた。


「…ローランデがメーダフォーテに押さえられたら、めちゃマズイな………」

呟くとアイリスはローランデの後付ける、男から視線を、逸らさぬまま応える。


「この状況じゃ、そうだな…」

アイリスの抑揚の無い呟きに、ディンダーデンも口を閉ざす。


ローランデが「飛び(イレギュレダ)だ!」

と叫んだその後から…戦場の皆の声はぷっつり…途切れたまま。


城内にうようよ居た『影』達も今はまばら…。

皆、戦場に解き放たれて行った。


戦場の連中は、戦いに一刻も気が、抜けないんだろう…。

アイリスはメーダフォーテが自分を盾に使わないのは、「夢の傀儡靴王」に思惑がある為なのかも。と思い始める。


「…ローランデが、捕まる前にあいつらを始末しよう」

アイリスに言われてディンダーデンが見ると、付けていた男は一個小隊…20人近い数の男を従え、続け!と手を、振り上げていた。


「…見て思わないのか?

どれだけ階段下ればあそこに辿りつけるのかと」

ついディンダーデンはぼやくが、アイリスは

「だから急がないと」


そう囁く。

が。

ディンダーデンはクローゼットからマントを取り出し、手渡しながらアイリスを見る。

「肩の傷が開くぞ?」

アイリスはディンダーデンからマントを受け取り、素早く羽織って言った。

「…痛みがかなり減ってる。

相当な数の『光の民』の末裔が、私達を包んでくれてるようだ」


ディンダーデンは部屋を出、石の階段を駆け降りて行くアイリスの背を見ながら、ぼやく。

「(…どうして部屋で二人きりで暇してる時にそうならないかな…。

怪我してなきゃ力づくで、押し倒したのに………)」



階段を下りながら、時折窓を覗くが、ローランデらは入り組んだ庭園へと入り、後ろの者達は捕らえる隙を狙い付けて行く。


アイリスは二段飛び降りながらかなりの早さで下り、ディンダーデンはそのアイリスの器用さに、舌を巻いた。


でこぼこした螺旋状の石の階段は、時折高さも違う程適当だった。

「(ヘタしたらつま先持っていかれ、頭と尻で転がって一気に下まで降りられそうだ。

着いた時、意識がある保証は全然無いが)」


が、アイリスは蝶のようにひらり…ひらりと飛び降りて行く。

「(なんかあれだけデカくてゴツい男がこれだけ優雅。

ってのも嫌味だな)」


が、気づくと先が途切れ、その後平な石の向こうにアーチ状の煉瓦の出口。


アイリスがその先へ飛び出す背を追い、ディンダーデンも階下に足を付き外へ。


頭の中でローランデに警告送る、アイリスの声が響く。

「背後。10人超える数が、貴方を付けている」


スフォルツァとラフォーレンが振り向こうとするのを、ローランデは止めたようだった。

「…気づいてる。

ありがとう」


「だが君達がここで、派手な立ち回りをしたら人が飛んで来る。

敵だらけだし、君らはお尋ね者だから、残りの『影』の、おやつになりかねない」


この(くだり)でスフォルツァとラフォーレンが、真っ青に震え上がるのを、ディンダーデンは感じた。


「背後から数人、私とディンダーデンが引き受ける」

アイリスの言葉にディンダーデンは呻く。

「俺は聞いてない」

アイリスは振り向かず頭の中で応える。

「今言った」


ローランデは背後のスフォルツァとラフォーレンに振り向き、一つ、頷く。


二人は頷き返すと、次の庭園樹木を通り過ぎるとさっ…!とその身を左右の木立に隠す。


ローランデは木立をすり抜け、四人程の男が進むその横の木に身を隠し、通り過ぎた男が見失った標的を探し、キョロキョロと首を振る背後から、腕を回し口を塞ぎその背に剣を、突き刺した。


「ぅ…!」


振り向く男達に、スフォルツァもラフォーレンも襲いかかる。

スフォルツァは口を塞ぎ、ラフォーレンは声を出す間も与えず、剣を突き刺し殺す。


どさっ!


スフォルツァが残る敵を探すが、ローランデが後一人を、既に殺し骸を地に、滑り下ろすのを目にした。


が、後に続く男二人が、血糊滴る剣を下げたローランデを見、かかって来る。


スフォルツァは横を通り過ぎる、男の前に飛び出し、呻く。

「俺を無視するな!」

叫ぶなり、剣を振る。


ずばっ!


ラフォーレンは一瞬で飛び込んで来る敵に身を屈め、下から剣を振り切る、ローランデを見た。


やはり、一瞬。

流石…と言いかけ、足音に振り向く。


やって来た男は倒される味方を見、背を向け逃げ出す。

ラフォーレンはチッ!と舌を鳴らすと、その後を、追った。


男は背後の味方に合流しようと、叫ぼうとした。

が………。


背の高い、広い肩幅の体格のいい男。

その男が、ぐったりと事切れる仲間の一人の襟首掴み、鮮血真新しい滴る剣を下げ、こちらに振り向く。


濃い長い栗毛。青の流し目の美男と、目が合った途端にやっ!と笑われ、ひっ!と叫んで走り出した。


ずばっ!


いきなり熱い痛みと共に息が途切れそして………。


ディンダーデンは逃げ出す男の前に瞬時に回り込み斬り殺す、アイリスを青の流し目でジロリ、と見る。


ラフォーレンが駆け込み、呻く。

「…アイリス殿…」


背後から、スフォルツァと…ゆったりと歩を進める、ローランデの姿。

ディンダーデンがむすっ。と呻く。


「で、“影"は見当たらないようだが?

今のとこ」


スフォルツァがその不機嫌ないかつい肩の美男を伺い見ると、眉を寄せた。

「…そこら中に、うようよ居た。

さっき迄は!」


喧嘩売るような言い草に、ラフォーレンはそっ…とスフォルツァを、いざと成れば押し留める為、横に付く。


ローランデはアイリスの姿を見つけ、微笑む。

「会えて嬉しい」


アイリスも同様、にっこり微笑み返す。

「私もです」


ディンダーデンもスフォルツァもラフォーレンも、この不気味な城内でのその優雅な二人の挨拶に、呆れて無言で視線を、向けた。






 ムストレスは、ぞっ…と悪寒が身を包むのを感じ、ディスバロッサに叫ぶ。

『神聖騎士だ!

…どうする?!』


ディスバロッサは戦場の、中程に居て、その気弱な『闇の帝王』の言葉に舌打つ。

「…本物の、『闇の帝王』なら戦っていた。

怖がったりせずにね」


ムストレスはむっ。とした。


が実際、ディスバロッサはムストレスを皮肉ってる間等無かった。

自分の中の『闇の第二』は、未だ城の塔内に居る、一人の翼持つ魔を召喚する。


魔は直ぐ様、命を受け塔を、飛び立った。


ムストレスは『闇の帝王』の、作為を探る。

「ルグキュラン!」

叫ぶと、その魔は目前に姿を現す。

一族の、魔達を背後に引き従えて。


三メートル近くある見上げる巨体。

ムストレスは見上げ、叫ぶ。

「…敵は光の者。

喰らい、魂を捕らえその力を、増せ!」


その魔は、黒い筋肉の塊のような大きな肩を揺すり、獰猛な黄色の瞳を輝かせ頷く。

頭から背にかけて黒い髪を生やし、その足は牛のような蹄。


ライオンのような尾を生やし、その太い両手の爪は鋭かった。


一族の魔達も同様。

皆、耳まで裂けた口に鋭い牙を、持っていた。


「行け!」

『闇の帝王』が身の内から叫ぶと、その大きな魔はそれでも信じられない程俊敏に、城の庭を駆け抜けて行く。


障害物を難なく飛び越え、中門を飛び越し、三十の同族を引き連れ戦場へと、飛び出して行った。


ディスバロッサはアギラスが来るのを、待った。

がふ…と気づく。

そして戦場の、動向に“気”を向けた。




アルファロイスは剣を振り、敵を見つめる。

暗褐色に不気味に光る瞳。


…だが………。

ずばっ!


剣を振りきって、敵を殺す。

血を吹き散らし倒れ行く敵。


が…。


小さな痛みが身を、包む。

死に逝く敵の、心が啼いている…。


振って来る剣を身をかわし避け、真横に振り切る。

ずばっ!


確かな肉を斬る感触。

もんどり打って倒れ行く敵。

血は迸り…また………。


最期の、断末魔のような小さな魂の叫びが一瞬、暗く覆われた靄の中で激しく啼く。


哀切漂う火花のごとく。


そして、命と共に闇に呑まれ消え行く。


アルファロイスはかっ!とその意識を覚醒させた。

『哭くな!』


本意ではない…。

向かって来るのも、斬りかかるのも。


だから魂が啼いている。


アルファロイスはまた一人、剣を振りかぶり襲い来る敵を殺し、その魂で叫んだ。

『哭くな!

お前達の意思で無い以上、お前達に咎はない!


闇を押し退け光を目指し、逝け!』


アルファロイスは背後から斬りかかる、敵に振り向く。

黒い靄で覆われたその底から、魂の小さな輝きが、抗う術無く悲しげに瞬く。


丸で、救いを求めるように。

アルファロイスは斬りかかる、剣を避けその魂で叫ぶ。


『俺はここに、居る!』



オーガスタスは剣を、思い切り振り途端、相手が棒立ちに成ってるのに気づき、慌てて剣の軌道を逸らす。


ディングレーは向かい来る敵の腹を突き刺そうと身構え、が突然敵が歩を止めるのに、驚愕の視線を、向けた。


ギュンターは腕掴み、剣を振り上げ斬り殺そうとした敵が、突然正気づいたようにその瞳から暗褐色の光を消すのを見、振り下ろす剣を決死で(とど)めた。


アシュアークは剣を下げ、かかって来る敵が居ないのに気づき、血を流し続ける脇腹の傷口を手で押さえ、ヨロめいて草の上に尻を付け、顎を晒し荒い息を吐いた。


エルベスはそれを見、剣を下げたまま周囲を、見回す。

突然パタリ…と、敵が途絶え、剣を振る者の姿が無い。


見据えるアルファロイスの目前で、剣を振ろうと構えた男がその瞳から、暗褐色の光を消し、その瞳を潤ませていた。


「…(おさ)……!」



オーガスタスも聞いた。

乗っ取られた兵が正気に戻り、そう…囁くのを。


「…長!」


「我らが…長!」


ギュンターも…ディングレーもオーガスタスも…そう口付さみ涙ぐむ、正気に戻った兵達を、首を振って見回す。



「!…どういう事だ!」

ディスバロッサは自分の中の『闇の第二』に叫ぶ。


捕らえた筈の兵達が皆…自分の手の中から、すり抜けて行く。

『…ムゥ…。

…だから…我らは奴らに殺られた。


いくら『光の民』とて、自分の世界じゃないこの世界に…これ程肩入れしたのは…あの血筋の者達のせい…!』


ディスバロッサは呆然と囁く。

「…「右の王家」の者…?

奴らのせいか?!」


『そうだ…。

奴らは人間の癖に光を帯びている。

本能的に闇を弾く、強い意思を、持っている………。


その「右の王家」の者が『光の王』と婚姻を続ける事で、我ら“影"は闇の世界に閉じ込められ続け…この世に出る事叶わぬのだ』


ディスバロッサは遥か先、戦場に居る敵をその瞳で探る。

そして大きく、身を揺らした。




「…アルファロイス…?」

ディングレーが振り向き呟き、そしてオーガスタスも振り返る。


ギュンターが、呻く。

「…右将軍!」


エルベスも…テテュスもレイファスも、シェイルも見た。

こちらに向かう、暗褐色の瞳をした兵達が次々と…その不気味な光をその瞳から、消して行く様を。


「長…!」

「我らが、長!」


アルファロイスの横に居た男はもう、その手から剣を捨て、目に涙を溢れさせ、むせび泣いていた。

「…長…長!

お許しを…仲間を、斬った時どれ程心が…痛んだ事か!

けれど…けれど為す術無く…………!」


アルファロイスはその男に、微笑む。

「いい…!

解ってる。お前の手を掴みお前の手を使い、別の者が斬り殺した。

お前を苦しめる為に」


男は呻き声を上げ、その膝を地に付け、上げた顔を両手で覆い、肩震わせ泣いた。


「長…!」

「長!」


オーガスタスもギュンターも、自分の横を、さっき迄敵だった男達が通り過ぎて行くのを見つめた。


ホールーンが咄嗟に飛び出し、オーガスタスとギュンター、そしてディングレーに叫ぶ。


「後ろはもう安全だ!

下がって!」


三人は固まってるシェイルらの元に歩を、進める。

オーガスタスがチラリと振り向くと、五体の狂凶大猿(エンドス)にホールーンが立ち向かい、光の雷土を、浴びせてるのが見えた。


宙ではムアールとアーチェラスが、数居る飛び(イレギュレダ)達と、派手な空中戦を繰り広げ、一際デカい飛び(イレギュレダ)に二人交互で光弾を、ぶつけて居るのを目にした。


そして………。



アシュアークは叔父が、一面識も無い男達が続々集い来て、自分を取り巻くのを微笑を浮かべ迎え入れるのを、見た。


操られた者達は皆、自身の手で仲間を殺した苦悩に、むせび泣き叔父に、頼っていた。


つい…俯く。

が顔を、上げる。


アルファロイスはそれでも…微笑ってる。

お前達は悪く無い。と…。


アシュアークは泣く、男達の気持ちが分かって、項垂れた。

自分迄泣き出しそうだった。


そっ…と横に、エルベスが屈み囁く。

「…大丈夫ですか?」


振り向く、アシュアーク青の瞳は、潤んでた。

がそれでも金の髪を振って、頷く。


「…この傷は、本物じゃないんだろう?」

「それでも止血しないと」


が、アシュアークはエルベスの肩から滴る、血を見てしゃくり上げる。

「あんたもだ」


エルベスは、優しく言った。

「…どう見ても、貴方の傷の方が深い」


が、エルベスは背後の気配に振り向く。

「…俺が面倒見るから…あんたはテテュスを、看てやってくれ」


エルベスは自分を見つめる、銀髪の美青年のその翠の瞳を見つめ返し、気遣いに感謝し、一つ、頷いた。



ディングレーも…オーガスタスもギュンターもが、乗っ取られたアーマラスの騎兵達が、救いと許しを得るようにアルファロイスの周囲を、取り巻くのを見た。


金の輝く髪に縁取られた、彼らにとっても仰ぎ見る右将軍。

戦場でいつも見せる屈託の無い笑顔で、自分に膝折る見知らぬ騎兵を包み込む彼は金の輝きに包まれ、大きく強く…そして優しく、見えた。


ふっ。

とギュンターが吐息吐き顔を、揺らす。


斬られた肩が焼けるように熱く、立て続けの戦闘で手足の筋肉が、ギシギシと軋んだ。



ディングレーはチラと滴る、腕からの血を見つめる。

今や腰から腿に伝い濡れていた。

が。


オーガスタスに振り向くと、同時にオーガスタスも自分を見た。

「…ひどい出血だ」

言われてディングレーが囁く。

「あんたはもっと、酷い」


オーガスタスは振り向こうとし、背を見る事出来ずに呻く。

「…そうか?」




 ディスバロッサの瞳に…『光の民』とは種類の違う…が、紛れもない金の光に包まれた右将軍が、周囲にその光を大きく輝かせる様が映し出される。


あの…“光”に、もぎ取られたのだ。獲物を。全て!

身が、がたがたと震った。


『解らぬのか?

だから奴は王族なのだ。


あれだけの光を、纏っているからこそ、多くの者に好かれ…慕われ、我らを退け『光の民』を引き寄せ…この国を、護ってる』


ディスバロッサはぶるぶる震い、叫ぶ。

「それではまるで…まるで守護神だ!

人間の分際で!」


『闇の第二』は彼の中で、くっくっくっ…と嗤った。

『…そう。人間だ。

殺せば終わり。

奴を斬れば、再び兵は我らのもの』


「…どう…殺す!

神聖騎士が、護っているのに!」

『それでも地には一人。

数はこちらが、圧している』


ディスバロッサは顔を、上げた。

「では殺せ…!

我に出来るなら…「右の王家」の者等、根絶やしにしてやる…!」


『闇の第二』はくっくっくっ…と嗤い、その言葉を聞いた。

『お前の母はお前の父を、「右の王家」の女に取られたから、さぞかし遺恨は深いだろうな?』


ディスバロッサは自分の中の、『闇の第二』を睨め付けた。

「…出来るとお前がそう…言ったのだぞ?」


『闇の第二』はくっくっくっ…と嗤い、目前に翼畳む、アギラスに顎をしゃくる。

ディスバロッサはその、端正な冷たい面を向ける、青く幻想的で美しい魔を、見つめた。




ワーキュラスが叫ぶ声を、エルベスは聞き、頷く。

テテュスを…そしてレイファスを見つめ、屈み素早く囁く。


「動ける?」

テテュスは頷き、レイファスは顔を向ける。


エルベスは背後、一頭の馬が、駆け込んで来る駒音に振り向く。

手綱を取ると馬はいななき、歩を止める。


「乗って!」

叫ぶと、テテュスが身を起こし、レイファスを助け馬に、担ぎ上げる。


ヒヒン!

シェイルが振り向く。

そしてアシュアークに囁く。


「騎乗し、ダキュアフィロスの軍と合流しろ!」

アシュアークは脇を押さえ、青冷めた顔を向ける。


「…戦士が…戦場を去れるか!」

が、シェイルはエルベスに振り向く。


「…この強情っ張りを、乗せて後ろから手綱を!」

が、エルベスは首を横に振る。

「乗るのは君だと、ワーキュラスは言った筈だ」


ディングレーが剣を手に、息切らして怒鳴る。

「敵の目当てはお前なんだ!

いいからとっととアシュアークを乗せてここを去れ!」


傷から血を滴らせるディングレーに、荒い吐息でそう言われ、シェイルはアシュアークを見る。

が、その近衛准将の、青の瞳はやつれた顔の中、輝く。


「俺は去らない!ぅ…わっ!」

いきなり背後から胴を掴まれ持ち上げられて、アシュアークは手足を宙にバタつかせ振り向く。


オーガスタスがアシュアークを持ち上げると、馬の背に放り投げる。

シェイルが慌てて馬に乗り上げ、反対側に落ちそうなアシュアークの腕を掴み、引いた。


アシュアークはその衝撃で斬られた脇腹に刺すような鋭い痛みが駆け抜け、呼吸も出来ず唇を、噛む。


オーガスタスはシェイルを見、怒鳴る。

「いいからそのまま乗って、ローフィスと合流しろ!」


シェイルは泣き出しそうな瞳をオーガスタスに向けた。

がオーガスタスの黄金の瞳は強く、シェイルは震えながら一つ、頷いて足を跳ね上げアシュアークの前に坐すと、後ろに振り向き叫ぶ。


「飛ばす!

決死で掴まれ!」


アシュアークは文句が言いたかった。凄く。

けど押し上げる痛みで呻く、事すら出来なかった。

仕方なく力無い腕をシェイルの腰に回し、しがみついた。

万一落馬したらこれよりもっと…凄まじい痛みが身を襲う。と解って。


が、心の中で大声で叫ぶ。

『半端無く痛いぞ!』

途端、光が溢れるように身を包み、ようやく和らぐ痛みに、アシュアークは息を大きく、吸い込んだ。


テテュスが、エルベスを見る。

エルベスが微笑む。


「レイファスを、護る自信が無い?」

テテュスが切なげに、エルベスを見つめる。

そして、俯くと告げた。


「必ず…危なくなったらワーキュラスに引かせて貰うと…絶対に!」

エルベスは微笑んで頷く。

「…君のほうが、間違いなく大事だ」


そして、アルファロイスの指示で馬を呼び寄せ、次々騎乗するアーマラスの騎兵達を、見る。


「…彼らを連れて、ファントレイユと無事、合流して」

テテュスは馬に跨り、手綱を取って頷く。

レイファスは顔を上げ、目前のテテュスの見慣れた広い背に、一つ吐息吐いてテテュスの腰に腕を、巻きつけた。



振り向くアルファロイスにじっ。と見つめられて、ギュンターは自分がアーマラスだった。と突然気づく。

右将軍は見返すギュンターに、一つ頷く。


ギュンターは駆け行く馬上のシェイルを指し、乗馬した騎兵に腹の底から、肝の座った大声で怒鳴る。

「銀髪の長に続き、ダキュアフィロスの軍勢と合流しろ!」


騎兵達は弾かれたようにその声で、一斉に先を駆ける、シェイルの背を追う。


シェイルはギュンターの、叫びを受け振り向く。

追随する、今や味方に戻った30程の騎兵達が怒涛の如く馬を寄せ来るのを見、更に拍車を駆ける。


ぐん…!と速度を上げる馬に上体持って行かれ、アシュアークは引きかけた痛みが戻るのに、歯を食いしばった。





 ホールーンがその視界に、真っ直ぐ猛速で駆け込むルグキュランの群れを見つける。

高く飛んで狂凶大猿(エンドス)らの頭上を飛び越し、真っ直ぐこちらに向かっていた。


途中ルグキュランの群れが二手に別れ、一群はこちらを目指し、残る二群が、戦場から遠ざかるシェイルやテテュスらの後を追うのを目にする。


ホールーンは内心、チッ!と舌鳴らし心話で皆に叫んだ。

『固まって!』


咄嗟にエルベスはアルファロイスの横に駆け込み、少し離れた場所にいるディングレーとオーガスタスは振り向き、ギュンターの促しで横に走り来る。


びり!


一瞬周囲の、空気が震った。

途端白の、光が周囲を包み、その向こう。

敵レアル城から真っ黒な異形の群れがぐんぐん近づくのを見る。


豆粒程が一気に石に。

そして岩のような大きさで黒い巨体が目前に迫ったと思うと、その鉤爪の腕を振り回す。


がん!

凄まじい大音響が轟く。

が化物の腕は光の結界に、弾かれ届かない。


アルファロイスが振り向く。

右横。

ディングレーが黒髪散らして横を見る。

左横。


オーガスタスが正面見ているとあっという間に黒い化物で埋め尽くされ、連中はがんがん、光の結界を叩く。


化物が結界を叩く度、その腕が焼け焦げるのを、エルベスは見つめた。

が、強固に見えた光の結界は、ルグキュランが叩く度その光の濃さを薄め行く。


がっっっっ!

巨大で真っ黒な牡牛のような頭。

黄色に光る不気味ででかい目玉。

毛で覆われた太い腕で結界を叩く度、結界は一瞬その白い光をグレーに変える。


がっっつん!


真上から振り降ろされる巨大な腕。

が。


ギャォォォォォン!


ギュンターはその腕が焼けて吹っ飛び、二の腕から肉が覗いて黒い血が、滴り飛ぶのを見た。


がんっ!

が化物らは片腕無くす仲間等気に止める様子無く、次々に腕を振り入れ来る。


真上の白い光は今や数ミリ程度の厚さに狭まり、それでも振り入れられる拳に当る瞬間、光はばちっ!と音を立て黒に一瞬染まり、まるで削り取られるように光の結界は薄く成って行く。


オーガスタスもディングレーも無言でその光を見つめる。

ギュンターが、唸る。

「不味く無いか?」


アルファロイスが落ち着き払って周囲を見回す。

「結界が破れれば戦うしか術は無い」


途端傷ついたディングレーもオーガスタスも同時に、背後に居る右将軍に振り向く。

オーガスタスは相手が右将軍で無ければ言った。

『あれ相手に?

本気か?』


狂凶大猿(エンドス)が大人しく見える程、黒い牡牛の化物は動作も素早く凶暴だった。


アルファロイスが続き口を開く。

「…が、神聖騎士が正解だな。

呪文を唱えるしか無い」


それを聞いてディングレーががっくり首を折って、安堵した。

がエルベスが素早く告げる。

「私は神聖呪文を知らない」


アルファロイス右将軍は明るく笑う。

「俺もだ。

知ってるのはただ一つ」


ディングレーは首を下げたまま。

オーガスタスが尋ねる前に右将軍は、振り向き自分を見つめるオーガスタスを見、言った。

「他人の呪文を増幅させる呪文」


オーガスタスは聞いて顔を前に戻し、吐息吐く。

そしてまだ下を向く、横のディングレーに告げる。


「結界を強化する呪文を、知ってるか?」

ディングレーは問い返す。

「あんたは?」


オーガスタスは一息付いて首を下げたまま自分を見つめるディングレーの青い瞳を見返し、口を開く。


「アン…ダスタル」

ディングレーが直ぐ様オーガスタスに追随する。

「ベレッパスカウント・デレッテラムダン」


同時にアルファロイスの口からも呪文が飛び出す。

「ロドムルナス・アル・デカントレナデス」


ギュンターがエルベスを見ると、エルベスも右将軍の呪文を口真似しながらギュンターを、見返す。


ギュンターは背後から聞こえる右将軍の言葉を耳に、真似て呪文を唱え始めた。



ホールーンは必死で宙を飛び、馬で走り去る皆を追うルグキュランの群れの、直前に飛び込む。


ばっ!


一瞬で光の壁を作ると、ルグキュランは次々に激突し、奇っ怪な悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。


ギィエェェェェィィィィィィィ!

ヴギャグゥゥゥゥゥ!!!


が、背後のルグキュランは素早く壁の横を、迂回して行く。

ホールーンは再び一瞬で飛び、駆けるルグキュランの前で一体分を弾く、光の壁を作る。


激突したルグキュランの背後に居たルグキュランは更にそれを避け、駆ける。


ホールーンはまた一瞬で、避けるルグキュランの目前に飛び出す。

が。


二体。三体。


迂回し避け、飛び上がり、戦場を後にする、シェイルらを追う。


ばっ!

ばっ!


ホールーンは必死で次々その目前に姿を現し、光の壁で遮り飛ばした。


が頭上、遥か高く飛び越えて行くルグキュラン。

更にもう一体。


ホールーンは、しまった!と思った。

一体は既に、シェイルの馬の斜め後ろに着地し走り始めてる。


レイファスは斜め前に突然降って湧くルグキュランが、シェイルの馬の後を追うのを目にする。

テテュスがもう、呪文を口ずさみ始め、慌てる。


「お前が気絶したら!

誰が馬を操るんだ!…デアル・ダズ…」


自分の呪文を強引に引き継ぐレイファスの声に、テテュスは歯を食い縛り手綱を握った。


アシュアークは斜め背後に迫るその真っ黒のデカい化物に、一瞬目を見開く。


しゅんっ!

腕が、伸びたかと思ったら途端、ぎゃっ!

化物は呻きつんのめって地面に激突した。


その背後から神聖騎士の姿が伺い見え、ほっとする。

が、はっ!と顔を、上げた。


真上から、走る馬目掛け落下する黒い化物。

その腕がシェイルを掴もうと振り子のように振って来る。


目で追える速さでは無かった。

が気配を察知し、アシュアークは咄嗟にシェイルを突き倒す。


手綱を握るシェイルは背後から背を突然ど突かれ、つんのめって馬の首にぶち当たる。


レイファスは呪文を、ぶつけようとする寸前ホールーンの心話を聞いた。

(とど)めろ!』


咄嗟にレイファスは最後の言葉を、唇を噛んで飲み込みほぼ同時。

シェイルの背後目掛け、頭上から襲い来るルグキュランに斜め横から光の放射が炸裂したのは。


ギィヤァァァァァァァァァ!


どんっ!


シェイルがその音で振り向くと、アシュアークが落馬し、地に激しく転がる様が目に、飛び込む。


「!」


テテュスは馬の背から、弾き飛ぶ直前のルグキュランの、振り降ろされるデカい手に当たり吹っ飛んで地に落ち転がるアシュアークを目にし、慌てて手綱引く。


咄嗟にホールーンが心話で叫ぶ。

『駄目だ!そのまま…!』


止まりかける馬の背から背後を見るが、まだ二体、かなり後ろからルグキュランがこちら目掛け飛び来る。


背後の兵達はその化物に、パニック状態で隊列は乱れまくる。

テテュスは必死で拍車かけながら背後に振り向き、叫んだ。


「『光の民』の守護がある!迷わず駆けろ!」


テテュスの咆哮に、レイファスは目を見開く。

普段の穏やかな彼の人格を、知ってるだけにこういう時の統率力は目を見張る。


兵達はその声に勇気を貰ったように、再び隊列組み背後から、走り来た。


ホールーンは咄嗟にアシュアークを光で包み持ち上げ、自分に引き寄せる。

が次が、来ていた。


ホールーンは引き寄せたアシュアークを腕に抱いたまま、背後から飛び来るルグキュラン二体に振り向き、睨めつけた。


が心にミラーレスの声。

『彼は私が包みます!

シェイルの元へ、戻せますか?』


ホールーンは一瞬肯定の呻きをミラーレスに送り瞬時に、馬を操るシェイルの前へアシュアークを送る。


シェイルは馬の首と自分の間に、光で包まれぐったりとした、アシュアークの姿が突然現れ、腕に抱いて泣き出しそうな瞳を、投げた。


光で包まれてるとはいえ、それ…を感じる。

咄嗟にミラーレスが気遣うように告げる。


『何としても私が癒します!

どうかそのまま進んで下さい!』


がシェイルは問い返したかった。

光に包まれてはいてもアシュアークの…脈動が無い。

その吐息は、止まっているように感じられた。


彼はもしかして…もしかして!


がアシュアークを包む光が幾度もうねり、濃い光が彼の周囲を波打ち、それが丸で…ミラーレスが必死にアシュアークの蘇生を図ってるようで…問い返せなかった。


だから…心の中でアシュアークに語りかけた。

『目を覚ませアシュアーク!

………必ず、戻って来い!!!』




がんっ!

がんっ!!!


ギュンターは自分を伝い中に溢れてた『光の里』の光が、唱える度に自から流れ(いで)、斜め横に居るオーガスタス、ディングレーの二人に別れ散り、二人の呪言葉と意思で周囲に、散って行くのを見た。


外から激しい衝撃で削り取られた光の結界が、中から補うようにその厚みを増す様を目に、安堵する。


が。


がんっ!


「…っ!」


ディングレーが傷付いた腕を押さえ顔を、歪める。

途端自分からディングレーに届く光が、薄く途切れる。


ギュンターは咄嗟に唱え手のもう一人、オーガスタスを伺う。


オーガスタスの黄金の瞳は輝き、だがその顔色は真っ青だ。


必死に斜めに振り向き、アルファロイスに瞳で、訴える。

がアルファロイスは真っ直ぐ前を向いたまま、その口は途切れる事無く呪文を紡ぎ出す。


エルベスの視線が突き刺さる。

真っ直ぐ自分を、見ていた。

途端ギュンターの耳に、今やアルファロイスの呪文がオーガスタスとディングレーが唱えてた呪文と同じに聞こえ、咄嗟にエルベスを見返す。


エルベスは口を動かしたまま頷き、ギュンターはエルベスに頷き返し、アルファロイスが最初唱えていた増幅の呪文を、エルベスに追随し唱え続けた。




ギャゥ゛ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!


凄まじい化物の咆哮が轟き、そして再び。


ァギワンドゥッ!


テテュスが振り向くと地上1メートルの宙に浮く、ホールーンの目前。


二体のでかい化物がどっ!と音を立て地に、倒れ伏した。


「…追って来る化物が消えた」

呟くと、背後からレイファスの鋭い声。

「…お前が気絶したって俺は抱きかかえられないからな!

その辺のトコ良く考えて行動しろ!」


テテュスが思い切り、怯む。

そして囁く。

「…君が気絶したら私が抱きかかえろ。と言う事か?」

「それは有り得ても逆は!

有り得ないんだと肝に命じとけ!」


テテュスがくぐもった小声で呻いた。

「そうする」

背後でレイファスが、思い切り頷いてるのを感じた。



 ムアールは一際デカい飛び(イレギュレダ)セロールに、幾ら光弾ぶつけてもびくともせずこちらに向かう様を見、眉間寄せる。


アーチェラスが隙を付いて地上の者へ飛びかかろうとする飛び(イレギュレダ)達の前に飛び出しては、光をぶつけ次々瞬時に焼いていた。


一瞬で進路の前に姿を現し、光を飛ばす。

その飛び(イレギュレダ)が吹っ飛び、焼きただれて落ちて行くのを確認する間無く、直ぐ次へ。

時折ムアールを援護するように、巨大なセロールに光を飛ばす。

がセロールは、神聖騎士こそ最大の獲物。と言わんばかりにムアール目掛け進んで来る。


その、速度はかなり遅かった。

そして時折黒い靄をその口から、仲間のアーチェラスに焼かれた飛び(イレギュレダ)達に飛ばす。


アーチェラスは仕留めた筈の敵の傷が靄に包まれた途端消え、落ちて行くその身が息を吹き返したように再び襲い来るのを見、瞬時に光を飛ばす。


ぎゃっ!

再び焼きただれた肉を覗かせ、その飛び(イレギュレダ)は地上に落ちて行く。


地ではホールーンが一人でルグキュランの群れに対処してるのが、解ったが次々飛来し地の者に襲いかかろうとする、数居る飛び(イレギュレダ)を抑えるのに手一杯。


ムアールとてデカい飛び(セロール)に光を、ぶつけながらもやはり地に襲いかかる飛び(イレギュレダ)らを次々、光をぶつけ焼いている。


とうとう一際デカいセロールが、戦場を走り去るシェイルやテテュスらの群れに狙いを定め、地表めがけ降下し始め、アーチェラスもムアールも必死で交互に光をぶつけた。


じゅっ!じゅっ!


表面の皮膚は焼け焦げるのに、物ともせず突き進むその巨大なセロールに、アーチェラスはムアールの横に瞬時に飛ぶと、言った。


「幾ら焼いてもキリが無い!

一点を狙う!」


が告げた直ぐからもうその場からアーチェラスは姿消し、やはり馬で去るシェイルらの群れに、突っ込もうとする飛び(イレギュレダ)の前に姿を現し、光を放ち吹っ飛ばす。


ムアールも同様。

自分の大きさ程あるセロールの頭の、額目がけ光を放つ。

が直ぐ地上へ降下して行く、小物飛び(イレギュレダ)に向けて光を飛ばした。


右。左。

がセロールのその巨体はどんどん地へその進路を向け、進み行く。


巨大な、こうもりのような翼は広げると自分達四人分はゆうに有る。

相対すと神聖騎士達はその頭分しか無い。

その皮膚は岩のようで、ごつごつとしたぶ厚い皮に覆われ、表面を焼いた所で痛みも無いようだった。


どちらかと言うと竜に近く、がその腕は人間の腕のようで物が掴める。

足は折りたたんでいるが、鷲のそれのようだった。



岩のような頭からは幾本もの角が付き出し、ワニのようで口は裂けて開くと巨大。

いびつな尖った牙で覆われていた。


がその口から、濃い靄を吐き散らす。

それは多分瞬時に草木を、枯らす程強烈な瘴気で、魔達にとっては神聖騎士に受けた傷を、瞬時に消し去る程の恵みを、与える。



その巨体がゆっくり、戦場から駆け去るシェイルら一群目指し、降下を続ける。

ムアールとアーチェラスは焦りきって交互に、そのデカい額狙い光をぶつける。


じっ!

じりっ!


少しずつ、穴はデカく成るが次を、放とうとする瞬間セロールは黒い靄を吐き出す。


ムアールとアーチェラスは一瞬でその場を離れまた…!

額目掛け、必死で光を飛ばす。


じっ!

じじっ!


ようやく…皮膚が焼け白い骨が覗き見える。

がムアールは思った。

この骨がまた、分厚いのではないかと。


セロールは阻まれる事無くぐんぐん地上へと、その進路を定め下降し続ける。

アーチェラスから“気”が飛ぶ。


ムアールはそれに無言で頷き、アーチェラスに合わせ光飛ばす。

別々の場所から放たれた光は途中の軌道で一つに合わさり、その光増して怪物の抉れた骨を襲った。


ガッ!

ヴギギギギ…。


不気味な唸りを発し、セロールは巨大な首振って真っ黒な靄を、ムアールに飛ばす。


ムアールは瞬時に避け、が左へ下降する小物飛び(イレギュレダ)に気づき咄嗟に光放ち、焼き飛ばす。


ゥギャアッ!


アーチェラスから自分に向け“気”が再度飛ぶ。

一瞬アーチェラスに遅れ、がムアールは光を、アーチェラスの“気”に沿わせ飛ばす。

二つの光は楕円に軌道を描き途中合わさり、怪物(セロール)目掛け突っ走る。


ギャワッ!

巨大な咆哮が空中に、鳴り響く。


巨体の開いた額の傷口から覗く骨に、食い込むように光は抉り込む。


セロールの巨体は、その降下を止めその巨大な翼震わせ傷の痛みに、空気を震わす低い咆哮を上げる。


ヲヲヲォォォォォォォォォォォォォォォォォォンンンン!


後数体。

アーチェラスが飛び(イレギュレダ)の数を確認し、一瞬で飛んで次々に光飛ばし焼き行く。

その間にもムアールは必死で更に怪物セロールの額を抉ろうと、光弾を飛ばし続けた。


“絶対あの靄に身を晒すな!”

アーチェラスからの激しい警告。


一人で光飛ばした所で針が刺す程度。

がムアールはセロールの目前に幾度もその身を現しては、額の傷を押し広げる。

セロールはその都度首を振り、濃い靄をぶつけ来る。

それを瞬時に避け続けながらムアールは、怪物の額目掛けそれでも光弾を、飛ばし続けた。


ざっっっ!

隣にアーチェラスが並ぶ。


“決めるぞ!”

アーチェラスのその決死の声にムアールは周囲を目で無く心で見る。

地上、駆け抜ける先頭のシェイルの馬。


少しずつ下降するセロールと、その距離はどんどんと縮まり行く。

ムアールは頷くと、アーチェラスの“気”に合わせ同時に続け様、光を怪物目掛け飛ばし続ける。


ざっ!ざっ!


怪物はその攻撃に首を振り、濃い靄を二人目がけ吹き飛ばす。

が今度はアーチェラスもムアールも逃げず、その靄を放つ光で包み吹き飛ばしそのまま、靄を突き破ってセロールの額に強大な光の放射を送った。


ヴ…………グゥアアアアァァァァァァァァァァァァァ


空気を震わす低く、重厚で巨大な響き。

額の裂けた傷から少しずつ、巨大な魔は避けそして…裂けた場所から白い光輝き、その光に飲まれたように少しずつ、その姿を消して行く。


ムアールの、眉が寄る。

アーチェラスもその手から光を、放射したまま決然と消え行く巨大な魔を、睨めつける。


ムアールが、くっ!と眉寄せ苦しげに身を前に、折る。

途端ムアールから光の放射消え、身を消し行く光が小さく成った途端魔は、息を吹き返すようにその消えた巨体を再生させる。


ムアールは気づき、顔を上げ両手付き出し構え、光の放射をアーチェラスの光に合わせ放つ。

二つの光が合わさった途端その光は眩い巨大な白い光と成り、巨大な魔へと注がれ続け、セロールはどんどん裂けながらも、輝く白い光の中にその身を消して行く。


最後…白く眩い光の放射の中、指先、尾の先…足指の爪、翼の先…セロールのその巨大な身の先々が、くっきりと黒くそのシルエットを浮かび上がらせたかと思うと、低い、空気を震わす断末魔の呻きと共に一瞬で光に飲み込まれ、消え去った。


眩い光だけがその空間を満たしやがて…ムアールは手を下げがっくりと膝を折り、相方の光の放射が消えたのを合図のように、アーチェラスも手を下げ両膝にその手を付け身を支え、下げた顔を暫く、上げなかった………。




 オーガスタスの首が下がる。

苦しさを、払うように首を振っているのが視界に入り、ギュンターは咄嗟に寄って腕を、支えようかとも思った。


が長年の付き合いだ。

振り払われる事は間違いない。

ヤツが集中してる時、触るのは邪魔にしか成らない。と身に染みて解ってる。


心話が咄嗟に響く。

『私が引き継ぐ!

口を閉じろ!』


ギュンターはそれがホールーンなのか?と思った。

がなぜか咄嗟に横の、右将軍を見つめた。


その迷いの無い青の瞳は、真っ直ぐ前に注がれている。

彼の言葉は神聖騎士のようだった。


アルファロイスは剣の代わりに呪文で奴らと戦ってる。

こちらから、挑むまでも無く向こうから、結界を叩き続け結界の光を削り同時に、自らの身も削る。


奴らの身を、結界を通じ焼き尽くす!

そんな強い意思が、アルファロイスからは感じられた。


正直ギュンターも傷が鈍く疼いた。

痛みを、押し退けている。

だから激しい痛みからは身を守れた。


が、唱える度力が、アルファロイスに吸い取られその都度意思が揺らぎ幾度も、痛みが身を、襲い来るのを拒絶する。


痛みなんか、感じてたまるか!

痛い。

そう感じた途端一瞬動作が遅れる。

戦場でそれは致命的だと、ギュンターは思い知っていた。


エルベスの視線が今度は、労るように自分に注がれる。

見ると…斬られた自分の肩口から、止まった筈の血が滴り始めていた。


息が上がる。

『お前も外れろ!』


アルファロイスの命が心に響く。

歯を、食い縛る。

が、アルファロイスは聞こえない声で囁き続けている。


『奴らを焼いてやる。

が全部出来る保証がない。

万一結界が消えた時剣が振れるよう、今体を休めろ』


オーガスタスは、それを感じたから唱えるのを止め、両手を膝に付き背を丸め必死で、回復を図ってる。


ギュンターは、エルベスを見た。

彼とて傷を負っている。

が、頷いた。


自分の疲労は君等のそれより遥かにうんと、軽い。

…そんな、風に。


ギュンターは唱える言葉を消し、だが頭の中でその言葉を追い続けながら衣服を歯で噛み引き千切り、それを素早く、再び出血始める、傷に当てた。


がんっ!

地も揺るぐような激しい音。


ギャァァァァァァァァァァァ。


ギュンターは目を、疑った。

ディングレーもぎょっ!

として顔を上げ、オーガスタスはやれやれ。と笑みを口の端に浮かべ、首を垂れて横に数度振った。


結界を叩く化物の、その腕から炎が上がり、腕から肩、胸、腹を焼く炎に一瞬で包まれ、化物はのたうち回る。


それを見つつ結界に腕を、打ち落とした化物も同様。

一瞬で腕から這い登る炎に包まれ、凄まじい叫びを上げながら両腕必死に振って炎を、払いのけようとしていた。


二体が、仲間の様子を目に腕を振り下ろすのを止め、結界を呆然と見つめる。

アルファロイスが、心話で叫ぶのが聞こえた。


『どうした?止めるなかかって来い!』


オーガスタスは呆れ、ディングレーの問う、細く震える声を聞く。

「…結界を増幅する呪文だよな?


…触れたら炎に包まれる呪文じゃ、無い筈だよな?」


オーガスタスはその、信じられない。と見つめる青の瞳に頷いてやった。

「確かに結界だけを、増幅する呪文だ」

『ならどうして?』


ディングレーが、聞きたいのは解った。

が口にしたら

『聞きたいのはこっちだ』

多分言い返される。

そう思い口を閉ざすのが解った。


がオーガスタスは問われたら、こう言ってやる気だった。

『理屈無く常識を平気で超える、我らが右将軍のやる事だ。

彼にとって意思が現象に成るのは当たり前。


…こっちの、理解をどれだけ遥かに超えようが、彼は平気で奇跡を起こす』


生き残った二体の化物は棒立ちで、小さな人間達とその周囲を覆う光の結界を、壊せない壁のように見つめていた。


だが気配に突然振り向く。

光に包まれたホールーンが長い髪散らし咄嗟に現れ()で、二体は戦闘態勢に入る。


凄まじい光の炸裂。

雷に打たれたように一体は黒焦げに成り、もう一体は咄嗟にその豪腕振る。

がホールーンは一瞬で掻き消え、消える前に光を放った。


ギャッッッッ!


化物は胸を焼き貫かれ、背迄開いた穴から向こうの景色をのぞかせながら、ばったり。とそのでかい体を地に伏した。


アルファロイスが呪文を止め、ホールーンを見る。


「…済まない。無事で良かった!」

ホールーンの言葉に、アルファロイスは返す。


「感謝こそすれ、謝られる言われはまるでありません」


ディングレーもオーガスタスも、ギュンター迄もが、そう言う自分達の右将軍を、呆れ果てて見た。












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