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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第七章『過去の幻影の大戦』
90/115

16 狂気の戦場

やっと直しました。


が戦場がキャラは多いわ混乱してるわ


次々に“影"は出るわ。


で、作者がどうして、直すのに気が進まなかったのかが


解った。


つまり、脳みそがマトモじゃないと、直せないんですね。


でもまだ出るかも。




 ギュンターは金の髪を激しく振ってまた一人、敵を斬り殺し振り向く。

周囲の敵は途切れその向こう、戦う友の姿が目に映る。


オーガスタスはその威風ある一際大きく逞しい体で剣を豪快に腰を捻り振り回し、赤毛を散らし斜め前と斜め後ろに居る二人の敵を、一気に一振りで二人同時に血飛沫散らせ、仰け反らせていた。


血の滴る剣を下げ、そのライオンのような男は倒れた敵が、起き上がらず断末魔の痙攣に身を委ねる様を伺い見る。


ギュンターは二人同時に一撃で殺す親友に呆れた。

自分なら絶対、一人は重症で留まる。


ざっっっ!

派手な音に目を向ける。

ディングレーが縦。継いで横に剣を一瞬で切り返し激しく斬りつけ、やはり二人の敵を時間差で斬り殺す様を見る。


剣を軽く横に泳がせ血糊を振り払い、直ぐ背後に振りかぶる敵に振り向き様の激しい一刀を、頭上より振り下ろす。


黒髪が宙を泳ぎ、その鋭い青の瞳が、ぞくっとする程男らしく見えてギュンターは内心呻いた。


いつかディンダーデンが

『殺気を帯びた男はセクシーだから、女を危険から救って剣を振る様を目前で見せると、絶対フラれない』

と、のたまった意味が、凄く解った。


銀の閃光が横一直線に走る。

その先にシェイルの短剣を振り切る姿が目に映った。

銀の美しい髪とくっきりと鮮やかなエメラルドの瞳をした、なよやかで可憐な美青年。


が突っ走った閃光の先の敵は、喉に深々と突き刺さったぎらり光る銀の短剣を陽に煌めかせ仰け反り行き、手を添えようとし力尽きて後ろに倒れ伏す。


更に遠くに目をやると、金の髪を靡かせアシュアークが突っ走る姿が視界に飛び込む。

走り様高く飛んで宙を駆け、突っ込み行き剣を振り切る。


着地している頃に敵は血を撒き散らし後ろに倒れ行き、地に片足付けたアシュアークはもう次の敵に振り返り、両足付いた途端見つけた敵目がけ、身を屈め突っ込んで行った。


敵に届く手前で一瞬で止まり、剣を横に振り切る。


ずばっ!

素早い一撃に、剣を振り下ろそうとした敵は腹を切られ、その男の血飛沫が飛ぶ前にアシュアークはもうその場から、姿を消していた。


次の獲物を見つけ、血に飢えたしなやかで美しい獣のように一直線に、突っ走って行く。


ざざっ!

音に咄嗟に振り向くと、テテュスに向い走る敵が視界に入る。

テテュスは咄嗟にレイファスを背に回し、敵を睨み腰に差した剣の柄を握る。


が、オーガスタスが後ろから左手で、テテュスに寄る敵の襟首掴み自分に強引に引き戻すと、仰け反らせ仰向いた腹に、右手に握る剣を上から突き刺し殺す。


「ぐふっ!」

口に血を溢れさせ、敵はやはり一瞬で事切れ、ぐったりとした屍をオーガスタスはゆっくり、地に降ろした。


瞬間剣を引き抜き直ぐ背後に振りかぶる敵に、血に染まった剣を横に構え振り向くと、敵はオーガスタスの大きさとその迫力に、目を見開き突然背を向ける。


「…糞!」

オーガスタスは一声唸ると、逃げる敵の背に長い足を振り上げ、思いっきり蹴り倒した。


倒れた男が近づくオーガスタスの足音に最期を感じ、怯える間も無くその背を、オーガスタスは刃で貫く。


ざしっ!

死体の背に片足かけ、一気に深々と貫いた剣を引き抜きながら呻く。

「幻影だから遠慮無しだが………。

殺し癖が付いても困る」


ディングレーも襲いかかる敵が途切れ、同意する。

「全くだ」


「…いつもと変わらないのは、アシュアークだけだ」


ギュンターは思わずそう呟く。


が、オーガスタスもディングレーも目を、見開いて彼を見た。


ギュンターがその二人の反応に尋ねる。

「何だ?」


オーガスタスがギュンターの周囲に転がる死体の多さに顎をしゃくり、ディングレーが唸った。

「それはお前もだと。

死体の数が物語ってる」


ギュンターはむくれた。

「お前等の足下だって俺と変わらない!

いつもは俺だってもっと自重する」


ディングレーが長身のオーガスタスを見上げ、オーガスタスが長い赤毛を振って首を横に向ける。

「だってその光景はいつもと、変わらない」


ギュンターの眉が険しく寄るが、ディングレーは剣を肩に担いで同意した。

「…だよな!」


アーマラスの軍は圧倒的で、どんどん敵を切り倒しながら進み、敵は必死でウロつく馬の手綱を握り騎乗し、もしくは追う敵から転がるように逃げながら、城門目指して突っ走る。


その数は減り続け、逃げ惑う敵は皆、押し戻されるように城門へと戻り行く。


オーガスタスは周囲の敵が死体だけに成ったのを確認し、テテュスに振り向く。

「どう思う?

やっぱりアイリスそっくりか?」


ディングレーは剣を担ぎ笑うオーガスタスを首を傾けて見、ぼやく。

「…どれだけデカく成ろうが俺の知ってるテテュスだ。

見分けは付く」


ギュンターも同意で首を縦に振る。

「アイリスはもっと美男が目立ち、いけ好かないし鼻持ちならない。

テテュスはどう見ても素直で誠実な好青年で、感じがいい。

印象が丸で違う」


『テテュス?!

テテュスが居るのか?

戦場に?!』


頭の中のアイリスの叫び声に、シェイルは思わず顔を、下げる。


ディングレーがぼやく。

「…シェイルが収まったと思ったら…今度はアイリスか………」


ギュンターが唸った。

御大オーガスタスも、ディアヴォロス相手だと取り乱しきるぞ?」


オーガスタスがジロリと視線をくべるのを、ギュンターは見たが知らん顔してばっくれた。


『テテュス…どうして?!

今迄どこに居た?

危険は?!』


テテュスはその声が、遠くに微かに聞こえて、口を開こうとした。

が、ワーキュラスの荘厳な声が響く。


“私に任せろ”


ディングレーはオーガスタスが、その頭の中に響く声に、大きく頷くのを見た。

さりげなく尋ねる。

「…アイリスが取り乱すと、あんたでも苦痛か?」


オーガスタスはディングレーを見、ぼやき返す。

「あいつの取り乱す姿は見慣れてない。

死体より始末が悪い」


ギュンターが口を挟む。

「確かに死体の方が、見慣れてるだろうな」


ディングレーがつい、オーガスタスを見た。

「ならディアスの登場に取り乱す、あんたの姿に狼狽える俺の心情も良く、解るだろう?」


オーガスタスはディアスのいとこのその皮肉に、歯を剥いて(わら)った。


「そうか…。

ディアヴォロスがあんたの、泣き所か………」


オーガスタスもディングレーもつい、目前に立つその美青年を目を見開いて、見つめる。


鮮やかな栗毛の肩迄の短髪。

青紫の瞳。

赤く小さな唇。

整いきった、その華やかな顔立ち。


が、オーガスタスは腕組みし、首を傾けて見上げるレイファスに頭を屈め告げる。

「…無駄だ。

お前の今の周囲の男達はそれでオチたかも知れん。

が俺にはお前が五歳の餓鬼と全然変わらず目に映る」


ディングレーは言われたレイファスが思い切りむくれ、五歳の彼が見せたのと同じ、膨れっ面を見て吹き出す。


「…笑ってれば。

時間があったらきっとあんたを口説き落としてやる!!」


ディングレーの笑いが、ピタリ…!と止まる。

テテュスに目をやると、テテュスは俯ききっていた。


ディングレーは不安に成ってテテュスに叫んだ。

「レイファスに迫られてもきっぱりした態度を取った奴はちゃんと今迄、居たんだろう?!」


テテュスがもっと、沈むように顔を下げて俯く。


「テテュス!」

ディングレーが叫ぶと、やっとテテュスが口を開いた。

「…レイファスが狙ってオトせなかった男は今迄居ない。

と彼には聞かされた」


ディングレーはほっとしたように、大きく頷く。

「…そうだろう」


「でも『君の自己申告だろう?』と尋ねたら、彼が名を挙げた男達の中で最も無理だと、思う男の所へ行って、隠れてる私とファントレイユの前で、そいつが彼に、ベタ惚れな様子を見せつけられた。


レイファスは二段構えだ。

口で思い切り毒を吐く。

『嘘だろう?』と切り返すと今度は…見たくない最悪な証拠を目前で見せつける。

絶対精神衛生上には良くないから、彼とはあのファントレイユでさえ勝ち目の無い議論はすまい。と避けている」


つい、ギュンターとシェイルの、声が揃った。

「あの…ファントレイユ?」


テテュスは一つ深呼吸して顔を、上げる。

そして覚悟を決めたように言った。


「姿は相変わらず綺羅綺羅しくて素晴らしい美青年だけれど…。

性格はゼイブン、口の利き方はレイファスに似てる」


オーガスタスもディングレーも一瞬背筋に寒気が走ったし、シェイルとギュンターですら、沈黙した。


『それって最悪の組み合わせって事じゃないか』

皆頭の中では怒鳴ったが、誰も口を開いてそれを言う者は、居なかった。



レイファスは口を挟もうと腕組みし、テテュスの言葉が終わるのを待った。

が横に立つ人物の気配に、思わず俯いた顔を、上げられずに居た。


横の人物が自分に振り向くと同時に、レイファスも弾かれたように顔を上げる。


銀の髪がさらりと胸に垂れ、幼い時見た、感嘆する程綺麗なシェイルの顔が真横。


「…身長もそう、変わらないね?」

レイファスはつい、愛想笑いを浮かべる。

エメラルド色の瞳のその麗人は、きつい瞳をレイファスにくべる。

「…ディングレーは幾ら口説いても構わないが、ローフィスに手出ししたら殺すからな」


ぼそり。とした小声だった。

がレイファスの額に油汗が滲む。


それでもレイファスは気を取り直して顔を、上げる。

「年が経てば感想も変わるかも。

そう思ったけどやっぱり、とても綺麗だ」


「それで?

お前も綺麗だと、言って貰いたいか?」


ディングレーが子供の頃と変わらず、シェイルにビビるレイファスに呆れ、ぼやく。


「俺は餌か。レイファス除けの」


シェイルは真顔でゆっくり、頷く。

「だってお前、酒が入ると相手は誰でもいいだろう?」


テテュスが思わず、目を見開いてディングレーを見つめる。

ディングレーはつい、テテュスを見つめ返す。

「何だ?」


「酔ってて意識が無いなら、無害かも」


レイファスが頭に来て喚く。

「それは口説いた相手への、最大の侮辱だ!

当ててみようかディングレー。


あんた今だに恋人が、居ないだろう?」


ディングレーは図星指され、ぐっ。と喉を詰まらせ、子供の頃から変わらず口達者な、青年に成っても変わらず女顔のレイファスを見る。


「当たってない」

その嘘の言い訳に、ディングレーの背後に居たオーガスタスとギュンターは、揃って互いの反対方向に顔を、背けた。


レイファスは吐息混じりに鋭いくっきりとした青紫の瞳を向けて、ディングレーに宣告を下す。

「ディングレー。

嘘はすぐバレる。

ついても無駄だ。

恋人が出来ない訳を。

知りたくはないのか?」


ディングレーはテテュスを見たが、テテュスは首を横に振った。


ディングレーは吐息混じりで囁く。

「知りたくない」


「知りたくなくても聞いておいた方がいいい。

今後の為に」


テテュスが素早く言葉を紡ぐ。

「彼の言葉は傷口にとうがらしを擦り込んだように痛い」


レイファスはジロリ。とテテュスを見つめ(うそぶ)く。

「痛い薬程良く効くんだ」


がレイファスの横に並んだシェイルが自分と肩並べる生意気なかつての餓鬼に、呟く。

「母親そっくりだな。

親子して、そんなにディングレーを苛めて楽しみたいのか?

遺伝だな。

よっぽとタイプなんだろう?」


レイファスは言葉を喉に、詰まらせた。


テテュスはやっぱり目を、見開く。

「…無敵のレイファスにも、天敵が居たんだ…」


レイファスはテテュスの言葉に顎をくい!と上げ、ディングレーを見つめ怒鳴る。

「あんたはギュンターと劣らぬ遊び人の癖に我慢して王族の体面なんかを保ってるから、毎度欲求不満でマトモに恋人を見つけられる状態じゃないんだ!

ギュンターぐらい派手に遊べばその内遊びに飽きて、心底惚れられる相手がちゃんと見つかる。


でも今だ見つけられないのは、思い切り好きなだけ遊んでなくて常に欲求不満だからしたいだけの相手は見つけられても、惚れられる相手にはとても余裕無くて、まるで目が行かない。

…そうなんだろう?」


ディングレーは思いっきり、顔を下げ、オーガスタスは腕組んで横のギュンターを見た。

「珍しいな。

お前、褒められてるぞ?」


ギュンターは親友の言葉に目を、剥いた。

「あれが褒め言葉か!

耳の穴かっぽじって、よく聞け!」


が、オーガスタスはレイファスを見つめ頭を揺らす。

「褒め言葉だろう?」


レイファスはギュンターを睨む。

「…どうして褒めてるって、解らないんだ」


ギュンターが怒鳴り返そうとした時、テテュスが囁いた。

「一般常識があればあれは皮肉混じりの批判だと、誰でも解ると思う」


ギュンターはオーガスタスに歯を、剥いた。

「お前!

他人(ひと)事だと思ってどんだけ適当だ!!!」


が、オーガスタスは肩竦めた。

「レイファスに褒めて貰えるなんて、滅多に無い光栄なのにな」


ギュンターがとうとう、怒号と共に匙投げた。

「言ってろ!」


オーガスタスが手を口に持っていきくすくすくすと笑い続け、レイファスはやっぱり、最悪に人の悪い大物に、呆れた。




 アイリスが泣き出しそうで、ディンダーデンは無言を貫いた。

「(さっきの…あれはあれでヤバいが、こっちの方がもっとヤバくないか?

俺は泣いてる相手をもっと泣かせるのは得意だが、涙を止めてやる方法は一つしか知らない。


第一それをしても…奴が俺の胸に飛び込んで泣く。

なんて状況は、チラとも頭に浮かばない)」


ディンダーデンが困った事態に沈黙を続ける内にアイリスはみるみる涙ぐむ。

ワーキュラスが、必死で彼をなだめてるようだった。


がアイリスが口に出す。

「…だが…!

それでも………私にはテテュスしかいない。

彼にもしもの事があったら…!


ワーキュラス。君何とか、あっちの一人と私を入れ替えられないか?

ギュンターはどうだ?」


その時ディンダーデンの脳裏に、ギュンターとノルンディルの濡れ場が広がり、ぞっとした。


が、取り乱しきったアイリスは小声で言葉を続ける。

それこそ、必死で。

「シェイルは絶対ダメだ。

ローフィスに知れたら、私が彼に殺される。


…ディングレーなんか、いいんじゃないか?

ああ!アシュアークが居たな?

彼なら最高だ!

ノルンディルも悦ぶし……………」


ディンダーデンはディングレーとノルンディルの濡れ場が頭に浮かぶ前にアシュアークにすり替わって、心底ほっとした。


「(幾ら俺でもディングレーとノルンディルを想像しちまったら、立ち直れない。

気持ち悪すぎて)」


が、アイリスの瞳から大粒の涙が頬に流れ出すのを見て、ディンダーデンは心臓を掴まれたようにぎょっ!とする。

心拍が、上がってる。


ディンダーデンはワーキュラスに

『何を言った?』

と意識だけ飛ばすと、ワーキュラスの言葉が頭に浮かび上がる。


“入れ替えなんて出来たらとっくに君達をここから救い出してる。

入った人物から引き剥がせないからこんなに苦労してるから、まずそれは不可能だ”


『…そうだよな』

ディンダーデンもその理屈に納得した。

がアイリスの瞳は滝のように涙が次々零れ行く。

『私はどうなってもいいが、テテュスを巻き込む事だけは絶対に嫌だ!

近くに居ず護って、やれないのに………!』


“だが大人の彼は君を助けるために力を貸してくれと言った時、きっぱりと言い切った。

『返事が、必要だろうか?』と。

素晴らしい心構えだ。

君を今度は彼が、助けたいんだ。

気持ちを汲み取ってやってくれないか?”


「だってテテュスは無茶を平気でする!

怖い者知らずで!

それがどれだけ危険か………」


もうアイリスの頬は濡れきっていて、涙は瞳から次々と溢れ、ディンダーデンは指先を額に当て、指の間から、そんなアイリスの壮絶に可愛い泣き顔を盗み見る。


「(やっぱり、もっとヤバい…。

毒草が可愛く見えるんだ。

最悪危険地域に入ってる)」


一つ、吐息を吐く。

「だがオーガスタスらが一緒なんだろう?」


アイリスはきっ!と振り向くと

「もっとヤバいじゃないか!

気が大きく成って一緒にとんでもなく危険なマネ迄平気でしたら!!!

無くすのは命なんだぞ!!!」


ディンダーデンは涙で濡れた濃紺の瞳が股間を直撃するのを感じた。

が理性が勝った。

「(今迫ったら、間違いなく殺し合いだ。

情事を望むなら、ここは我慢だ。


待てよ。どうして俺が大嫌いな、我慢なんてしてるんだ?)」


…と、アイリスを盗み見る。

が相手は怪物。


人の心を読んだように、憤怒の表情をその顔の上に露わにした。


アイリスが、冷たく嗤った。

「泣き顔に欲情した。とかって、言わないよな?」


流石のディンダーデンもあまりの怖さに解答できず、曖昧に首を横に、振った。






 ローランデは城門が開いて次々、兵が逃げ帰る様にしばし、安堵したしスフォルツァとラフォーレンは笑って肩を、叩き合っていた。


が、一人の『影の民』が黒いマントを纏い、死に神のような姿を見せ、高台のその場所から城門の様子を見下ろし、嗤った途端、ぞっ…と背筋が凍った。


だがその『影の民』の後ろから一人…そしてまた一人。

三つ子のようにそっくりな、三人の男は不気味な横に細長い鼻髭を流し、目は凍り付くような白味がかった青。肌の色は青黒く、それが三人並んで嗤ってる姿は、それは禍々しく目に映る。


ローランデは自分の隠れている城壁から三人を盗み見て、内心叫んだ。

「(メーダフォーテが新たな手を打つぞ!)」


「夢の傀儡靴王」と相対しているワーキュラスは、散らばった分身からの伺う声を、聞いた。


「夢の傀儡靴王」はくっくっくっ…と嗤った。

その手が動いてない事を、ワーキュラスは知っていた。


「…我を呼び出した操り人形は、優秀だ。

操作の必要もない」


ローランデの側に漂っていたワーキュラスの分身が直ちに城壁を駆け上り、素早く飛んでメーダフォーテの居るガスパスの居室へと、滑り込む。


そこには窓辺で戦況を伺う、二人の姿を見つけた。

入り込んだ人物に透けて見える。


一人は青く…それでも人間に、見えた。

が横に居た男の魂は真っ黒。


『影の民』と殆ど変わらぬ。

人の苦しみを自分の力に変えて来た男だった。


“最早人とは呼べぬ…。

これ程変形していては…。

『影』を自分の身に自ら取り込み…逆に『影』を、(しもべ)とする男………”


メーダフォーテは横のディスバロッサを見つめる。

「どうする?」

「城門を閉めろ。

我が同胞はまだ、足りないと言っている」


メーダフォーテは一つ、吐息を吐いてディスバロッサの流麗な横顔を見つめる。

「君だ。兵力が惜しいなら直ちに引けと警告したのは。


今度は、閉め出して見殺しにしろ。と?」


「今の奴らでは何の助けにもならぬ。

…が、屍に成れば最強の、兵士となろう」


メーダフォーテはまた一つ、吐息を吐く。

「まあいい。勝てれば。

どうせ幻影だ。

仲間に裏切られ、殺される心の痛みも、死して尚傀儡として使役される魂の悼みも…何の醍醐味も無い、偽物。


君には退屈だろうが…」


「だが敵に与える恐怖は、本物だ」

メーダフォーテはディスバロッサが、その美しい顔を歪め嗤う顔を、見た。


これ程端正で美しい若者の、醜悪な笑顔。


これこそが醍醐味。


メーダフォーテはそう嘯いて、心の中で思わず笑みを零した。




「!」

ワーキュラスは企みを知って周囲を見回す。


巨大な城門は力自慢の男達の手で閉められ行き、中に滑り込もうとする仲間を、城門内に居る男達が、蹴って城門向こうに突き倒す。


縋る声。

必死で閉まり行く城門に、縋り付く手。

幻影と言えど、何と(むご)い………。


がワーキュラスは城門を見下ろす高台の内門の上に立つ、三人の『影の民』を見つける。


嗤って、いた。

不気味な容姿が更に、気味悪く見える。


まるで…息をしてない、木偶人形が動いてるかのように。


三人の男が見えない“気”を触手のように伸ばし、戦場に倒れる死体に這い、伝い覆い…それを自分の物にしようとする様が伺えて、ワーキュラスは咄嗟に飛ぶ。


警告を、与える為に。




 草原を、吹き抜ける一陣の風の様にワーキュラスは光と成って馳せる。

アシュアークを筆頭に、アーマラスの軍は逃げる敵兵を城門近くまで、追い詰めていた。


その数、圧倒的。

倒れた狂凶大猿(エンドス)の屍を飛び越し、アシュアークは尚も金の髪を振って敵を切り倒す。


その向こう…ギュンターはオーガスタスらと共に、まだテテュスやレイファスらと話し込んでいた。


ディングレーは顔を伏せ、極力レイファスを見まい。とし、シェイルは尚もレイファスを皮肉る。


が飛び近づくと、オーガスタスがその長身の顔を、上げる。

横に居たギュンターも直ぐ、気づく。


続いてディングレーが、そしてシェイルも見上げる。


金の、光の瞬きに。

皆自分の登場に一様に、顔を引き締めるのに気づく。


オーガスタスの口が開いた時、「夢の傀儡靴王」を見張る自分の分身から、声が飛ぶ。

“奴の手が動いた”


ワーキュラスは自分の真後ろ。

その遙か先内門の高台に立つ三人の『影』が、すっかり倒れ伏す無数の骸をその見えない“気”で覆い尽くし、自分のものにする様が透けて、見えた。


「…やっぱりこのままで、済まないか?」

ギュンターは口を閉じ、ディングレーは下から上目使いで、そう呟くオーガスタスを見た。


ディングレーの乱れた黒髪は彼の激しい男らしさを引き立たせ、こんな時だがレイファスが見とれ、シェイルは『やっぱり』と腕組んだまま深い、吐息を漏らす。


瞬間、ギュンターはぎくっ!とする。

オーガスタスはそれに気づき、ギュンターを目を見開いて見つめた。


“君の予想は当たってる”

ワーキュラスに言われ、ギュンターは口元に手を当て顔を、下げた。


「…敵の出方の予想が付くのか?」

オーガスタスに問われ、ギュンターは小声で囁く。

「…アースルーリンド創始の戦いで『影』が居て…死体がごろごろしてるんだろ?」


ディングレーは咄嗟に、足横に転がる死体からそっ…と、足を離す。


テテュスは背後に振り向き、その向こうに転がる二体の死体を見て呟く。

「「傀儡(くぐつ)の凶王?」


オーガスタスは俯くギュンターを小突く。

「何なのか、はっきり言え」

が、ギュンターは思い切り言い淀む。


それを見てシェイルは、深く顔を下げた。

「…ギュンターが出会った『影』は死体が、動いたそうだ」


ワーキュラスはまだ、遙か遠くの敵城門内に居る三人の『影』の様子に“気”を向ける。

触手が次々とまとわりつき、その虚ろな死体を、持ち上げようと試み始める。

そしてその三人の『影』の背後に、もう一人の『影』を見つけた時、ワーキュラスは仲間を見回した。


テテュス。そしてレイファス。

オーガスタスは僅か。

そしてディングレー。

シェイルも少しは神聖呪文が使えると聞いた。


…が。

戦力としては、不十分。

もし三人の背後に居る『影』が、アンカラスだとしたら………。




ぎゃっ!

突然背後で上がる声に、血に染まった剣を持つアシュアークが振り返る。


死体が、動くより先だった。

城門近くの味方兵の、影が動き、立ち上がり突然、兵を襲う。

兵は自分の影が襲いかかるのを、信じられないと目を見開き、自分が手に持っている筈の剣の影で胸を貫かれ、目を大きく見開いたまま、事切れた。




オーガスタスは城門近くの兵達の影が次々に身を起こし、兵に襲いかかるのを目にした途端、咄嗟に駆け出す。

走り様近くの馬の手綱を、掴み飛び乗り、そのまま城門目指し「はっ!」と拍車をかけ突っ走る。


真っ赤な髪が散り、その姿が一気に遠ざかるのを目にして、ギュンターが近くの馬の手綱引き一気に飛び乗る。

後を追おうと両足馬の脇腹から跳ね上げた途端、ワーキュラスが二度点滅し、それを目にしたレイファスが、ギュンターの横に駆け寄り叫ぶ。

「乗せてくれ!」


レイファスに続きテテュスが駆け出そうとし、咄嗟にシェイルが後ろから腕を掴み、ディングレーがテテュスの目前に立ち塞がる。


テテュスは目前のディングレーを見、思い切り眉を寄せたが、ディングレーは低く唸る。

「お前の敵は別だ!」


シェイルはテテュスの腕を掴み叫ぶ。

「力を貸すから!」


テテュスはシェイルに振り向き…ギュンターの後ろに飛び乗るレイファスの背を見る。


馬は二人を乗せ、二歩、歩を刻んだ後首を城門に向け、矢のように突っ走って行く。

レイファスは髪を靡かせ、背後のテテュスに振り返る。


テテュスは遠のくレイファスが、頷くのを見た。

が、テテュスは駆け去る馬上のレイファスに叫ぶ。

「だが私はすっかり回復してる!」


ワーキュラスが皆の頭の中で、荘厳な声を放った。

“敵は三人。

殆どの死体が起き上がる!”


「!」

テテュスは目を見開き、シェイルはテテュスの腕を掴んだまま必死で見つめ、ディングレーは転がる死体を目の端に捕え、ごくり。と喉を鳴らした。





 オーガスタスは速度を増す。

馬上から近づきつつあるアシュアークに向かい、吼える。


「アシュアーク!

いいから出来るだけ城門から離れろ!」


が、アシュアークは横の男が、自らの影に髪を掴まれ影の剣で腹を突かれ、断末魔の痙攣に見を委ねるのを棒立ちで見つめ、ごくり。と喉を鳴らし、剣を握る腕を、下げた。


その影は、自分の本体が地に転がるのにそれでもまだ、立っていて、にやり。と不気味にアシュアークにその顔を向け、嗤う。


アシュアークは自分の剣を見つめ、そして背後、正午に近い真上から射す陽にくっきりと黒い、自分の影を、見つめた。


その時オーガスタスが、馬と共に駆け込んで来る。

「いいから剣を手放せ!」


アシュアークは一瞬、ぐっ!と悔しそうに顔を歪め、が自分の影が、起き上がろうとする瞬間剣を放り投げた。




ギュンターはレイファスを後ろに乗せ、必死でオーガスタスの後を追う。

オーガスタスの馬がアシュアークの元に駆け込もうとする時、アシュアークは起き上がった自分の影が、いきなりぐっ!と伸ばした手で首を掴み、絞めるのに目を見開き、喉元に必死に手をやる。


まるで太いゴムに締められたような感触に、必死で指を入れ、それ以上締めさせまいとした。



ギュンターはオーガスタスとその馬の影が、起き上がろうとするのを見つめる。

咄嗟に背後、レイファスに振り向く。

レイファスは城門近く、ある一定の距離の影だけが起き上がってるのを、冷静に見つめる。

「止まってくれ!ギュンター!!!」

その言葉が、終わるか終わらない内、ギュンターは金の髪を散らし手綱を思い切り引いた。


馬は突然止(とど)められ首を跳ね上げて前足を宙で空転させ、レイファスはギュンターの反応の早さに咄嗟傾く体を、ギュンターの胴を掴む反対側の手で尻側の馬の鞍を掴み、落ちまいと身を支える。



オーガスタスは咄嗟に馬上から、自分の影に喉を絞められるアシュアークを見て心の中で叫ぶ。

『里の誰でもいい!

力を貸してくれ!!!』


直ぐに自分に寄り添ったのは、ダンザインだった。

彼は自分を通して状況を見た途端、オーガスタスに囁く。

オーガスタスが頭の中に流れ込む呪文を叫ぶ。

「アル・クル・ダマンテ!!!」


光が自分からアシュアークの首を絞める影の腕に飛ぶ。

ぎゃっ!


アシュアークは目を見開いた。

影の、腕が溶けていた。

「何してる!

早く乗れ!」

怒鳴るオーガスタスを見上げ、口を開こうとし、がはっ!と気づいて地に放った剣を、きょろきょろと首を横に振って探す。


ギュンターはいななく馬を(とど)め、レイファスに振り向く。

「ここなら安全なのか?」

が、レイファスは周囲の死体の多さに、ごくり。と唾を飲む。

「…そうとも言えない」

ギュンターは美麗な顔を引き締め、レイファスに叫ぶ。

「だが影は襲って来ないんだろう?!

オーガスタスの影を、何とか出来るか?」


オーガスタスが馬の首を思い切り手綱を引き、傾けながらアシュアークの横へと突っ走る。

アシュアークは瞬間、横に駆け込む馬の尻へと走り寄る。

オーガスタスは馬の首を、来た方向に強く傾けながら、もう片手で飛び込んで来るアシュアークの、腕を掴み思い切り引き上げた。


アシュアークは力強く腕引かれ地を蹴って両足跳ね上げ、尻を一旦馬の尾近くの尻の上で弾ませ、腕を振って掴むオーガスタスの手を外しながら咄嗟、オーガスタスの腰に反対の腕を巻き付け腰前に引き寄せて、叫ぶ。

「大丈夫だ!もう落ちない!」


「ホントだな?!」

オーガスタスが叫び、アシュアークを放した手で手綱を握り込み、拍車を二度かけ、その影の蠢く城門近くから遠ざかろうと、身を倒し馳せる。


アシュアークは馬とオーガスタス、そして自分の影が起き上がり始めるのを目を見開き見つめ、唾をごくり。と飲み込むと、生き物のように身を起こし横に並走する影を、眺めた。


ギュンターが、自分らの方に突っ込んで来るオーガスタスに叫ぶ。

「ここ迄来い!安全地帯だ!」


レイファスはだが、歩を止めた馬の横に転がる死体が、ゆっくり…頭を振り動き始めるのを、ごくり。と唾を飲み込み見つめたが、きっ!と前を見て叫ぶ。

「アル・デル・ダカント・ゥデルッセンテ!!!」


アシュアークは横に並び走る影がいきなり…ひしゃげたように崩れ行き、地に弾んで倒れ…そして普通の、影に戻るのを見た。


ギュンターはレイファスを褒めようと振り向き、がレイファスが金切り声で叫ぶのを聞く。

「!死体に掴まらない内に、突っ走ってくれ!!!」

言われてギュンターは真横に倒れ伏す死体が、膝を付いて不気味にゆらり…!と起き上がるのを見、慌てる。


表情には微塵も出さず、その美麗な顔に金の前髪をはらり…!と垂らし、手綱を引き、拍車を小刻みに掛けて馬の向きを、急くように変える。


突っ込んで来るオーガスタスもアシュアークも、周囲の死体が次々に起き上がり始めるのを、やはり目にした。


アシュアークが、背後に振り向き城門近くで右往左往する兵達に、大声で叫ぶ。

「引け!」

次々に影から逃げる兵達は、今度は起き上がる死体を避け、必死で走り始めた。


レアル城、城門近く迄詰めたアーマラスの軍勢は、一斉に退却を始める。

アシュアークは尚も振り向きながら怒鳴る。

「逃げろ!逃げろ!

ともかく逃げろ!」


ギュンターは立ち上がり始める死体の横を通り過ぎながら、背後に怒鳴った。

「逃げるしか、手が無いのか?!」

レイファスが怒鳴り返した。

「今の所は!」

そして…遙か先、視線の先のテテュスを伺い見る。


テテュスは城門近くの死体が次々と起き上がるのを、眉を寄せその濃紺の瞳で見つめる。

ディングレーは足横の死体が、ゆらりと肩を揺らし両膝付いて、起き上がるのを、気味悪そうに歯を食い縛って見つめた。


シェイルは咄嗟に、不気味なものを避けるようにテテュスに寄り添う。


テテュスは草を蹴散らしこちらに駆け込む馬の背の、ギュンターの背後から真っ直ぐ視線を送るレイファスを、じっ、と見つめる。


レイファスには解ってた。

テテュスが自分同様、どの呪文を使うかを高速で思い巡らしてる様を。


が、一つの考えが浮かぶと、どんどん近づき大きく成るテテュスの真剣な表情を、はっ!とし見つめる。



「!」

塔の中でアイリスが咄嗟に、少し離れた場所で座る、ディンダーデンの腕を掴む。

ディンダーデンはアイリスに

『やっとソノ気に…(成ったか)』

と言いかけ、俯いてぎゅっ!と腕を痛い程掴む、アイリスの端正な横顔を見た。


栗毛の巻き毛が、美しいラインの頬にかかる。

その掴む腕は最早姫で無く、完全にアイリスだった。


「…頼む…!

私が出来たらそうする!」

絞り出されたような、低い決意籠もる声色。


ディンダーデンは掴むアイリスの手が腕に喰い込み、それは絶対ロクでもない頼みだと、解った。



ローランデ迄もが城壁から戦場の様子を伺い見て、心の中でワーキュラスに叫ぶ。

『私に、出来る事は?!』





オーガスタスはとうとう、馬の横から飛び来て、馬の腹に縋り付こうとする死体を思い切り蹴った。

そして次々に起き上がり追い縋る死体を、呆然と目を見開き見つめるアシュアークに振り向き、怒鳴る。


「何してる!

とっとと、蹴れ!」


アシュアークはオーガスタスの胴に左腕を深く回し、怒鳴り返す。

「だって俺はあんた程………!」


足が長くない…!

そう言いかけて、鞘にしまった右手に握る剣を、見た。


背後から馬の尻を掴もうとする死体に、鞘事剣を突き付けて突き倒し、前に跨る逞しく広い背の、オーガスタスに怒鳴る。

「斬っても、無駄なんだな?!」


オーガスタスは叫んだ。

「死んでるからな!」



「!」

レイファスは自分の、馬に跨る足を掴む死体を見る。

ギュンターが咄嗟に振り向き、剣を振り死体の腕を、斬った。


すばっ!

まだ死にたての死体の腕は、斬られて血を(ほとばし)らせ、生きてる時同様、後ろに仰け反って尻から地面に倒れ込む。


直ぐレイファスは足を振り、斬られて残った腕を振り切る。


が死体は地に仰向けで転がったかと思うと、片腕無くしその断面から血を滴らせながら、再びむっくり。

起き上がった。



テテュスが一つの呪文を唱え始める。

最初は口の中で小さく、次第に大きく…。

ディングレーもシェイルもテテュスを、見つめる。



アイリスが、苦しげに顔を歪める。

「追随して…私が唱えても力は無い!

が、タナデルンタスは知ってるし力を持ってる!

頼む、私の言葉通り………」


ディンダーデンは喰い込む指の痛さに顔をしかめたが、アイリスの囁きに追随した。

「…アル…カンタス………」

「カンタス……」



「デ・アッソンダルテ・ド・ラカンテ………」

次第に声高に、唱えるテテュスをディングレーは静かに見守る。

シェイルはテテュスを見上げ、その呪文の長さに嫌な予感がする。


長い呪文は大抵…恐ろしく精神を消耗させると、知っていたので。



レイファスは叫ぼうとした。

『無謀だ!

呪文が効く前にお前が倒れる!!!』


が…声が響く。

見知らぬ声が……。

がその呟きの背後にディンダーデンの気配…。

そしてその後ろに懐かしい…断固として意志を貫き通す、アイリスの呟きが聞こえた途端、同調していた。


テテュスの唱える呪文を支え…完全に同化し、自分を全て明け渡し、テテュスの唱える呪文の威力を、凄まじく増幅させる呪文。

高等…六位の呪文だった。


この呪文は滅多な相手には使えない。

完全に他人に、意識を寄り添わせる辛い呪文。



ディンダーデンはタナデルンタスが心の中で、舌打ってるのを感じたが、ねじ伏せた。

文句は聞きたい。

どれだけ危険なのかを。


が、アイリスは断固として自分と完全に同調し、丸でもう一人の自分のようにぴったりと重なり、そして呪文のその力は城壁を突き抜け真っ直ぐ外へと、向かって行った。



ワーキュラスはテテュスのその、危険を知っていた。

オーガスタスは駄目だ。

ディングレーも激しい戦闘で“気”が消耗してる。


が、シェイルなら………。

これ程大がかりな呪文を、たった一人の人間の身で、やり通せる筈がない。


その時敵、レアル城から真っ直ぐテテュスを援護するように届く、光の呪文がテテュスを覆い尽くすのを見た。


アイリスがディンダーデンを伴っての援護だと察し、シェイルに、彼だけに聞こえる声でそっと

“まだだ”

と囁いた。



ローランデは頭に浮かぶ声が、アイリスだと、はっきりと解った。

呪文に同調し唱えようとする。


が、ワーキュラスが咄嗟に叫ぶ。

“君は駄目だ!

君が倒れたら誰が…この二人を護る?!

ここは『影』だらけなのに!!!”


ラフォーレンとスフォルツァにその声は聞こえ、咄嗟にローランデは振り向き、背後に居る二人を、表情を歪め見つめた。


『…すまない、アイリス』

そのローランデの、張り裂けそうな思いを内に秘めた声に、ラフォーレンもスフォルツァも足手まといの自分達に、ただ首を垂れて項垂れる。


が、頭の中にはディンダーデンと完全に同化したアイリスが、確固とした声でテテュスの呪文に追随し、テテュスを支え続ける姿が浮かび上がった。


二人の支える力は頼もしく強力で、ローランデは

『謝罪は必要ない』

そう知らしめるようなその映像に、胸が熱く成った。


そしてスフォルツァ、ラフォーレンも同様、不甲斐ない自分達をも力づけるようなそのイメージに、落胆から解放されたように見惚れた。




テテュスはアイリスから…ディンダーデンの力強い“気”が…そして純粋な光に満ちたレイファスの“気”もが同時に、流れ込んで来るのを見つめる。



ワーキュラスは咄嗟に内門高台を見つめる。

敵は三人居た。

そして内、二人は嗤っている。



「ア・レン・ドロータス!!!!」


テテュスが叫んだ時、死体が雷に打たれたように痙攣し…そしてバタっ!と、倒れるのを見た。



ワーキュラスはテテュスが、一つの死体に絡む同様の触手全部に、断ち切るだけの凄まじい光を注入したのを、見た。


が………高台で、膝を付いて前に倒れたのは、一人……。


後の二人は丸で、もう一度やってみろ。と言わんばかりに倒れる死体を横目に、自分の操る死体を生きて動く敵に向け、放つ。




「ぎゃあああああっ」

「うがあっ!」


「!」

ギュンターは馬を止め、背後に振り返る。


動く死体の、三分の一が倒れ残りは兵達に、襲いかかる。

が背後の、レイファスがその額を自分の背に押しつけるのを感じ、囁く。

「…大丈夫か?」


シェイルが必死にテテュスの腕を掴み、もう片側をディングレーが、駆け寄って崩れるテテュスの肩を支える。


ワーキュラスが“里”に向かって、大声で叫ぶ。

“テテュスに光を!”

“里”の癒し手達が一斉に寄り来て、テテュスに光を注ぎ込んだ。



オーガスタスが馬から飛び降り、テテュスの元へ行こうと走り寄り、前を横を塞ぐ死体を続け様に蹴散らしながら怒鳴る。

「ワーキュラス!!!

どう殺れば起き上がらない!」


アシュアークも飛び降りると、蹴り倒し進む、大きなオーガスタスの背にピタリと張り付き、付き従った。


ギュンターは寄り来る死体を、馬上から蹴りながら金の髪を振って背後に怒鳴る。

「気絶したのか?!

レイファス!!!」


レイファスが背から頭を起こすのを感じ、ギュンターは尚も寄り来る、不気味な死体を蹴った。


“戦う手足を斬るしかない!”

ワーキュラスの荘厳な声が頭上で響いた時、オーガスタスが咄嗟に吼えた。

戦場に、遠く轟き渡る咆哮で。

「足を斬れ!」


その凄まじい声を耳にすると、兵達は必死に、死体相手に剣を振り上げては足を斬りつける。


アシュアークはようやく顔の前に、剣を横向きに持ち上げ鞘から剣を抜き放ち、横から襲いかかろうとした死体に身を思い切り屈め、真横に剣を振り切って、その両足を腿から斬り捨てた。


ずばっ!


が、腿から下を斬られた死体は、切断面を地に付けそれでもよちよちと歩き、その両腕を彷徨わせ寄り来る。


つい、アシュアークは目を丸くしてオーガスタスの背に囁く。

「胴を真っ二つにしたら、下半身と上半身が別々に、襲って来るのか?」


オーガスタスは面倒くさそうに、目前の死体の両腕切り落として振り向く。

「俺に聞かず、やってみりゃいいだろう?!」


が途端オーガスタスは、うっ!と顔を(しか)める。

腕を切り落とした死体は、斬られた腕から血を吹き出しながら身を倒し、腕に喰い付いてた。


がしっ!

腹を蹴り倒し、ふっ飛ばす。

が後ろに吹っ飛んでも、両腕の無い死体は直ぐ、身をゆらりと起こす。


ギュンターが背後のレイファスを気遣いながら、馬上から寄り来る死体の胴を、ずばっ!と斬りつけ真っ二つに切り裂いた。


死体の下半身はヨロヨロと彷徨い、上半身は腕で地面を叩き、胴を地に付けては反動でぴょん、ぴょん!と飛ぶ。


ギュンターはそれが滑稽に見えて、口を噤んだ。

『もしかして…見慣れて怖く無くなりそうだ……』


が、それはそれで怖い気がして、やっぱりギュンターは表情も変えず、ぞっとした。


ざざざざざっ!

物音に、ギュンターは反射的に振り向く。


こちらに向かい、必死で走り来る味方兵達が視界に飛び込むと、馬の首回して突っ走り、次々に馬上から動く死体の、腕を狙って斬りつけると、兵達はギュンターに、感謝の眼差しを向ける。


「いいから、腕か足を切り落としながら退却しろ!」

叫びずばっ!とまた死体の、二本の腕を斬り飛ばした。



 ディングレーは支えるテテュスが俯く、顔を上げるのにほっとする。

そしてふと気づき、懐にある縄の束を手で、掴んだ。


それは猟師がタマに、獲物の足に向かって投げつけ捕らえる、両端に石が括り付けられた短い縄だった。


ディングレーは続々寄り来る死体を、テテュスとシェイルの周囲を護るように蹴り倒して周り、尚も起き上がる死体の足にその縄を、投げ付けた。


しゅん!


どさっ!


死体は両足束ね絡みつく縄で足の自由を奪われ、地に突っ伏す。

束ねられた足が外せず芋虫のように地の上でもがく死体を見、ディングレーは掠れた声で呟く。

「…これがもっとありゃ、相手が死体なら簡単なんだけどな」


が、次々と起き上がりテテュスとシェイルに近寄ろうとする死体の足目がけ、ディングレーは縄を投げつけ周囲を一掃した。


死体は両足括られて、もぞもぞと手を這わせ地を這い進み、ディングレーは次々にその顎を蹴って仰向けにし、死体はひっくり返った芋虫のようにその両腕を、虚しく(くう)に、バタつかせていた。


シェイルはテテュスを支えながら彼にピッタリと身を寄せ、気味悪そうに動く死体を見つめていたが、ディングレーがまるでお構いなしに雑に次々蹴り上げる様につい

『なんか、楽しそうだな………』

と心の中で、呟いた。


ワーキュラスは死体が、遠く離れたレアル城内門から操られ、その動きに限界があるのを見、少しほっとする。


アイリスが、がくっ!と身を前に倒しディンダーデンまでもが、唇を噛んできつく眉を、寄せた。

「(きついな………)」


言葉に出したつもりだったが声に、成らなかった。





 メーダフォーテはディスバロッサが端正な顔を上げた時、氷のような表情の素晴らしく冷たく美しい、その横顔を眺める。


『引け…!』

二人の「傀儡(くぐつ)の凶王」に告げ、二人は身を地に屈める一人を、両側から腕を担ぎ持ち上げ、高台から城内に戻って行った。


同様、『影』を操るアンカラスもが、そのスラリとした黒い姿を消し行く。


退却する「傀儡(くぐつ)の凶王」二人が手放した死体は、次々にどすん…!と音を立てて地に倒れ、元の物言わず動かぬ、固く冷たい骸に戻り行く。


「…!」

がディスバロッサはメーダフォーテが異論を唱える前に、静かに言った。

「あのお方の準備が、整った」


そして氷の青の瞳を、横のメーダフォーテに投げる。

メーダフォーテはその深い蒼の瞳を、見はしたが口早に告げる。

「…がまだムストレス殿は十分操れぬと………」


ディスバロッサが静かに、頭上に顎を、振った。

メーダフォーテが目を、見開く。

「「夢の傀儡靴王」か…?

介入したのか?」


ディスバロッサはその問に、頭を縦に振りゆっくりと、頷いた。





 ムストレスは激しい激痛が頭の中を駆け巡るのに眉を、しかめた。

が途端、『影』の配下達の思考と存在が頭の中に蠢いているのに、気づく。

一言命じれば、『影』は応えた。


ムストレスはゆっくり、顔を上げる。

そして斜向かいの鏡に映る自分の瞳が、真っ赤に光るのを見つめる。

「(成る程…『影』を操るとは、こういう事か………)」


が直ぐに一人に、命を与える。

命じられた『影』は、『闇の帝王』の命に一瞬頭を垂れ、直ぐ消えた。






 アシュアークが、地に転がった死体を蹴る。

そしてまた蹴る。

三度目に蹴りつけようと足を後ろに引いた時に、オーガスタスがぼやく。


「もう動かないぞ」

アシュアークは顔を上げて、獅子のように赤毛を散らす長身の大将に囁き返す。


「さっき迄動いてて、どうして突然動かなく成る?」

がオーガスタスは丸で『俺が知るか』と言わんばかりに背を向け肩を、竦めた。



ギュンターは周囲で蠢いていた死体が一斉に、崩れ落ちるように地に伏し見晴らしが良くなる様を目に、咄嗟に背後に振り向き怒鳴る。

「大丈夫か?レイファス!」


レイファスは体からごっそり。と力が抜け落ちたのを感じ、俯いていたが、振り向くそのあまりに優美な男らしい表情のギュンターにやっぱり、見惚れた。


ギュンターの眉が、思い切り寄る。

でつい、レイファスは呟く。

「…やっぱり、誰もが垂らし込まれても無理ないな。と思ったんだけど」


ギュンターはレイファスのそう言い訳る顔を、体を捻り伺いながら、ぼそり。と言った。

「そんな様な事考えてるなとは、感じた」


声は『そんな場合か!』と怒声を含んでいたが、レイファスの弱る様子を目に、付け足す。

「…死体が突然止まったが、呪文は後からでも追加して効くもんなのか?」


がこの問いに、レイファスは青ざめた顔を下げた。

「…いや。操り人が繰るのを止めただけだ」

「なぜ止める?」

「…他にもっといい手が、見つかったんだろう」


「………………」

ギュンターは更に問おうとし、が企んでるのはレイファスで無く敵だ。と気づく。




ディングレーはテテュスの横で覗き込む。

シェイルはやっぱりテテュスにぴったり寄り添っていたが、あの滑稽に見える死体が動かなく成って、ちょっと残念な気がした。


「…テテュスはどうだ」

戻り来るオーガスタスにディングレーは呟く。

「…黄金きんに時たま光る。

“里”の癒し手が、回復に努めてる様子だ」


オーガスタスは頷く。

ギュンターが馬で駆け込み、オーガスタスの横で手綱を引き絞り止める。


馬上から大物の悪友を見つめ、告げる。

「死体が死人に戻ったのは、次にもっと厄介なヤツが出るからだと。

レイファスが言ってる」


オーガスタスは金髪美貌の馬上の友の顔を見上げ、吐息混じりにディングレーらを見た。


ディングレーはつい、テテュスを見るがテテュスは俯いたまま、声も出ない様子だ。


シェイルは不安そうに呟く。

「俺の出番はまだだと、ワーキュラスは言った。

アイリスやレイファスがテテュスを助けてるから。

………でも…死者の敵は、消えたんだろう?


次が、来るのか?」


最後の声が小声で、消え入りそうな声音で、ディングレーが思わず顔を、伏せる。


がっ!


無言の皆の背後で蹴りつける音がし、つい、オーガスタスはそちらに振り向き様怒鳴った。


「言ったろう!アシュアーク!

もう死体に戻ったと!!!」


皆が一斉に顔を上げ、オーガスタスの背後のその向こうで顔だけを怒鳴るオーガスタスに向け、が足を引き再度蹴りつけようとする、アシュアークに注視した。


皆の視線を感じたアシュアークは蹴る足を戻し、腰に下げた剣の柄に手を添え、集う皆の元へやって来る。


「…もう、終わりか?」

隣でそう、金の髪を背に垂らす近衛の『猛虎』に可憐に見上げられ、オーガスタスはぼそり。と言った。

「次が、来るそうだ」


皆一斉に項垂れようとしたが、アシュアークはぱっ!と表情を輝かせ、嬉しそうに言った。

「そうか!」


途端、アシュアークは気づいたように横の馬上のギュンターに顔を向け、シェイルはギュンターに、顎をしゃくって合図を送る。


ギュンターはシェイルの合図に気づく。

アシュアークはギュンターの背後の、ぐったりともたれかかるレイファスに怒鳴りつけてた。


「ギュンターは俺のだと!

言ったろう!!!」


レイファスはギュンターの背に前髪を埋めていたが、力無く頭を揺らし、頷きに変えた。

「…ちゃんと解ってるから、ちょっと貸しといてくれ」


が尚も怒鳴ろうとするアシュアークを、オーガスタスが乗り出すその胸に腕を伸ばし、制して呟く。

「…貸しといてやれ。ヤツは弱ってる」


ディングレーは呆れた。

「…どうしてあんなに元気なんだ」

テテュスがようやく、顔を揺らし上げる。

「『影』や死体と戦ったのに?」


シェイルはテテュスの微笑む、その顔が青くて尚一層寄り添い、心配げに見上げた。


顔に子供の頃の面影は今だ残ってはいたが、もうすっかり青年に成長したテテュスの…弱った自分を意志の力で後ろに押しやり、皆に大丈夫だ。と装う、その誠実な騎士ぶり。


好感の持てる整った顔立ちと…寄り添うその身は、もうすっかり成長し、逞しく感じた。


ディングレーはつい、テテュスがずっとこのままで居たら、シェイルがローフィスにもディアヴォロスにも相手されなかった時、テテュス相手に浮気に走るな。と腕組み思い、ふ…と顔を下げた。


戦い途中の、死体だらけの戦場での考え事には不似合極まる。

すっかり奴らに毒された。


そう、顔を上げるとアシュアークと、ギュンターの背にぐったりともたれかかる、レイファスを交互に見た。


ディングレーは自分が時々、シェイルに惚れてるんじゃないか。と感じる時があった。


けど自分はローフィスを常に手本にしてたから、奴が惚れてるから自分も同じような感情に成るのかとも思った。


ディアヴォロスにも心酔してたから、その影響だ。とも。


時折シェイルが見た目以上に綺羅綺羅しく、素晴らしく美しく見えるのは。


けどディングレーにも分別はあったから、尊敬する大事な男達が寄り添い護る相手に、手なんか出せないし迂闊に口説けない。


第一大昔、自分が教練に入る前捨てた、恋人と呼べるフランセスカの面倒を、自分が教練に入った後面倒見てくれたのはシェイルで、シェイルはフランセスカの落ち込みように散々自分を責めたから、今更口説いた所で、シェイルに軽蔑の眼差しで見つめられるのがオチだ。


…だから、恋人が出来ないのは、心の底で密かに焦がれるシェイルに正面切って告り、思い切り振られてないせいか。と思った事がある。


そして…テテュスを見た。

もしこの見当が当たってて、自分が密かにシェイルに惚れてる。とすれば………。


どうして自分の恋敵はどいつもこいつも、敵に回せない相手ばかりなんだろう?


そう思いつくと、失望にディングレー首をがっくり。と垂れた。


どうせ振られるんだから、思い切り体当たって玉砕すれば次の恋に進める。

そんな定石もディングレーにとって何の、励ましにもならなかった。





 ムストレスはその、暗い部屋の椅子に座っていた。

手すりを握り、思考を頭に浮かぶものへと向ける。


その男は青い肌で赤い眼をして城壁の上に立ち、下から巻き上げる風に黒い髪を靡かせていた。


問う意志が流れ、促すと自分から与えた、闇の力を全身に満たし、その身から影のような分身を幾つも…幾つも幾つも、城壁の向こう、足下に転がる死体の間に立つ、アーマラスの軍勢に向け、放つ。


影は朧で薄く、しかしグレーの風のように、城門を抜け敵へと駆け去って行く。


敵に近づくにつれ、その姿は明確に成る。

色は濃くなり黒と成り…やがて地を馳せる、真っ黒な狼のように形は定まり、本物の狼もこれ程素早いか。と思う程速く、敵の一人の、喉笛めがけ襲いかかる。



「ぎゃあああああああっ!」


ばっ!と髪を振り、集っていた全員が声に振り向く。

その黒い塊は幾体も走って来た。


次々と兵に襲いかかり、喉元に噛み付くその黒い獣に、別の兵が慌てて剣を振る。

が一瞬で身を翻し、姿を消す。


しなやかで早い!

しかも…人間の、対応が追いつかない程の速度で兵の間を駆け、襲いかかる。


「…!」

アシュアークが剣を構え…が、その素早さに突っ込みかけて、歩を止めた。


兵達はその大きな狼のような獣に剣を振るが、掠る様子無く風のように身を翻し翻弄し…そして一瞬で、獣は牙剥き襲いかかる。


「ぎゃああああっ!」


オーガスタスが歩を踏み出そうとする、アシュアークに怒鳴る。

「無駄だアシュアーク!」 


アシュアークはその声が聞こえたが尚も戦うつもりで敵の様子にその目を釘付けた。


何体居るのか見当も付かないが、その、数が増えて行く事は確か。

敵レアル城城壁から次々と、グレーの風と成って馳せ来る。


シェイルが心の中でワーキュラスに問う。

がワーキュラスは全員に解る声で叫ぶ。


“剣で戦える相手では無い!

呪文を唱え、光の結界で身を護れ!”


アシュアークがまた、剣を下げ構え、一歩踏み出そうとして、オーガスタスに振り返る。


「どうやる?

光の結界?」


オーガスタスが、口で言うより早い!と、アシュアークに寄り来て腕を、掴む。

アシュアークは蹌踉めき、オーガスタスの胸に止められてその、呟く声を聞いた。


小声だった。が、オーガスタスの胸に頭を寄せた途端、自分共々オーガスタスの身が白く、発光し僅かに…穏やかな暖かさに、包まれた気が、した。


つい、剣を握る手を見る。

その手から剣先に向けて、やはり白い仄かな光を帯びているのが、見て取れた。


一体が黒い影のように、自分とオーガスタスの横を通り過ぎる。


一瞬、だった。


それは目を追う早さを超えて、集う仲間達へと突っ込んで行った。

ざっっっっっっっ!


ディングレーの剣が、薙ぎ払われるのを見る。

ディングレーの剣は獣に触れる瞬間白く輝き、黒い獣は

「ぎゃっ!」


と叫び…傷を作り赤い血を、滴らせた。


アシュアークは目を見開き、叫ぶ。

「!ディングレーは斬ったぞ!」

オーガスタスは駄々っ子を、捕まえるように泳ぐアシュアークの腕を強く握り引き寄せ、静かに怒鳴る。


「神聖呪文を唱えてるからな!」

アシュアークの眉が、オーガスタスを見上げ、泣きそうに寄った。

「だから…!どうやる!!!」


オーガスタスは闘牙を抑えられ、敵を目前に剣を振れぬアシュアークの、もどかしさに表情を歪める、その顔を、見た。


綺羅綺羅しく美しい。

が奴は「右の王家」の男。


誰もが敵を目前に、戦う事しか念頭に無い。

オーガスタスは口の中で呪文を唱え、アシュアークの身を守護の光で満たすと、その腕を乱暴に付き放した。


放たれたアシュアークはオーガスタスの横に突き飛ばされ、蹌踉めき、が次に突っ込んで来る影の獣に向かい、剣を振った。


ざっっっっっっっっ!


叫びはしなかったが獣は斬られ、血を滴らせながらその身を翻す。

アシュアークは間近でその大きな黒い獣を、見た。


真っ黒な毛皮と四本足の、口が裂けた狼のような化け物。

がその口と牙は明らかに、自分の知ってる狼よりうんと大きく、鋭かった。


獣が地を、蹴る。

アシュアークは剣を振る。


宙でその獣は剣を避け、尚も着地場所をアシュアークの上に、飛びかかり襲い来る。


オーガスタスが呪文を唱え続ける。

アシュアークは振った剣を戻し敵に、斬りつけようとした。

がそれより獣の牙が、アシュアークの胸に届くのが先だった。


食い千切られる!

開いた胸元に喰らい付こうとする大きな獣の気配にアシュアークは眉を寄せた。

が獣の牙が胸に、触れるその直前、獣はアシュアークを包む光の結界に触れる。


ギャァァァァァアアアア!


奇怪な叫びを上げ、吹っ飛んだ。


地に転がる獣は、苦しがって地を転げる。

が身を起こし、別の獲物を見つけ、突っ込んで行く。


レイファスは、ギュンターと馬共々光の守護結界で包み護っていたから、獣はそれを怯えたように避け、その向こうの無防備な兵へと喰らい付いた。


「ぎゃあああっ!」


ギュンターがその様子に目を見開く。

「!…兵が殺られる」

レイファスはまだ、ぐったりしながらその頭をギュンターの背に寄せ、囁く。

「…兵を…護るだけの結界は張れない……。


だが…あの時、俺がこれが出来たら…オーガスタスを血塗れになんか、させなかった………」

ギュンターは思わずその告白に振り向く。


「…奴らは光が怖いから、光に包まれた俺達は襲わない」

呻くように呟くレイファスに、ギュンターは一つ吐息を吐くと言った。

「いいから、休め」


ディングレーは自ら呪文を唱えながら、近くの兵を襲う二体の獣を、斬って捨てた。


シェイルはテテュスにぴったりと寄り添い、呪文を唱える。

テテュスが、そっと振り向く。

「…いいから私が………」


がシェイルは唱えながら首を横に、振る。

その可憐で美しい麗人の、自分を庇う必死な様子を見て、テテュスはふっ…と微笑む。


が、戦場では次々に兵が襲われ、その数をあっと言う間に、減らして行く。



 ムストレスは満足そうに、微笑った。

どんどん…護りを削りそして…お前達を必ず、仕留めてやる!


城壁の遙か向こう。

獣の目を通し見える、奴らの姿をおぼろに見つめながら、くっくっくっ…と喉を鳴らし、嗤い続けた。





ローランデは城壁の中庭に、真っ黒な靄が現れるのを見た。

薄くなるにつれその中の、とても綺麗な女性が覗い見えて、はっとする。


色白の肌の、顔立ちの整ったとても、美しい女性。

が、髪は黒く、蛇のようにうねって見える。

額に真っ赤なルビーのはめ込まれた金の輪を被り、その衣服は血のような紅。


けれどその衣服の胸元は大きく開いて、扇情的な真っ白な盛り上がった二つの胸の、その谷間がくっきりと見える。


「…すごく、そそられるけど絶対とんでもないですよね?」

ラフォーレンがスフォルツァの横で囁く。

スフォルツァは思い切り頷く。

「…ああいう女に、惚れたら最後だ」


が、ローランデだけはその『影』が、どんな攻撃を戦場の皆に仕掛けるか、見守った。



レイファスはふ…と、顔を上げる。

一瞬、影が空を覆って、駆け抜けたように薄暗く成った気がして。


気づくと雲が空を覆い、風が出て来る。

が前に跨る、ギュンターが硬直したように前に身を、折っているのに気づく。

背の服を握り、引く。


がギュンターが振り向かないのに、つい思い切り引き寄せる。

ギュンターの背は、ぐらりと揺れるが彼が

『なんだ!』と振り向く様子はない。


咄嗟にテテュスに視線を送る。

テテュスも丸で見えない何かに覆い尽くされたように立ち尽くし地を見つめる、ディングレーの姿を凝視していた。


「………何が起こってる?」

やはり目前で立ち尽くし…俯くオーガスタスを見、アシュアークが誰に問うでもなく尋ねる。


馬上のレイファスを見るが、レイファスは顔を歪め、首を横に振る。

次いでアシュアークはテテュスを見る。

テテュスは丸で…ディングレーの表情から何が起こってるのか、読み取ろうとするように真剣に、ひたすら棒立ちで青ざめる、ディングレーを喰い居るように見つめていた。


シェイルが、前に屈み込みディングレーをひたすら見つめるテテュスを、必死で支える。

“ワーキュラス!”


叫ぶが、彼は忙しいのか返答が無い。

今迄頭の中の回路で繋がっていた筈の、ギュンター、ディングレー、オーガスタスの気配がぷっつり。と切れ、どこか別の場所に、居るかのようだった。


「誰か!解らないか?何が起こってるのかが!!!」

シェイルは頭の中で叫ぶが、誰もが様子を伺うのに忙しく、何の返答も、無い。


ただ…アイリスだけが囁いた。

「ローランデ…。

そこに見える『影』に、見覚えは?」


が、返答したのはスフォルツァ。

「そそる美人だって事以外は何も」


シェイルが必死で頭の中の、彼らに叫ぶ。

「…だから!

どんな能力(ちから)をつかう“そそる美人”なんだ?!!!」



ワーキュラスは魂を捕らえられたような、ギュンター、ディングレー、オーガスタスの三人のその内に、広がる黒い染みのように影が広がり行き覆う様を見た。

視界で捕らえられない、それ。

明らかに心を覗かれ、体では無く心が影に覆われている。


周囲の光の結界は健在。

だがその身の内。

心が影に覆い尽くされ、彼らの心はその影に、囚われているように見えた。


幾ら声を掛けても、のしかかる『影』の見せる幻影に、気を取られてるのか三人に言葉は通じない。


ワーキュラスは術を知ってる誰かに、それを託す事にした。

ギュンターの心の中に強引に潜り込み、彼の見ているものを視覚化し、皆の頭の中に送る。


途端、レイファスもシェイルも…そして城内に居る、ローランデ迄もが、無言で顔を下げた。




ギュンターは周囲を、かつて情を交わした女性に取り囲まれ、揉みくちゃにされていた。

女性達は皆裸で、衣服を着てるギュンターの、その着衣を、先を争って脱がそうとし、掴み合いの喧嘩をしていた。

「私が、脱がすのよ!」

「あら?

彼は今夜、私とするわ?」

「何図々しい事言ってるの?」


ギュンターははだけた上着の前を握り止め、押し退けようとしてもその数の多さに、絶句し押されるまま揉みくちゃにされていた。


周囲を取り巻く女性は三十人は居る様子で、更にまだ、増えつつある。

その裸の女性の中心で、一際長身のギュンターはそれでも必死で衣服を握り止め、押して来る女性に眉を寄せ、何とかバランスを取り、この事態の収拾に脳をフル回転させていた。


ラフォーレンは口に手を当て、スフォルツァは俯き、はっ。と吐息を吐き出す。


アシュアークはかんかんに成ってテテュスを、見た。

「あの女達を全部ギュンターからどけろ!

俺をあそこに送ってくれたら、俺が女を全部斬ってやる!!!」


ディンダーデンはギュンターが必死で、自分の姿を探すのを見た。

“半分請け持ってくれ!”と助っ人を求めるように。


が、ディンダーデンは顔を背けた。

“幾ら俺だって、あんな数こなし切れるか………”

もしそんな場が本当に訪れたら、ギュンターがどれだけ自分の名を怒鳴り叫ぼうが、ばっくれよう。と心に決めた。


がその横の暗い空間に、ディングレーの姿が皆の脳裏に浮かび上がる。

彼は既に上半身裸で、上着を持ち去ろうとする女性と、上着を引っ張りっこしていた。


相手の女性は勿論、裸。

そして引っ張り合いをするディングレーの裸の胸に背に、手を這わせる女性達。

やはりディングレーの周囲にも、女性達が続々と増えて押し寄せる。


ディングレーは後ろから腕を回し、ズボンのボタンを外そうとする女性に振り向き、怒鳴ろうとした。

ディングレーはギュンターと違い、どの女の顔も見覚えが無いようで、手を振り周囲から退けようと睨み付ける。


「いいからどけ!放せ!

俺じゃなく、ギュンターかアイリスのとこに行け!」


が怒鳴った途端、女性達は一斉に叫んだ。

「だって私を綺麗と言ったのに!」

「あれ程楽しい夜を一緒に過ごして、他へ行けですって?!」

「私と一夜を過ごしたの、まさか全然覚えてないの?!」


ディングレーは一斉に叫ばれて真っ青に、成る。

今度はディングレーが押し寄せる女性の波に飲み込まれながら、縋るようにローフィスに救いを求め、心の中で哀れに彼の名を叫ぶのを皆、感じた。


ワーキュラスは必死で、皆に策があるかを探る。

が、ラフォーレンもスフォルツァもディンダーデンも無言で顔を下げ、ローランデもシェイルも呆れたように目を背け、レイファスは尋ねるワーキュラスに

『自業自得なんだろうけど…援軍は送れそう?』

と質問を返した。


“彼らの心の中だ。

幻影に気を取られてる間は言葉が通じない。

この絵ですら、彼らの心に強引に侵入し、掠め取ってきた映像だ”


が、アイリスが暗がりに浮かび上がる二つの映像の、一方のギュンターの絵に語りかける。

『ローランデとアシュアークを思い浮かべろ!

必死で…それこそ真剣に、彼らを召還するんだ!』


呟き、ディンダーデンの腕を握る。

ディンダーデンは握られた腕を見た。


アイリスが素早く囁く。

「ギュンターはあんたの姿を探してる。

だから介入出来るとしたらあんただ!

心に介入出来る呪文を唱え、私の声を中継しろ!」


ディンダーデンは頭の中のタナデルンタスに“気”を向け、呪文を引き出し、ぼやいた。

「俺を思い浮かべろ。

と言われないだけ御の字か」

アイリスは歯を剥く。

「…君なんか送ったら、衣服を脱いでギュンターと同時に女性をこなし始めるじゃないか!

あの女の、一人とでも情を交わせば、『影』に捕らえられ下僕にされるぞ?!!」


ディンダーデンはやっぱりそうか。と顔を下げ

「美味しい状況には罠がつきものか」

とぼやいた後、呪文を唱え始める。


アイリスが素早くディンダーデンの“気”に自分の“気”を沿わせ、忠告をギュンターに送った。


ローランデがぼそり…と頭の中で囁いた。

「私を思い浮かべたって、私があそこに、行く訳じゃないんだな?」


「行ってあの不届きな女共を、叩き斬れないのか?!」

咄嗟のアシュアークの叫び声の大きさに、ローランデ、シェイルだけで無く、レイファス迄もが顔を、思い切り顰めた。


が、テテュスの冷静で穏やかな声音も響く。

「アイリス…。ディングレーは私が助ける。

私の姿を思い浮かべろと。彼に忠告してくれ」


アシュアークが明るい声で、やっぱり大声で怒鳴る。

「やっぱり、行ける?!」


アイリスは愛しい息子との会話に割り込むアシュアークに明らかに、不快そうだった。が呟く。

「…行けるのは、テテュスが侵入の呪文を知っているから…。

テテュスそりゃ…私だってその呪文を知っている、君の成長ぶりを喜びたい。けど………」


テテュスは穏やかに言った。

「アイリス。私はもう、六歳じゃない」

アイリスは吐息を吐いた。

一族の誰もが皆、言い出したら自分の意見を絶対引っ込めない頑固者。とアイリスは思い知っていたから、テテュスも当然そうだろう。と諦めの吐息を吐く。


アイリスは腕を握るディンダーデンに一つ、頷く。

ディンダーデンはしょげたアイリスを呆れたように見、が呪文を唱えた。




レイファスの気遣う“気”がワーキュラスを必死で促し、ようやく三人目、オーガスタスの幻影が暗い空間に浮かび上がる。


オーガスタスは周囲に、隙を狙って飛びかかろうとする三人の女性と、戦うように身構え隙を見せなかった。


レイファスはもう少しで

『流石オーガスタス!

相手を見知った女性でなく、ちゃんと『影』だと解ってるんだ!』

と叫びそうになった。

…………が。


オーガスタスの心がその名を呟く。

“ゼミュス、アルデス、アマランス………”

目前のがりがりの女性の裸は、あまり骨が浮き出て直視、出来なかったしその横の女性は肉の塊でそのシルエットは円に見える程。

そしてもう一人は黒髪の素晴らしい美人で素晴らしい体付きだったが、思い切り眉をしかめてた。


「オーガスタス!

ねえオーガスタス!

私が好きでしょ?大丈夫。自分に自信が無くても、私が上に乗るから貴方は何もしなくていいのよ?」


ガリガリの女性が必死にオーガスタスに近寄ろうと叫ぶと、オーガスタスはひたすら沈黙して心の中で

“だから…骨が当たって、痛いんだってば…”

と囁くのが聞こえ、その女性の言葉に、横に居るお肉でまん丸な女性は眉を思い切り寄せ


「どうしてこんな女がいいの?!

あたしとしたら、天国に送ってあげるのに!」

と体中を覆うお肉を、たっぷり揺らして怒鳴った。


更にその横の美女は、素晴らしく綺麗な顔を陰険に歪め

「……私からの誘いを、どれだけの男が待ちわびていると思ってるの!

それを断り…寄りによってこんな貧相でみっともない女と!

まさか貴方、本当に寝たって言うんじゃないでしょうね!!!」


モテる女のプライドを傷つけられ、凄みを増す美女の声にオーガスタスが内心、竦み上がるのを皆、感じ吐息を漏らす。


「………………………」

レイファスはひたすら顔を上げず、絶句した。


が、アシュアークが大声で喚く。

「俺をあの中に入れろ!

ギュンターは俺のもんだと!あの女達に教えてやる!」


アイリスはローランデに向け、小声で囁く。

「アシュアークが五月蠅いから、彼を中へ送るけど…君はどうする?」


ローランデはぷんぷん怒って言った。

「どうして私が必要だ!

アシュアーク一人で十分だろう?!」


ディンダーデンが素早く言う。

「お前が行けばギュンターは感激で、表情はそのままでも内心は(むせ)び泣くのにな。

がローランデ。あれは不可抗力だ。

『影』の攻撃だし、お前が襲われたってああなるだろう?」


がローランデは怒ったまま即答した。

「ディンダーデン。アイリスに説明を聞いてないのか?

あの『影』は“懺悔の懲罰”と呼ばれる女だ。

『懲罰の女王』とも呼ばれてる。


取り込まれるのは、女性との情事に深く気を取られてる男だけだし、心を覗くから、現れるのは全部本人の見知ってる過去の女性達だ!」


アイリスが俯くディンダーデンに、そっと言った。

「あの場に居たら、君も私も確実に取り込まれてた。

テテュスがそうならないのは、流石としか言えない」


が、テテュスが済まなそうに呟く。

「アイリス。

私とレイファスはこの結界の外の、特殊ルートを辿って来ているからこの世界に干渉は出来ても、貴方方程蜜に取り込まれてなくて『影』は私達を十分認識できず、心を覗かれないだけだ。

誘惑に打ち勝てると胸張って言えなくて、凄く残念だけど」


アイリスは、そうか…。と言う代わりに吐息を吐いた。

シェイルはオーガスタスの横に立ってる、アシュアークの身が一瞬真っ白に光のを、見た。


ワーキュラスがどうやら、強引に割り込んだギュンターの心の中へ、アイリスとディンダーデンが作った回路を伝いアシュアークの心を無理矢理、送り込んだようだった。


次いで支えてるテテュスの身が、真っ白に光る。

テテュスもアイリスとディンダーデンの作った回路を伝って、呪文を唱え自らディングレーの心の中へと、自分の心を飛ばした。


レイファスがそっ…と囁く。

「アイリス。私にオーガスタスを助けさせてくれ」


アイリスは無言だった。が頷いたように直ぐ、ディンダーデンと共に呪文を唱える声が、返答代わりに頭の中に響いた。


シェイルが見ていると、レイファスの身もやはり一瞬真っ白に光った。

その場に佇む全員が今や自分を残し、立ったまま眠っているように硬直する様を、シェイルは不安げに見回した。


アシュアークはギュンターの前に姿を現すなり、さっと剣を引き、女達を一振りで薙ぎ払う。

きゃああああ…!

悲鳴をものともせず、アシュアークはギュンターの前に居る女を次々に斬り捨てる。

がその向こうからはまだ続々と、増えた女達が押し寄せ来るのが見える。


ローランデはそれを見て完全に、絶句した。

「過去の女性だろう?

一体何人いるんだ?」


ディンダーデンがそれを聞き、庇いたくても庇いきれないギュンターの日頃の素行に、つい無言で俯いた。


が、シェイルが続けて呟く。

「…きっとディンダーデンもアイリスも、あれくらいは軽く居るだろう?

…でもきっと、ディアスもそうだ。

『影』になんか心を覗かれないから、攻撃は受けないだろうけど」


最後の言葉が怒って聞こえ、皆がただ、沈黙した。


アイリスは彼らを無視してひたすら、ディングレーの元に馳せ参じたテテュスを、見た。

ディングレーはテテュスの背が目前で、驚きに叫ぶ。

「テテュス!」

呼ばれてテテュスは振り向き、うっとりするような優しい微笑を零す。


アイリスは見惚れ、ディンダーデンは呻いた。

「テテュスか?

お前と違って、本当に裏の無さそうな素直な笑顔だな」

が、青年に成長したテテュスの素晴らしさに見惚れるアイリスの耳に、その言葉は届かなかった。


テテュスは呪文を唱える。

すると、一人…そしてまた一人と、裸の女性はその姿を消して行く。

が、ディングレーはテテュスの背に囁く。

「…俺の為に無理するな…。

精神力を、更に消耗するぞ?」


が、テテュスは呪文を止めない。

一人…また一人と、消えて行く。


が、アイリスが実は自分やギュンター並に、通じた相手の多いディングレーの、女性の数がもっと増え続けるのを見、テテュスに囁く。


「全部は無理だテテュス!やり方を変えないと!」

テテュスは閉じていた目を、開けて数を増やし、押し寄せて来る女性達を凝視した。

つい、振り向いてディングレーを見ると、ディングレーは凄くバツが悪そうに、俯いて顔を、背けた。


ディンダーデンはそれを見て、ぼそりと漏らす。

「…無理ない反応だが…ディングレーの奴、自分は遊んでない顔して実はあんなに…数こなしてたのか?」

アイリスがぼそり…と囁く。

「それは後で本人にゆっくり、聞いてくれ!」




オーガスタスは目前の女性三人が互いに睨み合い、掴み合いの喧嘩寸前なのを見て、そのまま三人で決着を付けてくれたらいいな。

と心の中で呟いた。


掴み合いが始まったら、しめたもの。そのまま一目散に、逃げ出そう。と身構える。


それにしてもどうしてここに、婚約寸前のマディアンが居ないのかは解らなかったが、それは不幸中の幸いだと、心の中で感謝した。


「駄目だ!オーガスタス!!!」

叫ぶ声と共にレイファスが女性と自分の間の、目前に姿を現す。

同時に、聞き慣れた声が聞こえた。

「…説明してくれる?オーガスタス」

オーガスタスはしまった!と顔が、上げられなかった。


レイファスがその新たに現れた四人目の女性から、オーガスタスを庇うように遮り立つと、オーガスタスが寄り添うレイファスにそっと囁く。

「…つまり奴らは『影』なのか?」

レイファスは叫んだ。

「どうして戦場に突然、裸の知ってる女が現れたりすると納得するんだ!!!

違和感は全然無いのか?!」


オーガスタスはそう叫ぶ、少年の頃よりは成長したが、やっぱり小柄なレイファスに屈む。


「お前、この『影』に取り込まれた事無いだろう?」

「無い!」


きっぱり言い切られ、オーガスタスは吐息吐いて額に手を当てる。

「なら俺の気持ちは分からない」

「説明して下さらないの?オーガスタス………」


オーガスタスは顔が、上げられなかった。

レイファスは一瞬、そう詰め寄る女に視線を振り、屈むオーガスタスの胸元に入り込んで叫ぶ。

「『影』だと!言ったろう?跳ね退けられないのか?!」

「呪文を、教えてくれ。俺が唱えるから」

レイファスは口を、尖らせた。

「あんたに正確に、発音出来るものか!」


オーガスタスは、思い切り躊躇ったが顔を上げ、記憶に残り続ける最悪な三人の女達の中に、最愛のマディアンの姿を見つけ、レイファスに囁く。


「…跳ね除けられない位いつ迄も記憶に残る、強烈な三人の女と最愛の女性じゃ、幾ら『影』の攻撃だと解っても…」


「もういい!」

レイファスが、煮え切らないオーガスタスに腹を立て、女性達にくるりと振り向く。

がいきなり、オーガスタスの手が後ろから伸び、目を覆われレイファスは怒鳴る。


「『影』だと、言ったろう?!」

が、オーガスタスの低い声音が耳に響く。

「…初めの三人ならどれだけ見たって、抜いたって構わないが、マディアンは婚約同然なんだ」


ディンダーデンはぶっ。と唸った。

アイリスが見つめると、ディンダーデンは顔を寄せて囁く。

「だってあの女達で、お前なら抜けるか?

オーガスタスは完全に気が動転して、自分の言ってる事が分かってない」


「…彼に滅多に無い、非常時なんだろう?

あの面子だし」

言って抜けない女達を目で差す。

ディンダーデンはつい同意して、頷いた。

「………かもな」



映像では、レイファスが怒鳴ってた。

「だから?!」

「お前も一応、男だろう?

彼女の裸は見せられない」


「…あれは『影』が造り出した幻影だ!

第一、一応ってどういう意味だ!

正真正銘、私は男だぞ!」

怒鳴るが、オーガスタスは完全に狼狽えていた。

「だって見慣れたほくろの、位置まで同じなんだぞ?!」


レイファスはもう、説明するのも阿呆らしくて、目を覆うオーガスタスの手を、引き剥がし彼に、振り向く。

オーガスタスは振り向くレイファスが、口を動かし小声で囁くのが聞き取れず

「…何だ?」

と思いきり、屈んだ。


途端、首にレイファスの腕が巻き付き、思い切り顔を下に引き下げられレイファスの唇が、自分の唇に押し付けられるのに瞬間、固まる。


が、アイリスが明るい声で囁く。

「ああ!

あのテがあった!」


…が、響く声に振り向くテテュスが問う顔付きでこちらを見つめている映像に、アイリスは思い切り動揺し狼狽えた。

ディンダーデンは気づく。

そして怒鳴る。


「どうしてテテュスに注進しない!

呪文を唱えなくても『影』を追い払える方法なんだろう?!」


「だって…相手はディングレーなんだぞ?」

「親ならテテュスの、消耗を防ぐ方法を教えるべきだ!」

「なら君はディングレーに口づけられるのか?!」

「俺はテテュスじゃない!」

「だから?!」

「俺の、知った事か!!!」


このやり取りに、ローランデだけで無く、スフォルツァもラフォーレン迄も顔を、下げきった。


シェイルはぴくりとも動かなかったオーガスタスが首を垂れたまま、自分の唇に手を当て頭を、揺らすのを見たし馬上のレイファスが首を回し、オーガスタスが戻って来たのを、きつく鋭い青紫の瞳で睨めつけ、確認する姿も、見た。


「オーガスタスとレイファスが、戻った!」


シェイルの叫びに、ディンダーデンがほれ見ろ!

とアイリスを睨み、テテュスの映像に向けて怒鳴る。

「ディングレーにキスしろ!

戻って来られるぞ!」


テテュスが呪文を唱えようと、ふ、と顔を上げ、ああその方法があったか。

とディングレーを見つめる。

が、ディングレーは首を横に、振った。


「…言ってる意味が、解ってるか?」

テテュスは首を横に振り続けるディングレーの、背に腕を回し抱き寄せ返答する。

「だって、あれだけの女性に当然、口づけたんですよね?

今更相手が私に成った所で、する事は一緒じゃないですか」


「お前その理屈、絶対!間違ってるぞ!

第一俺は酔ってて、どの女とも記憶が無い!」

「全然威張れませんけど…殴って気絶させる訳にもいかないし…」


テテュスはチラ…と群れる女の数が増えつつあるのを目に、説得にかかる。

「じゃ目を閉じて、別の相手としてる。と妄想したら?」

ディングレーが焦りきって怒鳴る。

「そんな事は無理に決まってる!」


アイリスがつい、思い余って叫ぶ。

「ディングレー!

テテュスを拒絶、しないでやってくれ!」


ディングレーはその声に即座に怒鳴り返す。

「お前!テテュスは息子だろう?!

娘ならその忠告はいつでも聞いてやる!!!」


ディンダーデンはアシュアークにも怒鳴る。

アシュアークは怒鳴られた途端、振り向きギュンターの首に左腕回し、熱烈に口づけ始めた。




ギュンターが馬上で俯く顔を上げ、アシュアークは口づけた筈のギュンターが目前に居ず、不満げに周囲をキョロキョロ見回した。


シェイルは腕組みして報告する。

「ギュンターとアシュアークも戻って来た」


ディンダーデンが不遜に怒鳴る。

「残るはお前だけだ。

ディングレー。

とっととテテュスの、キスを受けろ!」

「その声はディンダーデンだな!

自分じゃないと思って、気楽にこくな!

テ……………」


ディンダーデンに気を取られてる隙に、テテュスがかなり強引にディングレーの、唇を奪った。


ディングレーは目を見開き、唇を押し付けて来るテテュスに泣きそうな視線を向ける。


ディンダーデンは横でアイリスが

「ああ、私がディングレーと代わりたい…」

と呟くのを聞き、眉間を寄せる。

「…テテュスは間違いなく、お前の息子なんだよな?」


途端、戻るオーガスタスにワーキュラスが叫ぶ。

“…限界だ!

兵を庇わないと、全滅する!”


アシュアークはオーガスタスが咄嗟に顔を上げ、『光の里』からの守護の光でその身を光らせながら赤毛を靡かせ、兵達を襲う『影』の狼に、剣をその手に突っ込んで行くのを見、直ぐ後に続く。


オーガスタスの背を追い金の髪を草原の風に靡かせ、剣の柄を握り込み走る。

が途端、ふと思いついた事を口に、した。

「俺にもあれが…あるんだよな?!」


咄嗟に疑問をぶつけ胸元を見るが、オーガスタスみたいに自分が仄かに、白く光ってる気配が無い。


ワーキュラスがそれに応える。

“オーガスタスは守護呪文で、『里』から自分に光が流れこむ回路を作ってる!”


オーガスタスが、兵に襲いかかる『影』の狼に飛び込み様斬りつけ、咄嗟に走り来る、アシュアークに振り向く。


光らないアシュアークの横から、『影』の狼が襲いかかるのを視界に捉え、頭の中に向け怒鳴る。

「アシュアークにそんな理屈がわかるか!

誰か覆ってやれ!!!」


レイファスが馬上から振り向き、口を動かそうとした時、テテュスが戻り顔を上げ、叫ぶ。


「ド・ラスケータ・イネス!」


どんっ!


丸で蜘蛛の糸のような白い稲妻が枝をそこらかしこに伸ばし、アシュアークに届く直前の『影』だけで無く、その周囲の四体もの獣が、一瞬で焼け焦げる。


アシュアークは目前の牙剥く黒い獣が、鼻をくすぐる焦げた匂いと共に焼けた肉の塊と成って自分に覆いかぶさるのを、咄嗟に避けた。


両膝地に付き、両手も付いて横に転がる、焦げた毛皮の間から肉が覗く獣の焼けた死体を、そっと伺う。


オーガスタスが叫ぶ。

「大丈夫か?!」


聞かれ、アシュアークはぼそりと呟く。

「…なんか、腹減ったな………」


オーガスタスはその豪気に、流石「右の王家」の男。とほっとし、自分の周囲の『影』の獣を一掃した、テテュスに振り向く。


テテュスは戻ったばかりで、かなり先に少し小さく見えるオーガスタスの鳶色の瞳が、それでも雄弁に物語るのを見守った。


“無理はするな。敵は俺が斬る”

その赤毛を靡かせ一際大きな、勇壮な獅子の瞳はそう物語っていた。



ギュンターは馬の首回すと、兵達の数が間引かれたように減っているのに気づく。


がっっ…!

拍車掛け、今また、襲われ喰われようとする兵に馬で駆け寄り、馬上から飛びかかる獣に豪快に剣を、振り下ろす。


ずさっ!


レイファスは後ろで、その激しい揺れに落ちまいと、必死でギュンターの腰に腕を回し抱きついた。



ディングレーはテテュスに振り向き、怒鳴る。

「あれは、事実じゃないな!」


テテュスはつい、怒鳴るディングレーが毛を逆立てているようで、首を傾げた。

「?」


問う答えが得られず、ディングレーはじれて尚も怒鳴る。

「生身で、キスした訳じゃないだろうと、聞いている!」


テテュスは肩竦める。

「…だってこの身が既に、幻想なんですから…。

私が生身で貴方にキス出来るのは数年後。

今、生身の貴方に口づけられるとしたら、六歳の私です」


ディングレーは途端、ほっとしたように微笑む。

「六歳のお前なら、唇にされても全然平気だ!」


言って兵を襲う『影』の獣目掛け、草原を突っ走って行く。


が、アイリスが頭の中で、怒りと疑惑に満ち溢れて怒鳴った。

「それは大問題発言だぞディングレー!

私が居ない時テテュスの唇を、奪ってないだろうな!!!」


オーガスタスもギュンターも、レイファス迄もがアイリスの雷のような怒鳴り声に、眉を顰めた。


アシュアークだけはぼそりと

「アイリスをあんなに真剣するなんて、凄い奴………」

と、テテュスに振り向く。


シェイルがテテュスを伺い見ると、テテュスは戦場のアシュアークが戦いを止めて自分を見つめてるのに気づき、肩を軽く、竦めた。





が城内でラフォーレンとスフォルツァはローランデに引かれ、必死でその身を隠していた。


塔の中に居た『影』達がうようよと城門の中庭に姿を現し始め、城下の人間兵達迄もが、仲間の筈の魔達の、とばっちりを喰って戦闘前の腹ごなしにされては。と蜘蛛の子散らすように逃げていたからだ。


ローランデは必死で正面から雪崩のように姿を見せる『影』達を避け、身を隠す場所を探しスフォルツァとラフォーレンを促しながら、ワーキュラスに囁く。


「敵は本格的に動き出したぞ!

ディアヴォロスの隊が間に合わないと…絶滅する!」




ディンダーデンとアイリスは頭の中に響くその緊迫感に満ちた警告を聞き、唇を噛む。

…がその途端、外の廊下で足音が響き、扉が開く音を聞いた。







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