13 戦場に降る光の雷土(いかづち)
テテュスはシェイルを抱き留めるディングレーを背に回し、戦場を見回す。
狂凶大猿がそこらかしこにその毛むくじゃらの大きな体で、人間を見つけてはその長い腕で薙ぎ払い、地面に叩きつけては持ち上げようとし、それでも銀髪の一族の戦士達は果敢に、傷つけた仲間を喰らおうとする狂凶大猿に、矢を射かけた。
…が…。
戦況は明らか。
一人の射手は背に手を回し、矢が尽きたと知ると、弓を投げ捨て剣を抜き去る。
自分の倍近く背丈のある狂凶大猿に、勇敢に立ち向かって行く。
テテュスは背後に振り向く。
ディングレーはシェイルに気遣うように顔を、向け様子を尋ねていた。
一瞬、“気”を自分の中へと向ける。
ここに運ばれてる途中に、ワーキュラスが言った。
“幼い君の体は『光の里』にあり…、その幼い君は君の中に居る。
…だから…君が呪文を唱えれば、君の中に居る幼い君を通し、“里”から光の援護が君に満ち溢れる………”
自分の中に溶けた六歳の自分を強く、意識した時、光が遠い場所から六歳の自分を通って確かに、流れ込むのを感じる。
「テテュス!」
ディングレーの叫びに、テテュスはきっ!と顔を、上げた。
目前に迫り来る狂凶大猿はその真っ黒な毛むくじゃらの長い棍棒のような腕を自分に、振り下ろそうとしていた。
ざっと見渡しても狂凶大猿は四十体近く居た。
銀髪の一族がみるみる間にその数を減らし、怪我人が次々地面に叩きつけられる。
兵の一人は動けぬ大怪我を負ったと悟ると、狂凶大猿の腕に掴み上げられる前に、自らの喉を掻っ切る。
ある者は足を折り、咄嗟に手に持つ剣の刃を、自分の腹に向け深々と突き刺した。
狂凶大猿は生ものが好物だった。
事切れた屍を持ち上げ、憤りの叫声を上げる。
ヴギャアオオォォォォォォォゥゥゥ!
テテュスはその気配に気づく。
ざっっっっっ!
目前で振り下ろされる狂凶大猿の太い丸太ん棒のような腕。
ディングレーが背後から咄嗟に、自分に駆け寄ろうとする。
テテュスはさっ!と手を横に伸ばし、ディングレーが前に飛び出すのを制す。
そして唱えた。
「ァウルドゥラ…カッサンドゥラ…ディオキオネンテス…ズッサラ…デズモンデ!」
かっ!
テテュスに駆け寄ろうとした、ディングレーでさえ咄嗟のそのテテュスの身から発光する、真っ白な光に思わず、手を翳し片目閉じる程の眩しさ。
ズッ………ウン!
が、上空から空気が割れるような、巨大な音が鳴り響く。
シェイルは思わず駆け寄るディングレーの背の向こう。
真っ白な光を放つテテュスの背を、見つめた。
『生意気にも…アイリスそっくりに成りやがって………』
自分よりも長身の、その頼もしげな背につい、シェイルは文句を垂れた。
ガ……ドゥッ!
上空が、かっ!と真っ白に光る。
ディングレーは凄まじく発光する真っ白な光の中、テテュスの僅かな黒い影がシルエットとして浮かび上がり見える、その背を見つめ続ける。
が戦場では、上空に横に幾筋も亀裂を走らせる、巨大な雷のような白光線を、誰もが呆然と眺めていた。
…狂凶大猿ですらも。
が…かっ!
と空から真っ白な雷土が、狂凶大猿目がけ一斉に、降って来る。
ギャアァァァァァァァァァァァァァァァァ!
ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!
ギャアッ!
そこらかしこで、白い光の雷土に身を貫かれた狂凶大猿が絶叫を上げる。
白い輝きに包まれ、凄まじい声を喉から絞り出しながら、一体残らず戦場にいる全ての狂凶大猿が。
銀髪の一族の兵は自分の真正面の狂凶大猿が、白い稲妻に貫かれ、激しい痛みに絶叫を上げるのを、剣を下げ呆然と見上げた。
兵には誰一人としてその雷土は落ちて来ない。
ディングレーはそこら中で上がる凄まじい獣達の絶叫が響く中、テテュスの体がふっ…。と光を落とし、途端前へと、がくっ!と身を倒しながら右足を前に出し、ぐっ…っと踏み止まるテテュスに気づき、咄嗟に駆け寄った。
シェイルはテテュスの横に駆け込むディングレーに視線を振る。
…そして雷土で貫かれた狂凶大猿達が、つっ立っているのがやっと…な程激しい痛みに貫かれ、繰り人形のようにただ、棒立つのを見た。
咄嗟に、叫ぶ。
自分か…それともシェーンデューンだったのかは、彼ですら不明だった。
「今だ!
敵は弱ってる!
一気に止めを刺せ!!!」
若き長の雄叫びに、兵達は一気に息を吹き返し闘牙に満ち、剣を握りしめて突っ立つ狂凶大猿に、一斉に突っ込んで行く。
狂凶大猿ははっ…と気づき、その腕を振るが、的を大きく外し、力無いスィングが空を滑るだけ。
どすっ!
ウギィヤァァァァァァァァ!
そこら中で、兵達に剣でその巨大な身を貫かれ、断末魔の叫びを上げる狂凶大猿達。
ディングレーはテテュスの俯く顔を伺う。
アイリスと同色の長い焦げ茶の髪に顔を隠し、テテュスはそれでも、ディングレーの若い顔に、嬉しそうに微笑んだ。
「…これが例え夢でも…貴方に会えて、嬉しい………」
ディングレーは言葉に、詰まった。
この…二十歳を過ぎたテテュスにとって今の自分達は…当然夢の出来事にしか、感じられないのだろう…。
が………。
「確かに夢だが、命の危険を伴う夢だと…ワーキュラスに聞いてないのか?」
そっとそう、尋ねる。
テテュスは身を起こして横のディングレーを、真っ直ぐ見つめる。
「危険は承知している」
「が、無茶だ…!
動けなく成ったら…お前が危ない!
幾ら今現在のお前で無いからと言って…お前が傷つけばアイリスは発狂した様に嘆き悲しむぞ?!」
それは男らしい…ディングレーの決死の表情に、テテュスは気づくと、ああ…。と首を振る。
「アイリスも、貴方同様若いんですね?
今の私の頃には…あの人はもうすっかり、私を信頼してくれているのに………。
…そう言えば私は幼い頃、ずっと危なっかしい子供だった」
ディングレーはその、ヘタをすればアイリス同様自分より背の高い…年も同じくらいの青年を叱咤した。
「今だってだ!
戦場で、動けなく成る程の力を一気に使ったら危険だと!
ローフィスに習ったろう?!」
あんまり…若いディングレーのその顔が、小さな子供を気遣うように苦しげで…。
その時…テテュスの脳裏に自分の城の庭の大木の下で、ローフィスとディングレーに囲まれ、二人から口々に色々な騎士の話を聞かされた子供の頃が思い浮かぶ。
二人とも微笑み…自分ははしゃいで、わくわくして二人にどんどん、話をねだった。
病床に伏す母の容態も忘れ、心から楽しかった時間…。
帰城したアイリスにアリルサーシャを託し…二人が一緒に来てくれたその時間がどれ程…待ち遠しかった事か………。
そして…瞳を潤ませ、横のディングレーを見つめた。
「あの頃はもう私にとって遠い記憶なのに…貴方にとってはつい最近の、出来事なんですね?」
言われてディングレーは、アイリス同様の背丈に迄育った、立派な体格のテテュスを見つめる。
そこら中で、狂凶大猿を倒した兵達の、勝利の雄叫びが聞こえ、シェイル…シェーンデューンは顔を上げて、熱狂したように咆哮を上げる、兵達を見守った。
ギィィィィィ…!
が、門が開く。
丸で仲間の復讐に燃えるような、狂凶大猿の群れが再び、こちらに向かって駆けて来る。
勝利に酔った兵達は一気に、その新たな襲来に浮き足だった。
シェーンデューン…シェイルでさえ…勝利に導いたテテュスをつい、そっと伺い見る。
テテュスはだが、きっ!と現れる十数体の狂凶大猿を見つめ、再び口を動かす……。
ディングレーが咄嗟にテテュスに向かい叫んだ。
「無茶だ!
大技過ぎる!
もっと“気”の消耗の少ない呪文を唱えろ!」
が、再びテテュスの体が発光し始め、晴れ渡った青空に真っ白な巨大な亀裂が横に這い、伸びて行く………。
押し寄せる、狂凶大猿目がけ次々に、光の雷土が連なり落ちる。
かっ!
かっ!かっ!!!
ウンギィヤヤヤァァァァァァァ!
ギャアゥオォォォォォォォォォォォ!
狂凶大猿は走るその身を次々に雷土に貫かれ、歩を止め絶叫する。
兵達は真っ白に発光する稲妻に身を裂かれる狂凶大猿達が、自分の居る場所にすら、到達する事出来ず歩を止めるのを目に、一斉に雄叫びを上げ、斬りかかって行く。
ぅおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
シェイルはテテュスに振り向く。
今度はディングレーは、テテュスの腕を掴みその身が、倒れるのを支えていた。
どすっ!
ばさっ!
仲間の兵達が次々と、動く事ままならぬ狂凶大猿に止めを刺す音を耳にする。
ディングレーが、見つめているシェイルに気づき、顔を振り向ける。
シェイルは首を垂れるテテュスの、大柄な体を心配げに見つめ、小声で囁いた。
「…だい…丈夫なのか………?」
が、突然うぉぉぉぉぉぉぉぉ!と雄叫びが城門近くから聞こえ、シェイルは咄嗟に顔を上げる。
開いた門から湧き出たのは、今度はガスパスの騎兵達だった。
馬に乗って一気に狂凶大猿を斬り殺す兵達の元へと駆け込み、今だ体勢の整わぬ銀髪の一族の兵達に、馬上から刃を降らせる。
「…!」
ディングレーも気づき振り向く。
門から続々と列成して進み来る軍勢。
その数100騎近く。
こちらは残る数、50すら居るかどうか…。
敵の数が………圧倒的に多い!
土埃上げて駆け込むと、次々に兵達に馬上から剣を浴びせる。
銀髪の一族は素早く駆け回る馬上の騎士に翻弄され、必死で剣を握るが敵の奇襲に追いつけない。
そして…一族の戦士の殆どが、傷付いていた…。
一騎がこちらに、駆け込んで来る。
「!シェイル!
テテュスを頼む!」
ディングレーは咄嗟に叫ぶと、入れ替わってテテュスの脇に身を滑り込ませ支えるシェイルと、崩れ落ちかけるテテュスを背に回し、向かい来る騎兵の馬上からの一太刀を、剣を合わせぶつけ止める。
がちっ!
どどどっ!
が背後の駒音に、シェイルが振り向く。
途端、脇をシェイルに支えられていたテテュスが身を起こし、一歩踏み出し支えるシェイルの身を、腕を横に付き出し後ろに回す。
テテュスの大きな背に庇われ、がシェイルは叫んだ。
「…!無茶だテテュス!
俺にだって解る…神聖呪文…しかも高位の呪文なんて唱えたら……」
が、どどっ!と迫り来る馬に跨る騎士相手にテテュスは剣を、がちっ!と合わせて最初の一撃を止め、直ぐ横を走り去る騎士の背に、飛び上がり様剣を振り上げ斬りつける。
ざっっっっっっっ!
走り去る騎士は背を斬られて仰け反る。
が、致命傷では無く身を前に倒し、そのまま駆け去る馬上に留まる。
「テテュス!」
足を地に付け様、がくっ!と膝を折るテテュスにシェイルは駆け寄る。
が、テテュスは横に付こうとするシェイルを、手を横に伸ばし前へ出るのを遮り、断固として自分の背に、回し庇う。
シェイルはその…アイリス同様の体格の、彼が知ってる六歳だった筈の…かつての子供に泣き出しそうになって叫ぶ。
「お前!生意気だぞ!
俺の方が年上なんだ!」
が背に回したシェイルに…テテュスは振り向き、辛そうな青い顔色でそれでも…微笑った。
高く…頼もしい背にすっぽり庇われ…がシェイルは、その微笑う顔が、幼い彼を彷彿とさせ………。
つい眉間が切なげに、寄った。
丸でそれはやっと………。
やっと貴方を庇う事が出来る体を、手に入れたのだから…。
そんな風に、嬉しげでシェイルは言葉を、失う…。
がまた正面からどどどっ!と襲い来る駒音に、テテュスはきっ!と顔を上げた。
ずぶっ!
ディングレーは相対していた馬上の騎兵が通り過ぎ様、振る剣を避けてその脇を刺し貫く。
もんどりうって、貫かれた騎兵は馬から転げ落ちた。
が横からも騎兵が、こちらに向かって駆け込んで来る。
見ると次々と銀髪の一族の兵達は斬られ、剣を構え戦う者も、馬上の辣腕の剣士にその剣を、真っ二つに斬られ刃を浴び、血を吹き散らし倒れ伏す。
がちっ!
ディングレーは駆け込む勢い良い敵の騎士の剣をそれでも受け止め、内心呟く。
『目当ては……シェーンデューンか………?』
ガスパスは何としても、美しき銀髪の一族の年若い長を、再び捕らえたいらしい。
『あれだけこっぴどく振られた恨みか?』
ディングレーは心の中で呟いて、馬を駆って戻り来る騎士を睨め付け、剣の柄を固く握りしめた。
テテュスの目前に、騎兵が剣を振りかざし駆け込んで来る。
シェイルはテテュスの大きな背を、突き飛ばし自分が相対そうとした。
がテテュスは頑としてその場をシェイルに、譲らない。
もうすっかり…自分より大きく逞しく成長したテュスの体に阻まれ…シェイルは押しのけようともびくともしない、そのテテュスの体格が頼もしく同時に…腹立たしくてつい、怒鳴る。
「ローフィスに、言われてないのか?!
高位の神聖呪文を使ったら、暫く休めと!
組んだ相手が、その間唱え消耗した者を護るのが役目と!」
が、テテュスはシェイルを背から出そうとはせず、左手でシェイルが自分の、背から出る事を遮る。
シェイルはテテュスの背の衣服を握りしめ…自分の視界をそっくり遮る程大きく広い背に庇われ…泣きたくなって呟く。
「お…前……ほんっ……とに、生意気だぞ…………」
がテテュスは咄嗟に背後に叫ぶ。
「私の事はどれだけ罵ったって構わない!
今ここで貴方を奴らに奪われたりしたら!
こちらに向かって必死で駆けて来るレイファスに、言い訳が立たない!
彼に言われたい放題される位なら、斬られて死んだ方がよっぽどマシだ!」
ディングレーは向かい来る敵の騎兵に突っ込もうとし…そのテテュスの言葉に一瞬怯みそうに成ったが、踏み止まって剣を振り切った。
ずばっ!
身を馬上から傾けてた敵騎士は、脇腹をばっさり斬られ、それでも駆け続ける馬に必死でしがみつく。
ディングレーは駆け去る敵を見咄嗟に、テテュスに振り向く。
『レイファスに罵られるより、斬られた方がマシ………?』
テテュスは歯を食い縛り、馬上からの剣を、剣で受け止めていた。
シェイルは咄嗟にテテュスの背後から抜け出すと、すっ…と短剣を持ち上げる。
「ぎゃっ!」
顔を一瞬、上げた隙に喉を射貫かれ、騎兵は後ろに倒れそのまま…馬上から転がり落ちた。
テテュスは剣を下げ…振り向くシェイルの美貌を見つめる。
シェイルのその美しい顔の、表情は必死で…彼は叫んでいた。
「騎兵には短剣の方が、有利なんだ!!!」
泣きそうに顔を歪めるシェイルに、それでもテテュスは肩で息を大きく吐き出しながらも微笑む。
「…やっぱり貴方はとても…綺麗だ」
「!馬鹿!
そんな場合か?!」
がディングレーは次々にこちらに突っ込んで来る騎兵を目にする。
見回すが、銀髪の一族の兵達の姿が殆ど…無い。
僅かに残る兵達も…騎兵に取り囲まれ、次々に刃を浴びて、血を吹き出し倒れ伏す。
「…滅茶苦茶ヤバいぞ…………!」
ディングレーの呟きに、応えるかのようなオーガスタスの、吼えるような声が頭上で響く。
「どれ位ヤバい?!」
ディングレーは口を閉じ剣を後ろに回し、突っ込んで来る敵騎士の横腹に一気に刃を突き刺し、引き抜き様心の中で叫ぶ。
「全滅寸前だ!!!」
「!」
オーガスタスは必死に速度を上げ、ギュンターも無言で拍車を掛ける。
金の光が横に瞬く。
ギュンターが気づき、ワーキュラスに向かって叫ぶ。
「間に合うか?!」
ワーキュラスの、揺らめくような声音が響く。
“間に合わせる!
あの…カーブを曲がれば直戦場だ!”
レイファスを乗せてるオーガスタスが、僅かに遅れる。
ギュンターは気づいたが、飛び出すアシュアークを横に従えオーガスタスに叫ぶ。
「先に突っ込む!」
オーガスタスが無言の内に頷くのを感じ、ギュンターは身を深く前に倒す。
アシュアークも同様馬の首に身を倒し、その直角に近い曲がり角へと、二騎並走し猛速で突っ込んで行った。
「ぎゃあっ!」
どさっ!
次々に…シェイルは飛び込んで来る騎兵に短剣を放つ。
がテテュスを、休ませる事は無理だった。
ほぼ銀髪の一族の兵達はその姿を地に倒れ伏し…騎兵達は残るディングレー、テテュスそして…シェイル目がけ、続々と押し寄せる。
ざっっっっっ!
ざっ!
シェイルは短剣を投げながら、テテュスが足を時折フラつかせ…それでも敵の馬上より振り下ろす刃をがっつり受け止め、離し様敵を斬りつけ深手を負わせる様を、ハラハラして見つめる。
大した…剣豪に育ってる。
だけどそれでも…やっぱりシェイルは心配で、投げてはテテュスに必死に振り向く。
テテュスは駆け去る敵を斬り付け、けど決して、シェイルとは間を開けない。
剣を振り切ると、直ぐシェイルと背を、合わす。
とん…!とその大きな背が触れる度、シェイルは彼、テテュスが…。
多くの彼に庇われた人達にいつも…
『彼が決してひどい怪我を負いません様に…。
その命を無くしません様に…』
そんな風に…頼もしくて一途で誠実な青年を、皆が祈るように…見守っていると気づく…。
だが突然はっ!と気づく。
短剣が…尽きて、いる事に。
テテュスは瞬間それを察し、咄嗟にシェイルの前へ飛び出る。
自らの大きな背に庇うと、ディングレーも直ぐ気づき飛んで来て、二人の背はシェイルを挟み込む。
互いにシェイルを背に回し、馬上から身を降ろし続々取り囲み始める敵に向けて剣を構える………。
シェイルはディングレーとテテュスの背に護られ、泣き出しそうに成って心の中で叫ぶ。
「…ローフィス!
どうして…俺はいつも、誰かに護られてる!
そんな…価値なんか無いのに!
ローフィス!!!」
ローランデはそのシェイルのローフィスへの呼びかけに、突然泣き出しそうに表情を歪め、スフォルツァもラフォーレンもつい、そんなローランデをぎょっとして伺った。
「頼む…俺を許してくれ!」
悲痛なシェイルの、ローフィスへの呼びかけ。
それが…別れを告げてると、ローランデには痛い程解ってつい、心中怒鳴る。
「駄目だと言ってくれローフィス!」
…が遠く離れたローフィスからの返答が、無い。
ローランデは我慢出来ず、続け様叫ぶ。
「私の声じゃ駄目か?!
逝くな!シェイル!!!」
敵兵達が次々に馬上から降り来て、取り囲むその数を増す。
右から…左から、テテュスとディングレー目がけて刃が降って来る。
「!」
ギュンターはカーブを曲がった途端、突然広がる草原のその向こう。
指程の大きさの兵達が群れる一群を目にする。
その距離は………遙か先。
ギュンターは咄嗟に舌打つ。
間に、合わない!
心の中で叫ぶ。
「何とかしろ!ワーキュラス!!
ディングレーとテテュスが殺られる!」
次々に銀に陽を弾く剣が振られ、長身の長い黒髪、そして栗毛が空に舞い飛び、取り囲む兵の一人…そしてまた一人が、血飛沫を上げて仰け反り倒れる姿が遠目に見えはする…が!
レイファスが馬上、オーガスタスの前で顔を、上げる。
テテュスが敵の剣を、受け止めているのが視界に飛び込む。
が横から、敵が剣を振り被る。
ディングレーが剣を振り切ったその肩目がけ、別の男が剣を振り入れようとしていた。
ワーキュラスの、叫びが心の耳をつんざく。
“音を閉め出せ!!!”
シェイルはテテュスとディングレーの背に挟まれ、その、背から飛び出そうとし咄嗟にその声に歩を止め、手を耳へと持ち上げしゃがみ込む。
ディングレーもテテュスも、瞬時に身を下げ耳に手をやる。
二人を斬ろうと振られた剣は二人の頭上を滑り行く。
ギュンターは“心の耳”を固く閉ざし、拍車を掛けて草原の先、目指す相手見つめ、突っ込んで行った。
アシュアークは敵を見つけ、水を得た魚のように馬を弾ませる。
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!
空気を切り裂き耳を劈く、カン高い大音響。
兵達は一斉に耳を押さえ身を崩す。
顔を歪め鼓膜を破る程の凄まじい音に、手を耳に強く押し当てそれでも顔を歪め、とうとう剣を手放し両耳をきつく押さえ身を前に折る。
どっ!
馬から転がり落ちるアシュアークが走り去る自馬の、横に…そして後ろへ取り残されて行くのを目に、オーガスタスはつい振り向き怒鳴った。
「聞いて、無かったのか?!
耳を塞げと言われたろう?!」
がアシュアークは身を跳ね上げ、直ぐ横を走る兵の馬の背に飛び乗って心の中へ、腹立たしげに怒鳴る。
「何を!
こっちの事だなんて解るか!
何だあの気狂いみたいな音は!!!」
ギュンターは並走するアシュアークを無くし、たった一騎、疾走する風のようにテテュスらの元へと駆け込み様、馬を飛び降りた。
ざっっっっっっっ!
鼓膜を破る金属音に、痛む耳を押さえてる無防備な兵を斬り殺し道を強引に開け、びっしりと取り囲む、音に怯む敵へ次々と剣を振るテテュスとディングレーの横に、シェイルに背を向け飛び込んだ。
「間に合ったぞ!ローランデ!!!」
ギュンターの雄々しい叫びに、ローランデは崩れ落ちそうに成りながらもほっ…とする。
スフォルツァとラフォーレンも同様、頼りのローランデが安堵する様に、胸を撫で下ろした。
「どうした?」
ディンダーデンの声に続いて、アイリスの声もする。
「シェイルが危なかったのか?!」
ローフィスの声が、遠くに小さく響く。
「俺の代わりにシェイルを叱っといてくれ!
最後迄諦めるなと、あれ程言ったのに!
オーガスタスやギュンター、ワーキュラスらを馬鹿にする気か?
ちゃんと奴らを信頼してやれ!」
…がシェイルは返事をしない。
アイリスが囁く。
「こっちに気を向けてる場合じゃ、無いらしい…」
が、ローランデのか細い声がした。
「…シェイルに…声が届いたら必ず…そう…伝える」
ローフィスが、頷いたような気が、した。
ローフィスがほっ。と吐息吐き横を見ると、ゼイブンも…ファントレイユもギデオンも、首を垂れて息を吐き出していた。
全員、崩れかけた洞窟を駆け抜け、魂が抜けたように放心し、岩場に腰を下ろし休んでいた。
水を、ファントレイユから受け取りローフィスはそれを一気に飲み干す。
「大丈夫か?」
ファントレイユに心配げに囁かれ、ローフィスはその顔をまじっ。と見つめ、微笑った。
「まあ…やっぱり予想道理、凄く綺麗な男に育ってるな!」
途端、ファントレイユは眉を寄せて小声で怒鳴る。
「もう男は寄って来ないぞ?!」
ゼイブンも水をギデオンから渡され…それを手に下げて呟く。
「綺麗を指摘された途端…ムキに成る所は、全然変わってない」
違いない。とローフィスに迄笑われ、ファントレイユはぶすっ垂れ、ギデオンに呆れて見つめられてフイ…と、顔を背けた。
「…もしかして、拗ねてるのか?
子供みたいに?」
ギデオンにそう、問われてもファントレイユは顔を背けたまま。
「だって、俺達からしたら子供だ」
ゼイブンが言うと
「ひ弱な餓鬼の頃の奴を、しっかり見てるしな!」
ローフィスに迄言われ、ファントレイユはもっとぶすっ垂れて呻く。
「私が今、幾つだと思ってるんだ!」
ゼイブンとローフィスに同時に笑われ、ファントレイユはふくれっ面を、ギデオンから必死で隠す。
「…ひ弱?
…まさかこの男の話じゃないよな?」
ギデオンに問われ、ゼイブンはつい顔をその、とても綺麗な美女顔の猛者に向ける。
「…ファントレイユをどんな男だと思ってたんだ?」
ギデオンはつい、ぶすっ垂れて顔を背けるファントレイユを伺い見た。
「…そりゃ…。
大抵の事には全然動じなくて物事を斜めに見、可愛げの無い喰えない子供だったんじゃないのか?」
ローフィスとゼイブンは顔を見合わせる。
ローフィスが口を開く。
「素直だし忍耐強くて心の綺麗な、優しい子供だ。
但しキレると理性が飛ぶが」
「キレてると容赦無しか?」
ギデオンに問われ、ゼイブンもローフィスも同時に頷く。
ギデオンはまだ顔を背けたままの、ファントレイユをじっ。と見てつぶやいた。
「素直…?
心が綺麗………?
別人への評価だと、自分でもそう思うだろう?ファントレイユ。
…キレた時だけ、今と同じだ」
ファントレイユはそれを聞いても、頑としてギデオンに振り向かなかった。
ローフィスとゼイブンは、大層可愛らしい子供だった事をその、「右の王家」出身の猛者に知られまいと虚勢張る大人のファントレイユを見つめ、顔を見合わせ、二人同時にやれやれ。と首を横に振った。
ギュンターに少し遅れてオーガスタスが馬を飛び降りる。
「馬はお前に任せたぞ!」
レイファスにそう、叫んで。
レイファスは突っ込んで行くオーガスタスが…長身のその身をしなやかに…襲いかかるライオンのように獰猛に、敵兵達の群れに突っ込み、剣を振る様を、見た。
凄まじい迫力で自在に剣を振り回し、長い腕で次々に敵を斬り殺す。
ギュンター…そしてディングレーを加えた三人の強さは、目を引きつけられる。
レイファスは馬を繰ったが、後続隊はまだ後ろ。
敵兵達がぞろぞろ居る中にたった一騎で突っ込んだみたいに、草原のただ中敵が馬を駆り、周囲から土埃を上げ続々と迫り来る。
レイファスは手綱を引き向きを援軍に向け、が追い縋る敵兵に、短剣を投げた。
その時、ディングレーとテテュス…そしてギュンターの背に護られたシェイルの可憐な顔が…苦しげに歪む様が視界に飛び込み、咄嗟に手綱を引き、戻る。
「!馬鹿!
仲間と合流してろ!」
ギュンターに怒鳴られ、それでも突っ込むが目前を騎兵に塞がれる。
咄嗟にオーガスタスが割って飛び込んで来る。
敵目がけて突っ込み行き、馬の首を避けて飛び上がりながら赤毛を散らし、豪快に剣を馬上の敵に思い切り振り回し敵兵をばっさり斬って、馬上から叩き落としてくれた。
レイファスは咄嗟に馬を飛び降り庇うオーガスタスの背後を伝い、シェイルの元へと、素早く駆け込む。
「俺が誰だか、解るか?」
微笑って言うと、シェイルは泣き出しそうな表情で怒鳴った。
「餓鬼の頃より数倍綺麗に成ったと!
再会の挨拶の世辞が聞きたいのか?!」
レイファスはぶすっ垂れて短剣が入った革袋を差し出す。
「…わざわざこれを届けに来たのに」
シェイルはレイファスの手元からそれを、引ったくる。
「…テテュスを見ててやれ!
大技使ったのに…無理して俺を庇って…。
いつ斬られるか、生きた心地がしない!
自分が斬られた方が千倍もマシだ!」
が、悲鳴のようなシェイルの叫びに、レイファスは口を尖らせた。
「あんたにそんな事言われたら、テテュスは感激してぶっ倒れる迄やせ我慢するぜ」
ギュンターが咄嗟に横で戦うテテュスに振り向く。
「…お前もやっぱり、大技使ったのか?
いいから休め!
“影”が出て来たら、嫌でも頼るからな!」
ディングレーも同様、吼える。
「いいから、引いてろ!!!」
テテュスは剣を持つ手が、震えていたがそれでも滑り落とすまいと握りしめ…横のギュンターが野生の豹のように俊敏に、その剣を敵に一瞬で振り下ろすのを目にする。
ディングレーがその激しい剣で敵を斬り殺す様も。
そして…オーガスタスが剣を自在に振り回し、その長身から車輪のように敵へ剣を、降らせる様も伺い見た。
彼らが来た方向から味方の軍勢が押し寄せ…敵兵へ突っ込んで行く様も。
その中で、金の髪のアシュアークが、馬から金髪を靡かせ飛び降り、戦陣切って敵に斬り込む勇猛な姿も目にした。
レイファスは背後でテテュスの背の衣服を引き呟く。
「お言葉に、甘えようぜ…。
“影”が出た時に使えなきゃ、俺達ただの、役立たずだからな!」
テテュスは震う手にまだ剣を握っていたが…下げて囁く。
「…休まないと私を罵るか?」
レイファスは肩を竦めた。
「当然、罵るだろう?」
レイファスに言われ、テテュスはハァ…。と吐息を吐き出すと、戦うギュンターらの背に、大人しく庇われた。
シェイルが短剣を手にし、次々と敵に投げるのを見守る。
「相変わらず、鮮やかだ…。
この年であの年のシェイルを見ると…すっごく、可憐な感じがする。
六歳の時は、綺麗な顔をした鬼だと思ったのに」
シェイルは短剣を投げかけてぐっ。と堪え、投げきって振り向き叫ぶ。
「聞こえてるぞ!」
途端すくみ上がるレイファスを見、テテュスが微笑う。
「昔と、状況は全然変わってないみたいだな!」
レイファスに睨まれ、それでもテテュスは愉快そうに、くすくすと笑い続けた。