8 援軍
すみません。
とりあえずのあっぷ。
ちゃんと手入れしてないので不備だらけかも…。
白い瀟洒な建物の、その白い石の柱はうんと高くで天井を支え、広い『光の里』の子達が集う食堂は広く、皆が好きなように食事を自分の皿に取り分け、普通の子供と変わらない食事をしていた。
変わっている事と言えば、時折やっぱり、チキンが空を飛んだりグラスが手も使わず、宙を漂い行く様だった。
テテュスはその光が、揺らめき大きく成るのを見つめた。
レイファスが気づき、ファントレイユもようやく、食事の手を止め顔を上げる。
三人は食事の真っ最中で、“里”の子供達は大騒ぎした。
“竜だ”
“神の竜の光”
テテュスはそれを、隣の『光の民』の子と肘が触れてようやく、聞いたけど。
でつい、囁く。
「ワーキュラス?」
光は躊躇うように揺らめき、だが次第に人の姿をその金の光の中に、浮かび上がらせた。
食堂に居た“里”の子達が一斉に、その“神”の出現に、どよめき騒ぐ。
ファントレイユもレイファスも、いつもは口を使わないでいる子達が口々に驚嘆の吐息を漏らし、隣の子を突きあうのを見てつい、きょろきょろと周囲を見回す。
テテュスは揺らめくように周囲の光を瞬かせるワーキュラスが、躊躇っているように感じ、優しく訪ねた。
「…どう…したの?」
その時、レイファスも…ファントレイユでさえ感じた。
ワーキュラスは僕達三人に話があるって。
頭の中に、声ともとれぬ光の振動のような意思確認に、思わずレイファスもファントレイユも頷いた。
途端。だった。周囲が一気に変わり、窓の大きな明るい…やっぱり壁も天井も、真っ白な部屋に変わっていて、三人は寝台の上に座っていた。
“君達に、助けて貰いたいんだ…。
但し…今の君達じゃない”
ワーキュラスの言葉に、レイファスが首を捻る。
“眠ってくれたら、その意識を遡って未来の君達の元へ飛ぶ。
そして…大人の君達が了承してくれたら…助けて貰える”
レイファスとテテュスの、顔が揺れた。
ファントレイユがそっと言った。
「…大人の僕が、断ったら?」
テテュスとレイファスに同時に見つめられ、ファントレイユはああ…。と俯く。
ワーキュラスの、助けには成らないんだ。と解って。
直ぐに三人は同意の意志を示し、ワーキュラスは感じ取って囁く。
“今から君達を眠らせる”
三人は一斉に布団を持ち上げ、寝台に潜り込む。
「…大人の僕は、ちゃんといいって、言うかな?」
テテュスもレイファスも、丸で
『断る、訳無い』
と思ってるみたいで、ファントレイユの言葉に目を丸くして、寝台に倒れ込む背を支え見つめた。
ファントレイユがまだ膝を曲げて背を倒さない様子に、レイファスがそっと言った。
「だとしても、性がないよ…」
ファントレイユは俯いてたけど、テテュスもレイファスももう横に成っていたから、吐息混じりに背を、倒す。
目を閉じた途端、眠気の白い靄が押し寄せてきて、意識が途切れ始めた。
その靄の向こうで、ワーキュラスの荘厳な声が響く。
“眠れば、大人の君達がどうするか、全て見る事が出来る…。
けど目が覚めたら、その事を君達は全部、忘れるだろう…”
隣でレイファスが、がっかりしていた。
テテュスは素直に、頷いてる。
ファントレイユは
『どうして忘れるの?
覚えていられないの?』
そう、訪ねたかったけどもう…眠くて、無理だった。
吸い込まれるように眠気に意識をすっかり奪われて…目を閉じ湖の底に引き込まれるみたいにして、深く、寝入ってしまったから…。
“来る…!”
ワーキュラスの声と殆ど同時。
ゼイブンが、唸る。
「ヤバい…!」
どんっ!
空気を切り裂くような音と共に、疾風のように駆ける二騎の前に、黒い靄の中に『影の民』の真っ黒い本体が姿を現した。
ローフィスもゼイブンも、目を見張る。
巨大な筋肉で盛り上がる体。
頭は獣のようで、口にはでっかい牙が覗いていた。
もし横を通ったら、馬毎叩かれそうだった。
吹っ飛ぶ自分を想像し、恐怖を感じた途端ゼイブンは呪文を唱えていた。
「アラバックル!ダフゼンタ!」
真っ白な光がゼイブンの胸元で光ったと思うと、光の筋を残しながら蛇行し、その化け物目がけて突っ走って行く。
どんっ!
化け物は避けきれず、両手でその光の爆発を防いだ。
が防いだ両腕が焼きただれたように抉れ吹き飛ばされて、化け物は両腕から血を吹き出し雄叫ぶ。
ぎゃあぅぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉ!!!
ゼイブンがほっ、とし、手綱を緩めた時だった。
瞬時に頭の中に送られるワーキュラスの警告の響きに、ローフィスが咄嗟に背後に振り向き叫ぶ。
「ゼイブン!」
気づいたゼイブンもが咄嗟に振り向く。
ゼイブンの直ぐ背後に、宙に漂う長い黒髪と黒いマントをまとった真っ赤な唇の女の化け物が、ゼイブンの背中に襲いかかり、張り付いて首筋に、大きく開けた口のその鋭い牙を、突き立てようとしていた。
尖った爪はゼイブンの肩と腕に深々と喰い込み、ゼイブンは振り向こうとしたがあまりの痛みに顔を歪めた。
「アッセンデルダ!」
咄嗟にローフィスが叫ぶと、光のオーロラがゼイブンと女の化け物を覆い尽くし
ぎゃあああーーーっ!
と叫ぶ声と共に女の化け物は離れ行き、ゼイブンは馬に拍車を掛けて速度を上げる。
咄嗟に身をがくん!と前に身を折るローフィスを目にし、ゼイブンは必死で、癒しの呪文を唱えローフィスに送る。
金の光の粉が、ゼイブンからローフィスへと、渦を巻いて優しくローフィスを、包み込んで行った。
どどどどどどどっ!
馬は突っ走り続け、化け物二体を背後に置き去りにし、更に前方を目指す。
ゼイブンは必死で幾度も前を確認しながらローフィスに、心配げな視線を送る。
暫くしてようやく、ローフィスが身を起こし前を睨み据え、ゼイブンの頭の中へ唸り声を送った。
「大丈夫だ」
ゼイブンの、安堵の吐息が丸で、聞こえるようだった。
が、ワーキュラス荘厳な声が響く。
“前方…!”
ゼイブンが突然、黒い靄と共に現れ出た竜のように巨大な前を塞ぐその化け物を見つけ、手綱をいっぱいに引く。
ローフィスとて同様。
歯を喰い縛り馬の足を止める。
ヒヒーン!
馬は首を跳ね上げて向きを変え、巨大な化け物から今度は来た道へと一目散に、逃げ出そうとするのを必死に二人は止める。
「どうする…!」
ゼイブンがワーキュラスに向かって叫ぶ。
ローフィスはその、一見竜のように見えるシルエットの真っ黒な化け物が、顔が無数に鱗の中に埋め込まれるように蠢き、丸で数十人の人間の、融合した体で形作られているような不気味な生き物を見つめ、呆然とする。
所々形がいびつで、手足が突き出し、丸で溶けたように融合していて、けれど皮膚は鱗で覆われ、巨大な二つの、コウモリの羽を持っていた。
現れ出た途端、かっ!と無数に埋め込まれた人間の顔の目が一斉に真っ赤に光り、相対する馬上のゼイブンとローフィスを睨み据える。
ゼイブンは最大にパニクッていた。
あんまり必死で、頭の中で自分の知り得る限り最大に有効な呪文を、探しまくる。
がやがて…。
「…っサンドラ…レグス…レキテス…バルホイテングス…デバルマストレン…」
ローフィスは、首を垂れてそれを唱え始めるゼイブンを、思わず驚愕に目を見開き見つめる。
“…高等呪文…。
それも八位以上の……。
ヤツは知らない筈だ。
知ってても…使える、筈がない。
威力を発揮したら気力を根こそぎ持って行かれ…“気”を抜けば唱える、意味も無い呪文だからな…。
どうして…………”
頭の中ではゼイブンと繋がっていたから、それを唱えているのは確かにゼイブンの口だったが、丸で主導するようにアーフラステスの姿が、ゼイブンに重なり行くのを感じた。
ローフィスはつい、その頼りに成る神聖神殿隊長の姿に、感激して心の中で叫んでいた。
“最高の、味方だ…!”
ゼイブンの姿が、発光し始める自らの光の中に消えて行く。
そしてはっきりと浮かび上がる、透けたアーフラステスの崇高で勇猛な姿。
髪も顔も金の粉で飾られ、その呪文は暗い洞窟内に高らかに響き渡る。
ローフィスの視線の先の化け物は、たかが小さな、取るに足りない敵が発光し始める様に、ざわめき渡る。
無数の人間の姿がそれぞれ別の意見を叫び合い、ある者は逃げ出そうとし、ある者は進もうとし…ぼこぼこと鱗を波立たせて掴み合う者達迄居た。
が巨大な一体は統制を崩され、その二本の巨大な足は、歩を進めるでも無く引くでも無く、固まったままだ。
重なり浮かぶアーフラステスが融合するゼイブンにそっ…と告げる。
気配を消し意識を私に明け渡せ。とそう…。
ゼイブンは溶けていく光の心地良さに、ふっ…と意識を無くす。
次に呪文を叫んだのは、間違いなく神聖神殿隊長アーフラステスだった。
頭を上げ、高らかに洞窟中に、その声を響かせる。
“ドランダステ、デズモンド、オッカル!”
一個の化け物は融合を揺さぶられ、身が引きちぎれそうに真っ赤に光る赤い目のその顔を歪め、叫び暴れ始めた。
アーフラステスは金の光の輪に覆われたまま、確信に満ちてその呪文を叫ぶ。
“ダズデマンド、アル、ケッサルダズデン!”
ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
濁った…けれど人間の叫びのようだった。
肩の辺りがぱっくりと避けて、どす黒い人間の裸の体が二人に別れ行く。
アーフラステスは尚も厳しい表情で呪文をぶつける。
“ダラステス、ア、ラ、デルカマン!”
次に腹が…そして左脇が裂け、融合を説かれた人間の姿が黒々と浮かび上がる。
けれど裂け目から、だらだらとどす黒い血が、吹き出し溢れ出で、その巨大な鉤爪の足を濡らして行く。
ローフィスはミラーレスが自分に寄り添って、光で自分の傷口を覆うのを感じた。
馬の振動や動く度千切れそうに痛んだ痛みが突然、ふっ…と遠ざかり、ローフィスは顔を上げようとし、がしかしミラーレスはもう少し休め。と耳元で囁いている気がして、彼はそっと、頷いた。
…そうか…体はあっちに、あったんだったな…。
ぼんやり、そんな事を考えながら。
突如として、巨大な竜はばらけ、個々の人間と成ってその形を維持出来ずに崩れ始めた。
皆、叫ぶように一斉に悲鳴を上げている。
皆、その腕が千切れていたり、足が無かったり…胴がえぐれてぱっくり内臓が覗く者も居た。
融合が解かれ突如痛みを思い出したようにそれぞれが、耐え難い苦痛の叫びを個々に上げて嘆き、呻き、絶叫する。
途端、アーフラステスの姿が、瞬時に神聖騎士団長ダンザインへと代わり行く。
神々しい白金の光を纏った崇高な騎士はその低く響く深みのある声で、身に纏う光を傷の痛みに嘆く一人一人に飛ばし、包み行く。
ローフィスは口を開けてそれを見た。
柔らかな光に包まれた途端、真っ黒な顔が白い光に溶け白く、成って行き、それと共に激しい苦痛で歪んだ顔が、まるで癒されるように優しい表情に変わりやがて………。
光に包まれたまま、すぅっ…と上へ、上り消えて行く。
一人…また一人………。
次々に、蠢く痛々しい肉の塊が、浄化された魂と成って天に昇る様は神々しく、感動的だった。
やがて周囲に纏った、捕らえた人間達がすっかり浄化され、天に昇って行った時…その残された『影』の本体は真っ黒の一人の人間として、ダンザインを激しく睨め付けていた。
長い髪を蛇のように揺らめかせ真っ赤な瞳で、睨み付ける真っ黒な人型のシルエット。
がダンザインはそのかつての同胞、『光の民』だった『影』にまるで労るような光を送り、包み込む。
『影』は周囲を満たし行く光に狼狽え…がそれが自分を覆い始めると、光が身を苛む激痛に絶叫した。
ぅわぁおおぉぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅぅぅ!
叫びと共に『影』の黒は薄れ行き、痛みにもがく、真っ黒な姿は白い…元の、誰もが見知っている『光の民』の、長身で美しい姿に…変わり行く。
彼は、去り始める苦痛と共に自分の手…そして髪を震えながら見つめ、そっ…とダンザインに感謝の一別を送る。
そして頭上から自分に降り注ぐ光に、自分が身を浸しているのに気づき、ゆっくり顔を上げ上を、見た。
開かれた光の回路。
天空の光溢れる場所を見つめそして…視線をダンザインに戻すと微笑んで、すぅっ…。と天へ、昇って行った。
ゼイブンの中に震える声が残った…。
“為す術が…無かった。
一度喰らうと元には、戻れなかった…。
どれ程自分が愚かだったと嘆いた事だろう…。
能力を無くし地べたを這いつくばろうが…。
人を喰って得た力など、おぞましいもの…。
醜く変形し、二度と戻れぬ絶望が、一層の食欲に駆り立てる。
もう…自分を制御する方法すら見つからなかった………”
その後は、無言の涙。
暖かく…幸福な、涙の感触が、ダンザインに心からの感謝を告げて行き、そして消えて行った。
あれ程強烈だった光が薄れ行き、周囲が洞窟の薄暗さに戻り始めた時、ローフィスの耳に、洞窟の石壁の向こうの、激しく石を叩く雨音が響く。
ゼイブンは光が消えた途端、がっくり…!と首を前に倒す。
“ゼイブンの意識が戻る迄…騎士団長らが身を支える。
一刻も猶予は成らぬ。
急ぎ…ここを出よ!”
ワーキュラスの声に従い、ローフィスは
「はっ!」と叫び馬に拍車を掛ける。
ゼイブンは丸で操り人形のように同様馬に拍車を入れ、姿勢の固まった姿を馬の振動に、揺らすのみ。
ワーキュラスからの映像を受け、ローフィスがゼイブンに、頭の中で鋭く叫ぶ。
“左!”
まるで聞こえているように、ゼイブンは首を垂れたまま手綱を左に、引き絞りその二股を、ローフィスと並走して左へと駆け込んで行く。
二騎は徐々に速度を上げ、再び洞窟内を疾走し始めた。
ディングレーは馬から下りるシェイルに、短剣の束をそっと手渡す。
「…これ位の大きさで、大丈夫か?」
シェイルは頷き、受け取りながらその数を確認し、そっと呟く。
「あんまり数が無いな…」
ディングレーは吐息を吐くと
「後でもう一周して来るさ…。
で、操れそうか?」
シェイルは短剣をまだ見つめ、声を落とした。
「…あんたは、どうだ?」
顔を上げられ、その美麗なシェーンデューンの顔に殆ど同化に近い程はっきり、シェイルの表情が浮かび上がり、その顔が不安に歪んで見えてディングレーはもう一度吐息を吐く。
「動こうとすると、あちこちつっかえる。
知った顔を見ると、そっちに行っちまうしな…。
どって事無い時は思い道理に動くのに、こいつの思い入れの深い出来事に出会うと途端、制御不能だ。
…まるで暴れ馬を御してる気分だ。
こいつ(オースルーン)より、エリスに乗ってる時の方がよっぽど楽だ」
「言っても、仕方有るまい…」
シェイルの声が沈んでいて、ディングレーはついその顔をじっと見つめる。
「が、かなり重なってるぞ?
完全に操れるのも、直だ」
がシェイルは咄嗟にその顔を上げ叫ぶ。
「敵の城が目前なのに?!」
悲鳴の、ようだった。
その真っ直ぐ前に伸ばされ、指した指先に、自分達の今居る丘から、なだらかな坂のその先にガスパスの居城、史上有名なレアル城が巨大な崖を背後に、高い石の城壁に護られ雄大な姿を見せていた。
灰色に見える石の積まれた城壁と城。
崖に沿って作られたその巨城は背後を崖に護られ、城の三方は高い城壁で護られ、中の建物は坂に沿ってだんだん高く、積み上げられていた。
城壁に近い集落は全て同じ灰色の石で屋根が作られ、雑多に重なりその奥の城は、再び門で仕切られていた。
城は横幅の広い、幾つもの居室が階下にあり、どんどんと上に積み上げられ高さを増し、その上に大きな塔が二つ、突き出し濃い茶の崖を背景に、その高さを誇っているように見える。
ディングレーはそれを眺めた後、俯いて吐息を吐く。
風が髪を嬲る丘の上で、シェイルは敵の巨城を背景に、ついディングレーに詰め寄る。
「シェーンデューンは今ですら…抑えてないと、あの城を攻めに突っ走りそうだ…!
ギュンター達は今、どこなんだ?
俺はギュンターらが着く迄、こいつ(シェーンデューン)を抑えていられる自信が無い!」
ディングレーは顔を上げて見えない繋がる空間に居る筈の、ギュンターやオーガスタスの気配を探す。
が直ぐ、オーガスタスの頼りになる声が響く。
「急かせてる!
シェイルそれでも…全力で俺達が着く迄、踏み止まれ!」
「いつ迄!」
シェイルのそれは、頭の中で絶叫のように響く。
ギュンターの入るアーマラスが、全軍を叱咤するように急かせている声が、遠くで響く。
「急げ!
銀髪の一族に、遅れを取る気か?!」
…それはギュンターの意志なのか、アーマラスの婚約者を思う本心なのか。
判別は付かなかった。が………。
ディングレーは頭の中へ必死で声を放つ。
「…城は目前だ。
俺もシェイルもまだ宿主を十分、操れない!」
「…それでも!
抑えとけ!解ったな?!」
オーガスタスの声にディングレーは諦めを覗かせ、一つ、頷く。
瞬間、金の光が肩の横の空間に伺い見え、ディングレーが囁く。
「…ワーキュラスか?」
光は見る間に大きく成って、14・5才の少年の金に透けた体を浮かび上がらせた。
“君達の宿主は強いし、史実道理なら援軍が来る迄は持ち応える。
…だから、いざと成れば宿主にその行動を明け渡せ”
ディングレーは頷いた。
シェイルをそっと伺うと、シェイルは皮肉に口の端を歪めて呻く。
「…が任せて突然…俺に成ってその力を戦闘中に、失う事も、ある訳だ」
“………………………”
ワーキュラスの無言に、ディングレーはシェイルを見つめる。
史実で伝え聞くシェーンデューンは凄腕の剣士。
その刃は風の如く相手を瞬時に切り裂く。とある。
ディングレーは俯くシェイルを見つめ、慌てて呟く。
「いいからそいつ(シェーンデューン)を抑えとけ!
短剣を大急ぎでもっと調達して来るから!」
背を向けるディングレーがほぼ、オースルーンと同化して見えるのに、シェイルは再び俯き、長い吐息を吐き出した。
ギュンターは馬を駆り、軍を率い両横に並び走る、オーガスタスとアシュアークを交互に見つめた。
オーガスタスは常に頭の中の、ローフィスやシェイル、ローランデらに気を配っている。
アシュアークは相変わらず無言。
言葉が頭の中でしゃべれる。ときちんと認識していないせいか、気が向かないと聞こえない様子で、今アシュアークがしてるのは様子を見る限り、どうやったら自分の入った人物を、自由に操れるかで夢中だった。
自分に抱きつきたかったのに、出来なかった事が余程の打撃らしい。
こっちに顔を向けて微笑んだかと思うといきなり、そっぽを向く。
どうやらアシュアークは自分に少しでも近づきたいらしかったが、彼の入ってるアラステスはどうやら一族の長、アーマラスに反感を抱いていて、近づくなんて問題外。らしく、毎度アシュアークが苦労しているのを目につい、ギュンターは吹き出したいのを我慢した。
ギュンターはつい、オーガスタスに話しかける。
「もう…かなり操れるか?」
オーガスタスは手綱を握る左手を外し、握って開きながら呟く。
「…まだ完全じゃない。
かなりの抵抗を感じる。
それにサナンキュラスが一旦動き始めると、俺の意志を無視し別方向へ進む。
それを制御するのは、凄く骨が折れる…。
だが………」
「だが?」
言ってギュンターはオーガスタスを見つめる。
「…彼のしようとする事と俺のしたい事が同じ時…まるで…彼と俺が一体に成ったように感じる。
お前はどうだ?」
聞かれてギュンターは前を向いた。
オーガスタスから見てもう、ほぼアーマラスはギュンターに見えた。
「…ああ。
風を感じる。
小枝を弾き当たると痛みも感じる」
オーガスタスは吐息を吐いた。
「…つまり俺のまだ鈍い感覚も、戦闘中にどんどんハッキリして来る訳だ。
負った傷の痛みを感じてる限り俺の体は、あの『光の里』の寝台の上にあると思えるのにな…」
ギュンターは吐息を吐いた。
「…ワーキュラスが居る。ってコトは、あっちの体も連中が面倒見てくれてる筈だろう?
ともかく、俺達がヤバい状況にあるってコトが、連中に解ってるだけでもめっけものだ。
正直、幻影判定がどうなったのか、心配だったしな」
オーガスタスは、ようやく笑った。
「中央護衛連隊長に、成る気満々なようだな?」
ギュンターは俯いて吐息を吐き出した。
「…期待してくれる相手も居るし、裏切れない」
がふと二人は同時に視線を、ギュンターの右横に居るアシュアークに向ける。
こっちに向いて、微笑んだ。と思った途端プイ!とそっぽ向く。
ぷっ…!
オーガスタスに先に吹き出されて、ギュンターはつい、気の毒そうに泣きべそかく透けたアシュアークを、見つめた。
ローランデはつい必死に成って、アイリスに呼びかけるものの返答は全く無かった。
スフォルツァはディンダーデンを探ったが、二人がどうやら取り込み中らしく、いきり立ち、ラフォーレンに呆れられた。
「…アイリス殿は重傷だ。
簡単に、ディンダーデン殿には陥落しませんよ!」
「…だとしても………!」
ローランデはスフォルツァの様子に、自分達が隠れてる巨大な石柱の、その先の廊下を兵が…そして異形達が、駆け抜けて行く様に、視線を振って言う。
「…戦闘が直だと、城中が準備に走ってるさ中なのに!」
が、大物?ラフォーレンが明るい顔で告げる。
「でもそれって、もう直ギュンター殿やオーガスタス殿らと再会出来るって事ですよね?」
ローランデは頷く。
「隙を見つけ、こちらの城門を開くぞ」
が、ラフォーレンは真っ青に成った。
「人喰いの、異形が見張ってる門を?
…それはやり様を知ってる、タナデルンタス…ディンダーデン殿の、仕事ですよね?」
スフォルツァもローランデを見つめる。
「かなり操れるように成った。
が…気を抜くと姫の居る塔へと、奪還に走りそうだ…」
ローランデが素早く言った。
「私もだ。
が今奪還は無理。
敵が押し寄せ、連中にもう余裕等、全然無い時で無いと…」
金の光にローランデは気づくと、そっと囁く。
「ワーキュラス殿ですか?」
ワーキュラスは金の光から、その姿を現す。
“こちらは戦闘準備で、ごった返している様子だ…”
ローランデは頷く。
「我々も、出来るだけの事をします」
ワーキュラスが囁く。
“ここは…そして君達は一番危険だ”
ワーキュラスに言われ、ラフォーレンは震え上がる。
「…やっぱり?」
“神聖騎士らが、君達の手助けをする。
だが呪文にたけ、彼らと“気”が通じてないとそれも難しい…”
ラフォーレンもスフォルツァも同時にローランデを見る。
がローランデは厳しい表情で言った。
「回路が繋がるか。と言う事でしたら、多分私にそれは無理でしょう…。
呪文の効果を増幅して頂くか、もしくは…“気”を精一杯向けますから、私の頭の中に、効果ある呪文を流して下さい。
それを、唱えます」
ワーキュラスは無言で、柔らかに輝き言った。
“彼らに、伝えよう…。
彼らが直接ここに入れるのにはもう少し、時間を要するから…”
ラフォーレンが瞳を輝かせた。
「それでもここに来て…助けてくれる可能性は、あるんですね?」
ワーキュラスはまた周囲の光を、揺れるように輝かせた。
“それを必ずすると、約束出来る”
ラフォーレンは思わず歓喜の表情でスフォルツァを見、スフォルツァも同様だった。
ワーキュラスはローランデを見つめる。
“援軍を必ず、寄越すから…。
無茶をせず、この二人を頼む”
ローランデは頷いて言った。
「危険な事をする前に必ず、貴方にお伺いを立てます」
ローランデの返答を聞き、ワーキュラスはうっとりするくらい美しい七色の輝きをその周囲に満たし、ローランデとスフォルツァ、ラフォーレンの目を奪った。
ワーキュラスが次第に薄く、消えて行くと、ラフォーレンが呟く。
「『光の国』の生き物とは、本当に美しいものなのですね…」
スフォルツァも無言で、同意した。