7 行軍
すみません。
とりあえずのあっぷ。
ちゃんと手入れしてないので不備だらけかも…。
ディングレーは隣のシェイルが入っている人物、銀髪の一族の若き長を見た。
姫の前は彼だった。
偽りの農婦の援助要請を受け、『影』の罠にかかって捕らわれ、ガスパスに辱められたのは。
幸い、彼は「右の王家」と盟約を結んでいたから、『光の民』との親交があるアーマラスが救助を依頼。
更に幸運だったのは、『影』を操っていたのは、敵の参謀タナデルンタス。
『影』は小物で捕らわれた場所も銀髪の一族との領地堺の屋敷だったので、『光の民』は『影』を打ち破り銀髪の一族が攻め込み、無事頭首を奪還。
解き放たれた頭首は恨みを込めてガスパスに一太刀斬りつけ、ガスパスは命からがら屋敷から逃げ出した。
この失態によりタナデルンタスは失脚。
『闇の帝王』にその地位を明け渡したのだった。
銀髪の一族の若き長の凛々しい横顔に、シェイルの不安げな顔が浮かび来る。
ディングレーは長い銀髪を散らし、その美麗な顔の上に憤りを滲ませ、真っ直ぐ前を見つめ馬を急かし進軍する若き長、シェーンデューンの頭に血が昇る様子で幾度もシェイルに、訊ねたい衝動にかられた。
『ガスパスはそんなに、下手くそだったのか?』と。
つい…比べるのもどうか。とは思ったが、美しい剣豪に惚れて腕に強引に抱いたのは、ギュンターも同じ。
だが結局、ローランデは何だかんだ言って、ギュンターを袖には出来ないでいる。
一方ガスパスは解き放たれたシェーンデューンの、激しい一太刀を受けたばかりか、シェーンデューンは今度はガスパスの息の根止めようと、馬を走らせてる真っ最中だ。
余程、最悪だったに違いない。
寝技の差なのか性格の差なのか。
はたまたギュンターが並はずれていい男だからなのか理由が少し、知りたい気がしたのだ。
が、シェイルはそれどころじゃない。
ローフィスが重傷で危険な旅に出、更に傷ついたディアヴォロス迄が救出に現れて、その表情は一層険しく、抑えてないと泣き出しそうで、これがディアス、ローフィス相手なら遠慮なく縋りついて泣くんだろうが、自分しか傍に居ない。
だからぐっ。と感情を抑え込み、必死で理性を保とうとしていた。
が、行軍が始まってからぼんやり感じていた馬の振動が今や殆ど日常乗馬の時と変わらぬ程感じ始め、ローフィスもこうだとしたら、シェイルの心配も無理無い。と思える程手綱の感覚もはっきりとし出し、馬を操るのも今は最早自分だった。
オースルーン…自分の入った人物の名だ。
彼は現「左の王家」…黒髪の一族のはぐれ者で、領地を出、アーマラスに世話に成っていた。
放浪する事が好きで、縛られるのが嫌い。
ガスパスにすら、出会った事があった。
オースルーンの知ってるガスパスは権威欲の強い男で、が恋愛に関しては惚れっぽく、惚れては追い求めて自分のモノにしたがる軽い男。
しかも惚れる相手は厄介な相手ばかり。
オースルーンが出会った頃はまだ小さな一領地の子息で、その当時も腕自慢の恋人の居る婚約者。だとか、大物のご婦人だとかの人妻に惚れては、毎度騒動を引き起こしていた。
が領主の子息と言う事で、恋人や夫はしぶしぶ異議を引っ込め、権力でお咎めを逃れたのがきっと、癖に成ったんだろう。
今や『影の民』との親交を深め、その権力を絶対のものに、しようとしていた。
が心の中でオースルーンが呟いていた。
『影』と付き合っている以上、ガスパスはかつての、ただの軽い馬鹿では無くなっているだろう。と。
異形を幾度も、目にして来た。
旅人を襲い、人肉を喰らう様も見た。
明らかに、今や人の心を無くした忌むべきものと、成り果てているに違いない。
あんな、化け物を味方にする等と。
ディングレーはオースルーンの回想でチラと浮かぶその不気味な光景を直視するのを避けて、項垂れた。
少なくとも、ガスパスの城下の者に入らなくて済んで、本当に自分は幸運だった。と安堵した。
「ぎゃああああっ!」
スフォルツァは吐きそうなのを我慢した。
目前では、公開処刑が行われていた。
領地で盗みを働いた農夫が、化け物に生きたまま肉を、喰らわれている。
一匹が喰らい付くと後はもう群れなして襲いかかり、喰われる農夫の姿は異形の群れ中に消え、引きちぎられた腕を一匹が手に持つと、またそれを更に奪い合い争う異形達。
やがて鋭い鉤爪で傷を負った異形を、別の異形が襲い、貪り喰らい始める。
「仲間迄喰らうのか…」
ラフォーレンの呟きに、スフォルツァは俯ききった。
ローランデが気づいて、スフォルツァにそっと囁く。
「あれは実体で無く…喰われた男は大昔に亡くなっている」
スフォルツァは無言で、頷いた。
ローランデは農夫が許しを乞うて泣き叫んだ時、スフォルツァが懐に忍ばせた小刀につい、手をやる姿を見ていた。
思い直し、手を放し…が幾度も、叫ぶ農夫の悲痛な声に引きずられ、小刀の柄を、きつく握り込む彼の正義感の強さ。
そっと、スフォルツァの肩を後ろから抱くと、スフォルツァは青ざめた顔を上げ、小さく頷いて見せた。
ローランデの、稟とした確かな温もりに、理性が戻る。
剣聖。
一つ年上のローランデの事を自分もそう、仰ぎ見ていた。
何より、大好きな同学年のアイリスが敬愛していた。
が誰の尊敬も受けるに相応しい、透明で崇高な“気”に包まれた一つ年上のローランデは、誰が見ても素晴らしい貴公子に見えた。
ギュンターが、手を出す迄は。
ギュンターと過ごしたと、一目で分かる程髪が乱れ、艶を纏う彼の困惑と焦燥の表情に、聖なる者と彼を仰ぎ見るどれだけの奉者達の、憤りを買った事か。
事実、頭に来た一人がギュンターを闇討ちして欝憤を晴らそう。と言い出した時、直ぐに訊ねた程だ。
「で?時間と場所は?」
アイリスが直ぐにしゃしゃり出て
「それはまずい」
と、説得力のある言葉で皆を、押し止めてはいたが。
吐息を吐き、ローランデを見つめる。
最早ほぼ、彼の姿だった。
ギュンターが居ないローランデは昔の自分が尊敬を抱いた剣聖に戻る。
最もあの頃から比べると自分はうんと背が伸び、ローランデを見下ろしていたが。
が、ギュンターにその聖性を奪われない彼は身の大きさ等関無い様に、その魂の大きな包容力と力強さを、感じさせた。
「落ちついた?」
尋ねられ、頷く。
直ぐ、頭上にギュンターの怒声が響き渡る。
「ローランデに手出しして無いだろうな?!」
スフォルツァは怒鳴り返した。
「彼のような聖人に手出しする恥知らずは君くらいのものだ!」
ローランデが吐息混じりにギュンターに囁く。
「見て無いのに、どうしてスフォルツァの身に手を、添えたと分かる?」
ギュンターの、くぐもる声がした。
「…それ位の気配は読める」
オーガスタスとディングレーの、大きな吐息が頭上を、満たした。
ゼイブンがローフィスを見る。
「…この時代、地形はかなり俺達の知ってる時代と、変わってると思うか?」
ローフィスも、にやり。と笑う。
「俺も今、それを考えてた所だ。
…幾つ知ってる?」
「三つ。
があんたの状態じゃ、内二つは無理だ」
ローフィスは頷く。
「…地下洞窟の道か?」
ゼイブンが、頷き返す。
ローフィスがふいに、何もない空間に語りかける。
「…どう思う?ワーキュラス」
それ迄気配を消していたワーキュラスが、金の光と成って突然現れる。
みるみる間に光は大きくなり、15・6の少年の姿が現れ出で、頭に荘厳な、声が響き渡る。
“…『影』に気づかれずに進めれば、大丈夫だろう。
が…。”
ゼイブンが肩を竦めた。
「賭か?」
ローフィスが呟く。
「だが“里”に至る地下道とは違い、今度は幾本もの抜け道がある」
“君達が迷わないよう、私が案内する”
ゼイブンがワーキュラスを見つめた。
「俺は迷わない。
進む先に『影』が出るかどうかを、教えてくれさえすればそれでいい」
ワーキュラスが、頷きの代わりに周囲の輝きを一瞬増す。
立ち上がると、ローフィスが脇に手を添え、顔を歪める。
ゼイブンはそれを見つめ、風がシャツを叩くのに顔を上げた。
「不穏な天気だ」
太陽が、黒い雲に姿を半分隠す。
ローフィスは風に髪を嬲られながら顔を、上げる。
「地下洞窟なら、ずぶ濡れよりはマシだ」
ゼイブンが、吐息を吐いて馬に駆け上る。
そして右腕を鞍に絡ませ、体を引き上げて右足を前へ跳ね上げ、馬の首を跨いで反対側に下ろし、尻を鞍の上に落ち着かせるローフィスを見守る。
真っ直ぐ、年上のその頼れる男を見据える。
「『影』が出たら、俺が呪文を唱えるから、あんたはワーキュラスと相談して道案内を頼む」
頭上に黒雲が広がり、風は馬の鬣をその首に巻き付け、髪
を頬に張り付かせ、シャツが身を叩きまくる中、ローフィスはゼイブンの淡いブルーグレーの瞳が、真剣そのものに自分に注がれるのを見て、笑った。
「いつもと逆だな?」
が、ゼイブンは手綱を引いて馬の首を回し、ぼそりと告げた。
「行くぞ」
二騎は木の枝が一斉に横に靡く程の強風の中、疾風のように駆ける。
黒雲はどんどんと広がり行き、大粒の雨か雷鳴が、周囲を濡らし音を響き渡らせるのは、直だった。
はためき薄目を開けないと前すら確認出来ない風の中、まるで二騎は申し合わせたように草原の中を蛇行し、幾本かの木々が風にへし折れそうにしなる、その向こうの岩壁に、馬の頭を下げ自らも身を低く倒し一気に、突っ込んで行った。
掻き消えたように見えた。
まるでその岩壁に。
だんっ!
入り口が狭く段差があり外より低い石の床に着地した途端、二騎は馬の首を回す。
二人は丸で『光の民』のように頭の中で会話をしていた。
入り口から分かれ道が三本。
素早くゼイブンがワーキュラスに訪ねる。
“次の枝道迄に『影』が見あたるか?”
その問いに、ワーキュラスは瞬時に三つの内の一つに蠢く『影』の映像を送り、ゼイブンは承知とばかり右!と短く鋭くローフィスに叫ぶ。
ローフィスが返事を返す間も無く素早くゼイブン同様馬の首を右端に向け、二騎は速度も落とさずその縦穴に突っ込んで行った。
暗がりの中並走するローフィスをゼイブンはチラ…と見つめる。
いつもの手綱捌きだ。全く平常時の。
「いいからそのまま行け」
頭の中に響くローフィスの声に、ゼイブンはくっ!と唇を噛むとさらに身を馬に倒す。
瞬時に察したローフィスが同様倒す。
二騎はほぼ真っ暗な縦穴を、速度を上げて突っ走って行く。
が…。
ゥワ゛ァン…。
周囲の空気が振動する。
「…今のはまさか…」
ゼイブンが口を動かさず頭の中で問う声に、ワーキュラスが瞬時に伝える。
“湧き出る!”
その映像にローフィスが馬の首を左の脇道へと向け始め、ゼイブンは周囲に向けて呪文を雷土のように放つ。
「ラク・エル・クエスタ!」
一瞬ゼイブンが輝きその光が周囲の空間を焼き尽くすように覆い尽くした。
ローフィスが目を見張る。
黒い靄の中影が揺らめき、出でようとして光に、弾き飛ばされた。
ローフィスの先導で二騎は左の脇道に突っ込んで行く。
「…凄い威力だな」
ローフィスの疑問にワーキュラスが答えた。
“君達の体のある場所は『光の里』
周囲を皆が取り囲み光の援護を送ってる”
ローフィスが呟く。
「有り難い…。実力の倍の威力はあったな?」
ゼイブンが直ぐ呻く。
「ヘタすりゃ、三倍だ」
が二人は手綱を引くどころか逆に緩め、拍車を立て続けに掛けて速度をいや増す。
次の枝道を右。そして直ぐ次ぎを左…。
全く速度を二騎は落とす事無く並走して突っ走る。
ワーキュラスが揺れるように唸る。
ゼイブンとローフィスが疑問を飛ばすと、ワーキュラスから先の枝道の各々に続々と沸き出て待機する『影』の映像が二人の頭に飛び込んで来る。
ゼイブンが口を開き叫んだ。
「一つを滅すると別に数が増して沸く仕掛けか?!」
ローフィスが、前を見据え、頷いた。
「…ジャラガンドゥラか…」
吠える怪獣。の異名を持つその『影』は…彼らの時代も同様、こんな枝道だらけの暗い洞窟を住処としていた…。
滅すれば現れる、異形の野獣の、大きさはどんどん小さく成りだが…その数は増える。
赤く光る目に鋭い歯と爪。
群がりたかり、喰らい付く。
鼠程の大きさの野獣の群れを交わせば最後に本体が…。
現れ出るのが常だった。が…。
ワーキュラスの送る映像の、次々に現れ出るジャラガンドゥラの姿は全て、本体…。
「嫌な予感がする」
ゼイブンが呟くと、ローフィスも呻いた。
「俺もだ」
ワーキュラスが、避けた筈の枝道の先に沸き出始める『影』の靄に叫ぶ。
“光の援護を期待していいから、知ってる限りをブツけろ!”
ゼイブンは頷く代わりに呪文を叫ぶ。
「アッカドゥーラ!」
ゼイブンが唱えた途端、周囲に金の粉を散らし、真っ白に発光するのにローフィスが目を見張る。
「ダブサンカルズ!」
その光は前方に現れたジャラガンドゥラに、襲いかかるように覆い尽くそうとし、ジャラガンドゥラは一気にその姿を小さな化け物へと分散し崩れ行き、光の塊から逃げ惑う。
その中を、ゼイブンとローフィスは一気に駆け抜けて行った。
ワーキュラスが頭の中で、先の枝道から続々と姿を消し行くジャラガンドゥラの『影』の映像を送り来る。
「大人しく、引く気だと思うか?」
ゼイブンの問いに、ローフィスは唇を噛む。
“この時代の『影』は実体だ!
森に巣喰う『影』達が気づいて、ジャラガンドゥラの一人に回路を使わせろと交渉している…”
ああ…。
とローフィスが頭を振る。
ゼイブンが代わって呟いた。
「奴は群れない、変わり者だものな」
「だが今の内だ!」
ローフィスの叫びに、ゼイブンは拍車を掛け、二騎は薄暗がりの中、駆け抜けて行った。
石の薄い部分に来ると激しい雨音が聞こえる。
「…外は豪雨か…!」
幾度も蛇行する道を速度を落とさぬまま駆け行き、ゼイブンは迷う事無く枝道を右に左に手綱を繰り、もし…普通の人間ならびっくりした事だろう…。
こんな迷路をこんな速度で駆け抜けて行くのだから。
ゼイブンは心の中で祈っていた。
出来ればこの道で行きたかった。
昔溶岩が地上に押し寄せ出来た岩道。
多少の起伏はあるもののその横幅はほぼ安定していたし、山道の地下を通り険しい山越えするよりも余程、安全だった。
チラ…!とローフィスを見る。
ローフィスは暗がりで歯を食いしばり、その唇が僅かに動きずっと…癒しの呪文を、唱え続けていた。
ワーキュラスが頭の中で揺らめく度、ローフィスの眉間が寄る。
ゼイブンは無視し、突っ走る。
がとうとう…ローフィスが頭の中で怒鳴った。
「交渉はどうなった!」
“諍っている。ジャラガンドゥラの一人がたった今、殺されて回路を奪われた。
誰が行くかでまた、諍が始まった所だ”
「いいぞ…!ずっと殺ってろ!」
ゼイブンは叫ぶとまた、道を曲がる。
ローフィスは心の中で呟く。
「(最短距離だ)」
ゼイブンの、自分への気遣いが感じられ、ローフィスですら祈った。
厄介なお出ましと出来れば、出くわさずに済みたいと。