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「アースルーリンドの騎士」別記『幼い頃』  作者: 天野音色
第七章『過去の幻影の大戦』
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3 メーダフォーテの不服

 スフォルツァは入り込んだ人物が、塔に向かって進んで行くのを見た。

が横のラフォーレンはその壁の無い剥き出しの石階段に続く吹きっ晒しの廊下を進む、異国情調溢れる恰好の、えらく目立つ配色の衣服の人物を見付け、叫ぶ。

「ディンダーデン!」

スフォルツァも振り向く。


二人の入った二人の男はだが階段を登り行き、ディンダーデンの入ったその、ピエロのような派手な衣装の人物からどんどん離れ行く。


「…どうしてお前らがここに居る…。

そっちのはスフォルツァなんだろう?


…何で透けて入ってるんだ?」


ラフォーレンもスフォルツァもキョロキョロした。

が階段を進む二人の行く手に、ディンダーデンの入った人物の姿は無い。


ラフォーレンはスフォルツァを見たが、スフォルツァはぼやく。

「…知るか。どうしてあんただ?

俺達はアシュアークの後を追ってきたのに」


相変わらず彼らの視界の先は、寒々とした石の階段のみで、壁が無いので高さを増す度風はびゅーびゅーと唸り舞い散る髪が頬を叩く。


二人の入った人物はフードを風避けに、片目閉じて更に上へと登る。


ディンダーデンの、声が頭の中で響く。

「…お前ら、どこ行く気だ?」


スフォルツァは怒った。

「自由に自分じゃ動けないんだ!

知る訳無いだろ?!」


「全然駄目か?」


ラフォーレンはスフォルツァを見た。

スフォルツァは歩を止め階段を降り、ディンダーデンの入った人物の居る廊下へ、戻ろうと試みた。


が、幾ら力を込めても自分が透けて動くだけで、彼が入り込んだ人物の歩は止まらない。


ディンダーデンの、声が聞こえた。

「…入って間もなくか?

暫くしたら定着して、僅かだが操れるように成る。


…僅かだがな」


ラフォーレンが見ていると、スフォルツァがとうとう怒鳴った。

「動けるならあんたが!

こっちに来てくれ!」

が直ぐ様ディンダーデンの、とぼけた声が聞こえた。


「聞いて無いのか?

僅かだと言ったろう?


せいぜい伽の最中、女の感じるツボを外す奴を見て、ここをやればもっと喘がせられるのに。と手を伸ばしたら動かせた。…それっくらいだ。

二・三歩程度なら動かせるが、進む方向を完全に変えるのは無理だ」


スフォルツァがかっかして怒鳴った。

「じゃ駄目じゃないか!」

ラフォーレンが囁く。

「でも離れてても会話は出来てる」

スフォルツァがラフォーレンを見た。


ある意味、大物なのか単にボケなのかは解らなかったが、ラフォーレンは時々腹が立つ程周囲に流されず、マイ・ペースだった。


「…そうだな!で?

話せる奴に、事の子細を尋ねるか?!」

ラフォーレンが、筒抜けで無駄なのに声を顰める。

「…ディンダーデンに事態が解ってるとは思えない」


直ぐに、ディンダーデンの声が頭の中に響いた。

「お前らだって分かって無いだろう!」


スフォルツァが見てると、ラフォーレンは首を竦め、近くにディンダーデンが居なくて良かった。と言う顔を、した。


「…つまり、他に誰か居れば会話は離れてても出来る。と言う事か………」

スフォルツァのつぶやきに、ディンダーデンが返す。


「…他?

俺の夢に他も入り込んでるのか?」


その返答に、スフォルツァもラフォーレンも顔を見合わせた。

「あんたの夢じゃないと思うがな!」

スフォルツァの怒声に、ディンダーデンが頷いたような気がした。


「…だろうな。間違ってもお前らは招待しない」


やっぱりスフォルツァは声を顰め呻いた。

「招待されても丁重に、断るさ!」


「…聞こえてるぞ!」


ディンダーデンの怒声に、今度はスフォルツァが首を竦め、ラフォーレンが横で溜息を吐いた。



 アイリスは自分が入り込んだ女性が、理知的で気品に満ち美しい。と感じてはいた。

がどうして…自分が女に成ってるのかは、さっぱりだった。


その部屋は豪奢でだが暗く、部屋に訪れる者は皆ごつい兵士で更に、靴音を響かせているから、ここは高貴な者を閉じ込める、豪奢な牢獄だと解る。


外は石の廊下か、階段の筈だ。

更に扉が開く度、風の音が響いたから…かなり高い…塔の中なんじゃないか。と辺りを付ける。


様子見に来た、黒髪を後ろに梳き上げ随分気取って嫌味に見える、身分の高そうな男の気配に“影”を感じた途端、アイリスは俯き顔を隠す。


が、幻影のその“影”は、姫に入った自分は見えない様子だった。

近寄ったかと思うと突然、自分を庇う様に寄り添うローランデの、腕を掴む。

「お前…!

女じゃないだろう?!」


そう…見破られ糾弾されて、ローランデは自分が入り込んだ人物の息が一瞬、止まる程のショックを受けてると解る。


「誰か!」

黒髪を後ろにたくし上げ、鼻髭を蓄えたその厳しい顔の男が叫ぶ。


直ぐ…扉が開いて、槍を持ったごつい兵が一人、顔を覗かせる。黒髪の男がすかさず叫んだ。

「…連れて行って処刑しろ!」


アイリスは自分が入り込んだ女性が、泣き出しそうな表情で、連れ去られる幼馴染みの、顔のとても綺麗な少年護衛の後を必死で追うのを見た。


黒髪の、悪魔のような鼻髭の男に腕を掴まれ…彼女は泣き出しそうだったし第一、少年護衛に透けて見えるローランデの…覚悟を決めたような顔が青冷めるのを見た。


アイリスは咄嗟に叫ぶ。

「大丈夫だローランデ!

大丈夫だから………!」


理由を…叫ぼうとし、けど…彼の入り込んだ麗しのラフレンシアの、胸は張り裂けそうでアイリスは一瞬、息を詰まらせ眉を寄せた。


明らかに、彼女との同化が始まっていた。

彼女の身に起きる事を自分のように感じ始める。


そしてアイリスがその息が止まりそうな嘆きを耐え顔を上げた時…ローランデが入り込んだ少年護衛は扉の向こうに、姿を消していた………。



 ローランデは腕を、痛みが走る程きつく掴まれ、顔をしかめる少年の中に居ながら、はらはらしながら状況を伺った。体の大きな男に強引に、石で出来た廊下を引きずられて行く。


まだ小柄な…少年で…なのに彼は自分のこれからの処刑より、残して来た姫の事で胸が張り裂けそうで、幾度か兵に抗ってはその力を思い知らされ、彼は必死で自分を抑え、機会を窺った。


逃げ出すのでは無く…姫の元へ、戻る機会を。


彼は痛切にこう思っていた。


女だったら良かったのに!

もしガスパスが姫を汚そうとしたら…盾に成って自分の身を差し出せたのに…!


そのあまりの悔しさに身を震わす少年の…心が痛い程…ローランデに伝わる。


あんまり一途で、もし離れて居たら、抱きしめて慰めてやりたい。と思う程だった。


が突然、廊下の先にフードを被った二人の男が立ちはだかる。

一人が咄嗟に兵の突き出す槍を握り、もう一人が懐に忍ばせた短刀を兵の腹に突き刺す。


「ぅ…ぐっ!」

兵は血糊を口から吹き、前のめりに倒れた。


「イェルク!」

あんまり一瞬の事で呆然としてると、少年は名を呼ばれ顔を上げる。

「チェザク…ニンスク!!」


仲間か…良かった。とローランデが良く見ると、その二人も目を見開いていた。

「ローランデ殿!」


透けて見えるスフォルツァとラフォーレンに、ローランデは僅かだが、頷いた。



 ローランデは焦った。

説得したかったが、彼が入ってる少年は過去の幻影なのだ…。


「いい加減にしろ!男だとバレた今、見つかったらお前は姫の所に戻る間も無く殺されるんだぞ!」

スフォルツァが入り込んだ青年が厳しく叱咤しても、少年はもがいている。


ローランデが見ると、スフォルツァはチェザクと呼ばれる青年の中に居て、困っていた。

スフォルツァの方が優雅で線の細い感じがしたが、誠実そうな所といい、その癖信頼出来、頼れそうな逞しさはスフォルツァに似ていた。

髪の色も。


横で必死に少年の腕を掴むニンスクも、ラフォーレンとどこか類似点があった。


そして…確かに自分は小柄で、その少年は顔立ちこそ少女のようだが、気が強く一途で無鉄砲な所は…確かに自分も似ているのかもしれない。とローランデは思う。


何より、明るい栗毛の髪色も似ていた。

そして姫の髪の色はアイリスより少し明るい程度の濃い栗毛。

何より、濃紺の瞳の姫は、アイリスそっくりだった。


「………外見的特徴が似ている人物に入り込み易いのかな?」

ローランデのぼやきに、スフォルツァが囁く。

「長く居ると操れるように成る。

とディンダーデンは言ってたが………」


ローランデが顔を上げる。

「ディンダーデンも居るのか?

どこに!」


がその時頭上から、ギュンターの声が響いた。

「オーガスタスが、ご到着だ!」


アイリスの声も響く。

「大丈夫だったでしょう?ローランデ。


歴史で確か少年護衛は仲間と合流してる筈だし」


スフォルツァとラフォーレンの、驚き様と言ったら無かった。

きょろきょろと二人揃って頭上を見上げてる。


ローランデは二人への説明が面倒で、取りあえずアイリスに返答した。

「…その仲間に、スフォルツァとラフォーレンが入ってる」


直ぐにギュンターの声が響く。

「じゃ、ディンダーデンはまだか?」


ラフォーレンが見ると、スフォルツァは呆けて頭上を見ていたが、直ぐに我に返って怒鳴る。


「あいつはちんどん屋みたいな男の中で楽しそうだったぞ!」

ラフォーレンが項垂れて補足した。

「…その男が女性とその…過ごして…一緒に満喫したみたいですね………」


「…良かったじゃないか………」

オーガスタスの声がし、ゼイブンの声が遠くから話してるみたいに小さく聞こえた。


「こっちは全然良くない!

ローフィスは病み上がりなんだ!

どんどん、手綱を握る手の感覚が同化してる。

こいつ、英雄とか言ってるけど乗馬は俺よりヘタだ!」


「ローフィス…大丈夫なのか?」

オーガスタスの声が心配そうに響いたかと思うと、やはり遠くからの声のようにローフィスの声はとても小さく、が冷静に響いた。

「それより、何でこんな事に成ってるのか知ってるか?」


オーガスタスの、投げやりな声がした。

「解る訳あるか!」


それを聞いた全員が、やれやれと項垂れる。


が途端、悲痛な叫びが飛び込んで来る。

「ローフィス!傷が…開いたりしてないな?!」

シェイルの泣き出しそうな声。


ローフィスは務めて平静に囁く。

「大丈夫だ。

第一傷が開けば流石の癒し手も、寝てる筈の俺に何が起こったのか探ろうとして…こっちにとっちゃ突破口なんだが…」


「…馬鹿………」

オーガスタスのつぶやきが聞こえ、直ぐに頭上に響き渡るシェイルの声は、張り裂けそうだった。


「…どうしてあんたが身を犠牲にして突破口を開かなきゃならない!

ただでさえ…同行者がいつもあんたに頼り切りで、頼り無いゼイブンで心配なのに…!」


「おい…!」

ゼイブンが異論を唱えたが、泣く子には叶わないようだった。直ぐ押し黙る。シェイルが泣き叫んだので。

「どうしたら旅を中止できるんだ?!

どうして誰も何も解らない!!!」


ローランデが声を挟もうとしても…シェイルは今にも泣き出しそうだった。


「…今の声はシェイルなのか?」


突然、ディンダーデンの声が割って入る。

「やっぱ来てたか…」

ギュンターの声にディンダーデンが怒鳴る。

「さては、お前の担当の幻術使いがヘマして、お前の幻想に俺達を引きずり込んだな?!」


「……………」

ギュンターの沈黙に、アイリスが返答した。

「これだけの人数を引き込む力は、幻術使いには無い筈だ」


が、ディンダーデンは即答する。

「いつか神聖神殿隊の奴に

『若くて未熟な奴程力の使い方も調整の仕方もヘタだから、とんでも無い力を平気で使う』

と聞いたぞ?!」


オーガスタスが吐息混じりに囁く。

「アースラフテスがそんな間抜けを、大事な判定で使うか?」


ディンダーデンが、がなる。

「違うと言うなら、何のせいだ!」


皆が一斉に、アイリスの返答を待つ。


アイリスはその無言の意味をひしひしと感じた。

感じたものの…。

「メーダフォーテの陰謀、だろう事しか解らない」


「方法も解らないのか?」

御大、オーガスタスの言葉にアイリスは項垂れた。

「…見当も付かない」


ラフォーレンもスフォルツァも項垂れ、ローランデも吐息を吐き出した。


シェイルの悲痛な声が尚も頭上で響く。


「…陰謀だろうが…ローフィスを助ける手立ては無いのか?!

俺は飛んで行って旅を中断させたいけど…入ってる奴がしてるのは戦の準備だけだ…。

もう明日には戦いに旅立つ。

いきり立ってるから、今日かもしれない…。

敵のガスパスが、大嫌いみたいだ…!」


アイリスがぽそり…、と囁く。

「ガスパスは銀髪の一族の長を、しつこく口説いてたからな……」


ギュンターが呆れた。

「アーマラスの婚約者を略奪して置いてか?」

「それ以前だ。

ガスパスは結局こっぴどく振られ、その後麗しのラフレンシアに一目惚れした、はた迷惑な両刀だ」

ディンダーデンの説明に、オーガスタスが尋ねる。

「…歴史に、詳しいか?」


その問いに、ディンダーデンが囁く。

「俺が詳しいのは史実の大筋じゃなく、人物のゴシップだけだ」


「…らしいぜ」

スフォルツァの囁きに、ディンダーデンが唸る。

「姫のお付きの者や奪還を試みた者は全部、戦の途中で死ぬんだぞ!」


ローランデが見ていると、ラフォーレンは真っ青に成った。

が、アイリスの落ち着いた声音が響く。

「幻影判定道理なら、人物と同化すれば次第に自在に動けるように成るから、史実の人物が死のうが、こっちのやり様で変えられる」


ラフォーレンが見ていても解る程、ほっとした。


ディンダーデンの声が響く。

「自在に動き回れる様に成るのか?


…じゃさっき諦めた、胸の豊かな美人侍女を口説けるな…」


「解ってるのか!

これから戦が始まるんだぞ!!!」

シェイルの金切り声に、ディンダーデンが即座に返す。


「俺の入り込んだ人物はタナデルンタスだ!

ガスパスを裏切って攻め込まれた城の内側から城門を開けて敵を招き入れ、金髪の一族に恩を売った。


敵が城になだれ込むと、とっとと手持ちのお宝持って裏門からこっそり抜け出した、お利口さんだぞ?」


「アイリスが囚われた姫に入り込んでるんだろう?

……女相手に発散したら、あれだけ口説いてたってのにアイリスにはもう用なしか?

冷たいな」

ギュンターに言われ、ディンダーデンの声はくぐもった。


「どうしろって?!

俺がこいつを操って、アイリスの入った姫を助け出せってか?」


「…普通、こっち(攻め込まれる敵方)に居たら、そういう発想に成らないか?」

スフォルツァに言われ、ディンダーデンは黙る。


「…お前ら、殺られると解ってたらやり返せるよな?」


ラフォーレンの、情けない声がした。

「我々に任せて、タナデルンタスがする通り裏口から逃げる気なんですか?」


ローランデが囁く。

「私が必ずアイリスを助ける」


ディンダーデンが唸る。

「…ローランデもこっちに居るなら、俺は必要無いだろう?」


アイリスの吐息が漏れる。

「…こっちの城の中には“影”がごろごろ居るのに?

タナデルンタスはまた十分力を持たない“影”を痛めつける方法を、知ってる筈だ」


ディンダーデンが怒鳴った。

「真面目に歴史してたら、タナデルンタスは結局『闇の王子』達の父親、『闇の帝王』に破れ宰相の座を追われる。と知ってる筈だ!」


ローランデが冷静に囁く。

「けど炎の女王サランディラは口説き落として操っていたし…それに小物の“影”を、タナデルンタスは押さえつけてたじゃないか」


「この時代には!

飛び(イレギュレダ)も居たし、狂凶大猿(エンドス)も居た!

“影”は俺達の時代、封印され次元の彼方だが!

この時代は異形が実体としてそこらの“影”の貴族達に飼われていたんだぞ!


これから起こる“戦”ってのは!

そいつらをも敵に回すって事だ!


俺は死体が動くのだけで十分だ!

異形がぞろぞろ暴れ回る戦で肝を冷やす気は無い!」


「…化け物が怖いのか…。

案外臆病なんだな………」


スフォルツァの声に、ディンダーデンが怒鳴る。

「お前!代々伝わる歴史書に挿絵が無いだろう!


俺の家柄は古く、挿絵入りで異形に喰われる血塗れの兵達が描かれてる!


この時代の“影”の化け物は人を喰うんだぞ!

それで“影”の力を得てるんだからな!

万一間違って奴らに喰われたりしたら…本体迄死んじまう!


喰われて死ぬなんてぞっとした体験してもまだ平気で居られる自信は俺には無いからな!」


が、オーガスタスのとぼけた声がした。

「喰われるのが嫌で戦わなかったら…結果喰われるだろう?」


ディンダーデンが言い張る。

「タナデルンタスは上手くやる!」

ギュンターが吐息混じりに囁いた。

「“お前が入った”タナデルンタスでもか?」


全員一斉に、ディンダーデンが睨んでるな。と思った。


ローランデが見ていると、ラフォーレンはやっぱり顔が青かった。

「…つまり我々が居る場所は…最前線って事なんですよね?」

ローランデが見ていると、やっぱりスフォルツァも返答できず、青い顔で俯いた。


ディンダーデンはほら見ろ!と吠える。

「『光の民』の助け無しで、こんな城の中で奴ら敵に回したら、間違い無く喰われるんだぞ!」


ローランデが落ち着き払って囁く。

「…だが姫を見捨てる訳にはいかない。

我々が動かないと…姫はガスパスに汚され…「右の王家」の始祖アーマラスは深い嘆きの中で…必死に婚姻を辞退する姫を支える羽目に成る」


ディンダーデンが怒鳴った。

「それが史実だろう?!

どうして史実道理にしてやろう。と言う発想が無いんだ?

第一姫にはアイリスが入ってる!

奴は汚されるどころか絶対愉しむか、相手を逆に骨抜きにするに決まってる!


ガスパスは姫に、惚れてるんだからアイリスにとっちゃチョロいさ!」


「…それもそうだな………」

ギュンターの同意に、オーガスタスが吐息混じりに忠告した。

「…アイリスは怪我を負ってる。

下手に同化して動き回れば…ローフィス同様傷が開くぞ?」


が、ギュンターは反論する。

「…だが戦うよりは楽だろう?

第一、女を口説くよりは体力を使わない筈だ。

受け身なんだから」


アイリスが怒鳴った。

「ガスパスがディンダーデンと違ってお上品だと、誰が保証してくれるんだ!


ガンガン突かれて揺さぶられたら、傷は開くに決まってる!」


がふとディンダーデンが気づく。

「…ガスパスに開かせるくらいなら、俺の方がマシだ」


が、アイリスは怒鳴った。

「君だろうがガスパスだろうが!

どっちもごめんだ!!!」


「だが史実だぞ?


銜えて逃げるか?

だが囚われてて毎度それでやり過ごせるのか?


お前なんか入って同化した日にゃ、姫はそりゃ大層色っぽいだろうからな!」


今度は全員が、アイリスが睨んでるな。と思った。



 ゼイブンは横の、ローフィスが入り込んでいるラオールレンを見た。

彼は素晴らしく男前でローフィス同様、明るい栗毛をはためかせ、真っ直ぐ前を向いている。


が中に入ってるローフィスは………。


領地から遠ざかる程、頭の中に響く皆の声もが遠く小さく成る。


ゼイブンは胸騒ぎがした。


歴史なんざ…ましてや英雄の活躍なんざ、まともに目も通さなかった。

が居残りさせた講師のお陰で、なんとか自分の入り込んだサッテスがどういう旅をしたのか…解る。


この場合、解った方がより先が解って怖いのか、解らない方が良かったのか…判断がつかない。


が…解っているだけに、ついローフィスを覗い見る。


ラオールレンは足を潰す。史実が事実なら。

サッテスが彼を担いで逃げ出し、必死で…山越えをするんだ。


ゼイブンは聞きたかった。幾度も。

ローフィス、あんた、ラオールレンがどうなるのか知ってるか?と…。


ラオールレンは馬上で真っ直ぐ前を向いていたが、透けて見えるローフィスが振り返る。

「言いたい事は解ってる。

さっきから何度もしつこく…打診されちゃな!


空間は繋がってるらしいし夢の中と変わらないから、お前の心も感じる」


ゼイブンは躊躇ったが…それを口にした。

「じゃ…俺の懸念が解る筈だ…。

だんだん…馬に揺られる振動も感じる。


…あんた、このままじゃしんどいだろう?

揺れる度に傷口が開かないか?」


ローフィスは無言で前を見た。

そしておもむろに口を開く。

「もっとひどい怪我で三日、馬に乗り続け逃げた経験もある。


ただ…………」


ゼイブンが尋ねる。

「ただ?」

「…そん時ゃ、傷口を火で焼いて止血した」


ゼイブンはぐっ!と喉を詰まらせる。

「…じゃそれこそ駄目じゃないか…。

血が流れるのはラオールレンで無く、寝ている筈の、あんたの体なんだからな!」


が、ローフィスは振り向くと笑った。

「幸いここは“里”の中だ。

呪文を唱えれば光の力を借りて、傷口を塞げる」


ゼイブンは吐息混じりに囁いた。

「それを早く言えよ!」


が、ローフィスは呆れた様につぶやく。

「異常事態に自分が神聖神殿隊付き連隊所属だって事も、忘れちまったのか?


呪文を全部ど忘れしたとか、言うなよ!」

ゼイブンはようやく、嫌な予感が何なのか、解って項垂れる。


「…つまり、傷口塞ぐ為にあんたが呪文を唱え続けてる間、敵を退ける呪文は全部、俺が唱えなきゃならないって事か?」


ローフィスはようやく、解ったか。とゼイブンに頷いた。

頷かれたゼイブンは一層より深く、項垂れたが。






 アイリスはその扉が開くのを見た。

ガスパスは黒っぽい栗毛の、なかなか見目のいい若者だったがともかくごつく、そして…笑うと下卑て、とても下品だった。


が良く見ると…その中に透けて…ノルンディルが見える。

アイリスは一瞬、顔を揺らす。


宿敵。

テテュスを斬ろうとした仇。


出来れば今すぐ剣を抜いて挑みかかり、息の音を止めたい相手。


メーダフォーテの罠なら、現れるだろうと予測はしていた。

が当人の顔を見てこれ程…全身の血が、沸騰し逆流して渦巻くように怒りが沸き上がる。と予想が付かなかった。


睨み据えてると、ノルンディルは目をまん丸にする。

そして室内へ歩を踏み入れるガスパスに逆らって、歩を踏み止める。


ガスパスは二度、足を持ち上げ前へと、進みかけた。


が結果ノルンディルに負け…項垂れ扉に手を掛ける。


ガタン…。


扉が閉まると、アイリスは拍子抜けし、怒鳴りつけた。

「私の顔がそれ程怖いのか!

戻って、ちゃんと合い対せ!!!」


…それがノルンディルに、通じているかどうかは、解らなかったが。



扉を閉め…ノルンディルは真っ青に成った。

光の結界のお陰で傷はかなり…良く成った。


メーダフォーテの勧めで、傀儡王に自分が入る容器、ガスパスを自在に操れる。と聞き

「まだ…」

と止めるメーダフォーテを振り切って、ローランデを犯して鬱憤晴らし、回復を早めるさ。


そう言い…寝ている寝台の上からこの結界内に…導いて貰った。


ガスパスの周囲に“影”の男達が取り巻くのが不快だったが

「捕らえた姫に逢いに行く」


そう告げると一人が案内役を買って出て…王城内の自分の部屋に続く外階段を伝い、姫の居る塔へと登り行く間、胸が空いた。


もう一度…ローランデの体を堪能出来る。と思うと胸が、わくわくする。

ギュンターが散々仕込んだのか、ローランデの身は柔らかく感度も良かったし、彼が感じて泣き出すと、もう居ても立ってもいられない程興奮で掻き立てられた。


つい…自分に太刀を喰らわせたあの、気が狂いそうに腹立たしい剣豪を、身の下で感じさせ、喘がせ鳴かせる事を考えると、階段を上る足も軽く成る。


まだ…あちこちに負った傷はそれでも痛んだが、奴が哀れに組み敷かれ、あられも無い恰好で懇願する事を考えると、痛みはどこかに消え去った。


こんなにわくわくするのは久々で、つい彼は、その扉を開ける前、メーダフォーテと傀儡王に、感謝を告げた程だった。



が……………。

暗い豪奢な部屋に、その可憐で美しい姫は居て…寝台並の大きな足の無い床付きソファに身を横たえていて、色白の顔がこちらを伺い、少し…がっかりした。


幻影だ。

中のローランデは透けるだけか?

奴そのものを、犯し溜飲を下げたかったのに。


が、まあいい…。

傀儡王はまだ幻影に、引き込んだばかりだから、元の人物の方が強く出る。と…けど次第に同化し…ローランデそのものに成る…筈だ…と………。


ほくそ笑んだ、顔を上げた途端、暗がりの美しい姫の…中に激しく睨む、アイリスの顔を見付け…。


つい、見間違いか?と目を擦りそうに成り…が、きついその濃紺の瞳とその迫力は、近衛の時代、戦闘ですらアイリスが見せた事のない……激しい敵意だった………。


声を、発したかった。

『お前…アイリスか?』

『ローランデの筈だ』


だが賢いノルンディルには解っていた。

それが、ローランデで無い事を。


それだけで十分だった。

事の子細をメーダフォーテか傀儡王に尋ねるには。


だから…出来るだけ自分がこれから犯す筈の姫を見ず、撤退を決めた。



階段を飛び降り怒鳴る。

『メーダフォーテ!』


あろう事か、側付の小柄な…少年が駆け寄り、その中にメーダフォーテが透けて見える。

「…何…してるんだ?そんな所で」


尋ねるとメーダフォーテは、少年の中で怒鳴った。

「こいつは目端が利き…誰にも怪しまれず情報収集出来るんだ!


…どうした?

ローランデを…いたぶってる真っ最中じゃなかったのか?」


「…アイリスだった!」

「?」

「姫の中にいたのはアイリスだ!」


「…見間違いじゃなくて?」

「なら一緒に付いて来い!」


先に塔へ、上ろうとするノルンディルに、メーダフォーテは付いて来ない。

ノルンディルは階段に足を掛けて振り向く。


「…私が行ったら一発で私の陰謀だと、認めた様なものだ」

ノルンディルは肩を怒らせた。

「俺が居る段階で!

とっくの昔にバレてるだろう?!」


メーダフォーテは躊躇った。

「だって…ローランデで無く、アイリスなんだろう?


あんな喰えない男相手に、何の準備も無しに、会えると思うのか?


…あいつがどれだけ巧妙に…そして魅力的に、相手から情報を引き出すか、分かって無いのか?」


ノルンディルはむっとした。

「丸で奴が魅力的な男だと、知ってるような口ぶりだ」


メーダフォーテは見つめられて顔を下げた。

「…まあ…昔少しあった」


ノルンディルはかっか来た。

「昔の男だから…苦手なのか?!」


メーダフォーテは怒鳴り返す。

「昔の男だからどれだけタチが悪いか、熟知してるんだ!」

「だが奴が入ってるのは、女で姫なんだぞ?!」


ノルンディルが見ていると、メーダフォーテは思い切り言い淀む。

「じゃもっと最悪じゃないか…。


奴は男で居る時ですら、男の本能を平気で操る。

…女に成ったりしたら…余程筋金入りの男好き以外は、抗えなくなっちまう………」


ノルンディルはもう、両手を振り上げ、激しく振り下ろした。

「俺が言ってるのは!

そういう事じゃないどうして…姫はローランデじゃないんだ?!」


その時メーダフォーテがようやく、ああ…。と顔を上げる。

口の中で何やら小声でぶつぶつ唱え、その後はっきりとした声で言った。


「傀儡の王…。

説明を頂こうか…?」


大きな…吐息が頭上に聞こえた気がした。


“何か不満か?”


「…姫に入り込んだ人物が指定の相手とは違う!

一体どうして…!」

が、語気強いメーダフォーテに反して、傀儡王は気の無いように言い訳った。


“確かに…その、ローランデよりもっと姫に“似た”人物を姫の近くに配した、我の不手際だ”


ノルンディルが怒鳴った。

「姫にどうして狙った相手を入れられないのか?

と聞いてるんだ!」


“似た特徴の人物に、引き寄せられるように入り込む。

…そう言う事だ。


姫はローランデより…もう一人の男に特徴が似ていた。

多分、先祖で血の繋がりが、あるんだろう。

そういう人物に、放って置いても無条件で入り込む”


メーダフォーテが見ていると、ノルンディルが激高した。

「制御、出来ないのか?!」


“一緒に運んだ男が金髪の一族の者なら、間違い無くローランデが姫の中に、入っていた”


ノルンディルがわなわな震え、メーダフォーテが取りなす。

「入れ直せないのか?」


傀儡靴の王は、素っ気無く言った。

“そんな事は無理だ。


もう吸着してる。

逆に奴らは、内から出るのに苦労する程入り込んでるから、陰謀が発覚した時救助の奴らは苦労する”


メーダフォーテが吐息を吐き、ノルンディルは小柄な少年に浮かぶメーダフォーテの幻影に怒鳴る。

「…どうするんだ!

俺に!

アイリスと寝ろ!と言ってるのか?」


メーダフォーテは何か言おうと、一言二言言い淀み…結果、両手を横に振り上げ、肩を竦める。

「…それも一興だ」


もう…ノルンディルは噴火しそうに怒鳴った。

「…な訳、あるか!!!!!」





 アイリスの脳裏に、子細を尋ねる質問が次々に飛び込んで来る。

ギュンターの鋭い声。

「何があった!」

ディングレーの図太く男らしい声。

「どうした?」


心配げな、ローランデの声。

「アイリス!」


そして…。

「どうしたんだ!」

御大、オーガスタスの声に伴ってローフィスの…小さいが、はっきりとした声音。

「…余程の事か?」


アイリスは暫く…体中の血が沸騰するのを必死で…抑え込む。

そして伺う沈黙に、ようやく応えた。


「…ノルンディルが…ガスパスに入り込んで現れた。

やはりメーダフォーテの陰謀だ」


ローランデの…囁く声。

「…ノルンディルに…会ったのか?」

ギュンターの吐息混じりの声。

「…それで怒鳴ったのか」


が、ゼイブンが素っ頓狂な声を出した。

「…でノルンディルはお前から逃げ出したのか?」


今度はアイリスは即答した。

「顔を、見るなりな!」


が、スフォルツァの心配げな声もする。

「…ノルンディルは…近衛の中でも伊達男で…あれで、レッツァディンよりうんと…扱い方を知ってる。と評判の男じゃないか…そんな男と………まさか、もう、した…のか…?」


ディンダーデンが唸った。

「聞いて、無かったのか?

アイリスは

『私の顔がそれ程怖いのか!

戻って、ちゃんと合い対せ!!!』

と怒鳴ったんだぞ?」


小声のローフィスは心配げだった。

「お前が怒鳴るなんて、余程だな?」


アイリスが項垂れる。

「顔を見た途端…奴がテテュスを、斬ろうとした事を思い出して体中が沸騰した。


小刀があったら、誘惑して寝技に持ち込み、期を見て殺してやるのに!」


オーガスタスの、吐息が漏れた。

「…嘘を付け…。

それ迄待てないだろう?

日頃の冷静さが、ぶっ飛んでる」


ローフィスも頷く。

「テテュスが絡むと、奴はアイリスじゃなくなる」

ゼイブンが尋ねる。

「じゃ、何だ?」


ローフィスが、言った。

「唯の、息子が何より愛しい父親だ」


全員の、重い吐息が空間を、満たした。




 それから…ノルンディルは苦労した。

奴…ガスパスから抜け出ようとし、出来なかったので。


再び叫ぶ。

「どう…成ってる!」


傀儡王の、声が荘厳に響く。

“目的を、果たしたら抜けるように成ってる”


「目的?」


“姫を、犯すんだろう?”


ノルンディルはもう、肩をがっくり落とす。

「…だから…!

姫にはローランデで無くアイリスが!

入ってるんだぞ?!」


“ともかく、目的を果たせ。

そうすれば抜けられる”


「…それが出来たら!

とっくにしてる!


…………おいこら!

それで行くな!


何とかしろ!!!」


横で少年に入ったメーダフォーテがまだ居て、ノルンディルはその少年に怒鳴りつける。


「どうしろって?!!!」


メーダフォーテは、だから………。

と塔の先を促す。

「お前本気で!

俺にアイリスと寝ろ。とか言ってるのか?!!!」


「…だって他に、方法が無い……」


「奴の能力は万能じゃないのか?!

この空間を、操ってるんだろう?!!!」


「…これだけの空間を操るんだ。

デカイ力が使える奴程、小回りが利かない」


ノルンディルはもう言葉無く、ふーっふーっ!と唸りながら、メーダフォーテを睨め付けた。





しまった…。


この章のタイトル。

メーダフォーテと言うより、ノルンディルの不服だった………。



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