2 幻影の中
サーチボルテスとアッカマンもまだだわ。
ミラーレスも。
ローフィスは濃い霧の中を彷徨ってる錯覚に襲われた。
あれ程痛んだ脇腹の傷の激痛は薄らぎ、がそれでも時折じくじくと痛み、傷の存在を主張している。
横に、シェイルが居た筈だ。
早く元気になって一刻も欲求不満を何とかしてくれ!
と時折急くように睨み付ける癖に…傷の痛みに顔をしかめると途端、泣き出しそうな表情で見つめ、必死に身を支えて来る。
どっちかだったらローフィスも
「いい加減他の誰かを頼るか、自分で何とかしろ!」
と言うか
「大丈夫だ。痛みにも傷にも、慣れてるから…」
と取りなせたろうが…。
睨みも心配も…どっちも言葉でかわせない程真剣で、さすがのローフィスも口でシェイルの気持ちを攪乱して自分から余所へと気を向かせるのは、無理だった。
いつも横でじっと…付き従い見つめて来る。
相変わらずの、美貌で。
流石にシェイルに内心ベタ惚れだったから、ローフィスにとってこの状況は半端無く辛かった。
濃い真っ白な霧に覆われた、暗いトンネルのようなそこで、ローフィスはそれでも出口を探す。
ふ…と横に、人の気配がし、それがゼイブンだと気づく。
口を開く前に、ゼイブンの方から寄って来た。
「ローフィス!良かった!!あんたが居て!
…ここはどこだ?」
ローフィスは吐息を吐いた。
「解る訳ないだろう?」
が言った途端、足元がぽっかりと開く。
周囲が暗かったから、それはやけに明るく感じられ、ついゼイブンと顔を見合わす。
「…夢…なんだよな?」
ゼイブンに言われ、もう一度足元に広がる明るい光景を見つめた。
どこかの城の廊下のようで、外に面した窓は全部開け放たれて眩しかった。
「…サーチボルテスかアッカマンに連絡取れそうか?」
ローフィスに聞かれ、ゼイブンは気を集中してみる。
が、閉ざされた空間が、彼らとの回路を防いでる気がした。
「駄目だ全然…」
言った途端、ひゅるるるる…。
と風の音と共に、落下してる。
横のローフィスが髪を上にはためかせ、一緒に真っ直ぐ下に、落ちていた。
「…何だこれは!」
ゼイブンの問いに、ローフィスは口を開こうとした。
まるでその城の天井から下へ、足元から真っ直ぐ落ちていく感覚。
下には二人、人が歩いてた。
「ブツかる!」
ゼイブンの叫びを耳に叫び返す。
「違う!これは………!」
次の瞬間、ローフィスは横に居る見知らぬ人物の中に、透けて立つゼイブンを見つめていた。
ゼイブンは自分の両手を見た後顔を上げ…こっちをびっくりした顔で凝視してる。
「…お前にも俺が透けて見えてんのか?」
ローフィスは、やれやれ。と頷いた。
「幻影の中だ………。
誰だか知らないヤツの中に居る」
ゼイブンが、どもりながら怒鳴る。
「ど ど ど どうして幻影だ!
あれはギュンターだけで事足りるんだろう?!
第一どうして幻影だと知っている!」
慌てふためくゼイブンに、ローフィスは顔を下げた。
「幻術使いのローゼンバーグに…一度、幻影の中の人物の中に居る感覚が味わいたいと言ったら…入れてくれた。
その時がこんなカンジだ。
相手の中に居る。
透けて見えるのはそういう事だ」
「そういう事だって…じゃどうして望まないのに、こんな事に成ってるんだ?!
どうしたら脱出出来る!!!」
ローフィスは項垂れた。
「だからつまり…何かの手違いか事故で……。
その内気づいた誰かが、きっと何とかしてくれる」
だがそうしてる間にも二人が入り込んだ男達は廊下を抜け…開け放たれた豪奢な扉へと、向かい進んで行く。
そして、尚も異論を唱えようと口を開くゼイブンを、ローフィスは遮り顔を、前に向ける。
ゼイブンはその室内の中央に立つ、どうやら二人の上官らしい男の風体を見、あまりに立派な騎士で呆れ、更にその中に…透けたギュンターを見つけ、ぎょっとした。
「………!!ほら!やっぱし!
奴が居るじゃないか!!!」
立派な金髪の騎士の中に居たギュンターも、目を見開らきこちらを凝視したが、横のゼイブンは発狂しそうに怒った。
「手違いで済むか!
奴はともかく、俺達は全然関係無いのに!!!」
ローフィスは相手の金髪騎士の中に居るギュンターに話しかける。
「そっちの居心地はどうだ?」
ギュンターは部下二人の中に透けて浮かび上がるローフィスと、怒り狂うゼイブンを目を丸くしながら見つめつぶやく。
「悪く無いが…こんなに、何もしなくていいのか?
状況を見てるだけだ。
とっとと戦いが起こりその中でどれだけ俺が民を護れるか、試す幻影じゃなかったのか?」
ローフィスは肩を竦める。
「…知るか!
それは幻術使いの采配だ!
俺達がどうしてここに引きずり込まれたかすら、解らないのに!」
ギュンターが、頷く。
「…だろうな。手違いを告げに来たにしちゃ、重傷のあんたを寄越すなんてどう考えてもおかしい」
視線を、今だ喚くゼイブンに向ける。
「奴はともかく……。
だが便利だな?
ゼイブンが五月蠅い。と思えば、耳にする音量を調節出来る」
「俺なんか全うに聞いて無いぞ。
もかく…これは異常事態だ。
お前をここに入れた幻術使いに連絡を取ってくれ。
こっちからはサーチボルテスともアッカマンとも連絡不能だ」
ギュンターが頷く。
がゼイブンは、自分の入り込んだ人物が、ギュンターの入った人物をアーマラスと呼び更に…自ら援軍交渉に出向く旨をその金髪のアーマラスに告げているのを聞き、瞬時に思い出す名に、愕然とした。
『英雄、サッテス……』
横の、ローフィスの入り込んだ男を見る。
『そしてラオールレン………。
嘘だろ?』
ギュンターが顔をしかめ、ローフィスは胸がざわつくのを感じる。
そして、ギュンターに掠れた声で囁いた。
「取れないのか……連絡?」
ギュンターの、顔が揺れてそれが図星だと、ローフィスは察する。
そしてたった今部屋に飛び込んで来たガタイのいい黒髪の男の中に、ディングレーが居るのを見つけ、三人は一斉にディングレーを凝視した。
「…何でお前らが…特に選りに選ってギュンター迄居る!
………俺はもしかして、壮絶に寝ぼけてるのか?」
ディングレーの相変わらず男らしい声音が、皆の頭の中に飛び込んで来る。
ゼイブンはいつそれを告げようかと思った、が、先にローフィスが告げる。
「幻影の中だ。
夢には違いないが…危険な夢だ」
ディングレーはムキに成った。
「俺はギュンターとご一緒させてくれ!
と頼んだ覚えはない!」
がローフィスも負けずに怒鳴り返す。
「俺だってだ!
幻術使いは基本、自分の前に横たわる男しか操れず、“里”に居る俺達がどうして…この中に居るのかすら解らない。
幻術使いにそれだけの力は、無い筈だ!」
「筈だ!で済むか!!!」
ディングレーとギュンターの声が揃い、二人は顔を見合わせた。
が皆が入り込んだ人物達は、演劇の一幕のように会話を進めていた。
「…だが俺が行った方が…説得出来る確率が多い!!」
ディングレーが入った人物が力説する。
ゼイブンはその様子を見守った。
どうやら決戦を最終的に勝利に導く、現「左の王家」の総領主の元への援軍依頼を、誰が行くかでモメてる。
が、歴史では二人の英雄が困難を乗り越え、援軍を勝ち取り、負け戦だった戦況をひっくり返す筈だ。
…しかも二人の英雄が進む道のりは半端無い苦難の旅。
途中幾度も『影の民』に襲われ、化け物相手に戦い抜いて援軍…現「左の王家」の総領主の元へ辿り着き、これを説得する…。
その熱弁に心動かされた「左の王家」の始祖は、両者の戦いを安全な場所で見守る事を止め…アースルーリンドの一大勢力現「右の王家」の始祖が滅び去るのを、止める為に出撃する………。
もし、二人が「左の王家」の援軍を取り付けなかったら…「右の王家」の始祖は倒れ、その後戦う筈の「左の王家」の始祖も、『影の民』に力を借りるグラッツェンドルに勝つ事叶わず…残党と成り果て、敵国のガスパスが王と成り、この国は『影の民』に支配されていた事だろう………。
ゼイブンは心の中でがなった。
『冗談じゃない!
英雄に、成りたいなんて一度たりとも、願った事は無い!!!』
ローフィスはそれが聞こえた様につぶやく。
「だよな…。
こいつら物好きだよな。そんな危険な旅に志願して。
英雄なんてマトモな神経じゃない。俺なら死んでもごめんだ。
…そう笑ってたもんな」
言われたゼイブンが真っ青に成るのを、ギュンターもディングレーもが見守った。
ゼイブンは顔を、下げたまま上げない。
ギュンターがつぶやく。
「…ああ…どうやら気の毒だが旅が、始まりそうだな?」
二人の英雄は、領主に別れを告げていた。
必ず援軍を、連れて戻ると約束して。
ローフィスが見ていると、それでもゼイブンは顔を上げなかった。
ローフィスは不安そうに自分を見つめるディングレーに、顔を向ける。
「ギュンター。ディングレーに状況を説明してやってくれ…。
他に誰か、回路が通じて話せる相手が居るかどうかを探…」
が突然、ローフィスの頭上から、大音響が響く。
「ローフィス!!君もここへ?!」
一斉に、ギュンター、ディングレー、ゼイブン迄もがその声の大きさに顔をしかめた。
耳を、塞いでも無駄だった。
頭の中へ直接、響く声だったから。
「…アイリスか?!
どこだ!」
ローフィスの声に三人は部屋の中を、きょろきょろと見回す。
「…ここは多分君達からうんと離れてる。
閉じ込められてるし、私が入ってるのは高貴な女性の中だ」
ギュンターが、うんざりした。
「…もしかして、アーマラスが取り戻そうとしてる囚われた恋人の中とかか?」
「………その女性ってもしかして、ラフレンシア?」
アイリスの問いに、ギュンターがローフィスを見ると、歴史を良く知ってるその男は真顔で頷いた。
ギュンターはそれを見て返答する。
「そうだ。
俺はお前が入ってる女性を、助け出そうとする男の中に居る」
がアイリスが突然気づいたように尋ねる。
「…ギュンター。どうして君が居る。
君は幻影判定の真っ最中だろう?」
ギュンターは怒った。
「だから!
ここがその幻影の中だ!
どうしてお前らまで混じってるか、俺にだって解らないし俺をここに運んだ幻術使いのラドッラルにすら声が届かない!!!」
ディングレーもゼイブンも聞いていると、性格はともかく、とても頼れる男アイリスは呆れたように告げた。
「…やっぱりそうなのか?
当然、メーダフォーテの罠に決まってるだろう?
方法は不明だが、奴は何らかの策を考え付いてここに我々を一緒くたに放り込み、復讐を果たす気だ。
横の女装した護衛に、ローランデが一緒に囚われてる。
その内どっかの敵役に、レッツァディンかノルンディルが入り込んで現れるに決まってる!!!
…君を導いた幻術使いと連絡が取れない。と言ったな?」
ゼイブンが見ていると、彼とローフィスが入り込んだ英雄二人は、ギュンター、ディングレーが入った人物達の居る部屋から退出した。
「…有り難い…。
離れてても、どうやら会話は出来るようだ」
ゼイブンのつぶやきにローフィスは呆れた。
「アイリスはどれだけ離れた場所に、居ると思うんだ?」
ゼイブンがムキに成り怒鳴った。
「奴には出来てもこっちが出来ない事だって、あるかもじゃないか!」
その時全員の頭上にアイリスの声が響く。
「幻想の中に居ても、結果一つの同じ空間に居て、距離はあって無い様なものだ。
この人物から抜け出られたら、皆同じ場所に居て出会える筈なんだけど」
ディングレーががなった。
「どうしたら抜け出せる!」
アイリスの、声がくぐもる。
「…それは…さっきから試してるんだが………。
どうやら意識が覚醒すればする程、抜けられなくなるようだ…。
無意識に『これは私じゃない』と強く思うと…一瞬体が浮かび上がるんだが…強い磁力に囚われたみたいにまた、引き戻される…」
「駄目ぢゃないか…」
ローフィスの、呆然とした声に、ふいにシェイルの叫びが混じる。
「ローフィス!!!
どうして声だけだ?
どこに居るんだ?!」
その声が泣き出しそうで…皆がつい、ローフィスに気を向けた。
「俺はここだ!
お前、どこに居るんだ?!」
「…どっかの…城の中の銀髪の人物だ…。
そりゃ確かに、これだけ立派な体格の男に産まれたかった。とは思ってたけど、あんたが居ないんじゃ嫌だ!
別の誰かに成れなくてもいい!
あんたさえいれば………!」
丸で迷子に成った子供が必死で肉親に縋るように心細げで…ディングレーもギュンターも内心、吐息を吐く。
「…シェイル…?
…さっきから…アイリスが誰と話してるのか気になったが…君が居るのか?」
ローランデの声音に、途端ギュンターが怒鳴る。
「俺も居る!!!
…どうしてシェイルの声が聞こえて俺の声が聞こえない!!!」
「…だっ…て君は、幻影判定の真っ最中だろう?!」
アイリスが囁く。
「そう、思い込んでるから彼の声が、君には聞こえなかったんだ」
ローランデの声が、真剣味を帯びる。
「なら間違い無くメーダフォーテの罠か?!」
「ローフィス!!!」
名を叫ぶ不安に怯えた子供のようなシェイルの声に、ローフィスが明るい声音で返す。
「大丈夫だ。そっちは?危険ない事は無いか?」
「………豪華な部屋で、くつろいでる」
「…そうか…。心配するな。ここに他の奴らも居るから…」
「…ほ…か?」
ゼイブンはそうか。と頷く。
「シェイルにはあんたの声しか、聞こえて無かったんだな?」
ローフィスは頷く。
「シェイル。お前が入ってる人物は多分、銀髪の一族の長だ。
金髪の一族がガスパスを敵に回した時点で、早々にこっちの味方に付く一族の長だから…心配するな」
ディングレーが呻いた。
「どうやら俺の入り込んだ男はツテがあると…そっちに出向く様子だ。
一番最初にシェイルに会うのはどうやら俺らしい。
旅支度を始めてる」
「シェイル聞こえたか?」
ローフィスが言った途端、シェイルはいつもの彼に戻る。
「どうして最初がディングレーなんだ!!
あんたはどこに入ってる?!」
「俺は………」
言いかけて、ゼイブンがこっちを見る。
二人の英雄は旅支度の済んだ馬に跨り、手綱を取って領地の門目指して、拍車を掛ける。
緑溢れる領地内の景色が飛ぶ様に後ろに消え去って行く。
「…大丈夫だ。言葉はいつでも通じる。
こっちは心配するな」
「無理だ!
だってまだ…ひどく痛むんじゃないか!!!」
そのシェイルの声は泣き出しそうで、皆がシェイルの、心配で泣き叫ぶ姿が見えたみたいに、項垂れ顔を伏せた。
「…ローフィスは一人なのか?」
ローランデの、優しいが信頼に満ちた声音に、ゼイブンが応える。
「俺が一緒だ」
「…だそうだ。
ともかく皆、それぞれ居る場所が違う。
幸い声が通じるなら情報交換が可能だ。
そうなんだろう?アイリス」
「この空間に我々が閉じ込められているのは確かだ。
けど例え他に誰か居たとしても、自分の他に居る。と考えて無かったら声は通じない。
気づかず、囚われてる者がいるかも知れない。
…ともかく、気長に呼びかけ続けてみよう」
「ディンダーデンもオーガスタスも居ないのか?」
ディングレーの声に、アイリスが答える。
「居ても気づいてないか…まだ囚われて無いかだ…。
眠りに付いた者は囚われてここに送られてるようだから…」
「じゃまだ起きてるのか…」
ギュンターの声にアイリスが悲しげに囁く。
「時間の問題だな。
が“里”の連中がこの異常事態に気づかぬ筈が無い…。
どこかで必ず何とかしてくれる筈だ。
…後、子供達迄囚われない事を祈る…。
悪戯に大人の中へと放り込まれ…これから始まるアースルーリンド創始の大決戦に放り込まれて命を無くせば……本当に死んでしまう!」
ゼイブンがきっ!として怒鳴る。
「ともかく、他が居ないか呼び続けるしかないな!」
がアイリスは警告した。
「くれぐれも皆、囚われた人物の動向に気を配っていてくれ!
彼らと一緒にひどい目に合うと、こっちも手ひどい損傷を負うから!」
皆一斉に、解った。
とアイリスの警告に応え頷いた。
オーガスタスは死ぬ程眠かった。
が、眠りに入ろう。とする度、ミラーレスが語りかける。
「もうすっかりいい…と油断しないで下さいね。
湯に浸かった時、ぴりぴりしたんでしょう?」
「………まあな」
ミラーレスの眉が寄る。
「…良くありませんね…。
すっかり痕跡は消した筈なのに…。
『闇の第二』だと言ってました?
あいつの“跡”はホントにしつこい!』
目の前で憤慨するミラーレスが霞む。
「オーガスタス!
オーガスタス!!
ちゃんと聞いて下さい!
いいですか!その首に下げた護符にも力がある!
癒しに一役買うはずだし金属だから…湯に浸かってる時も外さないで下さいね!」
声は遠のき、姿はぼやける。
「それと!」
オーガスタスは腕を掴まれ怒鳴られ、身をびくん!と跳ね上げた。
「神聖呪文をもう一度唱えて下さい。発音をチェックします」
『勘弁してくれ…』
あまりの眠気にぼやくが、ミラーレスはその心の声が聞こえても容赦無しだ。
「聞こえませんが?!」
「……アルト…フローラス…ドゥクセン…ブル…ウィッチ…」
「それは何の呪文でした?」
「…傷を“障気”から護る呪文……」
「では傷に群がる“障気”を跳ね除ける呪文をどうぞ」
目を閉じ、半身起こしたままぐらり…!と眠気で前に倒れるオーガスタスの腕を、ミラーレスは思い切り引く。
「ダンデルタス…ペクソ…アクム…デクターネンテス………!」
顔を下げたままなんとか応えるオーガスタスを見つめ、ミラーレスは囁く。
「まあ…いいでしょう。
“気”は全然入ってないけど。
本番では“気”を入れないと、呪文の効果はゼロですからね!」
「………解った…………」
「“影”は自分が付けた跡を、見分けられますからね!
間違っても当分『闇の第二』に会っては成りません!
が今や、大貴族達の心の中に巧妙に隠れ、巣喰っていたりしますから…実際いつ出会うとも限りません。
こういう場合が一番、困難です。
神聖騎士達の目をも誤魔化そうとする程秘かに隠れてる。
貴方が背を向けた途端、信頼出来る気の良い男がぶすり!と背中に刃物を突き立てるようなものですからね!
通常の警戒じゃ役に立ちませんよ?」
オーガスタスは眠気で半分死んだ脳を抱え、ぼやく。
「ミラーレス。それは間違い無く、治療中に何度も体を抜け出し治療を遅らせた俺への、嫌がらせだろう………?」
「当然です!
実体化して剣を振るうだなんて!
どれだけ“気”を消耗すると思ってるんです?
癒えかけた傷全部がまた、膿んだじゃありませんか!!!
“気”を蓄えなくては傷は癒えないんです!
貴方方人間は“気”が見えないからと言って、なおざりにし過ぎです!
“気”を溜める事は治療の根本なのに!!!」
「………まだお前の愚痴聞かなけりゃ許さない気か?
大体、ローフィスを亡くしたら俺の“気”は回復不能な迄底に落ちるぞ?
いわばローフィスを助ける行為は、その時はそこそこ消耗しても結果、俺自身を助ける行為だ」
「詭弁ですね。
人間ってどうしてそういう言い訳ばっかに気が回るんですかね。
その上治療中なのに、ローフィスに回路を開けて彼に“気”を送ってたでしょう?
意識してやって無い事は解ってますが」
だがとうとう、オーガスタスが怒鳴った。
「俺がここに運ばれ、結界内で意識を取り戻し、あんたの言ってる“気”が俺にも見えた時!
ローフィスの“気”はずっと俺に注がれ続け、助けてくれていた!
そのお返しが出来なきゃ俺は親友名乗る資格が無いんだ!」
ミラーレスはすっかり眠気を追い払い睨め付けるオーガスタスに首を竦める。
ラフォーレンもスフォルツァも幾度も…二人のやり取りのその怒鳴り声に眠りから引き戻され…また眠りの心地良い白い靄に頭の中を覆われる…。
前を行くアシュアークはさっさと先へと歩いて行く。
スフォルツァはその背に怒鳴った。
「待て…!
こんな場所でさっさと歩くな!
いい加減、警戒する。と言う言葉の意味くらい、覚えろ!!!」
が見慣れた豪奢な金髪を背で散らし、アシュアークの背はその先へと消えて行く。
『いい加減…!』
トンネルの明るい方からの怒鳴り声に、またびくっ!とラフォーレンが振り向き、スフォルツァもその出口に吸い出されそうになった。
が今度は、透けた見えない触手のような手が……腕に巻き付き引っ張られる。
「…これって…なんかヤバいんじゃないのか?」
危険には人一倍敏感なラフォーレンにそう言われ、スフォルツァもその透明な触手が腕にぐるぐる巻き付き、重みの無い体をトンネル奥の白い靄濃い場所へ、凄い早さで引っ張られ、囁く。
「…ヤバい感じはするが………実際どうヤバいんだ?
だってここは、“里”だろう?」
隣で高速で共に空を引っ張られる、ラフォーレンも知らない。と首を横に振った。
アシュアークは白い靄の中を、だかだかと歩を進めていた。
元より彼には“引く”と言う発想が欠落していた。
背後でスフォルツァが叫んでいたようだが、気にも止めなかった。
最も、以前の彼を自分に繋ぎ止め、感心を引こうとした時みたいに、艶っぽい誘われ方をしたら一発で、振り向いた事だろう…。
けれど、近衛に上がる大分以前から、スフォルツァはラフォーレン共々、自分の世話役みたいに口五月蠅く成っていたし、近衛に上がり、ようやく自分の身分がモノを言う場に来てからはてんで相手にしても貰えず、時折彼の逞しい首筋や若々しい雄の香りのする胸元に抱き寄せられ、アシュアークの大好きな、あの整った顔立ちに見つめられてくらくらする自分を想像したが、振り向くスフォルツァの顔は、決まって厳しく、幾度失望の吐息を吐いた事か。
側に居るのに…。
仕方無しに、誘っても嫌と決して言わないアッシェンジークか弟のラーケンデュークにしなだれかかる。
だが二人共は全くの体本意。
自分の綺麗な容姿と高い身分に二人共が惚れてはいたが、実際寝室では本能の赴くまま…。
タマにムストレス准将配下のノルンディルからもお誘いがあったが、彼もやっぱり体がメインの刺激あるお遊びが主体。
スフォルツァはとってもイヤらしかったけど…でもそれでも心理的な駆け引きがあって…甘えると応えてくれた。
時々、ドキドキするくらい優しく男らしく、抱きよせてもくれる。
他の男を袖にして彼の胸元に飛び込むと、必ず笑って抱き止めてくれた。
年寄り臭くてヤだったが、アシュアークはつぶやかずには、居られなかった。
“…昔は良かった…”と。
ラフォーレンは嫌々ながらだったけれど…結局寝室ではいつでも気遣ってくれてとても優しかったし、子供の頃、彼の屋敷に来たてで、たった一人の肉親の祖母を亡くし、思い浮かべ泣いていた時同様…慰めるように抱き寄せ、彼の胸にくるんでくれた。
その胸は子供の頃から変わらず…素っ気無いのにでも親しみと信頼に、満ち溢れていた。
ギュンターは…アシュアークの中で特別だった。
彼に求められるともう…気が狂ったみたいに嬉しくて感じてしまう…。
彼に縋り付いて離れたく無い…。そう願う多くの者同様…彼の腕に抱かれるともう…彼を離したく無くって、別れ際いきなり寒々しい思いに囚われ、もう一度抱いてくれ。と言い掛けて察したギュンターに毎度釘を刺される。
「そんな時間、あるか?」
そして扉を閉められ閉め出されると…もう泣いて喚いて、子供のように駄々をこねてもう一度中へ入れて!
と叫びそうになる。
事実一度それをして…いや、もっとだっけ?
ギュンターに慌てて腕を引かれ、室内に入れて貰った後言われた。
「曲がりなりにも、お前にだって体裁ってモンがあるだろう?!
叔父の右将軍アルフォロイスの顔に、ドロを塗る気か?!」
でもギュンターの体を間近に感じるともう…甘い思いが胸を駆け巡り…彼に存分に扱われたくてしなだれかかる。
ギュンターは…口は悪くて素っ気無くて…とてつも無い美貌だったけどどこか…ラフォーレンに似ていた。
放って置けず結局、面倒見てくれる。
アシュアークは正直ずっとラフォーレンが大好きで彼が欲しかった。
子供の頃、やっとラフォーレンの家やそのやり方に慣れた時、ずっと世話してくれた同い年の彼が欲しかったから、アシュアークは告った。
「僕、ラフォーレンのお嫁さんになる!」
ラフォーレンは言った。
「お前馬鹿か。
男のモノ付けた嫁さんが、どこの世界に居る。
お前だって嫁さん貰う立場なんだ。
寝ぼけるのも大概にしろ」
アシュアークはその時の、子供らしい無邪気な思いを無残にも粉微塵に砕かれた哀れな自分を思い返すと、今でも悔し涙が滲んだ。
アイリスは大好きだった。
女性のようにソフトな口調と態度。なのに…抱き寄せられるとふいの男らしさと逞しさにドギマギした。
とても優しくいつもいい香りがし…最高だったけれど終わった後、彼にもたれ掛かろうとする度、アイリスは仏の顔でつぶやく。
「私には妻が居るからずっと君専属では居られないけれど」
にっこり笑われるから、怒るに怒れなくてとうとう一度…泣き叫んだ事があった………。
アイリスは慌てて腕にくるんで慰めてくれ…けど顔を上げるとやっぱりにっこり、笑って言った。
「君ももう…ラフォーレンの元へ戻らないと。
彼が心配してる。
私の妻が、私を心配する様に」
…みんなアイリスの微笑は曲者だと言ったけど、その通りだと思った。
ディンダーデンも大好きだった。
あの逞しい胸にあの綺麗な顔はもの凄くドキドキしたし、彼は案外ロマンチックに扱う。
かと思えば突然下品で、でも凄くマトモに抱いてくれるかと思えば突然とんでも無い遊びを始めたりもする。
突拍子も無くて毎度振り回されるけど彼は決まって…無理はさせずあの綺麗な顔を傾け、青の流し目をくべて気遣ってくれたりした………。
今回もやっぱりそれは、同じだった。
内容が…今まで無い程過激なだけで。
アシュアークは思い出すとまだ、腰が痙ったように痺れる気がし、吐息が漏れた。
ギュンターにもアイリスにも言われた。
調子に乗って渡り歩くとその内、馬に乗れない程腰に来るぞ。
笑って聞き逃したし、結果そんな心配は無用だった。
今迄は。
ディンダーデンはびっくり箱みたいな男だったけど今回は…凄すぎだ。
でもあれで結構優しい所もあるから、逆手に取って甘え倒したかったけど…ディンダーデンは大抵付き合いきれないと、用がある。と寝室を出て行き…その後ギュンターを寄越した。
ディンダーデンは、自分が付き合えない代わりがギュンターだと、絶対私が文句を言ったりしない。と知っての押しつけで、けどディンダーデンの思惑道理、自分に取っては二度美味しかったから、ディンダーデンの趣向に感謝したけど………。
アシュアークはやっと足を止めた。
剣を思い切り振りたかった。
煮詰まってくると、考えるのが苦手だったから、剣を振り回し思い切り暴れまくる。
そうすると想い煩いはふっ飛んだ。
戻ってメーダフォーテをかっ斬って来るか。
ヤツを殺したって感謝されはしても、文句言うヤツなんか、居ない筈だ。
メーダフォーテだってあの細身でなかなか剣は使える。と聞いた。
一太刀で沈むような退屈は避けられる筈だ。
だが腰に痺れと共に痛みが混じり、アシュアークは顔をしかめ、手を床に付き座り込んだ。
当然、そこがどこかも考えなかったし、後からスフォルツァとラフォーレンが追いついて来て、座ってる自分に文句垂れ…痛い。と甘えると
「お前が馬鹿だからだ!」
と罵倒した後…抱き上げてくれる筈だった。
が、いきなり床が消えている事に気づく。
そして…風を感じ落下してる自分に気づく。
が次の瞬間、ぶつかる底は無く、目前の人物の顔につい…叫びそうに成った。
『アルフォロイス…叔父様!』
が良く見るとその人物は叔父よりももっと厳しい顔付きをしている。
あろう事か、その人物に透けて浮かび上がる顔は………
「ギュンター!」
「…アシュアーク…そうか。眠ったのか?」
がアシュアークは聞いて居ず、必死でギュンターの入ったアーマラスに近付こうと、あがいてた。
「…どうして…抱きつけないんだ?」
アシュアークの問いに、ギュンターは肩を竦める。
「お前の入った人物はどうやら「右の王家」の英雄“アラステス”らしいな」
アシュアークは頭の中に疑問符が沸き上がるのを感じたが、まだ試した。
その人物を操り、ギュンターの入ったアーマラスに抱きつこうとしたのだ。
ギュンターがそれを見てぼやいた。
「無駄だろう…。アラステスはアーマラスに抱きつく事を拒否してるみたいだな」
アシュアークの耳にようやく、自分達が入り込んだ人物二人の会話が聞こえた。
「動くのが遅すぎたんだ!
だからこんな体たらくで、婚約者を掠われるだなんて無様を曝す!」
若いアラステスの言い様に、アーマラスが憮然。とした表情を向けた。
がアラステスは構っちゃ居ない。
「いつ攻め込む」
アーマラスはその血気盛んな若者に釘を刺す。
「…軍勢が整うのを、もう暫く待て」
アラステスは頷いた。
「俺の軍は待機する。
俺は別だが」
背を向けるその行動力の塊の、血族の若者に頭首アーマラスは叫んだ。
「無茶は慎め!」
ギュンターが見ていると、透けたアシュアークを連れたまま、その血気盛んな金髪の若者は颯爽とアーマラスから去って行く。
振り向くアシュアークが泣きべそ顔なのについギュンターは、吹き出した。
ラフォーレンはこっそり隣のスフォルツァに囁く。
「…どうして別人に成ってて、君は透けてる?」
「お前だってそうだ。
でお前は自分の事情を、説明できるのか?」
ラフォーレンは首を横に振る。
だろう。
とスフォルツァは頷いた。
だが二人には、自分達の入り込んだ人物がフードを被りやたら…こそこそしてるのを知った。
キョロキョロと周囲を見回し…そっと人目を忍んで城の中に入り込もうとしている。
「…こそドロかな?」
ラフォーレンが囁く。
「…の割には、品も育ちも良さそうだ…」
スフォルツァの入った人物が囁く。
「…姫は確かに、この塔か?」
ラフォーレンの入った人物が頷く。
「一番高い場所の最奥だと…そう女中に聞いた。
…イェルクが護衛で付いてる筈だ。
男とバレて無ければ今だに」
聞いていると二人は、塔の奥に閉じ込められた姫をどうやら、奪還するつもりらしい。
スフォルツァは見つめるラフォーレンに囁く。
「どうやら凄く、スリルある状態のようだ」
「思ったんだけど…これってなんか、幻術に入り込んだみたいじゃないのか?」
スフォルツァはラフォーレンの顔をマジマジと見る。
「…だって幻影判定はギュンター殿だけだ」
ラフォーレンは曖昧に頷く。
「理由は解らないけど、どう考えても幻術だろう?だって…。
歴史上の人物に、入り込むんだろう?」
いかにも…の風体の、自分の入った人物の服装を目で指す。
スフォルツァは確かに。とその時代がかった衣服につい、ついラフォーレンを見つめる。
「なら俺達が入り込んだ人物は誰だ?」
ラフォーレンは戸惑った。
「今がいつかも解らないから、それはちょっと…」
スフォルツァも、周囲を窺う。
二人は何やら護符を握りしめていた。
「…読めるか?」
スフォルツァの言葉に、ラフォーレンが囁く。
「神聖呪文みたいだな………」
スフォルツァの、眉が寄る。
「姫ってのは、“影”に囚われてるのか?」
ラフォーレンは一発で真っ青に成った。
「出来れば、ディンダーデン殿が会ったような“影”には、出会いたくない」
スフォルツァも、全く同感だ。と頷いた。
周囲で皆が眠りに入り、オーガスタスはぼんやりミラーレスが正面で吐息を吐くのを聞いた。
そして…聞こえる。
『サーチボルテス。アッカマン。
君達のお客が皆お眠りだ』
吐息混じりのサーチボルテスの返答。
『直ぐ行く』
眠りの濃い霧の中に包まれ、オーガスタスは飲まれて行きそうだった。
二股に分かれたその場所で…オーガスタスは漂い戸惑う。
その時…片方の道からディアヴォロスが…姿を現す。
彼は見せた事の無い…歓喜の表情でオーガスタスを迎える。
『無事で本当に…良かった』
オーガスタスは滅多に感情を露わにしない彼が…感極まってる風なのに目を止め…腕を抱く手に手を差し伸べ囁く。
「どうせ…聞こえたんだろう?
あんたにもディンダーデンの言葉が。
ローフィスが逝くと…それも心配したんじゃないのか?」
ディアヴォロスは夢の中に相応しく透けていた。
そして眉を寄せて微笑む。
『ワーキュラスが…アイリスに策があるし、君が近くを漂ってるから見捨てたりしないと………。
二人の思念波がローフィスを護っている。
だから寸でで、命を奪われる一撃から救われる。
怪我を負わないとは言わないが、今彼の死ぬべき時じゃない。そう………教えてくれた。
確かに私はひどく…動揺したが』
オーガスタスはふっ。と笑った。
それを告げた、ワーキュラスの気持ちが解った。
神の如くの偉大な竜。
けど…ディアヴォロスを気遣う時、彼は自分と同じ場所に居る。
同志のように。
寄り添って。
「それをあんたに言えて…ワーキュラスはさぞかし嬉しかったろうな…」
つぶやくと、ディアヴォロスは首を傾げた。
『だがこうも言った。君がひどい無茶をすると…。
自分こそが大怪我負っているのに。
それに君の負った傷は……』
「闇の傷だろう?
しつこくミラーレスに釘刺されてたトコだ」
だがそれを言った時、ディアヴォロスがひどく…自分を気遣っていると感じる。
「左の王家」の男達はレッツァディン、ディングレーしかり…とても…不器用で男らしく、激情家で一途だった。
グーデン、ムストレスは違った血を、受け継いでいる様子だったがディアヴォロスは…。
彼は一族特有の激情を身の内に押し隠し…けれどどこかとても女性的で優しい“気”すら、持っていた。
レッツァディン等と比べると、繊細。と感じさせる程に。
勿論、レッツァディンが普通より比べうんとゴツいからで、ディアヴォロスだけ見ていたら、繊細等と言う言葉は連想出来はしなかったが。
だが生まれつき身に付けている高貴な香りに包まれた…彼をやはり、多くの男達同様、掛け替えのない存在に感じる。
その…ディアヴォロスに『失って打撃だ』と思われてる事は…身が、震える程の幸福で、彼が自分の為に取り乱すと知ると…胸が熱く疼く。
嬉しさと…そして、それが周囲に知られ自分が彼の弱点と成る事を恐れる、恐怖とで。
ディアヴォロスの前で自分はいつも、草原に解き放たれたライオンだと感じる。
一匹の、獰猛な……そして、ただ一人認める主君にはどこ迄も忠実な。
最もディアヴォロスは『光の里』の竜と友達してるから、人間界の人の皮を被ったライオンを家族にするなんて、訳無い事だったのかも知れない。
「人の心配より自分の心配だ。
ワーキュラスは告げなかったのか?
あんたが倒れたら、光がこの世から消えた様だと…嘆く事すら出来ない無言の嘆きが世に満ちると…」
ディアヴォロスは困惑したように笑った。
『…正直、私が痛む。苦しい。
…そう弱音を吐くと、テテュスとワーキュラスが傷付く。
出来るだけ…平気で居たかったが…』
「それで余計、悪くしたんだな?
俺が言われた事だ、ディアス(ディアヴォロスの愛称)。
夢の中で飛んで来たりせず、ちゃんと休め。
早く癒えるものも、癒えやしない」
ディアヴォロスはようやく、微笑った。
『自分が散々無茶をしてそれを言われ…今度は私に言えて、楽しそうだな?』
オーガスタスもようやく、ほっとした。
「心配してくれるのは、心底嬉しい。
今迄…俺の身を案ずる相手は天国に逝っちまったきり、返って来ない両親だけだったからな」
ディアヴォロスはだが、真摯。とも言える瞳で自分を、見た。
彼にこんな表情をさせる自分を…誇りたい程オーガスタスは嬉しかった。
だが言った。
「嬉しいが…頼むから体を休めてくれ
今の俺にすら、見えるぞ。
透けてあんたの体の縦横に走っている亀裂が…紫と赤にくっきりと…。
あんたが動く度、あちこち炸裂したように黄色が光る。
あれは…痛みなんだろう?」
そう…言った時、腕を掴むディアヴォロスから、息が止まりそうな激痛が流れ込む。
オーガスタスが目を、見開く。
ディアヴォロスははっとし…慌ててその事から“気”を逸らし俯く。
「…こんな…激しい痛みをずっと…抱えて馬に乗ってここ迄…?
…ワーキュラスは全部知ってる…。
きっと泣いているぞ」
ディアヴォロスはそう言うオーガスタスを見た。
「君も…泣きそうだな。
すまない。知らせる気は無かった。ここは“里”で……」
「空気の中に光が満ちているから、能力者じゃない俺にすら、見えて感じる。
人の成り立ちとその心が」
ディアヴォロスはにっこり笑った。
「なら知ってる筈だ。
ここでこうして君を見て話せた事が…どれだけの癒しと幸福を私にもたらすか」
そう言った時、オーガスタスは泣きそうな表情をしたから、
ディアヴォロスは出来る限りの笑顔を作り、言った。
「君は私に心配げな表情をさせた事が誇らしい。
そう思っていたようだが、それは私もだ。
君と会えて嬉しい。
そう告げただけで君に感激して貰える。
それがどれだけ私に取って名誉な事か」
そしてディアヴォロスは薄く、消えかかった。
靄の向こうに、消えて行きそうになって振り向く。
「君は自分がライオンの性を持った、たかが人間だと自分の事を思っているのかも知れない…がそれは違う。
ワーキュラスと友達だから、君とも簡単だ。なんて君への最大の侮辱だ。
君は私にとって、誰より特別で大切な存在なんだ。
多くの者がワーキュラスの拠り所としての私を大切に扱う。偉大な竜をこの世に降ろす貴重な依り代だと。
がそんな事よりも力を持たないたかが人間の、君の存在の方が何倍も…私には大切に思える」
その言葉は頭の中にぼやけながら…けれどはっきりとした意志を持ってオーガスタスの内に響く。
オーガスタスは何か、言おうとした。
が霧が濃くなってディアヴォロスの姿は消え…その消えた場所が微かに、金色に光っていた。
オーガスタスはくすり。と笑った。
「どう言ったって…金の光に護られた…あんたくらい大切な存在は間違い無く、居やしないさ」
腕組んでディアヴォロスの消えたその姿を見送っていたが突然…霧が薄く成り、意識が急にはっきりし出した途端、自分がある人物の中に、入っていると気づく。
大きな。赤毛の男。
自分より大きくゴツく、逞しかった。
『サナンキュラス』
どうしてだかその名が頭の中に響く。
が聞いて愕然としたのは自分だった。
だって『サナンキュラス』とは、創始のアースルーリンドの頃の英雄…。
『影の民』と『光の民』の混じる大戦で…サナンキュラスは現「右の王家」の将軍だった。
『影の民』に怯え怯む兵達の先頭で戦い…その武勇を示し、軍を鼓舞した、伝説の。
オーガスタスが見ていると金髪の男が目前を通り過ぎ…その中に透けたアシュアークが見えた気がした。
サナンキュラスはだがそいつの後を追わず、そいつが来た方向へと歩を進める。
豪奢な扉を開けその部屋に入った途端、豪奢な金髪の男を見つめ、思わずつぶやいた。
「ギュンター」




