7 駆け引き
帰って来たゼイブンが極悪人の話をし、セフィリアはファントレイユを抱きしめ、ゼイブンは腕を組みそっぽを向いていたが衣服がまだ湿っている理由を説明する必要も、無かった。
結局セフィリアは直ぐに使者を送り、ファントレイユを気にかけ、レイファスをも抱きしめ、何事も無くて良かったと、彼らを保護した立て役者のゼイブンをずっと、無視した。
が、ゼイブンは奴らが追って来た理由の一旦が、彼の関係した女性にあったので、事情を詳しく、セフィリアに話す機会も無く、心からほっとした。
夕食後、ゼイブンがレイファスと別室で話す様子を、ファントレイユは窓の外から覗く。
珍しくゼイブンは、レイファスと二人切りで話をするからと彼をはばにした。
それでファントレイユはそっとベランダを伝い、部屋の外から二人の話を伺った。
ゼイブンがレイファスに告げる。
「君が五歳とは、とても思えない」
ファントレイユより小柄で、どう見ても幼い彼に、ゼイブンは皮肉を込めてそう言ったが、レイファスは言い返す。
「別にそんな事はどうだっていい。
ファントレイユがアロンズの事を、自分では恋人のように好きだなんて自覚も全然無く、ただ純粋に彼の事が好きだって事なんだけど。
確かに将来は大丈夫かって、思うかもしれないけれど、あれだけセフィリアにきつい管理でいい子にしていて身動き取れずに女の子扱いされてるんだから、男の子相手に惚れ込んでも仕方ないと思う。今は解って無いけど、こんな風に女親の価値観をずっと植え付けられてたら、きっと直に心が本当に女の子になっちゃって、男の子相手に今度はちゃんと解って、惚れ込むんじゃないの?」
レイファスの、演技の無い姿にゼイブンは解った。と頷いた。
「君、セフィリアの前じゃ随分いい子ちゃんのようだな?」
レイファスは言った。
「大抵の大人は相手が小さくて幼いと、侮るんだ」
ゼイブンは怯まず、頷いた。
「それで?大人のような口をきき、君が何処まで大人のように考えられるか、話を聞こうか?」
レイファスは呆れた。
自分は成りだけ大きい、子供の癖に。
「ファントレイユは凄く気持ちが素直なんだ。
セフィリアはそれを息詰まらせるし、あんたは脅す。
もうちょっと、大事にしてやろうとかは、思ってないんだろう?どうせ」
ゼイブンは、唸った。
「俺が遊び歩いて家に寄りつかない事を非難してるのか?」
「父親の役割を放棄してるのを非難してる。
僕の父親も妻可愛いいのロクデナシだと思ってたけど、もっとひどい」
ゼイブンは、手の上に、顎を、乗せた。
「それで?」
「もっと冒険させて、男の子だって事を思い出させてやろうとか、思ってないんだ」
ゼイブンは、俯いてつぶやく。
「ファントレイユはセフィリアの命だから、危険に関わる事に口出しすると、彼女にそれは嫌われる」
レイファスは思い切り、ため息を付いた。
「じゃあ息子が将来、嫁じゃなくて男を連れてきても文句無しなんだな?」
ゼイブンは俯いた。
「君から見て、正直どうなんだ?
この間喧嘩をして年上の子供を三人、怪我させたと聞いたが」
「…だって僕が言ってやった。自分が男の子だと思うんなら、がつんとやり返せって」
ゼイブンは途端、嬉しそうに微笑む。
「いい事を、言うな」
レイファスは拍子抜けした。
誰もこの男を決して、心の底から憎めないんじゃないかと思うような笑顔だった。
「ちゃんと、ファントレイユが可愛いんだ」
「そりゃ、そうだ」
「じゃ、セフィリアのお人形にされていて、気の毒だとか思わないの?」
「最近、思うようになった」
レイファスは、頷いた。
「大人の、付き添い付きで週に二回は領地の外へ出かける事と、水遊びも解禁してくれ。
それに木登りも」
ゼイブンは、軽く頷いた。
「だが保証は出来ないぞ?
俺は不肖の夫で、父親だからな」
「本気を出さないなら、農家の女将さんやその他の事をセフィリアにバラす。
幾ら遊んでもいいって言われていても、自分の膝元にバラバラ愛人が居たら、セフィリアだっていい気はしないと思う」
ゼイブンが、血相変えて手の上から顔を上げる。
「ここで、出すか?それを!」
レイファスは少しも淀み無く言い放つ。
「ここで出さないで、どこで出すんだ。
あんたは行き詰まるセフィリアの管理から次の任務でひらひら飛び去って行けるけど、ファントレイユと僕はそうは行かない!
フレディや今度の事で、あんたが居なくなった後どれだけ締め付けられると思ってるんだ?
息が、詰まっちゃうよ!」
ゼイブンは本気のレイファスの、真剣な青紫の瞳を見つめた。
「いいだろう…。本気を出して確約すればいいんだな?!」
はっとして、ゼイブンは“確約”と言う言葉をレイファスが、知っているかどうか伺ったが、レイファスはとっくに承知と頷く。
ゼイブンはその彼の、知能の高さに舌を巻いた。
「…俺は君にこの先かかわる奴らを、気の毒に思うね」
「前から思ってたけど」
レイファスが言い、ゼイブンは彼を、見た。
「あんただって大人の癖に、負けないくらい性もないと思う」
ゼイブンは肩をすくめる。
「性のない大人が多いから、俺でもやっていける。
覚えとけ」
レイファスは解った。と頷いた。
がその部屋を出る時、つい漏らしたゼイブンの
「末恐ろしいぜ………」
というつぶやきをつい耳にし、レイファスは思い切り、肩をすくめた。
警備隊は極悪人兄弟の残り二人を逮捕して中央警備連隊に引き渡し、ゼイブンは任務の呼び出しを告げに来た使者を迎え、それはほっとしていた。
彼が屋敷を旅立つ時、ファントレイユはそれは別れを惜しんでくれてゼイブンの胸が詰まった。
セフィリアを見たが、別れ馴れてる彼女は普通で、ファントレイユの半分でいいから想ってくれるといいのに、とゼイブンはがっくり肩を、落とした。
レイファスは彼のそんな丸解りの様子をつい、観察し思った。
ゼイブンはファントレイユを息子としてとても愛しているものの、彼の最愛のセフィリアが一番愛してるのは紛れもない、息子で、彼女にとっては息子が居れば、夫が不在でも全然構わないようだった。
彼にとってファントレイユは恋敵同然で、自分がそんな複雑な立場に居るから大好きな父親と長く居られないんだと、ファントレイユは気づいているんだろうか?と、レイファスはいぶかった。
だがレイファスはゼイブンが、浮気をバラされる怖さに本気を出し、父親の権威を発揮し、彼の条件を全部飲んでセフィリアにきつく、いい含めた事に心の中で拍手した。
彼らはもう、領地の中をどれだけ暴れ回っても咎められない。
ゼイブンは、それはにっこりと全開の笑顔で自分を見送るレイファスに、視線を投げた。
そうして馬の手綱を握るゼイブンは随分男っぽくて格好良かったが、中味はレイファスが、本当に約束を護るのかどうか、はらはらだった。
チラと視線を、脅すようにレイファスに、投げる。
レイファスが、請け負うように微笑みを返す。
彼の馬が見えなくなって、ファントレイユはレイファスにそっと尋ねた。
「…ゼイブンを、脅したの?」
レイファスがファントレイユを、呆けて見た。
「…聞いていたの?」
ファントレイユは頷く。
レイファスはファントレイユが、ゼイブンがどうして他の女の人と仲良くするとセフィリアが気を悪くするのか。とか、自分が将来、嫁の代わりに男を連れてくるってどういう事だ?とか、素朴に質問して来そうな気配を感じ、慌てて言った。
「…でもとにかく、もう思い切り暴れてもセフィリアは怒らない。
だってゼイブンが、約束していったから」
ファントレイユはそう言うレイファスを見つめ、とても、にっこりと笑った。
レイファスはその笑顔に尚も口を開く。
「君だってもう、熱なんか出さないだろう?
僕の居る間、あんな事の後でも出さなかった」
レイファスが言うと、ファントレイユは頷いた。
「秘訣を、覚えたんだ」
レイファスは尋ねるように彼を、見る。
「まずいお菓子のまんまだと、その後最悪に気分が悪くて、我慢してると熱が出るんだ。
でもその後美味しいお菓子を食べれば、大丈夫なんだろ?」
レイファスはたっぷり呆れてファントレイユを見た。
「………それで熱を、出さなかったの?」
ファントレイユは、にっこり笑って頷いた。
「それに、我慢しないで相手にがつんとやると、熱が出ない」
レイファスはそれを聞いて、思い切り俯いた。
ファントレイユはきっちりキレて、自分より体の大きな子供三人に思い知らせたし、ゼイブンはアタマに来て相手を殺してしまった。
レイファスはもう、あんまり人形に見えない、性格が実は父親似の彼を、心配そうにそっと伺う。
もしかして自分は………触っちゃいけない封印を破って、とんでも無い魔物を、出してしまったんじゃないかと、一瞬背筋が寒くなって。
END